ならんで歩いた日曜の朝
目覚めた頃からずっと緊張でお腹が痛い。トイレに籠りたいけど、それどころじゃない。早いとこ学校に向かわなければ、私はきっと幸村くんに瞬殺されることだろう。彼なら黒魔術とか、遠距離からで人を殺めることも難しくないと思う。…あれ、言ったそばから、ちょっと息苦しくなってきたかな…あははは。 殺 ら れ る !
バタバタと足音を響かせて、部屋を出て、リビングにいけば、いかにも休日のお父さんらしいお父さんが新聞広げてイスに座っていた。いいよ、お父さん。そのまったり感がとてもお父さんだよ。
「緋莉。弁当、ここに置いとくよ」
「うん…ありがとう、お父さん…」
「? どうかしたのか、顔色がすこぶる悪いぞ?」
「うん…ちょっとね… 黒魔術かな…あはは…お弁当、ありがとう…」
ああ、川の向こうでおじいちゃんが手をふってるよ…。 うん、まだ生きてるけどな。
ブレザーに手をかけ、机におかれた弁当に目をやる。綺麗につつまれた弁当袋の中には、お父さんお手製のお昼ご飯が入っている。お父さん、いつもご苦労様っす。
「お母さん、夜勤だったの?」
「そうみたいだな。疲れるみたいだから、今日は寝てるって」
「そっか」
「緋莉は部活か」
「…そーだねえ」
ふ、と遠い目をしちゃうのは、しょうがないよね。今日は休日。いつもなら、みっちゃんとちぃちゃんと楽しい買い物n (「みっちゃん、買い物行こうよー」「めんどくさい」「…うん、そっか」)…うおおお、あんまり休日家から出たことないけど、でも平和な日常を過ごしていた。
テニス部のマネージャーになってから、それなりの時間は過ぎたが、別に休日部活が初めてというわけではない。なのに今日の腹の痛さは絶好調である。油断するとぎゅるる、とかわいそうなくらいお腹が痛さを訴えてくるのだ。――今日、うちで練習試合なんだって。以前、まあ理由は諸々あって、この近所の学校とするはずだった練習試合がおじゃんになってしまった。しかし三年が引退し、ここから始まるべき新生テニス部のために、とりあえず練習試合を組んでおきたいなぁと幸村くんが言った。4回ほど言ってた。すっごい、それフラグだった。気付いたら、今日、練習試合やるよってさ。
「じゃあお父さん、私、学校行ってくるね」
「ああ、頑張っておいで」
「うん」
新聞片手に、お父さんはやさしく笑ってくれた。さて、行きますか。お弁当をバックの中に入れて、持ち上げる。うえ、おもたい。
■ □ ■ □
さすがに休日なだけあって、外を歩いているのは子連れの親くらいだった。…いいご身分ですね。ちょっとだけ羨望のまなざしで見つめてしまった。子供が怯えていたのは私のせいではないと思いたい。
「緋莉せんぱーい!おはよーっス!」
今日も相変わらず素敵な髪、してるね。学校の反対側からやってきたのは一学年下の後輩で、噂の一年生エースとかいうやつだ。
「おはよう、赤也」
「今日は遅刻しなかったんスよー」
「お、偉いね。でもそれがふつうだよ」
「へへ、そうでないっスよ」
あとから付け足された言葉は、都合よく彼には届かなかったようだ。ふふ、君が遅刻したら、私まで罰則だからね。運命共同体ってやつだよ、って幸村くんに言われた時は、ほんと、この世の理不尽さを恨みまくった。
「緋莉先輩、今日初陣ってやつっスよね」
「…初陣なんて言葉よく知ってたね」
「副部長がよく使ってますから」
「私、真田くんと同年代だなんて信じられない」
「俺もあの人が一つ上だけだって信じられません」
思わず二人で遠い目をしてしまった。
赤也とは、結構話すようになってしまった。最初はとても呼び辛かった名前呼びも、今ではすっかり慣れてしまった。うん。みっちゃんの前でうっかり口が滑って呼び捨てしてしまった際に、私の人生はここで終わるのか、と思ったけどな。
「てか今日の練習試合の学校ってどこでしたっけ?」
「えーっと…カワハ中学、だっけ。幸村くん曰く、『まぁまぁ』だよって」
「まあ、俺にしてみればどいつも大したことないっスけどね!」
そういって、赤也は軽く、かつ元気いっぱいに笑った。だから、私は苦笑した。思わず、あの日言われた柳くんの言葉がフラッシュバックする。
私が、マネージャーをするようになってから結構日は経つが、未だ赤也のラフプレーというものを見たことがない。普通にテニスをしているようだし、本当かななんて、疑ってしまうけれど。 薄らと充血していた目を見てしまった以上、信じるしかない。 あと、赤也のことも信じるしかない。
「今日は俺のカッコいいとこ、いっぱい見せますよ!惚れないでくださいねー」
「あ、それはないから大丈夫だよ、安心して」
「先輩!そこはノリでも、惚れるって言ってくださいよー!」
「ノリとかで、命、失いたくないから」
和気藹々、と。 部室に向かった。お腹の痛さは、いつの間にかまぎれていた。
部室に入った瞬間、ぴーん、と背筋を冷たい空気が駆け抜けていった。もちろん、その奥で、幸村くんの微笑が、待ち構えていたからだ。―なぜかって? 赤也と話しているうちに、1秒だけ、集合時間、過ぎてしまっていたんだよ。
「ふふ、ゆっくりの登校だね。いいご身分だ」
「ひっ!」
「まあまあ、今日は緊張なさっているようですし、大目に見てあげましょう」
大目に見られるほどの重要な遅刻だったのか…。1秒も無駄にしてはならぬ。これ教訓か。覚えておこう。
とりあえず柳生くんがかばってくれたから(やっぱりすごい紳士だよ…)、幸村くんは、ちょっとだけ迷った末に、しょうがないとばかりに笑った。
「まあ確かに、緊張――…しているかと思ったけど、けっこう余裕そうだね、七瀬」
「え!こ、これでも結構、胸がドキドキしてる…よ、」
「もっと顔が死んでるかと思ったよ」
「俺と話してて紛れたんじゃないっスか!?」
「そりゃ、おまえ、どんだけ自意識過剰なんだよ」
「あ、はは。確かに気は紛れたかも、かな」
これ以上、赤也VSブンちゃんを広げてはならない。結構、あばば、めんどくさい。曖昧に笑って、バックを机に置いて、あたりを見回した。
「あれ…柳くんと真田くんは?」
「参謀はデータ取らなきゃならんって理由で、真田は張り切るって理由で、外に出とるぜよ」
「曖昧だね…」
「あ、そうだ。七瀬、カワハ中学の人たちには隣の部室使ってもらうことになってるけど」
「あ、うん。それは昨日、掃除しておいた」
「そっか。ならよかった」
「…あんな状態を他校に見せるわけにはいかないもんな」
「そう、だな…」
いつも明るいブンちゃんとよっぽどのことがない限りおそらく(お世辞でも)褒めるであろうジャッカルくんをここまで暗い表情にさせるくらいヒドイ有様だったということだけは覚えておいてもらいたい。昨日頑張った。だって部活に行った瞬間、今日はほかのことは何もしなくていい。ただお前は無心になって何も考えず、この部室の掃除をしてくれ。とそっと柳くんに箒と塵取り、ぞうきん、バケツ、ゴム手袋、その他諸々を渡され、告げられたのだ。とりあえず、言われた通り、無心に掃除をした。結果、私はぼろぼろになったが、部室はそれなりに綺麗になった、はず。
「じゃあ、そこは七瀬を信じることにするよ」
「…うん、信じて、私、頑張った」
「カワハ中学は30分後くらいに来る予定だから、それまでは各自ウォーミングアップなど怠らないように。―七瀬は俺と一緒に校門まで出迎えに行くから、25分後になったら、校門までくること。忘れるなよ?」
「りょ、りょーかいっす…!」
びしっと敬礼のポーズを取れば、よし、と満足げに笑われた。私、そろそろ、幸村くんとのコミュニケーション方法わかってきてる!頑張ってる!何故か私まで満足げになってしまった。
「そういえば、七瀬」
「な、なに…かな…?」
みんながそれぞれに歩き出した瞬間、幸村くんはどこか楽しげに私を呼び止める。思わずびくりとしてしまう。こわい。彼はにっこりと笑っていた。
「俺の黒魔術、きいたかな」
「やっぱりか!どおりで息がしづらくなったと思ったよ!」
幸村くんとのコミュニケーションは、黒魔術を攻略しないと、ムリぽいです。
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