実力派エリートお断り
「文乃さーん」
「断る」
「まだ何も言ってないんすけど……」
「視たから知ってる。迅は入れるな。お帰り願って」
「そうは言っても大事な用だって」
「じゃあ一戦交えてでも倒せ」
「迅さん相手にそれは無茶っす!」


夜勤明けの昼過ぎ。
今日は日曜なので学校もなく、お昼ご飯を食べてゴロゴロしていた頃に奴はやってきた。


「やっほー文乃。元気?」
「しばくぞ」
「ははは。元気そうだな」
「夢から醒めてぞっとしたから。精神的苦痛による賠償責任、何か寄越しな」
「いや文乃さん賊か何か?」
「いーよいーよ。ほら、良いとこのどら焼き。好きだろ? 光も食べな」
「やったラッキー! 俺お茶入れて来るっす」


そそくさと台所へ立つ光を横目に、目の前のどら焼きに手をつけながら向かい側に座る胡散臭い男に目を向ける。

こいつの名前は迅悠一。
不本意ながら役職が同じS級隊員なわけだが。


「何の用?」
「いきなり本題行っちゃう?」
「はぐらかすな。ちゃっちゃっと話して早く帰れ」
「まあまあ、じっくり話そうよ。ところで昨日は晩ご飯何食べた?」
「……三枚下ろしにされたいの?」
「世間話じゃーん」


ピキッ。
どこかの血管がそう音を立てた気がした。

黒トリガーを起動しようと手首に触れた瞬間、戻ってきた光が淹れたてのお茶の入った湯呑みをコトリと置く音で我に返る。


「迅さん、文乃さんで遊び過ぎっす」
「悪い悪い」
「……はあ。どうせ近界民のことでしょ」
「流石文乃。話が早いな」
「あんたがさっさと話し始めないからだわ」


呆れながらお茶を飲む。
ん、どら焼きの甘さとお茶の渋さが相まって疲れた体が癒される。おいしい。

迅のことはめちゃくちゃ腹が立つけどお土産のどら焼きに罪は無い。
お昼を食べた後だけど何個でもいけてしまいそう。


「お察しの通り、その近界民のことなんだけど。正直俺は相手の姿をこの目で見ない限り未来視があやふやだから文乃の予知夢と合わせて検討したいなと思ってて。今回どこまで視えた?」
「近界民が来て、いざこざがある。以上」
「文乃さんいつも以上に雑くないすか?」


光のツッコミをスルーしつつ、迅は「そのいざこざの内容って?」と話題を深堀りしてくる。


「最近イレギュラー門が頻発してるらしいじゃん。あれをなんとかしてくれるっぽい」
「うんうん。その辺りは俺も一緒だな。で、その後は?」
「その近界民が黒トリガー使いみたいで、まあ本部は黙ってなくて争奪戦になると。そんな感じかな」
「うーん、なるほどな」


わざとらしく顎に手を当てて考えるポーズをする迅。何故だろう、無性にイラッとする。


「その争奪戦の時、文乃はどこにいた?」
「……それ聞いてどうするの」
「今後の未来のためにどう動くか決める為、かな」
「ふうん。相変わらず好きだね、暗躍」
「実力派エリートですから」


きらん、とサングラスを光らせながら決めポーズを取る迅をスルーして少し逡巡する。
それから二つ目のどら焼きに手を伸ばしながら質問に答えた。


「その辺りはわたしも曖昧、かな。今日まで何度か予知夢を視たけど、争奪戦になりそうってとこでいつも終わるからその先はまだ分からない」
「……なるほど。そこが分岐点だな」
「………」
「どうした?」
「……一個人として、黒トリガー使いからそれを取り上げるのってどう思う?」


組織とか、関係なく。
そう付け加えて迅に答えを促す。


「……そうだなあ。ま、いい気はしないよな」
「わたしなら絶対渡さない」
「まあ文乃はな。そうだろうけど」
「あんたは違うの?」
「奪われるのはもちろん嫌だけど、そうじゃなければ、まあ」
「ふーーーーん」
「何その目」
「軽蔑の目。最上さんが可哀想」
「そんなんじゃないって」


なんとなく、察しがついた。
争奪戦の落とし所というやつに。


「お茶も温くなってきたし、そろそろお開きにしてもいい? あとのどら焼きは晩ご飯の後にでも頂くから。栞ちゃんにお礼よろしく」
「俺が買ったわけじゃないってよく気付いたな」
「あんたがそんな気遣えるわけないじゃん。ぼんち揚げバカ」
「ひどい……あとぼんち揚げに罪はありませーん」
「人に物を頼む時に出す品じゃないってだけ。TPO、わかる?」
「ぼんち揚げは万人受けするよ」
「はいはい」


いつまでも居座ろうとする迅の背中をぐいぐい押して部屋から追い出し、廊下でもう少しだけ話し込む。


「有給、出しとくから」
「恩に着るよ」
「迅もまあ、踏ん張れ」
「頑張れじゃなくて?」
「うん。予知夢通りなら大変そうだから」
「他人事だなあ」
「だっていないし」
「まあいたら困るけど」
「あ、光のことなんだけど。置いていくつもりだから好きに使ってもいいよ」
「分かった。考えとく」
「それじゃ、わたし寝溜めするから」
「悪いな。落ち着いたらまた会いに来るよ」
「願い下げだわ」


へらりと笑った顔が腹立たしくて、やっぱりこいつとは合わないなと思ったそんな夜勤明けの最悪な日。



(そのサングラス、かち割ってやろうか)