079 インフィニット・レイン




―――…『   』!


 そんな目で、見ないで。そんなこと、言わないで。何もしてない。何も、してないのに。わたしじゃない。わたし、なにも、してない。
 耳に届く鋭い音にびくりと肩を震わせ、瞳からは多量の涙を滴らせた。


―――…もうたくさんだ!この『   』!


 バタン!と鈍い音が響き、重たい足音は彼方へと消えていく。しゃくり上げながら、咳き込みながら必死に泣きじゃくる少女は、カーテンを握りしめていた。
 わたしじゃない。わたし、なにもしてない。どうして怒るの?どうして怖がるの?―どうして、いなくなってしまうの?


―――…大丈夫だよ。もう泣くな。


 ふわりと暖かい声が耳に届く。先ほどの罵声を中和するように、彼女を包み込んだ声は、やがて小さな体さえも包み込んだ。暖かな温もりに触れ、少女は更に泣きついた。


―――…大丈夫。…このことは、忘れような。お前は何も、背負わなくていいから。


★ ★ ★




「わ!?」


 目の前を、猛スピードの車たちが駆け抜けていった。運転席に座る人の目は座っており、恐怖を感じていた。「一体、なにが…」呟きながらも、何故だか同じような恐怖を感じる。おそるおそる顔をあげてみれば、そこには一体の巨体を持つ象が存在していた。


「なんだ!?」


 その質問に答えるように、象は大きな鼻を振りかざし、己の目の前にあった信号機を真っ二つに投げ飛ばした。その行為が気持ちいい、と言いたげに、彼は高らかに咆哮した。よく見れば、路肩にはぺしゃんこに潰された車たちが、無惨にも残されていた。もちろん、これはただの象の仕業ではない。彼はデジモンだ。そして、今における子供たちの最大の敵であるヴァンデモンの手下に相当する。


「あれは――マンモンです!」


 光子郎のアナライザーにより情報を収集した結果、そのデジモンはマンモンであることが判明した。完全体―ワクチン種―古代獣型デジモン―必殺技はタスクストライクスとツンドラブレス。
 忌々しげに顔を歪めた太一が一歩踏み出そうとした時、数十メートル先の角から現れた一台のパトカーが彼らの前にとまった。勿論、一般の彼等からしてみれば、マンモンはただの象でしかないが、その象が街中で暴れ回っていると知ったら避難勧告を住民たちにしなければならない。例にたがわず、子供たちとてその対象から外れることはない。


「君たち、ここは危険だ!非難しなさい!」


 それから無線を駆使し、応援をよこすよう要求するのだが、「おかしいな…」、無線が通じることはない。彼等デジモンが、周波を乱しているのやもしれない。だが、彼等はそれを知る由もない。


「―気づいた…」


 不安気に一歩さがった栞は、マンモンの気がこちらに向けられたことにいち早く気づく。マンモンとてただ破壊を繰り返すだけのバーサーカーではない。彼にも、守人を理解する頭くらいはある。ゆっくりと振り返ったマンモンの顔は、ただ栞だけに向けられていた。
 友を守る様に、空は自身も震えながらも、一歩前に出た。


「み、みんな!早く逃げるんだぞ!」


 こちらに向き直ったマンモンに、身の危険を感じたのか、警官はそう言い残すと、一目散に逃げて行った。頼りないとは思わない。彼等と戦う術は、選ばれし子供たちだけが持っている。―守るために、戻ってきた。八人目を、そして、日本を。
 恐れなど、するもんか。


「グオアアアアオオオオ!!」


 まるで、それが始まりの合図だと言うように、マンモンは高く咆哮する。びりびり、と辺りに振動が伝わった。

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