太陽の照りつける暑い夏の日だった。雲一つない空や陽炎のできるアスファルトは今でも思い出せる、幻想的ですらある風景だった。
親に構ってもらうでもなく、友達と遊ぶでもなく、なんの宛もなく家を飛び出した私は、麦わらを帽子深く被り公園のベンチの横でしゃがみこんでいた。
その公園はそれなりに広く、子供の遊び場としてだけでなく主婦の集合場所、学生の休憩所のようにもなっていた。
だからなのか、その日はワゴン車が停車し、それほど種類のないアイスクリームを売っているようだった。
アイス日和な天気だ、行列はできないにしても客足は途絶えていなかったように思う。
私は落ちていた何の木かもわからない小枝で、絵とも言えない代物を描きながらそのワゴン車を見つめていた。
食べたくて見つめていたわけではない。親は買い食いをしない、させない方針の人間だったので、買ってすぐアイスを頬張る人達に憧れはあったが……スーパーでアイスをねだれば買ってもらえたし、家に着いたら少し冷えたフローリングで寝転がりながら食べたって許された。
家に帰ればアイスはある。だから、どちらかというと、珍しいものを観察していたのだ。
しかしアイスクリーム屋はアイスを売っているだけで特に変化はないので、また地面の落書きに目を落とす。
すると、太陽が照りつけていたそこが影になった。
見上げると、自分より少し小さい男の子がアイスを頬張りながら私を見下ろしていた。
なあ、と不躾に呼びかけられる。
彼の、大きく開かれた瞼に対して小さめの瞳を見つめ返すと、ほんの少しその瞳が揺らいだ。
「アイス、たべたいのか?」
「……? ううん、」
「おれのくうかぁ?」
私の返事は聞こえなかったようで、ニカッと笑い、コーンに乗った2色を差し出す。
「上がレモンで下がいちご!」
私が戸惑っていると、彼は「レモンすっぱくてよ〜…おまえたべれる?」と困ったように耳打ちした。
こくりと頷き、黄色い方に口をつける。すると男の子も間髪いれずにかじりついて、額どうしが触れ合った。驚いたけれど、彼は私の麦わら帽子が邪魔でそちらのほうが気になるようだった。
「すっぺえ〜!」
「しかも、ちょっとにがいね」
二人して舌を出して文句を言ったあと、どちらからともなく笑いあった。
「でもこれたべたらいちごだからな!早くたべねーと」
「いちごすきなの?」
「おう!あまいからな!あとうまいから!」
語彙の少なさがかわいらしく感じて、思わず吹き出してしまったけれど、彼は気付かずレモンの酸味に苦戦していた。
「億泰!もうかえるぞ」
「! あにき!」
離れたところから声をかけられ、また困ったような顔をこちらに向ける。
「? いいよ、行っておいでよ」
「んんー……いちご、一口くえよ!」
レモンはまだ数口分残っていたけれど、じゃあ、とお礼を言いながら横からいちごを頬張る。
「うん…レモンがすっぱかったから余計いちごがあまい!おいしいよ」
「そうなのか!?すげー、ふしぎだなあ〜」
まじまじとアイスを見つめていたが、もう一度名前を呼ばれると今度こそ焦って、走り去った。
おくやすくん。
おくやすくん。
「おくやす…くん」
何度も繰り返して覚えたその名。
あれは確かに恋だった。
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2016- やぶさかデイズ
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