「分かった。それに、こんなことで栞を嫌いになるとか、そんなことはない」
「…っ、ほん、と?栞のこと、嫌になったり、しない?」
「それは…少しは驚いた。急な変化だったしな」
「――…」


少しのためらいを見せたあと、イヴモンはゆっくり口を開いた。


「人の心には闇がある…。栞は、それが誰よりも強くて、…今はあまり守人としての意識がないから、遮断することもできない。する術を知らない。…だから、世界を守るために闇をなくそうと努力する守人の面と、自分の世界を壊させたくない闇の面に分かれてしまうんだ…守人の力は何よりも強いけど…何よりも弱い…もろ刃の剣のようなものだから…」


 ヤマトは少し目を逸らし、やがてイヴモンの青い瞳を見詰めた。己のものと同じく光る青色は、自分のものよりも透明で、綺麗だと思った。遣る瀬無い想いが溢れ、ヤマトは夜風で少し冷めた頬を撫でつける。…冷たかった。イヴモンが絶えずヤマトの瞳を切なそうに見上げるものだから、余計に、冷たく感じた。


「どうして…俺にそんなことを?栞のことなら、太一に、」


 自分でそう告げて、何だか哀しくなった。ポケットの中で強く手を握りしめた。栞が太一を頼りにしているのは百も承知の上だったし、太一の方が栞に対しても強く出れる。タケルも、太一に懐いているのは確かだった。
 イヴモンはふるふる、と体をふるわせ、やがて悲し気に微笑む。


「ヤマトは、栞をしっかり見てくれていると思った。だから、変なものから、栞を守ってもらいたいんだ。あの子が堕ちそうになったら、手を伸ばしてほしい。君の中にある『友情』が、きっと栞を守ってくれるって、そう思ったから」


 心臓に、よく分からない音色が深く刻まれる。ヤマトは狼狽たえ、目線が泳いだ。ドクドクと大きく鳴りつづける心臓の音だけが、やけに響き渡る。ふ、と息をつき、ヤマトは目の前にある純白の希望を見つめた。


「…俺に、何かできるなら…やるけど」
「ありがとう、ヤマト…。本当に」
「けど、俺本当に何にもできないぞ」
「そんなことはない。君は自分で知らないだけだ。君の中にあるモノは、誰かを守るって」
「…え…?」
「だから、栞をお願い。栞だけじゃない。君の中にあるモノ、それは世界すらも救えるよ」


 闇夜に照らされたヤマトの顔色は、イヴモンから窺うことはできなかったし、ヤマトは肯定することはなかった。しかしイヴモンにはすべてが分かっていた。だから、イヴモンは小さくありがとうと呟いた。その声は夜風に吹かれ、ヤマトに届くことはなかった。背中を見せたヤマトとガブモンは、洞窟の中へと戻って行った。まるで己のタイムリミットを危惧するかのように微笑を浮かべ、イヴモンは暫く、そうしていたのだろう。
 夜明け前にイヴモンが栞のもとへと戻ってきた。もちろん、栞は起きてはいたが、何となく気まずい雰囲気があったので、寝たふりを突きとおす。イヴモンのことだから気づいているとは思ってはいるが、彼は優しいことを彼女は知っていた。だからこそ、己が話したくないと感じ取れば無理に話をしてくることはないだろうから彼の優しさに甘えていた。
 ただ寄り添ってくる暖かい優しさを一身に受けながら、それを当たり前のように感じている己を少しだけ窘めながら。

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