理解度テストを受けた結果、1年は組と一緒に授業を受けることになった。
「ナマエさん、私たちと一緒に授業なんて、よっぽど頭悪いんだね」
「ぐはっ」
ついに主人公たちに会えた!1年生カワイイ!と喜んだのも束の間、乱太郎が純粋なまなこと可愛らしい声で心を抉りに来た。よい子の素直な言葉の手裏剣、下手な悪口や嫌味よりよっぽどダメージが大きい。
でも私にだって言い分はある。
「忍術のテストが初見殺しすぎなんだよ⋯⋯」
算術はイケた。油分け算とか鶴亀算のようなものとか、現代ではあまり見ないクセ強問題が多かったけれど、コツをつかんだら難しくはなかった。
悲惨だったのは忍術だ。
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問1.相手を煽てたり楽しませたりして機嫌を取りその気にさせる術を答えよ
答.メンタリズム
問2.相手を怒らせることで平静を失わせ、その隙を突く術を答えよ
答.メンタリズム
問3.相手を羨ましがらせて油断を起こさせる術を答えよ
答.メンタリズム
問4.自分の悲しみを見せることで相手の同情を誘い隙を作る術を答えよ
答.メンタリズム
問5.相手の恐怖心を煽ることで優位に持ち込む術を答えよ
答.メンタリズム
問6.問1から5を合わせて何の術と呼ぶか
答.メンタリズムの術
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こんな感じで、心理テクニック的なものを全部メンタリズムと答えたら、真っ赤な答案用紙が返ってきた。
……合ってるし。私が時代の最先端行き過ぎただけだし。
「見てなよ、みんな!あと800年くらい経てば時代の方が私に追いつくから!」
「ナマエさん、今日習ったこと覚えるのに800年もかかるの?」
「ぐはっ」
そうじゃない。
このままだと乱太郎くんの中で私は猛烈なおバカキャラになってしまう。ドクタケ城主の娘として、ちょっとそれは見過ごせない。
「そんなことないよ。今日やった五車の術、ちゃんと覚えたもん。まず喜車・楽車の術でしょ、」
「ねえ乱太郎、早く食堂行こうよ!授業が難しくて、ぼくお腹すいちゃったよ」
「そうだね、しんべヱ。私もお腹ペコペコ〜」
「んじゃ、ナマエさんまた」
「えっ」
ごっはんごはん〜と歌のようなものを口ずさみながら、3人は私の話をまったく聞かずに食堂へと向かって行った。
「ま、子どもだもんね」
自由にのびのび。命のやり取りが当たり前のこの時代、ああやって子どもが子どもらしく振る舞える場所はそう多くない。おバカキャラ認定されてるっぽいのはちょっぴり不服だけれど、主人公たちが楽しそうならそれでいい。だってこの世界は、彼らのための物語なのだから。
そう。私はバグで突然割り込んでしまった、本来存在しないはずのキャラだ。しかも敵国の城主の娘。だから、今日もぼっち飯だとか、そんなことを気にしてはいけない。
そんなことを考えながらお盆を抱えて空いている席を探していると、難しそうな顔をした土井先生の姿が目に入った。
「すみません。お向かいの席、いいですか?」
「ああ、もちろん」
ニコリと愛想笑いを浮かべた土井先生は、お皿の上を見てまた難しい顔に戻ってしまった。
「ちくわ、苦手なんですか?」
「実は、ちょっと、練り物が⋯⋯」
頰を掻きながら気まずそうに笑う土井先生の顔から、お皿の上のちくわへと視線を移す。
もったいない。練り物、この時代だと高級食品なのに。私なんか仮にも城主の娘なのに、八方斎が掻っ払ってきてくれたおでんに入っていた端っこの方しか食べたことがない。貴重な動物性タンパク質だし、食べれるなら食べた方がいいと思うけど⋯⋯。
「忍法⋯⋯おかずゲットの術!」
「へ?」
おばちゃんが別の方を見ているのを確認してから、サッと土井先生のお皿の上からちくわを奪ってヒョイと食べる。
土井先生はむぐむぐ咀嚼している私をポカンと眺めているけれど、一生懸命頬張ってあまりかわいくない顔になってるからあまり見ないでほしい。
「証拠隠滅完了っ!おかずゲットの術大成功、です!」
ゴクンと口の中のものを飲み込んで、おばちゃんに聞こえないように小声で言って先生にピースする。
ここは何かリアクションがほしいところなのに、土井先生は何が起こったか分からないといった感じで未だにポカンと口を開いていた。
土井先生の顔を見ているうちに、先生に対して距離感を間違いすぎたかも、とか、食い意地の張った子だと思われちゃったかも、とか、今さらどうにもできない恥ずかしさが襲ってきて、顔にシュウシュウと熱が集まっていく。
「その⋯⋯スミマセン。えっと、出来心で、食い意地張ってるとかじゃ全然、なくって⋯⋯」
あれ。こういうのって言い訳した方が怪しくない⋯⋯?
気づきたくないことに気づいてしまって、ますます顔が熱くなっていく。
消えてしまいたい。おかずゲットの術とかいうネーミングも今思えばちょっと子供っぽすぎたし、時を戻したい。
「⋯⋯ふふっ。あはははは!」
縮こまる私を見ながら、土井先生が焚べた火が噴き上がるようにドッと笑い出した。
「ちょっ⋯⋯!そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」
「ごめんごめん、ただ、ナマエくんがあまりにかわいいものだから⋯⋯」
「か⋯⋯かわっ⋯⋯!?」
顔を合わせる度にさらっと「お姫様⭐︎」呼びしてくる雑渡さんといい、突然「かわいい」と言い始める土井先生といい、この世界ナンパ師が多すぎる。
「生徒をナンパなんてよくないと思います!」
「いやいやナマエくん、これはナンパじゃあ⋯⋯」
困ったような笑顔を浮かべて、宥めるように土井先生が両手を上げる。今日の授業でも何回か見た、すぐに脱線しようとするは組の子供たちに話していたときと同じ表情だ。
思いきり子ども扱いされていて、どうしてかちょっぴり悔しくなる。
「もう私のちくわを先生に返します」
「ナマエく〜ん、それは勘弁してくれると嬉しいなあ」
土井先生が胸の前で合掌してお願いポーズを取る。困ったように下がっている眉と苦笑を見ながら「いいですよ」と言いそうになって、ふと今日の授業を思い出す。
「あ!哀車の術!」
相手の同情を誘って隙を作る術。
実際、この困り顔で「頼むよ〜」とか言われたら断りにくい。
「そんなつもりじゃないよ〜。⋯⋯でも授業をちゃんと覚えてもらえてるのは嬉しいなあ」
「覚えるも何も、そのまんまの術名でしたし」
「いやいや、テストの時点では書けてなかったじゃないか。なんだい、あのメンタリズムって」
「メンタリズムはメンタリズムです」
「そっかあ」
言ったそばから忘れてしまう、は組の生徒たちを相手にしているような困り顔。
さては土井先生も私のことを頭がちょっとアレな子だと思ってるな。
ただでさえ、乱太郎たちにはおバカキャラと思われているのに、土井先生にもそう思われたらドクタケの——八方斎の、沽券に関わる。先生方は何も知らないかのように、私を他の生徒と同じように扱っているけれど、八方斎が預けに来た子という情報共有は当然されているはず。
つまり、私がバカだと思われると、私をここに預けた八方斎まで先生たちにバカだと思われてしまうのだ。何とか挽回しなければ。
「土井先生ー、アルバイトの許可、お願いしまぁす」
挽回の方法を考えていると、「アルバイト許可証」と書かれた紙を手にしたきり丸が土井先生をウルウルおめめで見上げていた。
「またバイトかあ。予習、復習もしっかりするんだぞ、きり丸」
「はーい、先生!はんこ、ありがとうございまぁす」
この世界、アルバイトなんてあるんだ。
⋯⋯待てよ。
「先生、私もアルバイトやりたい!」
「ええ?でも⋯⋯」
「1年生のきり丸がいいなら4年生の私だっていいですよね?」
「俺はナマエさんも来てくれるなら嬉しいなあ!売り子のバイト、女の子の方が売れるし」
「ほら先生!きり丸もこう言ってますし」
目が小銭マークになっているきり丸がくれた白紙の許可証に名前を書いて渡すと、土井先生は難しい顔で腕を組んでしまった。
許可を出して私に何か起きたときに、ドクタケ——八方斎との関係が崩れる危険を考えて、安易に首を縦に触れずにいるのだろう。
仕方がない。脅迫なんてあまりしたくはないけれど⋯⋯。
「先生。ハンコくれないと『忍法おかず返品の術』、使っちゃいますよ?」
「⋯⋯仕方ないなあ。これでチャラだぞ?それから、無茶しないで早く帰ってくること」
意外とあっさり観念した土井先生が、ポンと許可証にハンコを押す。
「あんがと、土井先生!ナマエさん、細かいこと教えるから、またあとで!」
「うん!伝説の売り上げ記録達成しちゃうかんね!」
ピースしながらそう言うと、きり丸はひらひらと手を振って乱太郎たちのいる食卓へと戻っていった。人懐こそうな割にサバサバしている。⋯⋯というか、1人で生きるのに慣れてしまっているというか、年上に頼ろうとか甘えようとかしないタイプらしい。
八方斎に甘えてばかりで現在ちょっぴりホームシックな私とは大違いだ。
「きり丸くん、立派ですね。随分苦労したんだろうなあ」
「うん。きり丸はよく頑張ってるよ」
乱太郎たちの高い声がする食卓の方を見ながら、もともと優しそうな表情の土井先生が、殊更に目元を緩ませて愛情に満ち溢れた顔をする。
いいなあと声に出しそうになって、慌てて話題を変える。
「さっきの話なんですけど」
八方斎の縁者として学園にやって来て、ドクタケ城主の娘という正体を隠している私に、きり丸のような目を向けてもらえるわけはないけれど。
道端の石ころみたいにはなりたくない。
できれば「よく頑張ってる」って、私だって褒められたい。
「メンタリズムは、相手の心を読んで誘導する技術のことです。例えばこうして食事をしながらだと、食べるのに集中して批判力が低くなったり、満腹で肯定的な感情が生まれやすくなったりするから交渉ごとが有利に進むそうですよ」
ハンコをもらった許可証を見せながら言うと、土井先生が小さく息を呑んだ。
「ってことで、アルバイトの戦果は期待しててください!渋谷のカリスマギャルもびっくりの、超絶売り上げ記録作っちゃいますから!メンタリズムで!」
食べ終わった盆を手に立ち上がりながらそう言うと、顔をわずかにこわばらせていた先生は初めて手品を目にした少年のように目を丸くした。
「なんだか、調子狂うなあ⋯⋯」
「先生、どうしたんだろう?なんか顔赤くない?」
「きっと練り物のせいだよ、乱太郎。言ってくれればボクが食べてあげたのに」
「さっきバイトの許可証貰いに行ったときは普通だったけど⋯⋯?」
食堂を後にする私の背後で土井先生が真っ赤になる顔を手でおおっていたことも、それを見た乱太郎たちがヒソヒソと囁きあっているのも、私は気づかないままバイトの売り子戦略を立てていた。
「まずはきり丸くんに何を売るのか聞いて、タカ丸くんに髪結のお願いだね」
人気髪結師と評判の斉藤タカ丸。ヘアアレンジは自分でできるから大丈夫だけれど、物を売るには彼が必要だ。
だって、カリスマ美容師の口コミはいつの世も効果絶大だから。
YA'ABURNEE