僕は至って正常ですよ?


今日、必要とされる分だけのものを用意し、忙しく駆けずり回る。その際、ちょっとだけ隣の部室を覗いてみたけど、うんダイジョウブ、キレイキレイ。あれを私は綺麗と呼ぶ。だって小姑がいるわけでもなしに、指でつつーっとホコリとって、あなたここ掃除したの?なんてイヤミ言われることないでしょ!―一瞬、柳生くん、やるかなとか思っちゃった私のことは内緒だよ。
ふーっと額に浮かぶ汗を右腕で拭った。既に発汗量が半端ないことになっている。あつい。けどあついと思ったら余計に熱くなると思って、さっきから寒いって思ってるんだけど、…うん、わかってる、効果ないってことくらい。ばっかじゃねーとか絶対言われるから口には死んでも言わないよ、柳くんにはなんかバレそうだけど。
腕だけじゃ拭いきれないから腰につけてたタオルで汗を拭き取り、ボトルを用意した。 ぎゅるぎゅる。 …うおーやっぱり幸村くんの黒魔術半端ねえっすわ。腹が極限に痛いんですけどおおおお…。ぎゅるぎゅるなってるんですけどおおお。 「何を人のせいにしてるんだい?」 なんて幻聴聞こえた気がする。うふふ気のせい気のせい。――はー…相手校、優しい人たちだといいなぁ。すごい願望。だって考えみてよ、これで幸村くん8人いてみ?絶対ジャッカルくん8人の方がいいに決まってr――…「七瀬、さっきから独り言が多いね?」うおおおお!!ビックリして思わず目をかっぴらいて振り返れば、優雅にジャージをはためかせている我が部長の姿があった。…ってことは、さっきの幻聴だと思わしき声は幸村くんの…(サアアアア…) また、黒魔術が…。

「まあいいや。七瀬、そろそろ時間だよ」
「…タイミング、絶対見計らってるっしょ…」
「ん?何が?」
「なんでもない!」

わたしなにもいってない!
手に持っていたものをベンチの上において、幸村くんのあとを追いかけた。
部長自らのお出迎えだぞ、光栄に思えよな!普通の部長とは違うんだぞ、幸村くんなんだぞ!と心の中で凄い焦りと緊張を覚えながら、校門についた。

「…ねえ幸村くん」
「ん?」
「今日の相手、どういう学校なの?」
「んー…そうだなぁ。―良くも悪くも、面倒くさい学校、かな」
「めんど、くさい?」

案外意外な答えに、私は瞬きを繰り返した。てっきり弱小校だよ、とか、楽勝だよ、とか。そういう答えが返ってくるものだと思っていたのだが。

「ああそう。めんどくさい」

極めて笑顔で言い放つものだから、嫌な予感がしたのは言うまでもない。ただ他校との試合を見るのは些か楽しみである。初体験なんだもの。今まで部活内での練習だったり、あとはイトコズが二人で頑張ってたの見てたくらいだし。
頷きながらちらりと幸村くんを見れば、何故か思案しているようだった。首をかしげると、彼はちょっとだけ苦笑をこぼす。
「特に女子がいると――」とそこで言葉を区切り、私を上から下まで見、それからにこりと綺麗に微笑んだ。そりゃもう、見惚れるくらい、綺麗なものだ。

「まあ七瀬なら大丈夫だ、狙われることはないから安心して」

言葉はテロ並なんですけどね!

「ははは…そんな心配したことないから大丈夫だよ。ただ幸村くんは私が傷つかない耐熱ハートの持ち主だとでも思っているのかな、ははは…」
「はは、ごめんごめん。でも七瀬なら大丈夫だよ」
「根拠なんて何もないのに何だか大丈夫なような気がしてきたよ…」

さすが神の子だよね、説得力はんぱねえっす。
ぎゅるうう、音こそ鳴りはしないものの、やはり緊張で腹という腹全てが痛くなってきた。腹なんて一つしかないことくらい知ってる、それくらい私はテンパっている。ふぅ、と、思わず漏れたのは深い溜息だった。

「随分でかい溜息だね」
「そりゃもう、なんていうか、お腹が」
「え、もう空いたの?もうちょっと我慢しなよ」
「違うよ!痛いんだよ!分かって、私もっと繊細な生き物だから!」
「え、繊細?」
「引っかかるところそこなの?」

全く幸村くんのペースに巻き込まれて、いつの間にか私は笑みを浮かべていた。不意に、ぽん、と暖い手が頭に乗っかる。…も、もー慣れたぞ。やたらめったらここの人たちはスキンシップを求めてくるから、私は外国人なみのスキンシップを習得しているんだ。

「リラックス。七瀬がそんなんじゃ、俺たち安心して戦えないよ」

次いで肩をぽんぽん、と二回叩いた。

「いつも通り平常運転で頼みます、マネージャーさん」
「出来れば運休したいです」
「ゆるしません」

やっぱり幸村くんは凄い。伊達に部長やってない。
恐怖っで支配とか力で支配とか何か色々言われるところがあるみたいだけど、でもそれだけじゃないってことくらい、そろそろ分かってきた。
色んなところを色んな角度から見てくれている。一つのことだけに囚われないで、色々な方角に耳を目を傾けている。それって中々できることじゃない。だから、すごいんだ。

「…ん。七瀬、見てごらん」
「え?」
「来たみたいだよ」

幸村くんがニコリと笑った。でもその中に、ちょっとの緊張が走った気がした。常勝立海大。常に勝ち続けることを目標とする我が部活にとって、一敗も許されはしない。

「もちろん――負けはしない」

私の思っていることを読み取ったのか、強い語調で言い切った。うん、まあ、幸村くんだからね。できる気がするよね。
相手校がたとえ、ランニングでやってきたとしても。なんか見るっからに暑っ苦しい雰囲気を醸し出していたとしても。負けることは許さない。許されない。目が語ってるんですよ――というより、なんか、野球部の方が似合っているんじゃないですか、彼ら。思わず偏見の目で見てしまったことを許して欲しい。
私が愕然と足音のする方向を見つめていると、幸村くんはそう言った。ちょっと笑いを含みながら。

「ね?面倒くさそうだろ?」

その学校は幸村くん8人でもなければ、ジャッカルくん8人でもなかった。 かの有名なテニスプレイヤーの松○さん8人だった。


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