やぶさかデイズ

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D+S / mp100 / Minor
BIZARRE DREAM
弾丸論破サーチ

02.4月13日

 次の日、同じ通学路を悠と歩く。
 だが、昨夜テレビで聞いたニュースを思い返すと、平然と登校していていいのだろうか、という気持ちになってしまう。女性アナウンサーが、近所の屋根の上……それもアンテナにぶら下がって亡くなっていたという。『事件』とは、これのことだったのだ。
 ニュースでは事故の可能性もあるような口ぶりだったが、台風でもないのにたまたま人が屋根の上にいるとは思えない。誰が聞いたって、他殺だ。刑事である叔父は自分が起きている間に帰ってくることはなかったし、朝のニュースでも犯人が捕まったとは聞かなかった。ひょっとしたら、まだこの町のどこかに犯人がいるのかもしれない……。
 
 身震いすると同時に、横で風を切る何か。それは勢いをそのままに、ゴミ捨て場に吸い込まれていった。

「だ、だれか……」

 水色のゴミ箱がじたばたと揺れる。いや、正しくは、ゴミ箱に頭から入ってしまった人間が。横に転がる見覚えのある黄色い自転車は、昨日出会った彼のものだろう。
 兄と顔を見合わせてから、私はゴミ箱を、悠は彼を掴んで引っ張りあった。

「ぬ、抜けた……大丈夫ですか?」
「た、助かった……!ありがとな!えっと……」

 ゴミ箱を床に置いてから振り向くと、バッチリと目が合う。一拍置いて、ああ!と彼は手を叩いた。

「転校生だ!たしか……鳴上兄妹!俺、花村陽介。よろしくな」
「よろしく」
「よろしくお願いします。あの……ケガはないですか?」
「へーきへーき」

 自転車を起こす動作を見ていると、たしかにどこかを痛めている様子はない。あんなに勢いよく突っ込んでいったのに、運があるんだかないんだかどっちなのだろう。
 誰からともなく歩き出すと、自然と一緒に並んで学校に向かっていた。

「な、この町の名物知ってるか?」
「名物?」
「ビフテキだぜ。すごいっしょ、野暮ったい響き」
「ビフテキ……牛が有名ってことですか?」
「いいや?」

 牛が有名じゃないのに……ビフテキ?
 悠と二人首を傾げていると、花村さんは「やっぱそういう反応だよなあ〜!」と嬉しそうに言った。うんうん、と何度も頷く。何に喜んでいるのだろう。

「なあ、学校終わったら行くか?奢るぜ、助けてもらったお礼に」
「えっ、そんないいです」
「その話乗ったーーー!」

 隣で「げっ」と声を上げる花村さんにズンズンと近寄ってくるのは千枝さんだ。DVDをチラつかせ、「お詫びのしるし」と笑う。笑うと言ってもその威圧感は隠しておらず、ほぼほぼ脅しだった。なにかあったのだろうか。

 



 本当に奢ってもらうことになってしまった放課後。千枝さんと花村さんに道中で目に付いたものを案内してもらいながら向かった。今いる場所はなんと、菜々子も大好き、エブリデイヤングライフ、ジュネス。CMで見た場所だ、と軽い感動まで覚えた。そのジュネスの屋外フードコートにて、花村さんが料理を運んでくるのを待っている。雪子さんも誘ったが、実家の旅館を手伝わなくてはならないらしい。

「はいお待ち」
「ちょ、何コレー!ビフテキは?」
「お前にも奢んならあっちのステーキハウスは無理だっつの」

 トレイにはファストフードが四人分。ステーキと聞いてからこれを見ると多少ひもじい気分になってしまうのもわかる。けれど、高校生同士でステーキを奢られるなんて、とビクついてしまっていたので、これでよかったのかもしれない。高校生は高校生らしく、だ。

「だからって、自分ち連れてくる事ないでしょーが」
「俺んちじゃねーって」
「? 自分ちって?」

 間違っても今いる場所は個人宅ではない。なんの話をしているのだろう、と花村さんに問いかけた。

「あー、いや、お前らにはまだ話してなかったけどさ。俺も都会から引っ越して来たんだよ。半年くらい前」
「えっ、そうなんですか!」

 転校生仲間だったとは。聞くと、彼の父親が新しくオープンするジュネス八十稲羽店店長になるというので、家族で来た、という事情らしい。父親がジュネス店長。なるほどそれで『自分ち』か、と合点がいった。

「んじゃこれ、歓迎の印ってことで」
「わ、ありがとうございます」
「ありがとう」

 トレイに乗ったジュースを差し出され、素直に受け取る。乾杯をした後、くだらない話をし合って笑った。みんなには言わなかったけれど、友達が出来て良かった、とこっそり思った。

「ね、最近噂になってる『マヨナカテレビ』って知ってる?」
「? 番組か?」
「ああ、ちがうちがう。たしか……雨の降ってる午前0時に、消えてるテレビを一人で見る……だっけか?」
「そ!画面に誰か映ったら、それが運命の相手なんだって」

 テレビというから番組名かと思ったが、どうやら正しく噂話らしい。怖い系かと思いきや、なんとも俗っぽい噂だ。

「で、今晩も雨らしいし、みんなで試してみない?」
「お前よくそんな幼稚な話でいちいち盛り上がれんなぁ……」
「よ、幼稚って言った!?」

 千枝さんが花村さんの襟に掴みかかる。喧嘩が二人のコミュニケーションらしい。
 
 そうして、20分くらいはその場にいただろうか。話が一段落着いた頃、花村さんが「わり、ちょっと」と席を立ったかと思うと、離れたテーブルに座った女性に近づいていった。少し大人っぽいけれど、高校生くらいだろう。

「彼女?」
「あはは、そうならいいんだけどね」

 小声で問う悠を笑って、「小西早紀先輩」だと教えてくれた。やっぱり高校生のようだ。

「家は商店街の酒屋さん……なんだけど、ここでバイトしてんだっけ」

 花村さんたちを見つめる。疲れたような表情の小西先輩に、花村さんが一生懸命話しかけている。

「……なんか、花村さん……」
「お、わかる?」

 千枝さんは気の毒そうな、それでいておもしろがっているような表情で私を見る。
 うん、あれは……花村さんの片思い、なんだろうなあ……。
 口には出さなかったものの、千枝さんも私の言いたいことはわかってくれたらしく、肩をすくめてみせた。
 もう一度花村さんたちに視線を戻そうとすると、二人がこちらへ向かって来るところだった。

「キミ達が転校生兄妹?」

 目の前まで来た小西先輩は、にこやかに私と悠に声をかけた。遠目には大人っぽいと思ったが、近くで見るとやはり年相応な仕草がみえた。

「こいつ、友達少ないからさ。仲良くしてやってね」
「はい」
「あ、でも花ちゃんお節介でイイヤツだけど、ウザかったらウザいって言いなね?」
「いや、そんなことは」
「あはは、冗談だって!」
「ちょ、小西先輩!」

 皮肉まじりではあるけれど、彼女なりの花村さんへの思いやりのように感じた。それなのに恋愛対象として脈ナシに見えてしまうのは……何故だろう。
 
「さーて、休憩終わり。じゃね」
「あっ、先輩!こないだの話……!」
「ああ、うん。今度暇なときに連絡するね」

 歩き去っていく小西先輩の背中を見つめながら、花村さんは拳を握り震えている。千枝さんと二人で覗き込もうとすると、突如右手を突き上げた。

「よっしゃぁーー!!」
「うわっ!」

 花村さんはおもむろにポケットに手を入れると、二枚の紙を取り出した。映画のチケットだ。なるほど、デートのお誘いに成功したらしい。
 しきりに喜ぶ花村さんに「よかったねえ」「落ち着いて」などと声を掛けながら、また時間が過ぎていった。





「ただいま」
「ただいまー」
「おかえりなさい」

 家に帰ったのはそう遅くもない夕方だったが、外は天気が悪いせいで暗く感じた。ちょうど階段を降りてきた菜々子ちゃんに挨拶して、一緒に居間に向かった。

『最初見たとき、どう思いました?』
『え、ええと……』

 菜々子ちゃんがテレビの電源を入れると、またあの事件のニュースが流れてきた。今日は遺体の第一発見者へのインタビューらしい。

「え、あの制服……」
「? どうかしたの?」
「あ……ううん、なんでもないよ」

 菜々子ちゃんには誤魔化してしまったが、どう見ても第一発見者が着ているのは自分の通っている高校のものだ。しかも、顔は見えないアングルになってはいるが……あの人は、もしかしたら……。
 隣の悠を見ると、少し緊張した面持ちだった。
 本当に、身近に起きた事件なんだ。





 まもなく日付が変わる。テレビに向かい合うようにソファに腰掛けた。
 『マヨナカテレビ』。千枝さんが試そうと言っていたし、まあ確かめるだけなら、と時間が来るのを待ってはみたけれど……。

「……まさかね」

 高校生にもなって、と少し気恥ずかしくなってきた。もう寝よう。
 電気を消し、暗くなった部屋で、ついテレビをちらりと見た。

「え……」

 消えているはずのテレビに、粗い映像が映し出される。女性が、踊るように町を歩いている。

 ドクン。
 
「!? 痛……っ」
 
 その場にうずくまる。頭が痛い。割れるようだ。
 声がする。どこから?耳で聞いてるんじゃない、頭で、勝手に……!
 こわい、誰か。
 頭で鳴り止まない声を振り払いたくて、助けてほしくて、光が見えるほうへ手を伸ばす。
 瞬間、テレビ画面に付くはずだった左手は光の中へ吸い込まれていった。

「う、そ……!?」

 やばい。
 腕どころか肩までテレビの向こうに入ってしまっているのを見て、ただ本能的に周りのものに捕まって引き戻そうとする。このままでは、引きずり込まれる。
 渾身の力を込めて、テレビの縁を押し返したその時。

「……っ、え、わ、」

 突然腕が弾かれ、今まで込めていた力は全部後ろに流れていく。

「痛ぁ!!?」

 ガツン、と、自分から鳴ったとは到底思いたくない音がした。私の頭を受け止めたテーブルを恨みがましく見つめる。なんでテーブルは固いんだ。危ないじゃないか、死んだらどうする。後頭部を触ってみると、腫れている……ような気がする。涙目になりながら心の中でテーブルを責めたてる。

「なんなの、もう……」

 テレビは、もう光らない。夢だったのではと思ってしまうほど、静かに暗闇を映し出す。
 そのまま眠る気分にもなれず、頭をさすりながら部屋を出ると、目の前のドアから同じく頭をさすりながら出てくる悠と鉢合わせた。

「…………」
「…………」
「……マヨナカテレビ、やった?」
「……やった」

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2016- やぶさかデイズ