「そんなに否定をしてくれるな。お前は『守人』なのだろう?ならば、愛すべき存在であるデジモンを否定することは、その命への罰となる――」


 更にそれは栞に近づいた。


「私とてデジモンだ。お前が守るべき存在だ」


 再び、その『デジモン』は笑った。真っ赤に彩られた唇が動く度に、栞の心臓はざわりと動く。荒い息を吐いて、じんわりと滲む視界に映る『デジモン』から逃れようと顔を思いっきり背ける。


「くくくっ――何をそんなに怖がる必要がある?どうして闇を恐れる?」


 ゆっくりと伸びた手が、栞の頬に触れた。びりっと電撃が走ったかのように、頬が痛んで、思わず顔をしかめる。「離してっ!」叫んでも、彼は、笑みを深めるばかりだった。


「お前も『闇』の人間だ。選ばれし子供たちと一緒に居る事自体が、おかしな話なのだ。ヤツらは『正義』や『光』と言った忌々しい存在。お前の心は、もはや耐えきれないほどの『光』のせいで、頭痛が起こっているな」
「……ッ」
「それを『闇』のせいだと思っていたか?――それは違う。逆だ。『光』が、お前を蝕んでいくんだ」


 ふ、と、栞の心に、重たい何かがのしかかった。『闇』とか『光』とか、複雑に絡み合った欠片が、栞の欠けた心に埋め尽くされていく。首を振り、精一杯の抵抗を測る。そのデジモンは、触れた頬を、一度ゆっくりと撫でた。


「一番大切だと思っているものが、嘘だと気づく」
「…え、?」
「本当の『愛』など、存在しないのだ――」

「栞に触れるなッ!!!!」


 すっと栞の上から、そのデジモンの影が引いた。
 イヴモンは素早い動作で栞とそのデジモンの間に浮くと、憎しみを込めた瞳で、彼を睨みつける。そのデジモンの頬には、一筋の血が伝っていた。


「この子に、何をした!!!」
「ふっ…。邪魔をされたのなら仕方あるまい。――守人。先ほどの言葉、忘れるでないぞ」
「待てッ!!!」


 イヴモンは叫ぶが、彼は黒く埋め尽くされたコウモリと共に空間の中に消え去って行った。
 栞はただその方向を見つめていた。イヴモンが彼女の前に降り立ち、くしゃりと顔をゆがめても、気づきはしない。


「栞…、栞!何を言われたか知らないけど、信じちゃダメだ!分かるだろ!?アイツもデビモンと一緒だ!!君を手に入れるためなら、何だって――!」
「…もう、何も分からないよ…っ」
「栞…っ」
「何が本当で、何が嘘で、誰が本当で、誰が嘘なのか…ッ、何も、分からない…ッ」


 栞は顔を覆って泣いた。ただ、ひたすらに、心の荷物が少しでも軽くなるようにと、泣いた。それでも、心から重みが引くことはなかった。


「……っずま、 かずまぁ…っ」


 元から、信じられる人なんていなかった。兄が消え去った世界で、栞の唯一となったのは、一馬ただ一人だけだった。彼に縋り、生きて行けばそれでよかった。けれどここには一馬はいない。本当に信じられる人なんて、いないのだ。一人という孤独が、栞の心に空いた隙間を狙って付けこんでくる。


「一馬ぁ…ッ」


 イヴモンは目を閉じた。
 ――守りたいと願って、生きていて欲しいと願って。それの、何が間違いだったのだろうか。どこから、歯車は、自分が描いていたシナリオからずれてしまったのだろうか。


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