「あー、えぇと。なんか、ごめん」
「何がだよ?」
「この状況」
リゾットは、皆が皆渋った私のお供という役目にホルマジオを指名した。「歓迎すると言っていたよな?」と軽く脅して。彼は仕方なしに引き受け、現場までの車の運転までも担当してくれた。ラジオから流れる陽気なポップスを口ずさむのを見ていると、これから仕事、つまり人を殺しに行くのだということを忘れそうだった。
「ねえ、あなたのスタンドはどんなのなの?」
「んー?まあそのうちわかるだろ」
「その内って……任務前にわかんないと作戦の立てようがないじゃん」
信用出来るまでは手の内は明かさない……ということなのか。ギャングの、ましてやスタンド使いの常識なんて知らないけれど、もし私が土壇場で敵に寝返るような人間だったなら、楽に始末するに越したことはないんだろう。
出会ったときに彼のスタンドは見たけれど、能力まではわからなかった。印象に残ったのは、人差し指の爪だけが異常に長かったことくらい。ホルマジオ自身の特徴なのかとも思ったが、彼の爪はごく普通だった。
「作戦?お前そんな頭使うことできたのか」
「ねえほんとその脳筋バカみたいな扱いやめて」
メローネの一言のせいでだいぶ私の扱いが決まってしまった。よく考えたら暗殺者チームの紅一点だというのに、ゴリラ扱いは酷すぎる。ホルマジオもそれなりにこの話題を気に入ったらしく、くつくつと笑っている。
「まあ今回はいわゆる要人暗殺だからな。サッと近づいて終わらせてこいよ」
「え?ホルマジオは?」
「見ててやる」
つい先日まで一般人だった私にそんなことを言い放ちますか。
入団したときは「自分が死ぬくらいならなんでもする」とそれこそ死にものぐるいだったが、いざ人殺し実演となるとさすがに躊躇う。まあ、このミッションで使い物にならなければ結局私が処分されるだけ。やるしかないのだろうけど。
黙り込んで密かに心の準備をしていると、目の前が真っ暗に……え?真っ暗?
「お客さん、着きましたァー」
言葉と共におでこにチョップが入る。なるほど、先程は顔を手で覆われていたらしい。ずいぶん大きな手だ。
「で?考え事は終わったかよ」
「ええ、まあ。……なんていうか、自分が死ぬよりしんどいこともそうそうないよね」
「へえ」
ニヤリと口角を上げる先輩を後目に、車を降りて初仕事に向かうのだった。
★
「聞いてた話とちがーう!」
颯爽と降車し、ターゲットがいるビルに潜入した私を待っていたのは、弾丸の嵐だった。
「ターゲットはスタンドも持たず護衛は一人、まずはこの簡単な仕事を終わらせて来い」とはリーダーことリゾットの弁。いや、この言葉が偽りだったわけではない。ターゲットとその護衛の二人しかこのビル内にはいないようだ。しかし、その護衛が百人力だっただけだ。
ひたすら四方を撃ち続けられては、殴るしか能のない私のスタンドでは何も出来ない。
やだもう泣きそうなんですけど。蜂の巣死は嫌。
「なるほどな、ターゲットは一般人でも用心棒がスタンド使いなわけだ」
そんな中降り注ぐ、希望の光のごとき声。
「ホルマジオ!!」
「よっ、ピンチだな」
「そうなの!ずーっと撃ってきて一向に弾切れしなくってもうどうすれば……」
神に祈るように両手を握ってホルマジオを拝んでみせたが、ふと気づく。
「あれ?ホルマジオどうやってここに?」
私が逃げてホルマジオに助けを求められなかったのは、退路までも敵の機銃によって射撃され続けていたからだ。それをどうやってかいくぐったのだろう。
なにかギャングのプロだからこそなせる技でもあるのかと期待して見つめると、ホルマジオは妙にいい笑顔を浮かべる。
「後ろからついてきてただけだ。いや〜どうすっかなこれ」
いや、のんきに後頭部をさすっている場合ではないんですけど。尊敬のポーズをといて、深いため息をつく。
つまり、ここから逃げる術はない。考えろ、作戦を立てろ。
わかっていること。敵は機銃型スタンド。おそらく弾は無尽蔵……。本体の人間は姿が見えない。機銃は部屋の奥にあり、背後にある唯一のドアを守るように鎮座している。ドア方向を除く広範囲に連射を続けている。射程距離はそう長くないので現在は射程外に避難。射程内に入ると自動的にターゲティングされるようで、ロックオンされたが最後、全弾がこちらを追尾する。
「もたもたしてたらターゲットに逃げられるし……ていうかターゲットいまどこなのよ……」
「壁も貫通してくるなら、ターゲットもスタンド使いもドアのある方向だろうな。そこに逃走経路を確保してるってわけだ」
小さな独り言だったのに、ホルマジオは聞き取って返事をしてきた。
「……じゃあ、この銃弾の雨を抜けるしかないよね。ホルマジオ、ここに来るまでは狙われなかったの?」
「ああ、もっと目立つ的がいたからな」
私のことですね。後輩を囮にこそこそとついてきていたとは文句を言いたい気持ちもあるが、これで作戦は立った。
「私がスタンド使いに正面から近づく。で、その間にホルマジオがここを抜けてターゲットを始末。なんて出来る?」
ちらり、と無表情のホルマジオの瞳がこちらに向く。
「そりゃあ助かるが……お前、自分の身は守れるのかよ」
「まあ急所くらいは守るって!大丈夫大丈夫」
「ハハッ、こんなに信用できねぇ『大丈夫』もねーな」
「私に攻撃が集中しなかったらそれはそれで殴りにいけるし、どうにかなるでしょ!」
「……しょーがねえなあ、付き合ってやるか」
立つような動作をした気がしたのに、隣に居たホルマジオが消えた。キョロキョロと辺りを見回すと、下から小さな声がした。
「うおっ!?」
手のひらに乗るようなサイズのホルマジオが軽く手を降っていた。
声量も比例して小さく、耳を近づけてみると「じゃ、囮よろしく」と聞き取れた。
「フゥーーー……」
深呼吸。
先程は平気だと言ってみせたが、ただ無闇に突っ込んでは狙い撃ちされて野垂れ死にだ。しかし対抗手段といえば、私に出来るのは殴ることのみ。で、あれば。
「床を殴って破片で壁を作りながら進むッ!」
後は走り抜けるだけだ。小さすぎて姿が見えない先輩がいるであろう方向を一度だけ見て、弾丸の前に躍り出た。
「いやー、そりゃ脳筋って言われても仕方ねぇよ」
決行にはもっと時間がかかるかと踏んでいたが、女は思いのほかあっさりと死線に飛び出た。
薄情ながらそのまま銃弾を浴びて囮にもなれずに死なれた場合の算段をしていたが、意外にも少しは考えていたらしい。しかも幸運なことに、機銃型スタンドは動くものを追尾するらしく、名前が床を殴って飛び散った破片も撃ち抜かれている。この様子ならばこちらが被害を被ることはないだろう。
だが、時間はかけていられない。ターゲットの逃亡も心配だが、名前だ。破片は完全に彼女を守るには至らず、少しずつダメージを蓄積している。宣言通り急所だけは守っているようだが、長引けば死は避けられない。
「さあ、言うこと聞いてくれよ!」
瓶詰めにしておいた鼠を解放し、背中に乗る。餌で釣ってやれば、真っ直ぐ突き進んでくれる。
★
「…………あー」
なんだったっけ。
瓦礫の間から曇った夜空を見ている。
ああ、そうだ、私結局……。
「おーい、生きてるか」
「見りゃわかんでしょ……めっちゃ息してるっつーの……」
「さすがのパワーだな、7階建て全部殴り抜けたのか」
嫌に瓦礫が多いと思ったら、そんなに高いビルだったのか。血が抜けてぼんやりする頭で考える。
そう、結局私は機銃型スタンドに近づききれなかった。節々に銃痕を作ってしまった体を見下ろし、死を実感して生を諦めたとき、射撃がやんだ。ホルマジオがやってくれたのだろうか、休んでもいいんだろうか。床にへたりこもうか、というそのタイミングで、今度は建物全体が崩れるときた。
あとは、頭上から雪崩落ちる天井という天井を無我夢中でスタンドで殴り続けた。
我ながらよく生き残ったものだ。
と、いきなり腹が締まった。
「ぐぅっ」
「止血だ止血。吐くなよ」
軽く笑うホルマジオ。いつの間にか上半身の衣類がない。私の腹に巻かれた布がそれなのだと気づくのに少し時間がかかった。夜に裸では寒そうだ。
「ありがと……私の上着、着る?」
「要らねえ、つーか入らねえよ」
それもそうか。申し訳ないけれど、まあ私の命には替えられない。ありがたく拝借しておこう。
ホルマジオは立ち上がって周りを見渡したかと思うと、片手を差し出してきた。そっと自分の手を重ねるとグンッと持ち上げられ、体が伸びた。足が付かない。浮いている。
「無理無理無理傷開く血出るもっと出るどばっと出る」
「開くも何も塞がってねーだろ」
笑いながら私を地に下ろすと、行くぞ、と声をかけるホルマジオ。さすがに来た時の広い道は使わず、人通りのない道を選んだようだ。彼の背中について行きながら振り返ると、ビルだったものの周りには人が集まっていた。
「ねえ、今更だけど……小さくなれるんなら、私が囮にならなくても行けたんじゃないの?」
あれほど小さければ、いくらなんでも的が小さすぎて弾が当たらない気がする。ただそれを肯定されると、文字通り決死の自分の行動が全くの無意味だったことになる。心の中で否定しろ否定しろと唱えながら、ホルマジオを見つめた。
「いつもは単独行動が多いけどな。今回のは、俺一人なら察知して攻撃されてたかもしれねぇ」
囮がいなきゃさすがに蜂の巣になってたぜ、と笑う。笑い事じゃない、というか実際私は蜂の巣だった。
「ねえ、ホルマジオ……あんたのその、小さくなる能力さ」
「……なんだ?」
「便利だね。羨ましい」
「あぁ?」
「今日みたいに潜入するにはもってこいだし、どこにでも入り込めるから情報収集もできる。暗殺者チームって言うだけあるなあ……」
そりゃあ私のスタンドが役に立たないと言われるわけだ。小回りの効く器用なスタンドでないと活躍できないだろう。他のみんなも、少なくとも私のような大味な能力ではないのだろう。
「…………」
「? どうしたの? あれ、的外れなこと言ってた……?」
「……いいや。ちなみに、『小さくなる』じゃなくて『小さく出来る』だ」
言葉遊びのような訂正を受けて一瞬きょとんとしてしまった。だが、いま私にとって重要なのは言葉の意味ではなく、『ホルマジオがスタンド能力を教えてくれたこと』だった。
「ふふ」
「なんだ、なに笑ってんだ。血抜けすぎておかしくなったか?」
「はぁーそうかも、もう立ってらんない、肩貸してー」
冗談のつもりで預けた頭は、意外にも拒否されずにホルマジオの肩に居座ることに成功してしまった。なら、と遠慮せず逆側の肩に手を回し、バランスをとった。それでもホルマジオは特に反応をみせず、なんでもないように声を上げる。
「しっかし、今回はギアッチョ向きの敵だったな……」
「ギアッチョ?銃に強いの?」
「……なんでもねえ。お前をここまでボロボロにはしなくて済んだって話だよ」
思わずその横顔を見やると、眉間に皺を寄せて真剣な表情を浮かべていた。
かと思うと次の瞬間にはへらりと眉尻を下げ、「リゾットには文句言ってやらねーとな」と笑うのだった。
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