077 切欠




「まさかヴァンデモンがもう八人目を見つけてるってことはないわよね…」


 空が不安気にため息をつけば、光子郎は指をあごにかけ、それはないでしょう、と首を横にふった。


「計算では、ヴァンデモンが光が丘に出現してから僕たちがここに現れるまで一分も経ってないはずです。時間の流れが違いますから」
「問題はどうやって光が丘まで行くかってことだ。ここからだと結構距離あるぞ」
「でも本当に今日はあのキャンプの日なのか?何カ月も向こうの世界に居たのに…」
「それはそうよね…。時間の流れ方が違うって言われても、何かピンと来なくて…」


 実際に時間の流れが変わっていないのを経験したのは太一と栞の二人だけだ。その二人の証言を信じていないわけではないが、もしかしたらヴァンデモンの出現によって時間の進み方に違いが生じているかもしれない。そうしたら自分たちはやはり何カ月も行方不明になっていた、ということになるのだ。


「キャンプ場の方、見てくる!」


 くるっと踵を返した太一は、ひとまずキャンプ場に人がいるかを確かめるために駆けていった。「まだそんなに時間は経っていないはずなんだ!」辺りは自分たちがいなくなった時と同じく、雪景色。まさか季節がめぐり、冬になってしまったなんてことがない限り、心配する必要はない。太一は勢いよく階段を一段ぬかししながら駆け下りて行くのを子供たちは見送っていたが、直ぐにその後を追いかけた。自分たちの目で、帰って来れたことも確認したい。
 栞も一歩遅れて階段を下りた時、ズキン、と足が痛んだ。思わず反射的に目を瞑り、そっと、痛みを覚える足を見た。


「…っ?」


 愕然、とする。先ほどまで確かに何でもなかった右足が、異様に腫れていた。確かにその足は、ヴァンデモンの城にて吹き飛ばされた時に打ってしまった箇所ではあるが、ここまで腫れるものなのだろうか。目を見張るものがある。ぞくりとさえした。まるで、不潔なもの全てが、その箇所に集中しているように思える。ちょうど靴下で隠れているとはいえ、注意して見ればその腫れは一目瞭然である。しかし、こうして帰宅――帰国と言った方が語弊はないか――して喜びに浸かる子供たちに無暗に心配をかけるものでもないと、最初から、気付かないふりをすることにした。
 階段を軽やかなテンポで駆け下りていった太一は、雪を踏む音に、後ろを振り返る。どうやら全員分の足音があるらしい。途中で躓いたコロモンを、慌てて太一はキャッチした。


「コロモ…!!みんなで来ることないだろ?」
「そんなこと言ったって…」
「僕は班長として!」
「やっぱり気になりますから。僕らがいなくなってからどうなっているのか、」


 あの日に戻ってこれたという信憑性が薄いことを視野に入れたとしても、この祠は子供たちが初めてデジタルワールドへ行った時と同じ場所なのだ。いくら太一が見に行くとはいえ、出来ることならば自分たちも言い訳をこじつけて、確認したいのだ。目線を泳がせる子供たちとは対照的に、ずばりと言い切った光子郎に対して、太一は一瞬だけ言葉に詰まったが、すぐに「こいつらが見られたらどうするんだよ…」と少しため息混じりで呟いた。


「そ、それは…」

「八神ーっ!!」

「えっ」


 空が反論しようと言葉を考えていた時だった。キャンプ場の方から、大人の声が聞こえ、名を呼ばれた太一はもちろんのこと、その場にいた全員が振り返った。「先生!?」「藤山先生だ!」―それはまさしく、太一たちのクラスの担任である藤山だった。
 栞は、さり気ない動作で、空の後ろに隠れた。


「ばっかもーん!!」


 キキーッとまるで急ブレーキのように、藤山は太一たちの前で止まった。腰に手をあて、叱咤の声をあげる。やっぱり、行方不明ってことになっていたんじゃ?そう不安を隠せなくなった子供たちを余所に、藤山は大きなため息をついた。


「後片付けもせんで、こんなところでブラブラ何している!?」
「え?あ、そ、それは、その…」


 『後片付け』―『していない』。ということは、やはり今はキャンプのあった日で、しかも、デジタルワールドに飛ばされてたから、何分も経っていないようだ。何せ、彼らが祠へと集まったのは、ちょうど料理支度の終えたあとくらいだったのだから。
 一瞬だけ聞き返してしまったが、すぐに藤山の言葉を理解した太一は、まさか『デジタルワールド』というところに行っていて、自分たちがその世界を救う『選ばれし子供です』なんて説明するわけにもいかず、あー…と言葉を濁すしかなかった。「あとかたづけって?」コロモンの無邪気な疑問も、今の彼らには命取りだ。太一は慌てて彼の小さな口をふさいだ。


「この雪でキャンプは中止と決まっただろう。他のみんなは帰り支度を初めているぞ」
「そ、そうでした…アハハハ!」


 そんなこと微塵も知りもしなかったのだが、曖昧に笑みを浮かべる子供たちに、藤山は首を傾げた。視線は、彼らの腕の中。


「なんだ?その薄汚いもんは。おもちゃか?」
「ハ、ハハ!そうそう!」


 心ある生物に対し、薄汚いものはないだろう、とデジモンたちは目を丸くする。「ワテらのどこが薄汚いねん…!」「ダ、ダメですよ、口聞いちゃ…!」耐えきれず声を漏らしたのは、モチモンだった。おそらく、薄汚いといえば子供たちとて同じはずだが、どうやら藤山の目には先ほどと変わり映えしないように見えるらしい。「モガモガ!」「人形のふりしてろ…!」怒りに震えるデジモンたちの口を慌てて抑えながら、子供たちはごまかすように大きく頷いて笑った。

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