やぶさかデイズ

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D+S / mp100 / Minor
BIZARRE DREAM
弾丸論破サーチ

みえないひと

「ねえ、エクボさんってどんな人なの?見た目は?」
「ええと……緑、です」
「緑!?えっ、人じゃないの!?」

この女は俺様が見えていない。
わざわざ目の前に来てやったのに、後ろにいる茂夫に話しかけている。

『元は人間だけどな。ま、魂の色みたいなもんだ』

俺様の言葉を茂夫が復唱してみせると、女は目を輝かせる。



この名前という女は元々霊幻の元を訪ねた客だった。が、その依頼内容を聞いてみれば「幽霊と話がしてみたい」という事だった。そこで霊幻は、ちょうど事務所に来ていたエクボと茂夫に丸投げした。「霊ならそこにいる」と。不可視モードな為見えていないはずだったが、妙な勘が働くらしい。

「ええっ!?キミ、幽霊だったの!?あんまりはっきりしてるから……」
「いえ、ボクじゃなくって、こっちです」
『 よっ。』

可視モードにして片手を上げてみせるが、女はあらぬ方向を険しい表情で凝視する。

「いるの……?」
「はい。もう少し下に」
「こ、ここ?」

恐る恐る手を伸ばす。今度は場所はあっているが、当然女の手はエクボの体をすり抜ける。見ることも触ることも出来ないとわかると、ガックリと肩を落とし項垂れた。そのわかりやすすぎる落胆ぶりに、仕方が無いので軽く袖を引っ張ってやると、勢いよく起き上がる。

「いいいいいいま!!袖!!」
「あ、はい。エクボが引っ張ってました」

エクボさんって言うの!?と叫んだ女はご機嫌な様子で自己紹介を始める。はじめまして、名前と申します、会えて嬉しいです、今までどんな儀式をしても会えなかったのにすごい……。
その様子を離れて眺めていた霊幻が「オカルトマニアか……」と呟いた。



出会いから2ヶ月ほどが経ったが、名前は霊とか相談所に通い続けていた。霊幻はあの内容ではお金をとらないということだったし、なんでも名前のオカルト知識が仕事の役に立つこともたびたびあるようで、すっかりこの場に溶け込み看板娘と化してしまった。
それもこれも、全てエクボと話がしたい一心なのだそうだ。ここまで通っても見えない・話せないのだから無駄だろう、と1度言ってみたが、「モブくんを通してお話しできてるからいいの」だそうだ。





ふと、思い立っただけだった。そんなに話したいなら話してやろう、と。
呼び鈴を鳴らす。はーい、と言う間延びした声と共にドアが開く。夕飯の支度をしていたのだろうか、奥からは夕げの匂いがする。

「よう。」

玄関を開けたら見知らぬ男が馴れ馴れしく挨拶をし見下ろしているなんて、一人暮らしの女なら危機感を持たなくてはいけない状況だろう。
だが、名前はエクボの────正確には道中で適当に見繕った男の顔を見つめている。

「わかるか?」
「……エクボさん?」

自分で聞いておいて何だが、まさか言い当てられるとは思わず柄にもなく狼狽えてしまう。エクボの動揺を知ってか知らずか名前は「本当にほっぺが赤いのね」と笑う。

「あれ?でも緑じゃない……」
「……そりゃあ、体を借りてるだけだからな。緑色なのは霊体だけだ」
それまで嬉しそうに笑っていた名前の顔が曇る。他人の体を乗っ取っている目の前の悪霊が恐ろしくなったのだろうか。悪霊であることは以前から伝えていたものの実物を見て気が変わるのは無理もないだろう。『話す』という目的は果たせたのだから、と去ろうとすると、手を引かれる。その勢いで体は完全に部屋の内側に入り、背後でドアが閉まる。

「エクボさんの体は、もうないの?」
「おう。俺様が死んだのは随分昔だしな」
「じゃあ、こうしてるのもわからない?」

手を握る力が強まる。触られている感覚はあるのか、という意味だろう。答える代わりに握り返してやると、強ばっていた名前の顔が和らぐ。

「でも、手冷たいね。エクボさんが入ってるから?」

言われてハッとする。この体はあまり耐性がないらしい。そろそろ借りているのも限界だろう。

「悪いな。俺様そろそろ帰るわ」
「えっ、待って、もうちょっと……」

ドアを開けようとするエクボをまたも止めようと手を伸ばすが、今度は足がもつれてしまい空ぶる。その代わり、エクボの胸に収まってしまっていた。

「ごめっ……!」
「名前」

初めてエクボに呼ばれる名前に、名前の瞳が揺れる。俺様はずっと呼んでたんだけどな、と苦笑したくなるが、かといって悪い気分でもない。左手で名前の腰を引き寄せ、右手は軽く顎に添える。

「そんなに俺様と話したいか?」

名前が頷くのを確認して、その唇に口付ける。
『自分』を見ているこの瞳は、いいものだなと思った。







「エクボさーーーん!!!」

暇を持て余したこ焼きを貪っていた霊幻たちの耳に、いつも以上に生き生きとした名前の声が否応なしに届く。階下から既に聞こえていたため、恐らくご近所にも響いている。
現れた彼女は相当急いで来たようで、髪も息も乱れている。

「お前、ご近所迷惑って言葉知ってるか」
「エクボさん!」

一言物申そうとした霊幻には目もくれず、名前は迷いなく進む。

「見えるようになったの!」

その言葉にモブと霊幻がはたと向けた視線の先には、エクボに飛び付いている名前がいた。

『おわっ!っぶねーなー!つーかお前さわれるようにまでなったのかよ!』
「うん!ねえ、エクボさんのおかげなんでしょ?」

エクボは口笛を吹いて白を切るが、彼女の笑みは増すばかりだ。
初めて見るはずの緑色の彼を抱きしめ、頬ずりすらする。

「エクボさん、大好き!」
『あーもうお前うっせーんだよー耳元でよー!!』

それを離れて見つめていたモブは「耳なんてあるんだろうか」と思い、霊幻は「霊でも照れるんだな」と呟いて最後のたこ焼きを頬張った。

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2016- やぶさかデイズ