あなたの罪はどこにあると聞かれたら、真っ先にわたしは生まれたことにあると断言するだろう。今でも耳に残るヒステリックな女性の叫び声のおかげで、野太い男性の罵りのおかげで、物心がつく前からそのことを理解できていた。自分と彼らは何かが違っているから、彼らは自分を受け入れることができず、ましてや愛することも慈しむこともできないのだと幼いながらに悟っていた。
街を歩く子どもと、自分はちがう。親の庇護がある彼らに、自分が理解できるはずがない。切れ端にような服に身にまとい、醜悪な匂いを放つぼさぼさの髪の毛を持つ自分は、きっとこの世に必要のない存在だ。鏡にうつる己を見て、再認識した。
何もしなくても、誰かに守られる子どもがいるように、何もしていなくとも、誰からも嫌われる子どもだっているのだ。
―この世は、不公平だ。
「…だれ?」 「汚いこどもだ」 「これは僕の夢だ。勝手に出てくるなよ、邪魔だ」
どこにいても、何をしても、しなくても、わたしは存在するだけで、ひとに不快な気持ちを与えた。
わたしと同じ色をした、でもわたしとは違って宝石のように真っ赤できれいな瞳が、真っ直ぐわたしを見つめ、真っ直ぐわたしを否定する。でも、誰かが自分を見てくれた、それだけが、ただ、嬉しかった。
「…またきたの。言っただろう、邪魔だって」「くさいから近寄るなよ。…なんで笑うんだ」
それは、神様がはじめて自分に与えてくれた贈り物だと思った。どんな冷たい言葉で罵られたって、へっちゃらだった。彼はわたしが笑えば、気味が悪い、とため息をついたが、その場からいなくなることはなかった。
決してわたしが望んだやさしさなんてくれなかったけれど、でも、わたしを認めてくれていた。そんな気がして、必死で、たくさん話をした。繋ぎ止めたかったのかもしれない。しだいに、彼は、決してやさしくはないけど、でも冷たくもなくなった。
「…その腕、傷だらけじゃないか。きみ、もしかして」「…勘弁してよ。泣くなよ。ほら、見せて」
久しぶりにわたしに触れてくれた手が、どんなに冷たくても、どれだけ、温かく感じたか。あなたは、知らないだろう。傷が痛かったから泣いたわけじゃない。目覚めた先で理不尽な思いをしたから泣いたわけじゃない。その手の温もりが、ひたすらに恋しくて、嬉しくて、涙が零れ落ちただけだ。
「今日は遅かったね。…まあ、僕も寝るの遅かったから別に待っていたわけじゃないよ」「…そういえば、君も目が赤いんだね。僕とおそろいだ」「…なんでだろうな。君と一緒だと思っても、別に、嫌じゃないと思ってしまう」
戸惑った表情も、不意に見せてくれる優しい表情も、ぜんぶぜんぶ、あなたがしてくれるから、嬉しさにつながる。これが、他の子どもたちと同じ、しあわせな感情なのだろうか。わたしは、区別なく、いま、ただのふつうの子どもなのだろうか。
幸せを噛みしめながら目が覚めて、そしてまた、誰もわたしを見てくれない世界がはじまる。存在を示せば、ほほをぶたれ、熱いものをおしつけられ、寒い中、外に出される。―おまえなんか。ヒステリックに叫ぶ女性の声が、ずっとぐるぐる、頭の中で回転し続ける。やっぱり、わたしは、誰からも、必要とされない。
「…そんなに死にたいなら、僕が殺してあげようか」「…同情なんかしてないよ。するわけないだろ。」「…奇妙な、ことがおきる?だから嫌われる?…きみ、魔法、つかえるんだ」
彼のことば一つ一つが、わたしにとっての光だった。あたらしい世界を教えてくれた。
「やっぱりやめた。きみじゃなくて、きみの周りのやつを殺してあげるよ。だってきみは選ばれた人間だからきみは殺さない」「…なんで泣くの?やっぱり子どもだな。そんな憎しみに満ちた瞳をして、だめだって、どの口が言えるんだよ」
だって、あなたがいてくれるだけでよかったから。あなたが、こうしてわたしを見てくれるだけで、それだけでわたしは幸せだから。
わたしと彼だけで世界が構築されればと、いつの日からか、そう思い始めた。夢を見始めればそこは楽園、でもまた目が覚めれば、地獄へ落とされる。
「そんな場所から逃げ出して、ここまでおいでよ。そしたら守ってあげてもいいよ」「…なんて。そんなのできたら苦労しないだろうな」「…“おとうさん”?僕、まだそんな年じゃないけど」「…仕方ないな、ほら、おいで」
捕まれた腕が、悲鳴をあげたけど、実際、わたしが悲鳴をあげることなんてなかった。もう、喋ることさえ、忘れていたのかもしれない。
空から降り落ちる雪が、肌に浸透する。冷たさが、逆に心地よかった。久しぶりに触れられた手からは、温かさなんて感じられなかった。やさしさなんて、どこにもなかった。
ごめんなさい、ごめんなさい。生まれてきて、ごめんなさい。
「…さいきん、こないな。まあ、夢なんて不確かなものだし、あんなにしょっちゅうアイツが出てくる今までがおかしかったのかもしれない」「けど調子狂う。…なんだよ、僕なんてもう、必要じゃないってことか?」「“おとうさん”…なんて…馬鹿らしい」
身体が、宙を舞う。きっとこれが正しい世界の在り方で、わたしの最後にはふさわしいのだろう。
後悔があるなら、“おとうさん”、あなたに別れを告げられなかったことだろう。夢の中は、楽園だった。あなたがいてくれたから、それだけでわたしは幸せだった。決してわたしが求めたやさしさではなかったけれど、確かに、わたしはあの場所に存在してよかった。
「…雪?この時期に珍しい」「…あの子のこえ、聞こえた気がした」「―変な感じだ。他人なんてどうでもよかったのに。本当に生きているかどうかさえ、分からない存在なのに」「…ほんと、馬鹿らしいよ」
触れた感触は、無機質なコンクリートではなくて、どこか土臭く、柔らかい。暖かな陽射しが、わたしを迎え入れてくれた。ここが、たぶん、楽園なんだろう。だってもう必要とされない世界から、排除されたのだから。
―目を覚ました。そこが、確かに、楽園だったのだろう。
「――…クレア…?」
わたしの願いはただひとつ。多くを望んだわけではなかったの。だって、わたしとあなたが居ればそれで世界は満たされた。
ただ、必要とされる場所で、生きていたかっただけだよ。