109 あなたの影はやがてわたしを覆い尽くすのでしょう
理由は知れない。だが彼女は、それはそれはひどく落ち込んでいた。すべてを憎み、すべてに絶望するくらい、落ち込んでいたのだ。だが決して一人ではなかった。いつも、彼女を慰めるかのように、一つの小さな星が、チカッチカッと彼女のまわりを回っていた。それは黒い星だった。彼女は落ち込んでいたが、その星のおかげで、少しだけ励まされた気がした。ありがとうと笑みを浮かべれば、その黒い星は嬉しそうに瞬いた。
それは災いだと、彼は言った。
失墜していく黒い流星が、彼女に手を伸ばしていたから、制止を振り切っても彼女は手を伸ばした。黒い流星は、流浪するように回転する。決して触れることのできない一瞬だけの瞬きに思え、立ちすくむ。寂しそうなその鈍い色をする輝きが、彼女の心をひどく魅了した。
その時だった。キラッ、キラッと突然現れた大きな眩い光が、大きく口を開けて黒い流星を飲み込んでいった。あっという間の出来事だったので、彼女はやはり立ちすくんでそれを見送ることしかできなかった。伸ばしかけた手は、結果、何に触れることもなくおろされる。最後に見えた黒い流星は、確かに、彼女を呼んでいたのに、この手が届くことはなかった。愕然と見下ろす先には、あの黒い星を飲み込んだ大きな光が存在していた。
あの流星は、助けてくれと言っていなかっただろうか。いつだって自分を励まし、慰めてくれたあの黒い星は、今確かに掬いを求めていた。だがこの手が届くことはなかった、彼女には何故だか分からなかった。分からないのは、自分が無知だからだと悟る。何も知らないから何も守れないのだと理解する。あふれ出た涙を止めるすべだって、彼女は知らなかった。
ひっそりと泣く彼女の傍らで、ぼんやりと小さな星が生まれた。それは酷く恐ろしく、ひどく無機質で、ひどく悲しかった。
―――…あなたは、 。
先ほどは届かなかった手が、黒い流星に触れた。つめたい。まるで氷に触れているかのような感覚。それでも、まるで彼女を守るかのように、黒い流星は瞬き続けた。ひどく安心した。このような状況なのに、安堵して彼女は笑みを浮かべる。
黒い流星は、また、瞬いた。そしてその色は、純白なる輝きへと変化した――。
―――…あなたは、わたしの。
★ ★ ★
虹の柱に吸い込まれ、暗闇の空間を潜り抜け、子供たちは再びかの地に舞い降りる。
何も持たない両手からは何かが溢れようとしていた。そこで彼女は即座にあるべき場所に還ってきたのだと理解した。だがそこは、自分の世界でなくなってしまったと悟る。いない。自分の手となり足となっていたこの世界を守護すべきものが、閉じ込められてしまっている。そう、直観的に感じ取れて、思わず眉を寄せ、ふるえる。
「栞、だいジョうブ?」
「……イヴモン。うん、大丈夫だよ」
どうやら見てわかるくらい呆けてしまっていたらしく、自分のすぐ近くに浮いていたイヴモンが気遣わしげに顔を覗き込んだので、少しだけ微笑んだ。だが彼女に襲い掛かる寒気はぬぐえない。身をふるわせながら、あたりを見回した。
そこは、当たり前だが、東京とはまるで違う、戻ってきたのだと感じるほどに鬱蒼と木々が生い茂る森の中だった。
「戻ってきたのか?」
「戻ってきたのよね…」
「そのはずですが…」
同じように地面に転がっていた子供たちが起き上がり、少しばかり不安そうにあたりを見回した。不安になる理由はただ一つ。来る前と比べて、どうも不穏な空気が漂っていることを肌で感じてしまったからだ。
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