やぶさかデイズ

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BIZARRE DREAM
弾丸論破サーチ

とばり

 モノクマの放送によって体育館に集められた生徒達は、緊張、不安などの違いはあれど、全員が確実に心をピリつかせていた。朝と夜に行われる定時の校内放送とは違う、不定期の放送。こういう時は決まって良くないことが起こる、と先日はじめての学級裁判を終えた面々は嫌でも学習していた。
 
「ボクはオマエラに、新しい動機を与える事にしたのです!!」

 モノクマは明言していないが、もちろん殺人の、という意味であることは全員が理解した。その“動機”という言葉は、否が応でも一同に先日のビデオテープを思い起こさせた。舞園さやかが凶行に走った原因……その結果、三人の仲間を失った。
 殺人を繰り返させてたまるかとばかりに苗木や石丸が食ってかかるが、校長を名乗るクマは意に介さず話し続ける。

「えー、今回のテーマは……“恥ずかしい思い出”や“知られたくない過去”です!」
 
 そう言って足元にばら撒かれた封筒には、ご丁寧に各々の名前が書いてある。
 人を殺す動機になるような秘密なんてない。苗木たちがモノクマに言い放っているのと同じように、名字名前にも、思い当たる節はなかった。
 それでも、先の殺人の発端は、モノクマが用意した動機が原因だった。余程のことが書かれているに違いない。そう思って封筒を開けた。

「!? こ、これは……」
「名字ちゃん、どうだった?」
「うっ!?」 

 背後から声がかかり、思わず封筒を胸に押し付けて振り返る。声の主である朝比奈は、名前が想像以上の速さで反応したことで動揺したようで、「み、見てないよ!?」と声を荒らげた。

「あ、ご、ごめん、驚いちゃって」
「ううん、急に話しかけちゃってごめんね? ……やっぱりすごいこと書かれてたの?」
「いや……すごいっていうか……。人を殺す動機にはならないよ?知られたくはないけど……」

 この言葉に嘘はない。いや、もちろん、できることなら公表は絶対にしないでほしいが、それでも命には替えられない。
 
「そうだよねえ?こんなのがほんとに動機になっちゃうのかな?」
「人による……としか言えないんじゃないかしら?世の中には、何を犠牲にしてでも守り抜かなくてはならない秘密を持つ人間もいるものよ」
 
 朝比奈の疑問に、いつの間にか近くにいた霧切が答える。達観した、高校生とは思えない発言に、名前と朝比奈は無意識に互いの身を寄せた。
 何を犠牲にしてでも。その犠牲というのは、いま名前達が立たされている状況下では、『他者の命』を意味した。
 タイムリミットは24時間。それを過ぎると“秘密”を世間にバラす、という。また殺人が起こるかもしれない。不安に思って視線を霧切から外すと、見慣れたリーゼント頭が目に入った。
 
 大和田紋土。名前にとっては唯一の、希望ヶ峰学園入学前からの知り合いだ。『超高校級の暴走族』という近寄り難い触れ込みで入学した彼だが、名前からすればかわいい弟分のようなものだった。
 同学年の彼を“弟”と認識してしまうのは、彼の兄の存在が大きい。暴走族『暮威慈畏大亜紋土』初代総長、大和田大亜。
 大和田兄弟と名前は、仲がよかった。男の世界である暴走族になぜ名前が入り浸れたかというと、大亜が他のメンバーに「俺の女だ」と名前を紹介したというトンデモエピソードのおかげなのだが、実際には大亜と名前は付き合ってなどいなかった。最初は勝手なことを言う大亜を責めたが、一部のメンバーが「なんで女が族にいるんだ」と不満を零していたことを知り、話を合わせた。もちろん、大亜の弟かつチームのナンバー2である紋土には付き合っていないとはっきり言っておいたが。

「紋土、大丈夫?」
「……名前。今は話しかけんな」

 体育館を後にしようとする彼を追いかけると、いつになく沈んでいるようだった。大抵の人間が見れば、沈んでいるというより怒りを露わにしていると捉えるだろうが、名前は違った。
 背を向けて歩き出す彼。長身で、大きな背中なはずなのに、今は随分と小さく見えた。
 この背中は、見覚えがある。忘れもしない、大亜が亡くなった、あの日だ。

 
 
 
 
 暮威慈畏大亜紋土ナンバー1、ナンバー2が、単車でサシの勝負。あのとき、大亜の引退式ということもあり周りのメンバーは随分盛り上がっていた。
 名前は熱狂的な空気の中、静かに勝負を見守った。偉大すぎた初代総長を超えなくてはならないという重責を、紋土は気負い過ぎている。それを悟られないよう虚勢を張る姿を、今日まで見てきた。
 勝負の前には、彼のあまりの緊迫した雰囲気に声もかけられないほどだった。
 
(……何もありませんように)
 
 祈る想いで、決着を待つ。
 
 その時だった。
 遠くで、派手な音が聞こえた。
 
 まさか、そんな。
 二人じゃありませんように、とまた祈ったが、神様は聞き入れてはくれなかった。
 
 



 大和田は身長がある分足も長いらしく、名前の考え事の間に見失うほど歩を進めていた。
 追いかけなくてはいけない。あの日と同じ背中を。

「……!……」
「……?」

 走って後を追うと、微かに話し声が聞こえた。
 
(一人は紋土っぽいけど……女の子と話してる?)
 
 目の前の曲がり角の先に、声の主たちはいるらしい。
 あの紋土が、女の子と仲良く談笑……?
 名前にとっては面白くない状況を想像し、一瞬足が止まる。だが、ここで立ち去るわけにもいかない。無意識に拳を握って、大和田たちの前に出る。
 
「や、なーにしてんの?……って、不二咲さん?」
「あっ、名字さん……!え、ええと、そのぉ……」

 名前に聞かれては困る内容なのか、不二咲は口ごもる。そのもじもじとした仕草もかわいらしく、微笑ましい気持ちになる。が、大和田の前でそうされると、なんというか、モヤモヤした気持ちを抱いてしまうのだった。
 
「ぼ、ボク、準備してくるから!それじゃあね!」

 脱兎のごとく駆け出す、というのはこういうことなのか。走り去る後ろ姿を見つめて、うさぎの尻尾と耳を付けた不二咲を想像してしまう。あまりにも似合う。

「準備って……なんの話?」
「ああ……トレーニングに付き合えってよ」

 でもなんでオレなんだ?と首をひねる大和田。聞けば、集合場所はトレーニング器具のある更衣室。それも、男子更衣室だ。女子である不二咲は入れない。

「うーん?なんか勘違いしてるのかな?」
「だよな」
「そういうことなら、私が一肌脱ぎますか」

 大和田や大神ほどではないにせよ、自分だって多少は鍛えている。むしろ、トレーニング初心者であろう不二咲に教えるには適任だろう、とコーチを申し出た。
 

 
 夜時間を告げるチャイムは鳴り響いたが、部屋に置いておいたジャージを取り、すぐに更衣室へ向かう。すでに更衣室の手前には大和田が立っていた。指導は名前に任せることになるとはいえ、不二咲と約束を交わしたのは自分なのだから、と考えてのことだろう。
 ほどなくして、トレーニング希望者は現れた。名前という想定外の存在に驚いたようで、鞄を落としそうになっている。

「名字さん……どうして……」
「ごめん、紋土から聞いちゃった。トレーニングするんでしょ?なら同性同士じゃないと一緒にできないからさ」

 一緒にがんばろ!と声をかけるも、不二咲の顔色は悪くなっていく。大和田が不審に思って訳を聞こうとすると、彼女は鞄を持つ手をぎゅっと握りしめ、目の前の二人に強い眼差しを送った。

「トレーニングの前に……聞いてほしいことがあるんだ」

 いつもの彼女らしからぬ意志の強さに、眼差しを受けた二人は顔を見合わせ、不二咲に向かって無言で頷いた。
 
 
 ☆
 
 
 不二咲の告白は、あまりにも衝撃的だった。
 だってそうだろう、隣人の性別を疑ったことなんて人生において一度もない。自分の持つ常識を覆されたような心持ちで、名前はしばらく声が出せないでいた。
 しかし、それでも重要なことはわかったつもりだ。今の話で大事なのは、不二咲が男という事実ではない。人生のほとんどを『女性』として偽ってきた少年が、傷つくことを恐れず他人に真実を話した、そのことがなによりも尊ぶべきものだった。名前は、素直に“彼”を尊敬した。
 
「騙しててごめんなさい……」
「……どうしてだ?どうして急に……秘密を打ち明ける気になった?」

 責められるでもなく問われて、不二咲は面食らったような顔をした。名前はその問いを、一瞬「なぜ他の誰かではなく自分達にその話をしたのか」という意味かと考えたが、大和田の表情を見て、違う、と直感した。
 彼は、秘密は守られなくてはならないと思っているんだ。秘密に、囚われている。
 だからこそ、自ら告白した不二咲を理解できないでいる。
 
「……変わりたいんだ。いつまでも“ウソに逃げてる弱い自分”を壊してさ……!」

 その決意に、息を飲む。
 名前はもはや、話をする不二咲ではなく、大和田を見つめていた。彼のその瞳は、隠せない戸惑いと、大きな怒りと、どこかのなにかへの恐怖と、微かな憧れを映していたから。

「でもさぁ、大和田くんは強いから、きっとへっちゃらなんだよね?モノクマにどんな秘密をバラされても……」

 へらり、と笑いかける不二咲を、怯えたように見つめている。

「…………だから、言えっつーのか?本当に強ぇーなら、秘密を……」

 この状況の何が彼をそうさせるのか、明確な原因はわからない。だが少なくとも、不二咲の言葉の一つ一つによって彼の正気は確実に抉り取られている。
 ――だめだ、そんな顔をしては。
 
「紋土ッ!!」
「ッ!……名前……」
「もうやめてよ……!強くなんかなくたっていいよ!!」

 気づいたら、名前の腕は大和田に伸ばされていた。声だけでは、今の彼に届く気がしなかった。きつく抱きしめ、それ以上言わないでと懇願する。
 
「嫌だよその顔……大亜のときみたいな顔、しないで……」

 兄の名を出した瞬間、大和田の身体が揺れた。それを皮切りに名前の目からは涙が溢れ、腕を力無く下ろした。

「……不二咲、悪ぃ。トレーニングは……明日以降にしてくれねーか」

 顔も上げず絞り出すように放たれた声に、不二咲は一瞬躊躇したが、泣きじゃくる名前を見て頷いた。



 不二咲が去った後、大和田はただ黙って目の前で嗚咽を上げる彼女の肩を抱いていた。
 女の涙は苦手だが、今だけは、この涙のおかげで冷静になれていた。

「ありがとよ」

 礼の意味がわからず、名前は止まらない涙を拭いながら視線を送る。こんなにも近くにいるのに目は交わらず、彼は独り言のように口を動かす。

「オレぁ、また……てめーの勝手で人を殺すところだった」
「……また、って……」

 なんの話か、わからない。
 口の悪い彼のことだ、殺す、という言葉自体には違和感はない。しかし、今の響きはとても冗談とは受け止められない。
 でも、まさか、そんな。まるで、一度殺人を犯したことがあるようじゃないか。

「なに、言ってるの?」
「名前。オレは……」


 兄貴を、殺したんだ。


 比喩でもなんでもなく、息が止まった。混乱と絶望でないまぜになった頭で、考える。
 それがモノクマに与えられた“動機”だと言う彼の言葉を、そのまま信じることはできない。だって、あれは事故だった。
 大亜は弟とのレース中に反対車線に飛び出した為に対向車――それも大型トラックに正面衝突し、短い人生を終えた。それは誰の目から見ても明らかだったし、そのあまりに衝撃的なできごとを名前が忘れるはずはない。記憶違いなんて、ない。

「ちがう……ちがうよ」

 大和田に理由を聞くよりも先に、名前の口からは否定が漏れた。ずっと、誰よりも近くで見ていたつもりだった彼が、笑顔の裏でこんなにも重い罪を抱えていたというのか。そのことが、名前には辛い。

「本当だ。あの勝負のとき、オレは」

 神に懺悔するように、ポツリポツリと語りはじめる。
 二代目として兄から総長を引き継ぐため、どうしても勝たなくてはならなかったこと。そうでなければ周りの人間に認められない、と強迫観念のように思っていたこと。レース中、そのプレッシャーから勝利を焦りすぎ、反対車線に飛び出てしまったこと。――大亜は、それを庇う為に死んだこと。そして、兄の死の間際、「二人で作ったこのチームを存続させる」と堅く誓ったこと。
 大和田が明かした真実は、名前が知らない事もあれば、なんとなく察していた事も含まれていた。
 月日が経った今なお、彼はその罪に苛まれている。「兄は勝負を焦るあまり事故にあった」「その兄に勝った」と嘘で塗り固めたことを、自らの弱さだと言う。偽らなければ、兄との男の約束を守れなかった、それこそが弱さだと。
 名前は、彼を裁くことも、許すことも出来なかった。ただどうか、解き放たれてほしい。あんまりじゃないか、あんなにも仲の良かった兄弟の絆が、弟一人の重荷になっているなんて。
 
「紋土……」

 彼の震えた手に、自らの震えた手を重ねる。「そんなチームをは捨ててしまえ」と言えたら、この震えを止めることが出来るだろうか。それとも、「そんな嘘はやめてもう一度やり直せ」と宣告するのが、正しいのだろうか。
 どちらも、名前が行うにはあまりに二人の距離は近すぎた。

「これからは私も……一緒に背負わせて。こんなとこからさっさと出て、今度こそ大亜も唸るような最高のチームを作るの」

 そうしたらきっと、大和田は本当の意味で兄の跡を継ぐことができる。
 笑いかけたかったが、泣き腫らした顔はとても不格好だろうと、彼の視線から逃れるように背いた。
 名前のその仕草は彼には効果が薄く、伏せられた濡れた睫毛をじっと見つめた。

「オメーが泣いてんの、……初めて見んな」

 言ってから、ああそうだ、と思い至る。
 コイツは、兄貴の葬式でだって泣かなかった。

「……そりゃ、強がってたかったもん。我慢しっぱなしだよ。かわいい弟分の前ではさ」

 想像し得なかった言葉に、目を見張る。
 族の男に囲まれようが顔色一つ変えない。他の女のようにわめくわけでもない。肝っ玉の座った女。そう思って疑わなかった名前が、自分と同じように、虚勢を張っていたなんて言う。
 大亜の死に面した名前の感情のない顔を思い起こして、歯噛みする。

「馬鹿が……惚れた男が死んだ時くらい、泣いたっていいだろ」

 自嘲的に零すと、名前の表情から感情が消える。
 
「……えーと、紋土くん?それどういう意味?」
「? 意味も何も、そのまんまだろ」

 大和田の言葉に、眉毛がピクリと跳ねる。名前の纏う雰囲気の変化を感じ取ったのか、彼は無意識に半歩引いた。返事をしない彼女に、なんだよ、と声をかける。
 
「……紋土」
「だからなんだよ」
「紋土の“秘密”だけ知って、私が教えないのは不公平だよね」

 唐突だ、と大和田は思ったが、目の前の彼女の妙な圧で閉口した。

「大和田紋土が好き」
「……はっ?」

 恥ずかしさからしかめた顔を逸らした彼女の、うっすらと赤く染まった頬を見て、大和田の覚悟は決まった。
 

 ☆
 
 
 翌日、昨晩集められたのと同じ時間に校内放送がかかった。

「先生は……先生は悲しいよッ!まさかあーんなに恥ずかしい秘密をチラつかせても誰もコロシアイをしないなんて……ッ!」

 およよよ、と泣き崩れたモノクマだったが、次の瞬間にはにこやかに「じゃあお楽しみのネタばらしでーす!」と言い放った。

 生徒達の知られたくない秘密が次々暴露されていく。騒然としたり呆れられたりする中、ついに名前の番が来てしまった。
 
「次、名字サンの秘密は……『大和田紋土が好き』!でしたー!」

 止める間もなくバラされてしまい名前があたふたとしていると、横から次々声があがった。
「くだらん」「誰の目から見ても明らかではありませんか」「占うまでもないべ」「け、汚らわしい……ッ」
 唯一苗木が、まあまあ、ボクなんてオネショだし、とフォローになっていないフォローをしてくれた。
 
「だって、名字サンも苗木クンも、あんまりにも平凡な人生すぎて秘密なかったんですもん……」

 勝手に調べて勝手に発表しておいて残念そうにのたまうモノクマに殺意すら湧く。が、手を出せば処刑。名前は拳を握り震わせることしかできなかった。
 
 発表は続き、その中でも不二咲の「男のクセに女の子の格好をしている」という事実は体育館に響き渡るほどの驚愕の叫びをもたらした。主に山田のものだ。

「ほ、本当なの?不二咲……くん?」
「うん……。騙して、本当にごめんなさい……。
 で、でも、ボクこれからは変わるって決めたんだぁ。みんなとここから出るために、強くなるから……もう、女装なんかに頼らない……!」

 不二咲は、昨夜から今までの間で、秘密を明かす決意を固めていたようだった。彼にとっては人生が変わるほどの表明であり、その真剣さに苗木や名前は心を打たれたが、葉隠の声で場に再び混沌が訪れる。

「いやいや、不二咲っちのも驚いたけどよ、それより腐川っちだべ!?」
「あっ、そ、そーだよ!殺人鬼って……大丈夫なの!?」

 一同は、殺人鬼ジェノサイダー翔――腐川冬子を見つめる。発表に耐えきれず泡を吹いて倒れたので、返事はない。

「心配なら縛るなり監禁するなりすればいいだろう。それとも、今のうちに殺すか?」

 十神はさも楽しそうにのたまう。誰も答えられず息を詰まらせるが、モノクマによる発表は続く。
 
「最後は大和田クンだね!大和田クンは……『自分のお兄さんを殺した』でしたー!」
 
 殺人鬼の次は、人殺し……。
 連続殺人鬼の存在で揺れていた一同の心は、大和田への疑心で埋め尽くされた。予想できたことではあったが、誤解だ、と名前が身を乗り出す。

「ま、待ってよみんな、紋土は……!」
「名前」

 大きな手を名前の前に出し、肩越しに彼女を見据え、オレに言わせてくれ、と制した。
 先程の不二咲と同じ、覚悟の決まったその瞳に、名前は言葉を失った。

「オレぁたしかに、兄貴を殺した。けどな……」

 その射殺すような視線が、モノクマに向く。

「兄貴は、最期に……チームを守れっつったんだ。オレはそれを破るわけにはいかねー……」

 男の約束だ、と低く言う彼に、不二咲が息を飲んだ。
 次の言葉を吐くために口を開くのを見つめていると、名前は一瞬彼と目が合った、気がした。

「約束は、それだけじゃねえ。……『死んでも名前を守れ』。兄貴はそう言った」

 昨夜彼の口から語られた数々の真実とは違う、名前が知らなかった『男の約束』。大亜が、そんなことを言っていたなんて。
 大和田の拳が勢いよくモノクマのいる方向に向けられる。

「オレぁ絶っ対ぇーにテメーをブッ倒すッ!何がなんでも生き残って、名前を守り抜く!」

 拳は、モノクマではなく、その作り物の目を通してこちらを見ているであろう黒幕に向けられていた。大和田の瞳には、もはや迷いはない。
 
「ふーん……てっきり大和田クンがクロになってくれると思ってたけど、残念だよ……」

 表情筋なんてないはずの顔が、怪しい笑みを模す。何かする気だろうか、と思うと同時に、名前の脳にはモノクマに刃向かって惨殺された江ノ島盾子の姿がまざまざと思い浮かんだ。

「紋土……っ!」
「まさか、ボクの用意した動機のせいでこんなラブコメを見せられるなんてッ!見てるこっちが恥ずかしいよ!そういうイヤラシイことは寮でやってよね!!」

 顔を赤らめ身体をくねくねさせるモノクマに唖然としている間に、モノクマは「もういっそ恋愛観察バラエティに転向しようかな……」と意味のわからない呟きと共に消えた。

「……流石だ、兄弟ッ!」

 いつの間に近くにいたのか、石丸は大和田の肩を力強く抱いた。秘密をバラされることで、規律・法に厳しい石丸との友情は終わったものと思っていた大和田は、とっさに返事ができなかった。

「君の秘密は……兄弟のことだ、きっと、ワケがあったんだろう?」

 いやっ言わなくていい!僕にはわかる!と自己完結している。罪悪感を持つと同時に、自らを信じてくれるこの親友を超えた存在には、また改めて本当の自分を知ってもらおうと思えた。

「ああ……ありがとよ、兄弟」
「礼なんていい!それよりも先程の宣言……感動したッ!まさか名字くんと兄弟が……その、そういった関係とは夢にも思わなかったが……それが兄弟の決めたことなら、応援しよう!」

 こと恋愛に関してあまりに疎い石丸から名前の名が出て、大和田はわかりやすく動揺した。首の後ろをかいて彼らしくもない表情を浮かべるが、やがて顔を引き締め、兄弟、と語りかける。

「オレはまだ、アイツにケジメつけてねーんだ」

 そう言って石丸から離れ、その足は渦中の人物、名前へと向かう。





「名字さん、そんなにショックなの……?」 
 
 モノクマが消えてからフラフラと体育館の隅に赴き座り込んでしまった名前の伏せられた顔を、苗木が覗き込む。後ろでは目を覚ました腐川が、その秘密の通り「ジェノサイダー翔」という人格になっていたり、「あー安心しろよあたし萌える男子しか殺さねーからッ」なんて叫んだりしていて騒がしく、かなり気になるところだ。だが目の前で明らかに沈んだ人間がいる。苗木には、放っておくことはできなかった。
 ただ、名前が落ち込む理由はよくわからなかった。名前の秘密はここにいるほぼ全員が察していたことだったし、何より。

「その、大和田クンって明らかに名字さんのこと……」

 十中八九好きで、つまりは両想いだ。苗木の言いたいことは名前にも伝わり、少し顔をあげる。

「苗木くん……ちがうの。私ね、モノクマにバラされる前に、紋土に秘密打ち明けたの」

 えっ、と苗木の口から声が漏れる。それは、告白したと同意義だ。そしてそれを踏まえて、いま名前が落ち込んでいるのは……。

「返事、もらえなかった。フラれたんだよ、私……」

 昨日の名前の告白の後、大和田はわかった、とだけ言って自室に戻ってしまった。照れる姿くらいは見られると想像していた名前は大いに戸惑い、その後、拒否されたのだと思い至り、眠れぬ夜を過ごした。
 先程の紋土の「守る」という言葉はうれしい。だが、それはあくまで大亜との約束を守るためであり……名前に対する恋愛感情から来るセリフではないということだ。
 言いながらみるみるうちに落ち込んでいく名前に、苗木はなんと言葉をかけていいかわからなかった。苗木の想像以上に、男女の関係というは難しいらしい……。

「おい」
「!? も、紋土……」
「お、大和田クン、今は……」

 大股でズンズンと近づいてくる大男。いま失恋した相手の顔を見るのは辛かろうと気遣い、苗木が大和田を止めようとするが、さすがに体格差がありすぎる。為す術なく押し返されてしまい、心の中で名前に謝った。

「も、紋土……あの……」

 名前は気丈にも立ち上がり、大和田と向かい合う。これからのこの狭い生活で、お互いが気まずくならないようにと思ってのことだった。

「昨日はごめんね……私の秘密のことなんだけど、その、気にしなくていいから!元々隠してたんだし、なかったことに……」
「名前」

 上から降る低音に、名前は肩を震わせる。ああ、ハッキリ言われてしまうのだろうか。お前のことは好きではない、と。

「オレは、お前が好きだ」
「……は」

 真逆。思っていたのとはまさしく正反対の言葉。聞き間違いかと大和田の目を見るが、至って真面目な顔でこちらを見つめている。

「昨日はすまねえ。こうやって、オレのやったことをさらけ出してからでないと、返事できねえと思ってよ……」

 彼は今一度謝罪を述べ、自慢のリーゼント頭を下げた。
 現実なのか、信じていいのか、混乱した頭では判断できずに名前は大和田の背後にいる苗木に目で助けを求めるが、彼は焦りに焦りただ両手を全力で振る。

「けどよ、オレは……モノクマの野郎にバラされる前におめーの口から聞けて、よかったと思ってるぜ」
「も、紋土……」
「な、なんだよ。そりゃそーだろ、ずっと俺ばっかりが……好き……だと、思ってたんだからよ」

 後半はもごもごと聞き取り辛い声になっていたが、それでも聞こえた。硬派で男らしいくせに、こと恋愛に関してはこんなにも不慣れで、そんな大和田をみつきはかわいらしいと思った。いや、かわいいなんて生ぬるい。

「紋土……好き!」
「なっ!?んなバカでけー声で言う奴があるか!!」

 自身も充分大きい声を上げて目立ってしまっているが、大和田はいまそれを気にすることができるほどの余裕がないのだろう。
 このやり取りを目の前で見せつけられていた苗木は、誰に言うでもなく「大和田クンも相当恥ずかしいこと言ってたけどね……」と乾いた笑いを浮かべるのだった。

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2016- やぶさかデイズ