「さあさあきり丸くん、はりきっていきましょう!」
夏ゆずの売り子。それが私のこの人生初のバイトだ。
それにしても安すぎる。この時代の農業は21世紀とは生産の規模感がまるで違うから、この値段で売っても1玉あたりの売り上げ単価はかなりショボいんじゃないかなんて、余計なことを考えてしまう。
ので、販売金額は勝手に変えさせてもらった。
「あの、いろいろ準備してくれて嬉しいっすけど、ナマエさん、看板の漢字、間違ってません?大玉3個16銭が『大王』1個16銭になってますけど」
「ああ、いいのいいの、それで。そのままにしといて」
「?⋯⋯あと、16銭って高すぎないっすか?せめて8銭じゃないと、買う人いないっすよ」
「うん、それも平気。大玉の入ってる竹かごはかわいいし、中玉5個が8銭、小玉6個が6銭ってなってるでしょ?」
「なってますけど、それが何なんすか?」
「まあ見てなって!ナマエちゃんの華麗なメンタリズム営業を!!」
あ、今の私ちょっと滝夜叉丸先輩っぽかったなと思っていると、思い浮かべていた人がどこか見覚えのある人と一緒にドドドと音を立てて走って来るのが見えた。
「どけ!三木ヱ門!しあわせのゆずはこのスーパースター・平滝夜叉丸のものだ!!」
「君こそどいてよ!しあわせのゆずはスーパーアイドルの僕のものだよ!」
「あれ、滝夜叉丸先輩に、三木衛門先輩⋯⋯?」
店の前で止まった2人に、きり丸が不思議そうに首を傾げる。
「いらっしゃいませ!美容と健康にいい『しあわせのゆず』、なんと今日はあの大玉が3個セットで16銭!」
「買った!」
「僕も!」
「ありがとうございまーす!」
先輩たちは大ぶりのゆずが入った竹かごを手にして、ほくほく顔で帰って行った。
「何なんすかね、今の先輩たち。『しあわせのゆず』とか言ってましたけど」
「まずは1個成功、って感じかな」
「ナマエさんが何かしたんすか?」
「メンタリズムそのいち!人は口コミとか、第三者からの評価を信じやすい。⋯⋯ってことで、きり丸に夏ゆずを売るって聞いてから、タカ丸くんに1個噂を流したんだ」
「噂?」
「うん。『タカ丸くんも、しあわせの柚子ってもう聞いた?美容と健康に良くて、お城のお姫様も買ってるらしいよ。今度のお休みの日、町でも少しだけ売るんだって』⋯⋯こう言って、タカ丸くんにお裾分けのゆずを渡しておいたんだ」
カリスマ美容師の口コミがあれば、滝夜叉丸先輩みたいな美意識が高くて耳の早い人がやって来て、ちょっと割高でも買ってくれる。くのたまや、タカ丸くんのもともとのお客さんも同じようにやって来るだろうから、出だしとしては上々だ。
「あとは滝夜叉丸先輩たちみたいな綺麗なお客さんが行列になってるのを見て他の人たちも集まってくるから、バンバン売れるよ!忙しくなるからね、きり丸くん!」
すでに周りの店より人だかりのできあがりつつある店先を目にして、お客さんの方へと向かう。
「すげえ⋯⋯」
ぽつりと、きり丸が感心したように呟く。
弟なんていたことのない私には、そんなきり丸からの視線がちょっぴり誇らしかった。
「ナマエさん。こんな早く売り切れるの、初めてっす」
完売してすっからかんになった台の上を見ながら、きり丸は信じられないものを目にしているかのように呆然と言った。
「やったね、きり丸!これで室町一のカリスマ店員の名は私たちがいただきだね!」
「え⋯⋯」
背中を軽く叩きながら言うと、きり丸のとまどったような目がこちらを向いた。
「あ、ごめん。痛かった?」
「や、全然⋯⋯。そうじゃなくて、ほとんどナマエさんがやったから、『私たち』って言ってもらっていいのかなって⋯⋯」
「え?そこ!?2人でやったんだからあたりまえでしょ!!」
まだ1年生の子どもがそんなこと気にしなくていいのに。
目を小銭マークにしている印象のせいで、何となくきり丸くんはがめつい子なのかと思っていたけれど、意外と根は遠慮がちらしい。お客さんに話しかける時も相手のことをよく見て対応を変えていたし、この年でいくつもアルバイトをしてきたということはかなりの苦労人なんだろう。
「ねえ!きり丸!あのお団子屋さんで休憩していかない?」
「いや、でも⋯⋯」
「あ、お金のことなら気にしないで!お姉さんがおごってあげる!」
「おごって『あげる』〜!?」
「あげる」という単語にパブロフの犬みたく反応したきり丸が、渋っていたのを一気に引っ込めて、軽い足取りでついてくる。
「奢るっていうか、いいバイトを紹介してくれたお礼かな。私1人だとバイト探しとか絶対ムリだったし」
そう。たとえ実家での存在が空気でも、私はドクタケ城主の娘であり、姫なのだ。領内で姫が市井に混じってバイトなんかしていたら「姫がバイトするほどドクタケは貧しいのか⋯⋯」って思われてしまう。
かといって、15歳にも満たない子どもが身分もなしにバイト探しなんかしたら怪しい闇バイトまっしぐらだ。
だから、今日のバイトがうまくいったなら、それは——。
「きり丸が今までいろんなバイトで積み上げてきたツテと信頼のおかげだよ。バンバン売れて私も楽しかったし。本当にありがとう、きり丸!」
繋いでいた手をぎゅっと握りながら、きり丸にお礼を言う。
やっぱりきり丸は遠慮がちな子みたいで、滝夜叉丸先輩のように「そうともそうとも!この私のおかげだ!」とか言い出したりすることもなく、大きな三白眼の瞳で私をただじっと見上げていた。
「ナマエさん、『大王』も売るための作戦だったんすか?」
「もちろんだよ。メンタリズムその2。人は明らかな間違いを見つけると、つい指摘してしまう。漢字が読める人はあの看板見て足を止めるよね」
「でも、買ってくれるとは限らないんじゃ⋯⋯」
「買うよ!ちゃんとした大人はさ、子どもに間違いだけ指摘して物は何も買わないなんて、気まずくてできないよ」
「ナマエさんって物売るの詳しいけど、家は商人とかっすか?」
ぎくっとして、お団子に伸ばしかけていた手が止まる。この質問は、この前小平太先輩に「武家」と答えかけて心臓が止まりそうになったやつだ。
「えっと、武家っぽいけど、武家とはちょっと違うかもしれない何か⋯⋯?」
「ふーん」
聞いてきた割には興味なさそうに、きり丸は手に持ったお茶の入った湯呑みを見つめている。
「ナマエさんみたいに商売上手になるには、俺、どうすればいいのかな」
売り子をしていたときのちゃきちゃきした様子とは違う、切実な声。
食べかけのお団子を皿の上に戻して、隣に座るきり丸の小さな横顔を見つめる。
もしかして私、人生で初めて年下から頼られてる⋯⋯?
何かいいアドバイスをしなきゃ!
そう考えると、土井先生の姿が頭に浮かんできた。
「ちゃんと授業受けてれば大丈夫だよ」
「ええ⋯⋯。授業では明太ナントカなんてやんないじゃないっすか」
「そんなことないよ。この前習ったことだってメンタリズムの一種だもん」
この前習った五車の術。あれだって心理を利用して人を誘導する、立派なメンタリズムだ。
「無意識かもしれないけど、きり丸だってできてたよ。お客さんを煽ててゆずを買ってもらってたでしょ?授業でやったよね。相手を煽てたり楽しませたりして機嫌を取る術は?」
「⋯⋯やりましたっけ?」
「やったよ!いい?これは——」
「喜車・楽車の術だね」
「雑渡さん!?」
会うと思っていなかったはずの人の登場にびっくりしていると、雑渡さんは「やあ」と気さくに軽く右手を上げた。後ろには尊奈門もいる。そして彼の手には大玉の柚子。
「話題になってたから買っちゃった」
表情はいつものまま、ピースしながら言った雑渡さんが隣に腰を下ろす。
⋯⋯オネエ座り。
ギャルか。流行りものに飛びついてみたり、オネエ座りをしてみたり。雑渡さんがなぜかギャルに見える。身長2メートル近くあるのに。
このままでは雑渡さんがギャル文字解読をマスターする日も近い。あれの解読に必要なのはカワイイに理解のあるギャルの心だ。この雑渡さんならきっと、ギャル文字の手紙が読めてしまう。八方斎とのギャル文字でのやり取りは別の何かを考え直さなければならないかもしれない。
ギャルみを見せつけてくる雑渡さんにそんな心配をしつつ、ふとなぜこんなところでタソガレドキ忍者が2人仲良く歩いているのかと不思議になってくる。まさかわざわざゆずを買うためだけに大の男2人が変装もせずに仲良く出歩いたりはしないだろう。そんなの、ジェットコースターに乗るジンとウォッカくらい不自然だ。
ということは——。
「タソガレドキはまた戦ですか?今はラブアンドジャスティス!愛と正義の時代ですよ?月〜の光に〜、みーちびかーれ〜」
「月の光?昼だけど?」
「愛と正義の美少女戦士って言ったらこの曲って決まってるんです」
「美少女戦士?」
思いきり怪訝な顔をして、雑渡さんが首を傾げる。
そっか。雑渡さん、元ネタ知らないから、私が自分のことを「愛と正義の美少女戦士」って呼んだと思ってる⋯⋯?
「ナマエは向いてないと思うよ。美少女戦士」
「知ってますよ!自称美少女とか、イタすぎですし!」
「え?」
「え?」
きょとんとした顔で瞬きする雑渡さんに、こちらもキョトンとしてしまう。
「いや、私が向いてないって言いたかったのは戦士の方。あるでしょ、ナマエは。天職が」
「天職⋯⋯?」
ゆずがたくさん売れたから、ゆずの売り子のアルバイターとか⋯⋯?
微妙すぎる。ゆずは好きだけど、アルバイトが天職ってかなり不安定だし、ゆずが取れない時期はどう暮らせばいいんだ。
ちょいちょいと耳を貸すように人差し指の先でジェスチャーする雑渡さんへ、ドキドキしながら耳を差し出す。
「——っ、はい!?」
「ね、ピッタリでしょ。じゃあね」
「ナマエ、また」
手を上げた雑渡さんに続いて、お土産のお団子を抱えた尊奈門がペコリと軽く一礼する。その一瞬の動作のあと、2人は風のようにひらりと去っていった。
「ナマエさん、なんか赤いけどなんて言われたんすか?」
「⋯⋯内緒」
私の正体をはっきりさせるためにカマをかけられたんだって、分かってる。
分かってる、はずなのに。
『——お姫様』
耳元で、掠れた低い声でそう囁かれて——。しかも、しかもその前!「言いたかったのは戦士の方」と、美少女の方は否定しなかった。
「プロの忍者、怖⋯⋯」
かわいいとサラッと口にする土井先生に、何でもない場面で口説いているような色気を醸し出してくる雑渡さん。
口をきいてくれる男性が周りに八方斎1人しかいなかった私にはちょっと刺激が強すぎる。もはや2人は敵だ。乙女の敵。
⋯⋯敵。
土井先生は忍術学園の先生、雑渡さんはタソガレドキの組頭。父は戦好きだから、2人ともいつか敵になってしまうかもしれない。もしかしたら、きり丸とも。
「帰ろ、きり丸」
土井先生とも、雑渡さんとも、きり丸とも。
せめて忍術学園が帰る場所であるうちは、関わる人みんなと仲良くしていられたらいいな。
そう思って握ったきり丸の小さな手が、きゅっと控えめに握り返される。つい嬉しくなって、初夏の日差しが少し暑かったけれど、手は握ったまま学園まで歩いていった。
※※※
ハポハポげんき〜?
私はこの前、初めてアルバイトをしました。
たくさん売れたお礼でおすそ分けをもらったのでゆずを送ります。
(中略)
ということがあったので、タソガレドキは戦の準備をしていると思います。
あと、組頭はギャルの心があるからギャル文字解読できちゃうかもしれません。
そして彼のことは今後、乙女の敵と呼ぼうと思います。
敬具
※※※
「乙女の敵!?姫様ーーーッ!!何があったのですかーーーーッ!?タソガレドキ組頭め!!くぁwせdrftgyふじこlp→!!!」
朝食後、頭領・稗田八方斎が遣いから受け取った手紙を読みながら紙に向かって叫び始めた。
多少の事情を知っている右腕・風鬼は尋常ではなく乱心している八方斎の様子に固唾を飲みつつ、目を細めて手紙の暗号文を解読し始めた。
⋯⋯読めない。
前回と同じ「ハポハポ元気〜?」は読めるが、やっぱりこのぎゃる文字というやつには慣れない。お頭が、「姫様が『おじさん構文っぽい』と褒めてくれた」と言って見せてくれたお頭のぎゃる文字の手紙は読みやすかったのに。
字の綺麗さの問題ではない。姫様の書いた手紙は、嫁に「どっちの飾り紐が可愛いと思う?」と聞かれたときのような、独特の、得体の知れない理解しがたさがある。
一体何と書いてあったのか、お頭に聞くのが一番早いが⋯⋯。
「年増の他領の忍者が姫様に近付くでないわッッッ!姫様に近付いて良いのは山守の息子か豪商の息子、老舗の呉服屋や扇子屋の息子だ!!!○ね!!」
この嘗てない乱心ぶりである。とてもではないが聞けそうにない。
そして姫様は確かに可愛らしく器量良しの方ではあるが、山守や豪商の息子でないとダメというのは高望みが過ぎ⋯⋯いや、なんでもない。
「こうなったらアレの出番だ!風鬼よ!ついに姫様から賜ったアレを使うとき⋯⋯!」
「そんな⋯⋯アレを?」
姫様が十一歳の頃——、お頭が不幸の手紙を他領に送って地味に揉めたあの事件のあと、「これ使う?」と言って姫様がくれたアレ。
真っ黒な表紙に見ているだけで不安になってくる、不気味な外国語が白く浮かんでいる、大きな手帳。
「ああ、使うぞ。この『ですのーと』を」
「お頭⋯⋯」
名前を書かれた人間が一刻後に心の臓を悪くして死ぬ、死神が地上に落とした死の手帳。「っていう設定ね。もちろん本物じゃないから効果はないけど、ムカつく人の名前を書けばスッキリするよ、きっと」なんて姫様は言っていたが、ゼロから考えた空想にしては「死神が地上に落とした」とか、「一刻後に心の臓の不調で死ぬ」とか、細部がいちいち具体的すぎて怖いのだ。
だからお頭は⋯⋯。
「使って地獄に堕ちたらどうしようって、今までずっと使わずに来たじゃないですか!」
「黙れいっ!誰も怖がってなどおらんわッッ!!」
言ってないけど、やっぱりお頭、怖かったんだ⋯⋯。
「じゃあ使います?」
「⋯⋯⋯⋯いや。姫様いわく、時代はらぶあんどじゃすてぃすとそふとぱわーだ。ですのーとは、らぶでもじゃすてぃすでもない」
⋯⋯お頭、またよく分からない横文字をたくさん使っている。でも、姫様が言い出して、お頭も使い出す横文字というのは、いつだって楽しい何かを運んでくるのだ。
「その、らぶあんどじゃすてぃすは何をするんです⋯⋯?」
「決まっている。ミュージカルだ。歌って踊れるように特訓するぞ、風鬼よ。らぶあんどじゃすてぃすで、戦は時代遅れになるからな」
歌と、踊り⋯⋯?
戦が時代遅れになるというのは、ちょっとは分かる。けれど、そこからどうして歌と踊りに⋯⋯?
「そふとぱわーでタソガレドキを出し抜いてやるぞ、風鬼よ!姫様はやらん」
メラメラと瞳に炎を燃やしているお頭に、黙って頷く。
キレッキレの動きを見せているお頭を前に、「自分、最近ちょっと階段上がっただけで息切れすることあるんですよね」なんて中年あるあるは言えなくて、そっと胸にしまうことにした。
YA'ABURNEE