やぶさかデイズ

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BIZARRE DREAM
弾丸論破サーチ

オンリーロンリースウィーティー(2/2)

 一ヵ月ぶりの日本は、今まで自分がいた国より幾分涼しく、慣れた空気が肌を包み込んだ。もっとも慣れたとは言っても、日本にいる時間は人生を振り返ってもそう多くはなく、他の日本に住む人々と同じ感覚を自分が持てているのか疑問ではある。
 それでも、ここには自分の家が、学校が、友人がいる。『ホーム』はやっぱりここだし、目的さえ果たせれば、旅に出る頻度も今よりは減るだろう、たぶん。

「天海くん、お帰り」
「最原君」
 
 久々の登校を一番に迎えてくれたのは、クラスメイトの最原君だった。ただいまっす、と返すといつものように、どこに行ってただとかどんなところだった、何をしていただとかの話で花が咲いた。いつの間にか周りには人が集まっていて、同じような話題を繰り返す。
 毎度のこととはいえ億劫には思わない。自分の帰りを笑顔で迎えてくれる人達の存在は素直に嬉しいし、あまり教室にいない自分のことでもクラスメイトとして意識してくれているのはありがたい。
 ただ、彼らとは関係ないところで、気持ちが沈んでいる自覚はある。みんなに披露している旅先の写真を眺めると、どうしても考えてしまう。そこには本来、自分や風景ではなく、妹たちが写っているはずなのに、と。
 超高校級の冒険家と呼ばれる自分に、『なぜ旅をするのか』と聞く人は多い。だが、本当の目的を言えたことはあまりない。家族の問題をそう軽々しく口にするものではないと思うし、聞いたほうだって好奇心さえ満たせればいいはずの質問だ。だから、見聞を広げたいだのただの趣味だの、適当なことを言ってはぐらかしてきた。

「天海くん、おはよう」

 雑音をかき分けてきた澄んだ声で、現実に引き戻される。聞こえてきた方向を追うと、ひらひらと手を振る女生徒がいた。

「名字さん。おはようございます」

 意識的に笑みを作って返す。話しかけられるかと思ったが、名字さんはそれだけで満足したように歩きだし、自分の席についた。
 正直に言って、気まずさはある。
 告白されて、OKして、その次の日から一ヶ月連絡なし。怒られて然るべき、というか、経験則から言って怒らない女性はいない。
 時計に目をやると、そろそろホームルームが始まる時刻だ。休み時間に話しかけに行こう、と決心したと同時に、チャイムが鳴った。

 
 

 旅から帰った直後の登校日は教師や顔見知りに声をかけられ、気が休まらない。いつものことと言えばいつものことなのだが、それにしても今日は暇がなかった。まさか休み時間が全滅するとは、朝の時点では予想していなかった。
 最後に担任に呼ばれて事務的な話をして、やっと帰ることができる。日の当たる校舎は既にオレンジ色で、話の長い担任をこっそり恨んだ。荷物をとったらすぐに家に帰ろう、と教室のドアの引き手に手をかけるが、扉は開かれないまま静止した。明かり窓から、中の様子が見えてしまったから。
 
「……名字さん」
 
 思わず零れた自分の声が耳に入って、驚く。何を動揺してるんだ、元々話しかけようと思ってたんじゃないか。そう頭をふって、今度こそドアを開けた。
 弾かれたように振り向く彼女。ああ、この光景は。
 
「天海くん」
 
 一ヶ月前のあの日とまるっきり同じだ。
 
「まだ学校にいたんだね」
「ええ、先生に呼ばれてて」
 
 想像と違って、にこやかに話し出す。「今日は忙しそうだったね」と苦笑しながら労ってさえくれる。
 
「名字さんは、どうしたんすか?こんな時間まで」
「あ……うん、なんだろ、なんとなく……」
 
 視線を机の上で彷徨わせる。その様子を見ていると、自分への嫌悪感が生まれる。彼女から話を切り出させようとしている、卑怯な奴だ、と。
 それでも、言葉を待つ。
 
「……ちがうか。待ってたのかも、天海くんのこと」
「そう、なんすか」

  名字さんは目を合わせようとしない。言いたいことがあるのだ。
 怒るだろうか、もしかしたら泣いてしまうかもしれない。別れ話かもしれないし、好意を確かめられるかもしれない。『今まで』は、そうだった。

「あの、天海くん」
「はい」

 やっと、顔を上げる。こちらにまで緊張が伝わってくるその表情もまた、一ヶ月前と全く同じだった。

「おかえりなさい」

「……えっ」
 
 照れたように笑う彼女に面食らう。思わず、本音が漏れる。怒らないんすか、と。

「え?なにを?」
「いや、その……自分で言うのもアレっすけど、付き合って即旅立っちゃったんで、怒ってるかなと」
 
 あ、と一音だけ声を出すと名字さんは俯く。どうしたのかとのぞき込むと、その顔は夕日に負けないほど赤らんでいた。
 
「つ、付き合ってる、で良かったんだ……もしかしたら私の勘違いだったかもーとか……思ってて」
「あー……それは、申し訳ないっす。ほんとに」 
「最初はね、天海くん酷い!とか思ってたんだけど、よく考えたら天海くんが年中冒険しっぱなしなのなんて前からだし」
 
 でも、三週間たった辺りから、ほんとに付き合えたのか自信なくなっちゃって……。そう言って顔を覆う。ただただ謝ることしかできない。
 
「あ、時間、大丈夫?帰るところだったよね」
「ああ、いえ……名字さんとは、話したかったんで」
 
 話したかった。話したかったが、まさかこんな和やかに話せるとは思ってもみなかった。
 自分は異性からの好意をよく受ける。その自覚はある。だがその全てを受け入れるわけではない。旅でよく留守にする自分と付き合っても、多くの女性が求めているであろう期待には添えない。そして受け入れても、長旅の間に考えを改められている。そのパターンしか知らない為、恋愛事には消極的になってしまった。
 名字さんの告白を受け入れたのは、気まぐれだったと言える。元々意識していたわけではなく、そんなに話すわけでもなかった彼女のことを、最初は拒否するつもりだった。ただ、あまりにも本気で、あまりにも真摯な想いをぶつけられて、つい、くらっと、付き合ってしまった。
 それでも、一ヶ月も放っておいてしまったのだ。いつものように責められると思っていたところにこの雰囲気は、初めての経験だ。
 
「あの……天海くん」

 軽く混乱していると名字さんがおずおずと話し出す。なんすか、と言うと、「あまり無理しない方がいいよ」と返される。
 なんのことかわからず意味をたずねると、横に垂れた髪を耳にかけながら話し出す。
 
「天海くん、旅から帰るといつも疲れてるっていうか、心ここにあらず?っていうか……なんだかさみしそうだから」

 頭を殴打された気がした。実際にはそんなはずはなく、彼女の言葉から衝撃を感じただけだけれど、それほどに心が乱れた。
 さみしそう、という言葉でよぎるのは、友人たちにも話していない『旅の目的』。さみしいと感じてはいた。妹たちが見つからず、手がかりもなく、疲れていた。けれど、それを表情や態度に出していたつもりはないし、実際今まで指摘されたことはなかった。
 それを、なんで。さして話したこともないこの子に。
 
「……なんで、そんな風に思うんすか?」
「なんでって……見てたらわかるよ」
 
 好きな人だし、見ちゃうよ、そりゃ。
 ぼそぼそと彼女が言う。胸の中心が掴まれたような感覚。初めて湧き出た感情。なぜ、いまこの感情が生まれたんだろうか。自分は、秘密主義のくせに、誰かに自分をわかってほしかったんだろうか。
 わからない。わからないけれど、伝えずにはいられない。
 
「名字さん」
「な、なあに?」
「俺、名字さんのこと……もっとたくさん、知りたいっす」

 好き、と言葉にしていいのかは、自分でも分からなかった。
 けれど、いま目の前で硬直してしまった恋人のことを思うと、その言葉はもう少し、後回しがちょうどいい気がした。

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2016- やぶさかデイズ