「太一、こいつ…っ、強い…っ!!」


 倒そうにも、動かそうにも。今まで感じたことのないくらいの痛みが、彼等に襲いかかる。立つことすら、ままならない。ヴァンデモンは笑みを浮かべ、両手を広げた。


「弱い。弱いぞ、選ばれし子供たちよ!これでは守人も弱くなるわけだ!」
「栞…だと!?」
「お前たちの探し求めた守人は――これか?」


 パチン、と音が響いたと思ったら――子供たちは目を疑った。空と確執の上で別れた栞が、彼の腕の中でぐったりとしている。
 思わず太一は走り寄り「栞に何をした!!」そう叫んだ。


「言うことを聞かないからな…。少し手荒なまねをしてしまったが――今は気を失っているだけだ。…ああ。そうだ。土産をやろう――」


 言うや否や、ヴァンデモンは懐から白い毛玉を取り出し、ぽいっと、ゴミでも捨てるかのように、それを投げた。
 丈は目を凝らした。それは、――ボロボロに成り果てた『仲間』の姿。彼は恐怖に震える足に鞭を振るい、落下地点へと滑り込んだ。


「くっ……!」


 手を伸ばす。軽い質感のそれは――傷つき、ボロボロになった、イヴモンだった。ミミが悲鳴をあげる。真っ白な体が自慢だった彼の肌は、血のせいだろうか、赤く染まっていた。多くの傷が刻み込まれ、彼は気を失っていた。おそらくは、最後の最期まで――彼女の為に、戦い続けたのだろう。


「コノヤロウ…!栞を離せッ!!」
「守人は望んで私の元へと降り立った。この娘は――『闇』なのだからな!」
「違う!そんなことはない!栞は、栞は、光だ!!」
「たわけたことを」


 ぐっと、ヴァンデモンを栞の髪を掴んだ。気を失っているはずの彼女の顔が、痛みに歪む。「栞ッ!!」空は、どうしようもない思いから、悲痛な叫び声をあげる。
 もしあの時。あんなことを言わなかったのならば――栞はヴァンデモンに捕まることなんて、なかったのに。涙で溢れた瞳は、歪む視界を抑えることができない。


「あたし…行くわ…」


 ぽつりとピヨモンの頬に空の涙が落ち、彼女は目を覚ます。やがて、そう呟いた。空はハッとして腕の中のピヨモンを見つめ、絶句した。


「あたしが、行かなきゃ…。も、あたししか、残ってないもの…」
「無理よ!そんな体でどうしようって言うの!?」


 そう。体はピコダーツを喰らったせいで、言うことを聞いてなんかくれない。今にも痛みや苦しみで、どうにかなってしまいそうだった――それでも、空が泣くから。


「あたしが…栞を…助けるから…っ」


 痛みを堪え、必死に羽を動かす。空の腕の中から飛び出そうともがく様に、体を動かす。「分かってよ、空…!」ピヨモンはうつろうつろしながら、呟く。「あたし、行かなきゃいけないの…!」
 ――守らなきゃいけない。大切なパートナー。ようやく会えたパートナー。いつだって、空には笑っていてほしい。いつだって、幸せに生きていてほしい。たった一人の、大好きなパートナーだから。ピヨモンは、空と栞が笑い合うのが好きだった。その優しい空間が、大好きだった。


―――…栞は優しい空が大好きなのよ。あたしもそうだから分かるの!
―――…ねえ、空。あたし、頑張って空と栞を守るわ。
―――…そうしたら、栞は何も変わらないでしょう?
―――…そしたら空も悲しくないでしょ?


 だからあの日決意した。ただの慰めの言葉なんかじゃない。ピヨモンは空が大好きだ。だから――空の大好きな栞を助けなきゃ。
 ぱたり、と羽をもう一度動かす。


「行っちゃダメッ!!ダメよッ!!」
「放してッ!あたしが行かなきゃ、空も、栞も、守ることができないの!」


 けれど、ピヨモンが空を大好きだと言ってくれるように、空だっていつも味方でいてくれる優しいピヨモンが大好きだった。傷を負った今、彼女がヴァンデモンのもとへ行っても、最悪、死んでしまうかもしれない――暴れ続けるピヨモンの体を強く抱きしめた。


「ダメッ!行ってはダメ!!」
「――どうして分かってくれないのよ!!」
―――…どうして分かってくれないのよ!!


 奇しくも、ピヨモンの台詞が、一語一句違わず、あの日の自分と同じだと、気づいた。まるで空は、鏡を見ているような錯覚に陥る。
 母が何故、試合に行く空を止めたのか。母は自分のことなどどうでもいいわけではなかった。むしろ、大切に思うがゆえに、止めざるを得なかった。もしかしたらあの時母は、飛び出した空をベランダから心配そうに眺めていたかもしれない。自分が何事もなく帰宅をしたのを見て、安堵していたかもしれない。そんなことも、知りもせずに、否定してばかりで――。
 「ピヨモン進化ァ!!――バードラモン!!」手負いのバードラモンは少し、ふらりと体が揺らいだが、それでもヴァンデモンに向かって飛び立っていった。空は彼女の声で我に返る。「バードラモン!!」悲鳴に近い声は、彼女の喉を潰すようにあふれ出た。腕の中に居たピヨモンの温もりはない。「バードラモン!!」再び空は叫ぶ。

back next

ALICE+