やぶさかデイズ

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BIZARRE DREAM
弾丸論破サーチ

ラブストーリーはそのへんに

「ねっ新隆、映画見に行こうよ」

 目の前の恋人はいつものようにスーツを着込んでいる。自分の家なのに。今日、休日なのに。別に出かける予定があるわけではないけれど、この人は大体こうなのだ。あまり家でじっとしているのが好きじゃないのかもしれない。
 私の誘いを受けた新隆は、顎に手を当ててウーンと唸る。

「たとえばどんなだ?」

 よくぞ聞いてくれました、とばかりに私は身を乗り出す。聞かれる前から携帯で調べておいたのだ。
画面を新隆の眼前に突きつけると、冷めた目で一瞥してから自分の携帯を取り出し、何やら操作する仕草をしてから「ダメだな」と言い放った。

「な、なんで!?」
「急用で仕事に行ってくるからだ」
「ええ?今日休みって言ってたじゃん」
「急用だからな。急なんだ」

 うそだ。さっきまで暇そうにしていたし、携帯はメールが来たような様子はなかったし、そもそも行けないならどんな映画か聞く必要なんてなかった。「その映画には興味がない」と言えばいいものを、本心を言わずに虚言で私を丸め込もうとしている。嘘がアイデンティティみたいな男だ、今更その悪癖は治らないからその事で責めたりはしないけれど。
 じとり、と新隆を見つめると私の心中が伝わったのか、やや慌てた様子で出かける準備をし始めた。

「いやあーホント困るよな俺は休みだって言ったんだけど、まあ悪霊で困っている客がいるなら仕方ないよなウンじゃあ行ってくる」
「私も行く」

 玄関で靴を履く背中に声をかける。革靴に手をかけたまま、新隆が振り返る。

「名前……何言ってるんだ」
「何が?ほらいこ」

 上着と鞄を手にして、距離を詰める。この狭い玄関では二人同時に靴を履くことはできない。早く出てほしい。
 新隆は今度こそしっかりとこちらに向き直って、ため息をつく。段差のおかげで身長が近づいたけれど、それでもこの男のほうが高いのが憎たらしい。

「危険なんだ」
「……な、なによ……前にも行ったことあるじゃない、大丈夫……っ!?」

 私が言い終わる前に、肩を掴まれる。抵抗は無意味だと思い知らされるくらい、強く。
 俯いている彼に声をかけようと顔を覗き込むと、真っ直ぐな瞳が返ってきた。

「お前だけは危険な目に合わせたくないんだ……わかってくれ」
「あ、新隆……」

 顔が熱くなる。急に真面目な顔を、声を、しないでほしい。

「じゃあ、行ってくる」
「う、うん……気をつけてね」

 手が離れ、新隆が背を向ける。ドアが閉まる無機質な音を聞いて、へなへなと座り込んでしまう。
 私はあの顔に弱い。付き合ってしばらく経つというのに、未だに照れてしまってどうにも立ち行かない。
 新隆は事務所に行ったんだろうか。それとも直接お客さんのところへ……。

「ん?」

 そこまで考えて違和感がぶり返した。そもそも「急な依頼が入った」のは嘘だったはずだ。
 …………。
 
「私だまされてない!?」

 
 ☆
 

 目に前に置かれた湯のみ。暖かなお茶が湯気を立てている。

「たこ焼き食うか?」
「話を逸らさないでよ。食べるけど」

 同じく目の前のたこ焼きもまた、湯気を立てている。私に勧める前から食べていた新隆はハフハフと口を開けて熱を逃がしている。私はもう少し冷めてから食べることにしようかな………………………………………………いや、そうじゃなくて。
 
 予想通り事務所にいた新隆に詰め寄ると、ちょうどよかった今まさに除霊が終わったところだったんだ、なんて調子のいい事をペラペラと話し出した。なら映画に行けるのかと思いきや、「悪霊にもアフターケアが必要でな、いま力を送ってあの世まで案内してるところなんだ……ちょっと待っててくれ」との事だ。謎の舞を披露していた。もう何がなにやら。
 本人の気の済むまで待っていたところへ、先程のお茶だった。

「新隆、そんなに私とデートするの嫌?」
「何言ってんだ、そんなわけないだろ」

 この発言自体は嘘じゃないんだろう。とは言っても、ついさっき騙されてしまった手前、いまいち自信はない。じゃあなんで、と口を開こうとしたところで、入口からノック音がした。

「おーっとまた客か!仕方ないな全く今日は休みなんですが特別に」

 新隆がドアの向こうへ語りかけながら開けると、客ではなく見知った顔が現れた。

「あ、師匠。よかった、休みでもいるんですね」
「なんだモブか……どうしたんだ」
「昨日ペンケース置き忘れたみたいで……」

 モブくん。新隆が言うには弟子らしい。いつもは学ランを着ているけれど、さすがに休日である今日は私服だ。
 テーブルに乗ったペンケースのことだろう、手に取って挨拶に立った。

「こんにちは、モブくん。忘れ物ってこれ?」
「あ、こんにちは。はい、ありがとうございます」
『なんだよ、お前らさっき言い合ってなかったか?』
「フゥ……まあ男女には色々あってな……」

 突然独り言なんてどうしたのか、と新隆を見てから、「ああ前に言ってた『エクボ』さんか」と合点がいった。
 私は霊なんて見えないけれど、新隆だけじゃなくモブくんまで見えない彼と会話されては信じるしかない。

「まあ、せっかく来たんだしお茶飲んでく?……あれ、エクボさんにもお供えっているのかな……」
『そういうのは成仏した奴用だ』
「いらないそうです」

 先程新隆が淹れてくれたのと同じように、モブくんのお茶を淹れる。お湯で満たされた急須に蓋をして、また映画のことを思い出した。そうだ、あの映画は見に行きたいけれど、別に彼氏とじゃなくたっていい。テーブルに彼の分のお茶を起き、自身も腰を下ろした。

「ねえモブくん、一緒に映画見に行かない?」
「? 映画ですか」
「オイオイオイちょっと待て、なんでそうなる」

 なんでって。新隆が一緒に行ってくれないからに決まってる。
 思ったことをそのまま返すと、奴はわざとらしく盛大な溜息をついてみせる。

「あれは恋愛映画だろ?恋人と見にいくもんだろーが」
「そんなことはないと思うけど……」
「あんまり映画見ないからわからないけど、別にいいですよ」
 
 お茶を啜りながら了承してくれた中学生に向き直る。本当!?と手を取ると、今後の参考になるかもしれないし……と顔を赤らめた。なるほど、デートに誘いたい子がいるんだろう。
 ならこれから行こうかと腰を浮かすと、またもや隣から邪魔が入る。

「待て、わかった仕方ない俺が行こう、本当は映画館ってのは霊気が溜まりやすいから危険なんだが……弟子を危険に晒す訳にはいかないからな!」
『霊幻お前、難儀な性格してんな……素直に言えよ』

 何やら面倒なことを言っている新隆は放っておいて、私とモブくんは本当に歩き出した。
 見たくもない人を無理に映画に連れていくより、思春期男子の将来に役立つことをしたほうがいいに決まってる。

「師匠行くって言ってますけど、いいんですか?」
「もういいのよ。昔は二つ返事でOKしてくれてたんだけどねー……付き合いが長くなるとそんなもんなんだよ、モブくん」
「そ、そうなんですか……」 
「名前」

 うっ、と思わず声が出た。足を止めて振り返る。
 まただ。また真剣な顔。もう騙されてなるものか、心臓が跳ね上がったのには気づかないふりをした。なんとか返事をすると、新隆が話し始めた。
 
「悪かった。正直言うとな……」

 その切り出し方は、少し怖かった。私が何かしてしまっただろうか。それとも、私に飽きてしまった、とか。嫌な想像ばかりが浮かぶ。
 
「こういう恋愛映画って美人とかアイドルが出るだろ?だから前はそれ見てたらとりあえず暇が潰れたんだよな」
「……それ彼女に言う?サイテー……」
「でもなあ、今はそれよりお前見てたほうが楽しいし」
「はっ?」

 嫌な想像とは違った。それはいい。安心した。
 いいけど、いや、いやいやいや。絆されちゃだめだ、こういううれしいことを言う時はいつだって、

「映画見ててもお前ばっか見ちまうけど、それでもいいか?」
「…………」

 いやちがう、これは絆されたとかでは決してなくて、まあそうなっちゃうくらいならおうちで二人でゆっくり過ごしたほうが有意義かな?と合理的に判断した結果であって、と自分に言い訳をしながら、私は「しょーがないなー……」と口走っていた。

「じゃあ今日はおうちでゆっくりしよう?」
「うんうん、お前そういうとこかわいいよな」
「なんっ、もう!やめてったら!!」

 調子に乗った新隆に肩を抱かれながら、事務所を後にするのだった。
 
「あれ?映画見に行かないのかな」
『騙されてねえか、あの女……』

リクエストは『ちょっと最低な男な霊幻さんに振り回され夢主ちゃん』でした。
ポチ様、リクエストありがとうございました!
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2016- やぶさかデイズ