やぶさかデイズ

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BIZARRE DREAM
弾丸論破サーチ

05.4月15日(2)

 さきほどの騒動ですっかり忘れていたけれど、ここは現実の商店街によく似ていた。人がいない以外はほぼそのままだ。二人はまっすぐに「コニシ酒店」と看板を提げている建物に向かう。小西先輩の実家か、とすぐにピンと来た。
 
『ジュネスなんて潰れればいいのに……』
「!?」

 どこからともなく声が聞こえる。周りに人影はないのに、声だけはハッキリと耳に届く。

『小西さんちの早紀ちゃん、ジュネスでバイトしてるんですって』
『ジュネスのせいでお店が大変だって時に……』
「なんだよこれ……やめろよ!」

 声は全部、ジュネスで働いて実家の店を気にかけない小西先輩を責めていた。近所の主婦たちの噂……のような印象だ。

「おいクマ。ここは、ここにいる者にとっての現実だとか言ってたな!それ、ここに来た先輩にとっても現実だったってことなのか……?」
「クマは……こっちのことしかわからない」 

 花村さんが顔を歪める。上等だよ、と吐き捨てて酒店に駆け込んだ。
 続いて中に入ると、今度は男性の怒号が耳をつんざく。

『何度言ったらわかるんだ、早紀!』
「くそ、またかよ……」
『よりによってあんな店でバイトなんかしやがって……』

 小西先輩の父親の声なのだろうか。花村さんの言う通り、先輩が実際に体験した『現実』をいま聞かせられているのだとしたら……小西先輩はもちろん、花村さんにとっても、耳を塞ぎたくなる内容だ。

「こんなのがほんとに、先輩の現実だってのかよ!?」

 行き場のない叫びの後、なにかに気づいた様子の花村さんは室内の奥に駆ける。

「これ、バイト仲間で撮った……なんで……」

 紙の切れ端を手に取る。写真だ。バラバラになっているが、繋げると花村さんと小西先輩が隣合って撮られていることがわかる。写真の中の先輩は、笑顔だ。

『ずっと……言えなかった……』
「! この声、先輩!?」
『私、ずっと花ちゃんの事……』

 小西先輩と思しき声に耳を傾ける。花村さんは突然自分の名を出され緊張した様子だ。

『……ウザいと思ってた』
「!」
『店長の息子だから仲良くしてただけなのに……勘違いして盛り上がって、ほんとウザい……』

 花村さんはショックを隠せずうろたえる。当たり前だ、この声で、一番聞きたくないだろう言葉を告げられてしまっては。これが……本当に小西早紀という人物の真実なのだろうか?

『ジュネスも、そのせいで潰れそうなウチの店も、怒鳴る親も、好き勝手言う近所の人も……全部、無くなればいい』

 本当に、こんな言葉が。
 花村さんが絞り出すように「ウソだ」とうめく。

「先輩は……そんな人じゃないだろッ!!」

 願いのような叫びに、もう先輩の声は返ってこない。

『悲しいなぁ……可哀想だなぁ、俺……』
「!?」

 代わりに、今までの頭に響くような声とは違う、実体を伴った声が室内に現れた。ハッと振り向くと、部屋の隅から、見覚えのある姿が近づいてくる。

「は、花村さん……!?」
「お前、誰だ!?」

 よく似た姿なんてものではない、花村さんがそっくりそのまま、もう一人いる。ただ、違うのはその人を嘲笑うような表情だ。
 
『商店街もジュネスも、全部ウゼぇ……そもそも、田舎暮らしがウゼーんだよなあ!?』
「な、何言ってる……?俺はそんなこと、思ってない……」
『孤立すんのが怖いから、一人が寂しいからヘラヘラしてんだよ、お前は』

 何もかも、心の中まで見透かしている、と言いたげな目で偽物が花村さんを見据える。花村さん本人は額から汗を流している。目の前に自分がもう一人いたら汗くらいかくだろうが、どちらかというと偽物の言動に動揺しているようだった。

『小西先輩の為に、この世界を調べに来ただぁ?お前がここに興味を持ったホントの理由は……』
「や、やめろ!!」
『お前は単に、この場所にワクワクしてたんだ!ド田舎暮らしにはうんざりしてるもんな!』
「違う……やめろ、やめてくれ……」
『ヒーローになれると思ったんだよなあ?大好きな先輩が死んだっていう、らしい口実もあるしさ……』
「違う!!」

 全く同じ外見をした二者の対話に、口が挟めない。花村さんの必死に否定する姿が、まるで本当に心を読まれているかのように見えてしまったから。

「お前、何なんだよ!誰なんだよ!」
『……俺は、お前。お前の影……。全部、お見通しなんだよ!』
「ふ、ざけんな!お前なんか知らない!お前なんか……俺じゃない!!」

 子供の癇癪にも聞こえる花村さんの拒否を聞き届けると、偽物は心底嬉しそうにクツクツと笑いだした。

『ああ……そうさ。俺は俺。もうお前なんかじゃない』

 含みのある言い回しを残すと、偽物は禍々しく光りだし、その姿を変えていく。隣の花村さんは、偽物の変身に呼応でもしたかのように突如力が抜け倒れ込んでしまう。
 蛙の上に、人型の上半身がくっついているような見た目。これも、先程私たちを襲った化け物……シャドウの一種なのだろうか。だとしても、大きさや重圧が段違いすぎる。

『我は影……真なる我……。退屈な物は、全部ぶっ壊す!』

 姿は変わっても、発せられる声は花村さんのままだ。一体あれは……花村さんの何なのだろう。
 偽物はギョロギョロと視線を這わせ、花村さんを捉えたと思うと大きな前足を振りかぶった。つぶされてしまう、と思った瞬間、それは弾かれる。悠と、悠が操る大剣のビジョンだ。

「名前、陽介を連れて離れててくれ!」
「! う、うん!」
「センセイ、右から来るクマ!」

 花村さんを肩に抱き、ひきずって移動する。悠のあの力は結局なんなのかはわからないけれど、いま頼りになるのは彼だけだ。あの巨体を相手に、一人で立ち回っている。クマは少し遠くから戦況を見て、悠をサポートしているようだった。
 部屋の端にたどりついて、意識のない花村さんを壁にもたれさせる。もしいま偽物に勝てなければ花村さんは、いや、私たちみんな、変死体となって現実の世界に投げ出されるのだろうか。しなければいいものを想像してしまってゾッとする。なにか、一人戦う悠のためにできることはないだろうか。立ち上がり、室内を見渡す。瓶詰めの酒が至る所に転がっている。これだ。

「こっち見ろ、化け物!」

 言いながら、酒瓶を偽物に向かって振り投げる。なんと命中し、瓶は粉々に割れ敵は中身を浴びた。途端、私は走り出す。

『消えろ!』

 予想通り、私を狙い始める。だが。

「ジオ!」
『ぐあぁ!』

 その隙を悠が見逃すはずがない。……それは信じていたけれど、あんな雷魔法みたいな真似まで出来たのか。とにかく、遠距離攻撃までできるなら心強い。周りを走り、隙を作ることだけに専念しよう。


 酒瓶を投げては走り、の繰り返し。あたりには酒の臭いが広がっている。悠が匂いで酔わないことを祈る。

『ちょこまかと、ウゼェんだよッ!』
「! ハニー、避けてーっ!」
「えっ……」

 広範囲の嵐が、私に向けて放たれる。だめだ、走っても避けきれない……!

「うりゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 横から何かが突進してきて、体が投げ出される。私に覆い被さるそれは……クマだ。

「ゼェ、ゼェ……こ、こんな全力疾走は、生まれて初めてクマよ……」
「く、クマ、大丈夫!?ケガは……」

 ヘーキ、ヘーキ、と呟きながら、ころん、と転がり私から離れる。直撃はしなかったようだが、瓶の破片が毛の間から見える。毛繕いするように、そっと一つずつ取り除いた。ありがとうね、と言いながら。

「イザナギッ!!」
『ぐ、あぁ……!!ふざ、けんな……』

 そして、悠の渾身の一撃で、ついに偽物が倒れた。

「か、勝ったの……?」
「う……お、俺は……」
「名前、陽介、無事か!」

 目を覚ました花村さんに声をかけようとすると、横のクマが起き上がろうともがく。自分では立ち上がれないらしい。手を引っ張って立たせる。

「ヨースケ、だいじょぶ!?」
「あ、ああ……。一体、何が起きたんだ……?」
「! 花村さん、後ろ……!」

 化け物ような姿が解けた偽物が、再び花村さんの姿をかたどって立っていた。花村さんは怯えた目で、けれど憎々しげに睨む。

「……お、お前は……俺じゃない……」
「あれはもともと、ヨースケの中に居たものクマ……。ヨースケが認めなかったら、さっきみたいに暴走するしかないクマよ……」

 クマの言葉に、反論せず俯く。思い当たる節はあるのかもしれない。けれど、認められない。
 わかる気がした。誰だって、自分ではどうにもならない、そうありたくない自分を持ってる。

「陽介……勇気を持て」
「……うん。それも含めて、花村さんらしさですよ」

 振り向いて、苦しい表情で私と悠を見つめる。

「ちくしょう……ムズいな、自分と向き合うってさ……」

 花村さんはもう一度、偽物……いや、“花村さん自身 ”に向き合う。何も語らない彼に、ゆっくりと歩み寄る。

「分かってた、けどみっともねーし、認めたくなかった。お前は俺で、俺は、お前か。全部ひっくるめて、俺だって事だな」

 もう一人の花村さんが、ふっと上を向く。すると、花村さんの見た目から、さきほど戦った姿に似た、それでいて禍々しさを感じない姿に変わった。悠が使役するビジョンに雰囲気が近い。そして、そのまま花村さんの中に溶け込んだ。

「これが……俺の“ ペルソナ”……」
「ペルソナ……?」

 そういえば悠にも詳しく聞いていなかった、と考えた瞬間、花村さんが脱力しその場にしゃがみこむ。また倒れるのかとぎょっとしたが、花村さんは俯いたまま首を横に振る。

「あの時聞こえた先輩の声、あれも先輩が心のどっかで抑え込んでたモンなのかな……はは、ウザい、か」

 悠とクマと目を合わせる。なんと声をかけるべきか。先輩のために、とここまでやってきたというのに、これでは。

「これ以上ねーってくらい、盛大にフラれたぜ……ったく、みっともねー……」

 苦笑する花村さんに、悠が静かに歩み寄る。

「お前がいてくれて、助かったよ。……ありがとな、鳴上」

 何も言わず悠が差し出した手を花村さんがとり、立ち上がる。すると今度はこちらを向き「名前ちゃんも、こんなとこまで付き合ってくれて、サンキュな」と眉尻を下げて笑う。慰めの言葉なんて、言ったってしょうがない。私もまた、黙って首を振った。

「もしかして先輩は、ここでもう一人の自分に殺されたって事か?」
「多分そうだと思うクマ。ココにいるシャドウも、元は人間から生まれたもの……霧が晴れると、さっきみたいな“意志のある強いシャドウ”を核に大きくなって、宿主を殺してしまうクマ」

 やはり、さっき戦ったものもシャドウの一種なのか。シャドウ、つまり影。さっきのは、花村さんの影だった。そして、小西先輩は為す術もなく自分の影に殺されてしまった……。

「……みんな、疲れてるクマね。もともとこっちの世界は、人間にはちっとも快適じゃないクマ。もうココには何もなさそうだし……」
「……そうだね。戻りましょうか」

 



 来た道を戻り、スタジオにたどり着く。

「なあ、クマ。さっきの商店街、それに前見た妙な部屋……あれは、死んだ二人が入ったせいで出来たものなのか?」
「こんな事初めてで、わからない……。けどきっとその二人も、さっきのヨースケと同じようになったクマね」
「……くそっ、先輩たち、たった一人でこんな場所に……」
「あのね、二人ともココが晴れた日に消えたけど、それまではシャドウに襲われなかったクマ」

 現実が晴れている間はテレビの中にいても襲われずに済む、ということか。霧が出ているのに先程襲われたのは無闇に探索することで警戒されてしまったせいかもしれない。

「俺たちなら、戦って救えるかもしれない」
「……! この先誰かが放り込まれても、死なせずに済むって事か……!?」

 全員が顔を見合わせ、頷く。危ないのはもちろんだ。でもそれでも、こんなことを知って、誰かが死ぬことを知りながら見て見ぬふりなんてできない。
 小さな決意が芽生える。もっとも、私には悠のような戦う力はないのだけど……。

「よし、とりあえずやるべき事は見えてきたぜ。とにかく、ここに人を入れてる犯人を捕まえて、やめさせるしかない」
「あ、出してあげる前に、お願いクマ。これからクマはココでキミ達が来るのを待ってるクマよ。だから、必ず同じ場所から入るのよ。違うとこから入ると、違うとこにでちゃうクマ」

 なるほど。ジュネスの家電売り場が集合場所なんてちょっとカッコつかないけれど、年中無休なんだし、人は寄り付かないし、案外良いかもしれない。

「じゃあ、ほい!出口カマーン!」

 タンタンッと小気味よく床を叩くクマ。出てきたテレビをもうすっかり出入口と認識した私たちは、素直に近寄る。

「あ、まずは他に人がいないか確認しないとですね」
「だな、見られるわけにいかねーし……」
「ハイハイ、行って行ってー。ムギュウ!」
「のわっ、だから押すなバカ……おわあっ!」

 完全にデジャヴ。前回は四人だったからそれよりは窮屈ではないが、ならいいかとは思えない。





「いたた……もう、クマのやつ……」

 お尻から落ちてしまった。さすりながら目を開けると、目の前にへたりこんだ千枝さんがいた。

「あ……帰って、ぎだぁ……!!」
「ち、千枝さん、鼻水がっ」
「うっわ、どうしたんだよその顔?」

 ティッシュを出そうと制服のポケットをまさぐる。取れたと思ったら、千枝さんが花村さんにロープの束を振り上げてぶつけたところだった。

「どうした、じゃないよ!ほんっとバカ!最悪!!」

 とてもティッシュをどうぞと言える剣幕ではない。差し出そうとした手がおろおろと行き場を失う。

「ロープ、切れちゃうし……名前ちゃんまで行っちゃうし……。心配、したんだから」
「千枝さん……」

 また涙を流す。今度こそティッシュを差し出さなくては、と近づくと、千枝さんは袖で涙を素早く拭って吼える。

「すっげー心配したんだからね!あーもう腹立つ!」

 そして走り去る。謝る隙すらなかった。

「……ちょっとだけ、悪いことしたな」
「……そりゃ怒りますよね。謝らなくちゃ……」
「仕方ない、謝るのは明日にしよう。今日はみんな休んだ方が良い」
「だな。今日は……眠れそうな気がする」

 疲れは見えるけれど、それ以上にすっきりとした表情の花村さん。また明日、と言い合って別れた。
 ジュネスから出て、傘をさそうとしたとき、用事を思い出した。

「あっ、悠、先帰ってて。買い物してくから」
「いいけど……大丈夫か?」

 体調を気遣っているのだろう。笑顔で親指を立てて返事とした。決して万全ではないが、今すぐ横になりたいという程でもない。部屋に置くための時計を買ったらすぐに帰ろう。

 まだジュネスの構造を把握できていない私は、入ってすぐの案内板に頼ることにした。時計があるとしたらインテリアコーナーだろうか?とりあえず二階に行ってみよう、と踵を返すと、ジュネスに来店しようとする人が何かを落とすのが見えた。駆け寄って拾い上げる。車の鍵のようだ。

「あのっ、鍵落としましたよ」
「……? ああ、親切にどーも」
「いえ」

 すぐに立ち去るだろうと思ったが、何故かその人は突っ立ったままだ。くたびれたサラリーマン、という印象。何か用なのだろうか。なんだか気まずく、一歩引いてから離れようとすると、なんと会話が続けられた。

「キミ、高校生?」
「え、まあ、はい」
「この辺の子っぽくないね」
「あー……最近転校してきたので」

 知らない人にこんなことを話していいものだろうか。そっと見上げると、彼はにこりと笑顔を作った。

「なるほどね。田舎だからって遅くまで出歩いちゃダメだよー、危ないんだから。おまわりさんに補導されちゃうしね」
「そうですね……買い物したら、帰ります」

 ぺこ、と頭を下げ、その場を後にする。夜遊びする子供を心配しただけ……だったのだろうか。まだ夜遊びというほどの時間ではないのだけど。
 またジュネス内で彼と出くわすとなんだか困る気がして、急いで買い物を済ませた。




 
「ただいまー」

 家でくつろいでいたらしい悠と菜々子ちゃんからの返事が聞こえる。居間に入ると、テレビの音も聞こえてきた。

「名前、雪子がテレビ出てる」
「えっ!?」

 見逃さまい、と駆け寄って見ると、本当に雪子さんが映っている。どうして和服姿なんだろう。似合いすぎている。

「天城屋旅館の特集だって」
「あ、なるほど······?」

 納得しかけたけれど、なぜ家の手伝いをしている娘がインタビューを受けているのだろう。テレビに映る困った表情の雪子さんが不憫で、ご両親や他の大人が出てくれればいいのに、と思った。

『いえ、あの、私は代役で』
『でも、跡継ぐわけでしょ?ていうか和服色っぽいね、男性客多いでしょ?』
「······なに、この記者。女子高生にセクハラ?」

 思わず声に出すと、菜々子ちゃんが無垢な瞳で「せくはら、ってなあに?」と言い出してしまった。どうしよう、性的嫌がらせ、なんて素直に言おうものなら「せいてきって?」と続くのは自明の理。さすがに小学一年生に性のなんたるかを教示するのは嫌だ。というかそれこそセクハラな気がする。
 こういう時は、フォローの鬼に頼るに限る。悠に視線で助けを求めた。

「いやなことをしたり、言ったりすることだよ」
「そっか。がっこうにもいるよ、そういうことばっかりする子」
「え、えーっと、菜々子ちゃんはあんまり使わないほうがいい言葉かな?」

 そうなの?と不思議そうにしてはいるが、それ以上の追求はされなかった。聡明な子で本当によかった。
 テレビでは未だ雪子さんを困らせるような質問が流れている。ふと、菜々子ちゃんが「あっ」と声をあげる。

「おさら、あらわなきゃ」

 立ち上がった菜々子ちゃんに続いて私と悠が続くと、菜々子ちゃんが振り返り「てつだってくれるの?」と首を傾げた。もちろん、と頷くと少し嬉しそうに笑ってくれる。
 隅に寄せていた菜々子ちゃん用の台座をひっぱりだし、その上に乗って皿洗いを始める。さて私はどう手伝おうか、とキッチンを見回すと、その間に悠が布巾を手に取った。お皿拭きの仕事を取られてしまった。

「······じゃ、私も菜々子ちゃんとお皿洗いしよー」

 新しいスポンジを取り出し、横に並び立つ。驚いて見上げてきた菜々子ちゃんに「どっちがキレイに洗えるかな!」と挑発する真似をすると、菜々子ちゃんはハッとしてシンクに視線を戻した。

「菜々子、いつもしてるからうまいよ」
「ふふーん、年季が違うのだよ、年季が」

 一生懸命に丁寧な皿洗いをする菜々子ちゃんにそっと微笑んで、悠のほうも見ると「その手があったか······」と布巾を握りしめていた。





 菜々子ちゃんが自室へ寝に行ってからも、悠と居間に残っていた。遼太郎さんはまだ帰ってこない。二人とも特に見ているわけではないテレビを付けっぱなしにしている。八十稲羽で起きた事件を特集したニュース番組だが、目新しい情報もない。
 そっと、背後のカーテンの隙間を覗き見る。雨の降る外は白く、霧深い。

『まもなく、午前0時です』

 テレビから聞こえた時報に振り返る。悠も姿勢を変え、画面に注目している。
 霧深い午前0時、マヨナカテレビに誰かが映ったなら、その人がテレビに入れられてしまっているかもしれない······。数秒のはずなのに長く感じる間の後、ノイズが走り、うっすらと人影を映し出した。

「映った!」
「和服······に見えるな」
「女の人······っぽいね」

 身を乗り出して目を凝らすが、それが誰なのかまでは判別がつかない。更に近づこうとした時、視界に手が割り込んだ。ああなんだ、悠の手か。テレビに伸ばしている。そのまま画面に突っ込んで······。

「って、ちょっと何してんの!?」
「どうなるかなって。······ダメだな。映像が消えた」
「············その行動力と実行力なんなの······」

 残念そうに引っ込める。部屋のテレビと違って画面が大きいのだから、もし引きずり込まれでもしたら入れてしまうというのに。昔からそうだが、無言で思考を行動に移すのもヒヤヒヤする。

「······まあ、マヨナカテレビに干渉できないことがわかったのはよかったけど······すぐ手突っ込むのやめて」
「はは。とにかく明日陽介たちに話してみよう」
「ねえ今笑ってごまかした?」

いいね


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2016- やぶさかデイズ