そこへ向かう俺、
『トリガー認証。本部への直通通路を開きます』
無機質な機械音を聞きながら、翳していたトリガーをリュックのサイドポケットに仕舞う。
地下通路を歩きつつ今日の献立を頭に思い浮かべる。最近すっかり冷え込んできたので体を温める為にも今日は鍋にすると決めていた。ちょうどスーパーで特売の白菜が買えたから豚肉と合わせて重ね煮にしようと思う。
確か冷蔵庫に大根があったはずだから大根おろしアートでもしようかな。何作ろう。王道にシロクマ? それとも文乃さんの好きなゲームキャラ? いやでも猫も捨てがたい。う〜〜〜〜ん。
「なあなあ、知ってる?」
「何が?」
「S級隊員の話なんだけど」
地下通路を抜けた先の本部の廊下にて。C級隊員の二人が連れ立って歩きながら何やら話をしているのが聞こえてきた。
「S級ってあれだろ? 天羽って人と玉狛支部の迅さん。あの二人のことだろ? 前にお前から聞いたよ」
「それがさー、もう一人いるらしくて」
「へえ、そうなん」
「先輩に聞いた話なんだけど。その人全然表立って出てこねーみたいで顔どころか名前も分かんねえらしくて、スッゲー謎じゃね?」
「何それ信憑性ねー……本当に実在すんのか?」
「それを俺たちで探ろう! って話なわけよ」
「やだよ」
「釣れねえこと言うなよー」
「………」
入隊して間もない子達だろうか。わあわあ言いながら食堂に続く廊下の角に消えていった。それを尻目に俺はまだ歩き続ける。
ボーダーには強さに応じた階級制度がある。一番母数の多い訓練生のC級隊員、その上に主力となるB級隊員、さらにその上の精鋭がA級隊員。そのピラミッド状の階級とは異なる立ち位置の隊員こそがS級隊員。特別なトリガーで戦う者たちだ。
実力派エリートこと玉狛支部の迅悠一さん。それから本部所属の天羽月彦。圧倒的な強さと話題性を持つ彼らの存在はとても大きい。しかしその影でもう一人、ひっそりと夜闇に紛れて戦うS級隊員がいる。
「……お邪魔するっすよー」
忍び足で挨拶は極力小さめに。
部屋の主の眠りを妨げたくないからと言って最低限のルールを欠く訳にはいかない。仮にも相手は年頃の女子。幼馴染みとはいえ親しき仲にも礼儀あり。
無事キッチンに辿り着き、背負っていたリュックと食材の入ったエコバッグを肩から下ろす。ちらりと窺った先にあるソファーの塊が動く気配は今のところない。ふう。
深呼吸して気合を入れ直す。休んでる暇などない。ここからは時間との勝負、ちゃっちゃかやろう。まあ、元よりそれほど難しくはないのだが。
鼻孔をくすぐる美味しそうな匂い。先程まで意識していなかった空腹感が襲い掛かる。今日の晩ご飯は何だろう。……お腹、空いたな。
「んん、」
「あ、文乃さん起きた。はよーっす」
「ふわあ……ん、はよ。今何時?」
「19時っす」
「おけ。今日鍋なんだね、美味しそう」
「最近寒いっすからねー。これから任務だし身体あっためないと。よし、冷めないうちに食べちゃいましょ」
ソファーから降りて炬燵に体を滑り込ませる。ああ、あったかい。冬はやっぱり炬燵に鍋だ。光がゆっくりと土鍋の蓋を開けた。もくもくと立ち上る湯気で眼鏡が曇り切る前に外しておく。
うーん、やっぱりいい匂い。
「じゃじゃーん! 今文乃さんがハマってるゲームのキャラを大根おろしアートで再現してみたっすよ!」
「あ、ほんとだ。再現度高」
「熱いから火傷しないでくださいね」
「ん。ありがと」
器を受け取り、味が染みてクタクタになっている白菜を口に運ぶ。うん。
うん。
「うまい。やっぱり光、天才だよ」
「お粗末様っす」
光はいつも謙遜するけど、わたしは今まで光が作ってくれる料理以上に美味しいものを食べた試しがない。身内贔屓も多少あるかもしれないが、光の料理の腕は本当に天下一品だ。今すぐお店を出しても繁盛すると思う。出資して毎日通いたいレベル。
いや、でも絶対行列できるわ。しかもめちゃくちゃ長いこと待たなきゃ食べれないやつ。それに見合う料理のレベルだけど、今みたいに気軽に食べられないのが辛いな。すんごくすんごーく惜しいけどやっぱりお店出さないでほしい。
三門市のみんな、独り占めしてごめん。
「文乃さん? 聞いてます?」
「あ、ごめん。考え事してた」
「もう〜〜まだ寝ぼけてんすか? ここに来る途中で聞いたんすよ、あの噂」
「何の?」
「三人目のS級隊員の話」
「あー、あれね。勝手に言わせとけばいいよ」
「時々話題になるっすよね」
「どこから漏れるんだか」
「今度変装します?」
「逆に目立つでしょ」
他愛もない話をしながら土鍋の中身は順調に減っていき、刻々と任務の時間が近付いていく。
『文乃さん。準備いいっすか?』
「バッチリ」
インカムから光の声が聞こえる。帰宅した頃はオレンジ色の光が街を染め上げていたが20時になる今、外の様子はすっかり様変わりして辺りは暗い闇に包まれている。
見上げた頭上には満天の星空。本部周りの危険区域は民家が残されているものの、人が住んでいないので電気はひとつもついていない。そのおかげか街中よりも随分と星たちが綺麗に見える。ちょうど、あの日のように。
「草ちゃん、力借りるね」
右手首の腕輪に触れ、黒トリガーを起動させる。緑のコートが風に揺られてはためく。
さあ、夜の時間の始まりだ。
(今日も少女は夜を駆ける)