記憶にある住所、特徴。それに一致する場所にはこじんまりとした建物。ノックはいらない、という妙な忠告通りに無遠慮にドアを開ければ、そこにはガラの悪い男性ばかりが数人。
「誰だァ?お前……」
いつの間に近づいたのか、これまた険しい形相の男が背後から声をかける……というより、脅しをかけてくる。
「えーっと……なんとかって黒い人にここに来るように言われたんですけど」
「だってよ、黒い人?」
刈った頭に剃り込みを入れた男が、金髪をキッチリ整えたスーツの男に話しかける。たしかに彼も服が黒いけれど、私が言っているのは違う人だ。
「俺じゃあねえ。言葉を信用するなら『リーダー』のことだろうが」
「聞いてねぇーんだよぁ、俺たち?」
剃り込みの男がこちらに向かって怪しく笑いかける。と同時に近づく何か。
黒い人が言っていた、あれは『スタンド』と呼ばれていると。本人の表情とは裏腹に明らかな敵意を持ってそれは近づく。
「っ!」
ついこの間まで呼び名も知らなかった相棒を呼び起こし、まず背後の男を突き飛ばし、次いで近づくスタンドに殴りかかる。
「テメェ、スタンド使いかッ!」
剃り込みの男だけじゃない、全員がスタンドを視認しているようだ。まずい。スタンドというのはここまでポピュラーなものだったのか。男達の警戒心が完全に攻撃態勢のものにかわったのを肌で感じ、身を守る方法を必死で探す。最も危険なのは……後ろだ。
「やってくれたな、クソがァ!」
振り向くとコンクリートだった地面は氷張り、その上を激昂した男が滑ってくる。シャレにならない量と鋭さの氷を引き連れて。
あ、やばい、死ぬなこれ。
「待っ……!!」
「外から見えているぞ。何事だ」
騒然とした場に降る、場違いな程冷静な声。私をここに招いたその人だった。
☆
「リゾットよぉ……こういうことは先に言っとけ」
「すまない。俺より前に到着しているとは思わなくてな……」
「あっ、ごめんなさい。早く着いたけど時間を潰す場所もなくて……」
先程殺されかけた男達に囲まれ、黒い人――――リゾットが私がここへ来た経緯を説明した。要約すると、無所属のスタンド使いに接触し可能であれば引き抜いて来い、とボスからリゾットへの指令があり、その結果私がギャング入りすることなった、という話だ。
「しかし、よく入ったな。ここのチーム名知ってるか?暗殺者チームだぜ」
「聞いたけど……まあ多分断ってても殺されたし」
あの時、勧誘を受ける前。何者かの気配を感じ、咄嗟にスタンドで見えない相手を攻撃した。それがまずかった。口から喉からカミソリやらハサミやらが出るわ出るわ。あのままなんとか要件を聞き出せなければアッサリと殺されていたし、その内容を聞いた上で断ってもやっぱり死んでいたことくらいは、ギャングの内情に明るくない私でも分かった。
それでも、入団すると返事をするとすぐに攻撃をやめて、傷口も塞いでくれた。どういう理屈でそうなるのかはまったくわからなかったけど。
「そんときゃ相手を殺して逃げりゃいいんだ」
おさげを揺らして笑う男はイルーゾォと言ったか。不可能だと思っていながら意地の悪いことを言っているんだろう。実際、無理だったと思う。
「それで?名前。さっきは特に何もしちゃいなかったが……アンタは何ができる?」
「……何って?」
「スタンドだよ。出してたろ?ギアッチョなら氷、リゾットなら鉄分。アンタにはどんな能力がある?」
柔和な表情を浮かべてはいるけれど、メローネの顔は真剣だった。信頼できる人間かどうか推しはかろうとしているのだろうし、できる限り応えたいが……能力。能力と来たか。
「……腕力?」
「は?」
「いや、だからその……ものすごく強く殴れる」
スタンドを出し、二の腕にコブを作るポーズをしてみせる。『腕っ節に自信があります』アピールだ。
「……リゾット?」
「嘘はついていない。死にかけたときも殴る以外の特殊能力は出さなかった」
リゾットが表情を変えずに答えると、一斉にこちらに視線が集まった。先ほどと違い敵意はないけれど、これはこれで緊張する。誤魔化すために笑いかけてみせると、堰を切ったようにみんなが喋り出した。
「使えねぇッ!」
「明らかに暗殺向きじゃねーだろ」
「ボスは何を考えてんだ?」
「くだらねぇ、帰る」
生まれつきスタンドは傍にいたけれど、同じような人にはほとんど会ったことがなかった。なので比べる相手もおらず、今まで『ちょっと遠い所の物も取ってこれる、力持ちで便利な守護霊』くらいにしか思っていなかったが……普通はそんなに暗殺に向いた能力を授かっているものなのか。いや、だからって、長年連れ添った相棒をここまでコケにされると腹も立つ。その思いが顔に出ていたのか、こちらを黙って見ていたホルマジオと目が合い、笑われた。
「まー、いいじゃねぇか。チーム入りは決定なんだろ?歓迎するぜ」
「あ、ありがとう!」
真っ先に攻撃しようとしてきた人物だけにいまだに警戒してしまっていたのだけど、案外いい人かもしれない。なんて、単純だろうか。
彼の一言で、若干ではあるが空気が和らいだ。が、もう一人の攻撃してきた男には関係なかったらしい。
「オイ、ものすごく強くってどんくらいだ?スタンドで殴ったら大抵強いだろ。そういうハッキリしない尺度ってのはムカつくぜ……」
「それは確かにそうだな。大男を殴り倒せる程度なのか、壁を叩き壊せるほどなのか……これは結構違う」
ギアッチョの言葉にプロシュートも同調する。正直、平均的なスタンドを知らないのでそう言われると自信がなくなる。しかし黙っていると、目の前にいる見るからに苛立ちが臨界点付近の男に殺されかねない。正確に、正直に、実例を出せば納得してもらえるだろうか。
思い起こすのは、まだ上手く力を制御できなかった頃。
「地面が……割れる……」
「あ?割れる?」
「あっ、いやさすがに地形が変わるほどではないんんだけど……こう、軽いクレーターみたいな?」
静寂。能力について聞かれたときと同じだ。どっちだこれは。そんなの普通だろ、という思いから来る静けさなのか。それとも、案外やるじゃん、という驚きだったりするだろうか。後者なら嬉しい。
沈黙に耐えきれず目を彷徨わせると、今度はメローネと視線がかち合った。真っ直ぐに見つめてくるものだからたじろいだが、同時にフォローの言葉を期待した。
「ゴリラだ」
だというのに出てきたのがそれ。メンバーの半数以上が耐えきれず吹き出した。主にイルーゾォの声がうるさい。
「漫画かよ!?強そうだなオイ、ふっ、ははは」
「ますます暗殺する気ねぇな!?」
「う、うるさいな!暗殺に関しては私が決めたんじゃないし!」
思わず反論したが、私自身は何も悪くないはずなのに何故か恥ずかしい。イルーゾォに関しては本気でツボに入ったらしく「スタンド名ゴリラ・ゴリラ・ゴリラにしようぜ」と涙目で言ってくる。中学生のイジメみたいなことはよしてほしい。
「ま、能力はともかくパワーは申し分なさそうだな。ゴリ押ししたいときにでも活躍してもらうか」
笑いながらではあるが、ホルマジオがそう言ってくれたことで、やっと心が軽くなった。まだ何も出来ていないにしても、認めて貰えた気がした。
「よかったなペッシ、頼りになりそうな後輩だぜ」
妙に距離の近い二人組のうち一人……たしかソルベが、先程から黙りこくっていたメンバーに話しかける。
ペッシと呼ばれた彼はビクリと肩を震わせたかと思うと、ズボンのポケットに手を入れ不自然に大股でこちらに寄ってきた。
「あんまこの世界ナメてると後悔するぜ……お前はもう生き死にの最中にいんだ。気合入れろよ」
「うっ、ウッス!」
「何偉そうなこと言ってんだ、お前も殺ったことねぇだろペッシ!」
ジェラートに強めにどつかれ、汗をかいて謝っている。彼のここでの扱いが見えた気がする。
暗殺者チームなんて物騒な名を冠しているが、本人達は案外仲良くやっているのかもしれない。
そう気楽に考えた矢先、リゾットが口を開いた。
「早速だが、実力を測る意味でも――――名前。任務に行ってほしい」
感情の読めないその瞳は、私の不安と恐怖を見透かしているように見えた。
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2016- やぶさかデイズ
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