やぶさかデイズ

first main link clap
rank
D+S / mp100 / Minor
BIZARRE DREAM
弾丸論破サーチ

06.4月16日

「よっ、名前ちゃん」

 突然背後で名前を呼ばれて思わず身がすくむ。振り返ると、いつもの自転車に乗った花村さんが横についた。

「花村さん。おはようございます」
「はよっす。今日は一人なんだな 」
「いつも一緒なわけじゃないですよー」

 挨拶もそこそこに、花村さんは自転車を降り真剣な表情でこちらを見る。

「······マヨナカテレビ、ですね」
「ああ。誰だかいまいちわかんなかったけど、放っとけない」
「やっぱり······放り込んでる誰かがいる、ってことなんでしょうか」
「まだ確定じゃない······けど、あの世界を凶器として使ってる奴がいるなら、許せないよな」

 言いながら、ハンドルを握りしめている。昨日の一連の出来事は彼の心を傷つけたろうに、今は事件の解決に注力しているようだ。······もしかしたら、傷ついたからこそ心の整理の為に集中しているのかもしれないけれど。
 花村さんと小西先輩。たとえ花村さんの片思いでも、これから変わる想いがあったかもしれないし、なかったかもしれない。その全部の可能性を、小西先輩は奪われた。

「······犯人、絶対捕まえましょうね」
「······ああ!」

 笑顔で頷く花村さんは、ふと真顔になって、そういえばさ、と話し始める。

「家のテレビで試してみたら、頭突っ込めたんだよ、俺も」
「え······きゅ、急にですか?」
「ああ、やっぱペルソナが目覚めたからなのかな······」
「あ、聞きそびれてたんですけど、ペルソナって······?」

 恐る恐る訊ねると、ああ、と答えてくれる。シャドウだったものが自分の中に入ってきて、自然と「これはペルソナで、ジライヤという」と理解できた、と説明。

「············いまさらだけど、ファンタジーですね······」
「だな。鳴上のはイザナギって言ってたっけ?あれもかっこいいよなぁ」

 イザナギ······悠が巧みに操っていた、あのビジョンのことか。そのペルソナを得たということは、これからは花村さんも戦いに参加できるのだろう。

「······あれ。私、ペルソナは持ってないけどテレビには入れますね?」
「あれ。······実は持ってるけど、まだその時ではない!みたいな?」

 花村さんが人差し指を立てて、「どう?」とこちらの顔色をうかがう。その時って······?と唸ると、身振り手振りを駆使して大袈裟な動きをし出す。

「ほらっ、鳴上だってあの舌ベロシャドウに襲われて、追い詰められてペルソナを使えるようになったんだよ。名前ちゃんもピンチになったら使えたりしねーかな?」

 笑顔で話してくれていたけれど、次の瞬間には「あ、って、ピンチになんかなんねー方がいいに決まってるよな······」と悩み出す。表情豊かな人だ。
 それはそうと、危険な状況自体は私も陥ってると思うのだけど······いつも誰かが助けてくれる状況がよくないのだろうか。それとも、私には特別な力なんてないのかも。
 二人で首を傾げたが当然答えは出ず、そうこうしている間に校門にたどりついた。花村さんは自転車置き場のほうへ歩き出してから振り返る。

「あ、放課後でもクマんとこ行こーぜ!」
「はい!じゃあ、また後で」

 手を振りあって、校舎へと歩を進める。
 
 下駄箱前で靴を履き替えていると、この学校で唯一かもしれない貴重な金髪の持ち主が現れた。

「あっ、巽くん」
「······あぁ?」

 しまった、声に出すつもりではなかったのに。意図せず初めての会話になってしまった。ごまかすために曖昧な笑みを浮かべて、「おはよう?」と挨拶した。なんで疑問系にしちゃったんだろう。怪しまれる前に退散しようと、返事を待たずに歩き出すと、オイ、と後ろから声がかかった。

「取れかかってんぞ。······カバンの」
「カバン?」

 肩にかけたスクールバッグを見やると、テディベアのキーホルダーがボールチェーンから今にも落ちそうになっていた。ぬいぐるみとチェーンを結ぶ紐が、ぬいぐるみから取れかかっているようだ。

「わー······どうしよ······。あ、ありがとね巽くん、気付かずに落とすとこだった」
「············」
「······た、巽くん?」

 眉間のシワがすごいことになっている。どうしよう、こういうだらしないものを見ていられない性質、とか?  神経質な人はコードの絡まりや掲示物が斜めに貼られているのを見ると気になると言うし、実は巽くんもそういうタイプなのかもしれない。
 黙ってキーホルダーを見つめられる圧に耐えられず、外して鞄の内側ポケットに収めた。手と頭だけが見えている状態だが、これはこれでかわいいかもしれない。

「じゃ、じゃあ、今日もがんばろーう······」

 我ながら謎すぎる挨拶で会話を無理やり切り上げ、巽くんに背中を向ける。向かう場所は同じだけれど、教室までの間が持つとは思えない。足早にその場を後にした。



 

 帰りのホームルームが終わり、身支度をする。休み時間に悠から届いたメールによれば、放課後にジュネス家電売り場集合、とのこと。クマも交えて改めて話し合いを行うのだろう。もし待たせてしまったら悪いし、寄り道せず向かおう。

「オイ」
「へっ?」

 鞄を肩にかけさあ出発、というところで、低く声をかけられる。何も悪いことはしていないはずなのにビクリと体が揺れた。
 
「あれ貸せ」
「あ、あれ······って?」
「だからあのクマの!」

 クマ、と聞いて一瞬テレビの中の住人を思い浮かべたけれど、いやいや巽くんが知っているはずがない、と首を振る。鞄を机に置き直し、中からキーホルダーを取り出した。彼に差し出すと半ばひったくるような勢いで受け取り、私の横を通り抜ける。

「来週返す!!」

 振り向きもせずに言ったきり、教室を出てしまった。残された私は、さっきまでキーホルダーがはまっていた鞄の内ポケットを見つめる。
 ······ま、まあ、返してくれるそうだし。なんで奪われたのかはまったくわからないけれど、その言葉を信じるしかない。

「な、鳴上さん大丈夫······?」
「カツアゲ?」
「えっ、あ、いやいや違うよ!?えーと、ちょっと約束があっただけ!」

 知らず、クラスメイトたちがみんな注目していたらしい。心配してくれる人達に咄嗟にごまかす。金品の類を要求されたわけではないし、カツアゲではない、と、思う。たぶん。
 キーホルダーを奪っていった相手を庇っている、というのもおかしな話なのだけど、私の不用意な発言で巽くんが誤解されるというのも忍びない。へらへらと笑って「じゃあまた明日」とその場の人々に挨拶し、私も教室から出た。
 下駄箱で靴を履き替えているとき、「あ、明日は日曜日だった」と気づき、自分の失言に赤面した。





「お待たせしました!」
「おっす!や、俺らも今着いたとこ」

 家電売り場には既に悠と花村さん、そして千枝さんがいた。千枝さんに昨日のことを謝ると、「ん、許してしんぜよう」とおどけて笑った。

「じゃあ行くか!と言っても······」

 辺りには、人がいる。昨日まではなかった『家電大特価セール!』ののぼりが立っているので、そういうことだろう。これでは、四人も一気にテレビの中に消えれば大騒ぎになる。

「手だけ入れてクマを呼んでみるか」
「お、それいけっかも。よし、二年は壁な」

 かべ?と千枝さんと同じ反応をすると、いつものテレビの目の前に誘導された。私を囲うように、他の三人が側面と背面に立つ。
 なるほど、私が手を突っ込む役か。一応、すぐ近くのお客さんが見ていないのを確認してから、テレビに触れる。手首だけを入れて、ぱたぱたと動かしてみる。

「······いったぁ!?」
「うぉ、ちょ、声でかいって!」

 予想だにしない痛みに驚き、急いで手を引っこ抜くと、大きな歯型がついていた。

「ひどい······痛い······」
「うわっ、大丈夫? もー、クマの仕業だな······?」

 千枝さんが手をとってさすってくれる。その優しさに、目尻に少し涙がたまった。だが、その直後に悠に頭をぽんぽんと軽く叩かれ、涙を流すのは耐えることにした。なんとなく、兄の前で泣くのはプライドに傷がつく。
 
「おいクマ!そこにいんだろ!?」
『なになに、コレなんの遊び?』

 遊びの噛み方じゃなかった。恨みがましくテレビ画面を睨むが、クマの声はすれど姿は映らない。
 悠が「中に人はいるか」と質問すると、否定の言葉が返ってくる。

「誰もいない······?」
「······あたし、やっぱり雪子に気をつけるように言ってくる」

 雪子さん?と思ったのがそのまま顔に出ていたらしく、悠が進んで説明してくれる。

「昨日のマヨナカテレビに映ったの、雪子かもしれないんだ」
「うん。私見たもん。あれ、雪子だったよ」

 千枝さんが真剣な表情で頷く。私と悠が見た時はぼんやりとしか見えず判然としなかったけれど、ひょっとして見る人によって解像度まで違うのだろうか。そして更なる謎は、いまは人がテレビに入っていないらしいということ。

「昨日の夜は雪子さんが映ったけど、誰もテレビに入ってない······?」
「ああ、さっき電話も繋がった。今は無事だ」

 では、テレビに入り込んでしまった人がマヨナカテレビに映る、という訳ではなかったのだろうか。なら未来予知?これから入る人間を映している······?
 頭を捻るけれど、いかんせん情報が少なすぎる。とにかく、雪子さんの身辺に気を配るしかないだろう。

「もしかしたら、今夜のマヨナカテレビでまた何かわかるかもしれない」
「全部、考えすぎならいいんですけど······」
「今日見たら電話するわ。番号、教えてくれ」

 四人で連絡先を交換しあい、今日のところは解散した。


 当然、帰り道は悠と二人になる。

「なんか、転校してから毎日悠と一緒にいる気がする」
「状況が状況だからな。······クラスに友達できたか?」
「い、いるよ!」

 心配されるのがなんだか気恥ずかしく、つい声を荒げてしまう。いや、友達といっても一緒にお昼を食べたり世間話をするくらいで、放課後に遊んだりはしていない。その点で言うと、花村さんや千枝さんのほうがよほど仲が良いということになる。いや遊んでいる訳では無いんだけど。実際、私自身かなり二人に懐いている自覚はある。しかし、『兄の友達』に遊んでもらっているようで若干はずかしい。

「俺としては、小さい頃みたいで嬉しいけどな。こうして名前と帰ったりするの」
「············別に、嫌なわけじゃないよ。変な感じはするけどね」

 兄妹仲はいい方だとは思う。ただ、それぞれの付き合いがあってだんだん遊んだりしなくなっただけで。兄妹って、きっとそういうものだと思うから。

「とにかく、事件の解決だよね、今は」
「ああ、そうだな」
「······ここにいる間に、できるのかなあ」

 学年が変わる前に、私たちはまた転校する。元々そういう約束で堂島家にやってきた。
 あと、一年もない。
 
 
 
 
 
 深夜0時近くになると、悠の部屋に集まった。居間のテレビだと、もしマヨナカテレビの最中に遼太郎さんが帰ってきたらごまかすのが面倒だ。あと、また悠がテレビに入ろうとしたら怖いから、というのもある。部屋のテレビなら小さくて入れないから安全だ。これは悠には言っていないけど。
 悠は窓から外を見つめている。今日も、霧でもやがかっている。
 時計の秒針を見つめ、そろそろだ、とテレビに視線を移した途端、真っ暗だった画面が光り出す。

『こんばんはぁー!』
「! 雪子さん······!」

 今度はハッキリと見える。何故かドレスに身を包んだ雪子さんが、はつらつと手を振る。

『今日は私、天城雪子がナンパ!逆ナンに挑戦してみたいと思います!』
「······は?」
「ナンパ······?」

 いくらなんでも様子がおかしい。画面の中で雪子さんは身悶えするような艶めかしい仕草をしている。胸元もあらわにし、異性を誘うような動きだ。

『題して、雪子姫の白馬の王子様探し!』

 バンッ!とどこからか効果音。右下にはテロップ。手にはマイク。
 なんだこれは。これではまるで、本当にテレビ番組だ。

『じゃーあ、いってきまーす!』

 雪子姫、と名乗った彼女は駆け出し、後ろの城のような建物に消えていく。それと同時に、テレビも元の真っ暗な画面に戻る。
 悠のほうを見るが、なんと言ったらいいものか、言葉が出てこず無言で見つめあってしまう。途端、電子音が部屋に響く。自分の携帯を見るが、通知はない。悠の携帯だ。陽介だ、と呟き、私の方へ近づいて音声出力をスピーカーに変えた。

「もしもし」
『お、おい、見たか今の!』
「ああ。間違いなく雪子だった」
『けど言ってることおかしくなかったか!?なんかバラエティ番組みたいだったし······どうなってんだ一体!?』

 かなり動揺している様子の花村さん。気持ちはとてもわかるが、いま重要なのは雪子さんの安否だ。私も悠の携帯に向かって声をかける。

「あの、花村さん、雪子さんに連絡とれますか?」
『あ、名前ちゃんっ? そ、そうだよな、えーと、あっ、番号知らねーぞ······っと、里中に言えばいいのか!』
「落ち着け」
『わかってる······とにかく明日、朝イチでジュネス集合な!』

 向こうから通話が切られ、静寂が戻ってくる。黙っていると不安になるだけだ、さっさと寝てしまおう。

「······って、朝イチ? ジュネスって何時開店?」
「······メールで聞いとく」

いいね


Unauthorized reproduction prohibited.
2016- やぶさかデイズ