やぶさかデイズ

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BIZARRE DREAM
弾丸論破サーチ

01.4月12日

「ありがとうね、菜々子ちゃん」

 隣で黄色い傘を揺らす少女に話しかける。照れたようにはにかんだ彼女は、「じゃあわたし、こっちだから」と小走りに来た道を戻った。
 小学生のかわいらしい従妹の背中を後に、初めて歩く霧深い通学路を兄と二人で進む。ここからは菜々子ちゃんの案内がなくとも、同じ制服を来た学生たちについて行けば迷うことはなさそうだ。

 叔父の堂島遼太郎宅に、兄・悠と居候することになったのは、つい昨日。最低限の荷物をひっさげて、この八十稲羽にやってきた。海外出張に行ったお母さんの押しに負けて私たちを受け入れてくれたんだろうに、一人一人に部屋まで貸してもらえてありがたいことこの上ない。
 菜々子ちゃんにお母さんはおらず、広い家に親子二人暮らしのようだった。夕飯を四人で囲んで初めて、うっすらと残る叔母の葬式の記憶を思い出した。

「(料理、できるようにならなきゃな。)」

 昨晩はスーパーで買ったであろうパック寿司を振舞ってもらった。朝ごはんは、なんと菜々子ちゃんが目玉焼きを作ってくれていた。お世話になるんだから、ご飯くらいは自分が作れるようになりたい。
 人知れず鞄を握る手を強めていた私の横を、よろよろと自転車が追い越した。同じ高校の制服のようだ。そうか、自転車通学もありなのか、と考えるのもつかの間、自転車はそのまま電柱に突っ込んでいった。

「うごごごごご……」
「……。」

 股間をおさえ跳ねている彼。どうしよう、と隣にいる兄に視線を送ると、静かに首を横に振った。私が出来ることはなにもない……そっとしておこう。彼にいい事がありますように、と心の中で合掌を向け、見て見ぬふりで通り過ぎた。




「東京から来た転校生の鳴上さんです。じゃあ、自己紹介を」
「鳴上名前です。ええと、よろしくお願いします」

 二年生の兄と分かれてこちらは一年生の教室。転校生が来た、となればざわつきそうなものだが、私の挨拶にはろくに反応がない。まあ、つい先日入学式を迎えたばかりでお互い慣れていないところに更に転校生なんて、戸惑うのだろう。我ながら妙な時期の転校となってしまった。

「じゃ鳴上さん、あの空いてる席に」
「はい」

 支持された通りに教室奥へ歩き出すと、今度はなぜかざわついた。なんでこのタイミングなのだろう、と周りの様子をうかがうと、みんな私ではなく席のほうを見ているようだった。
 いったい、なにが……。
 視線を追いながら歩を進めると目的地横、つまり私の席の隣に座る人物とばっちり目が合った。
 金髪オールバック。高一としてはかなり恵まれた体格。長い足が邪魔だと言わんばかりに机からはみ出している。その顔の傷とたくさんのピアスはなんなのでしょう。気になることは多々あるが、これから彼と隣の席で学校生活を送ることになるのだから悪い印象は与えたくない。すれ違いざまにペコり、と頭を下げて、着席した。微笑むことはできていたと思うが、声までは発せなかった。座ってからもう一度彼の方を見ると、もう目は合わなかった。


 

『先生方にお知らせします。只今より緊急職員会議を行いますので、至急職員室まで――――――』

 午前授業で早く帰れる、と浮き足立っていたクラスが静まる。続け様に「生徒も帰らないように」とのお達しが響き、不満げなざわめきが教室に広がった。クラスメイトの様子を察するに、この学校ではよくあること、という訳でもないらしい。何かあったんだろうか、となんとなしに窓の外を見てみたけれど、霧で真っ白だった。

 することもなく、ただ座って状況が変わるのを待っていると、その内再び校内放送が流れた。

『学区内で事件が発生しました。出来るだけ保護者の方と連絡を取り、落ち着いて速やかに下校してください。』

 事件。
 のどかな田舎町には不釣り合いに感じた。
 それを裏付けるように、周りは聞きなれない単語に興奮しきりだ。何の事件なのかは明言されなかったが、生徒に危険が及ぶ可能性があるからこその放送だろう……とすると、思い浮かぶのはみんな同じ。変質者?痴漢?それとも傷害か、はたまた、殺人か……。どれにしても、非日常的であることは確かだ。
 何があったのか不安になる気持ちはあれど、事件現場を見に行くほどの野次馬根性もない。軽く深呼吸してから、帰宅するために立ち上がった。隣の彼は、いつの間にか帰ったらしい。

「ねえねえ、鳴上さん」

 背後から声。振り返ると、女子生徒二人が立っていた。なあに、と返すと、二人は互いに視線で示しあって、「隣の席のことなんだけど」とひそひそと話し始めた。
 なんとなく、聞きたい話じゃなさそうだと思った。




 なるべく保護者と帰れ、と放送があったが、絶賛仕事中の叔父に連絡をとるのははばかられる。兄が一緒に帰ってくれるだろう、と2階へ続く階段を上がる。そう長くはない階段だが、さっき聞いた話を考え込んでしまう。
 隣の席の彼は巽完二というらしい。彼女らが言うには、『ヤバい』とのこと。ゾクを一人で潰したとか、自分もゾクで毎日暴れ回ってるとか。どうもゾクというのは暴走族のことらしいが、高校に入学したばかりでは免許もないだろうにもうバイクに乗ってるのだろうか。とにかく、「関わらない方がいいよ」という主旨の話だった。

「あ、名前」
「あっ」

 聞きなれた声に顔を上げる。2階にたどり着く前に会えた。あちらが降りてくるのを待とうと立ち止まると、兄の背後から人影が現れた。
 
「あっ、この子が妹ちゃん?」
「わ、たしかに雰囲気似てるかも……」

 美人だ。美人二人組だ。
 何を言えばいいのかしどろもどろしていると、兄はなんでもないように「一緒に帰ろう」と言ってそのまま階段を降りていってしまった。女子二人もそのまま後に続く。え、なに、あの人もう女子侍らせてんの?転校初日に?無口なわりにコミュ力の高い男だとは思っていたがここまでとは。
 混乱しつつも、私も駆け足で追った。

「私、里中千枝。で、こっちは天城雪子ね」
「よろしくね。……なんか、急でごめんね」

 活発な印象の千枝さんとは打って変わって、控えめそうな雪子さん。「知り合いが増えてうれしい」と返すと、少しうれしそうに笑った。やっぱり美人だ。

「前の学校のこととか、話聞きたくてさ」
「そんなに変わったことは……」

 突然、校門の陰から男が出てきた。ブレザーの制服。違う学校の生徒のようだ。そんな通り魔みたいな登場の仕方はやめてほしい。

「キミさ、雪子だよね。こ、これからどっか、遊びに行かない?」

 話しかけられている雪子さんを見ると、私と同じく不安げな表情で「誰?」と零した。知り合いじゃないのにこの距離感なのかこの男、と思うと不信感が更に募る。

「あ、あのさ、行くの?行かないの?どっち?」
「い、行かない……」
「……ならいい!」

 苛立ちを隠さず、早足で去っていった。不審者としか思えなかったが、あれはデートのお誘いなのだろうか。四人で呆気にとられていると、周りから「またやってるよ、『天城越え』ならず!」「身の程を知れよなー」と聞こえてくる。いつのまにかギャラリーが出来ていたらしい。雪子さんくらいの美人だと、あれが日常茶飯事なのだろうか。本人はこんなに不安げなのに、なんだか可哀想だ。

「よう天城、また悩める男子フッたのか?」

 声のした方を振り返ると、見覚えがあるような男が見覚えがあるような自転車を押していた。
 どこで見たのだろう、と記憶を探ると、さほど苦労せず今朝の出来事に行き当たった。

「ああ、股間強打の!」
「えっ?」
「あ」
「妹の名前だ。仲良くしてやってくれ」
「あ、ああそうなのか。見ない顔だと思った」
 
 口にするべき言葉じゃなかった、と後悔したところで、悠が強引に話題をすり替えてくれた。

「つーかお前ら、あんま転校生いじめんなよー」

 私の失言は誤魔化せたらしく、彼は自転車にまたがって走り去る。千枝さんはその背中に向かって「話聞くだけだってばー!」と声を張り上げた。

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