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十分な深さの穴は、予想よりずっと早く掘り終わった。大部分が北斗の手によって掘られたのだから俺の計算など合わなくて当然なのだが、運が良いことに大きな石などの障害物に当たらなかったのも大きいだろう。いや、というか行き当たった岩盤やらはきっと、北斗がやすやすと割っていってしまったから、結局障害にはならなかった、というのが正しいのだろうが。
「……こんなものだろ」と俺がスコップをがらんと落としながら言うと、北斗はそばに「置いてあった」女の死体を抱きかかえて、穴の中にぼとりと落とした。土を戻すと、そこにはこんもりと盛られた土だけが残る。
なんとなく、俺は、この女の死体はきっと誰にも見つからないだろうな、と確信していた。理由はないが、そんな気がしてならなかったのだ。名前も知らないこの女は、このまま誰に弔われることもなく土の中のバクテリアに分解されて朽ちていくのだろう。北斗も話そうとはしなかったが、俺もこの女の死因を聞くつもりはなかったから、最期の様子すら北斗にしか知られないまま。そのことを思うと俺は、向ける先のわからない哀愁にかられてしまった。
北斗は二つのスコップを持ち上げると、何事もなかったかのように、来た道を戻り始める。この山に足を踏み入れた時とはまったく別の方向性の気持ちを抱きながら、落ち葉を踏みしめて車の方まで歩いた。
「北斗。お前は……、感性がヒトとズレていることを自覚した方がいい」
「……? プロデューサー、どういうことですか?」
道中に俺が口を開くと、北斗はわずかに首を傾げる。やっぱり分かっていなかったかと息をついて、話を続けた。
「お前が俺を信頼してくれているのは分かっているが……その発露がこういうものだと、俺が保たないんだよ」
北斗は形の良い眉をわずかにひそめる。どうしたらいいか分からない、と言いたげな困惑した表情だ。
「俺を信頼するなとは言わないから。それに、お前の……そういうことについても、相談に乗ったりはできるだろうし」
「そう、ですか……。よかったです」
この事務所を、アイドルを、辞めなくてはならないのかと思って……。と、北斗は弱々しく笑った。
「どうして?」
「どうして、って……こんなことをしてしまったし、それにプロデューサーは知っているでしょう。俺が、……ヒトじゃないこと。だから、もう関わるなって、言われるのかと……」
「大丈夫だ。そんなこと、俺がさせないから」
自嘲ぎみに言い始めたものの途中から震えてしまった声に、そう反射的に答える。そのまま反応を見ずに足を進めて、山を抜けた。木々に遮られない風景が新鮮に感じる。来た時は熱いほど射していた日差しは、今はオレンジ色の夕焼けとなって俺たちを照らしていた。北斗を助手席に座らせて、俺は運転席に座る。「北斗」と呼ぶとこちらを見る、隣の夕日に照らされる北斗をまっすぐ見据えて、微笑んだ。
「伊集院北斗は最高のアイドルだよ。だから、絶対大丈夫だ」
北斗は頬を赤らめた。「プ、プロデューサー……あなた、その、そういうところですからね」と本気で恥ずかしそうに目を伏せる。
……。……いよいよもってこいつのことが分からない。普段あれほどキザなセリフを平気な顔をして放っているくせに、こういう時になると照れてしまうのか。いや、俺自身今のセリフは若干キザだったかなとは思っていたけれど。微妙な気持ちをごまかすように車を出す。車内に伝わる揺れに声を紛れさせるように、ひそやかな声で、北斗は言った。
「でも、ありがとうございます。……すごく、うれしいです」
返事は要らないだろうとわかっていたから、何も言わずに車を走らせる。心地よい沈黙の流れる中、まっすぐ続く道を進んでいった。
事務所の近く……つまり俺の家の近くに着く頃には、日はすっかり沈んでいた。車を自宅のマンションの近くに停め、北斗をいつもの駅まで送ることにする。
北斗は(道はあの時と違うとはいえ)懲りずに路地裏を選んで歩いた。その途中で、「それでプロデューサー。俺があなたと歩くときにわざわざ路地裏を選ぶ理由ですけど」とこちらを見ずに話し始める。
「少しでも長く、ふたりきりでいたいから……って言ったら、どうしますか?」
「……さあ? 北斗がどうしてほしいかによるかな」
「……ふふ、本当にずるい人ですね、プロデューサーは」
北斗は少しの間沈黙してから、じゃあ、と前置きして、足を止める。そして、俺の方に振り返った。
「プロデューサー。これからも、俺の側にいてくれますか」
月の光を背に受けながら、北斗は言った。こういう時、わざと冗談なのか本気なのかわからないように話すのは、こいつのよくない癖だなあ、と思う。
「まあ、それは勿論。俺はお前たちをトップアイドルにしなくちゃならないからな」
「いえ、そうではなく。もし仮に俺がアイドルでなくなっても、あなたは俺の側にいてくれますか?」
今度ははっきり真剣とわかる声で、北斗は俺に囁いた。
「それは……どうだろうな」
はぐらかすように答えたが、本当は分かっていた。俺以外に北斗の秘密を知る人物が現れない限り、いや、現れたとしてもきっと、北斗に俺と離れるつもりはないだろうということを。そして、それを受け入れようとしている俺のことも。
「じゃあ、俺たちがトップアイドルになったら、約束してください。俺とずっと一緒にいてくれるって」
「賭けにもならないことを譲歩のふりをして言うのはよせ、北斗。どうしても俺にそうして欲しいなら、然るべき場所でプロポーズでもしてみるんだな」
「あれ?あはは、そうですか?」
まあ、プロデューサーにだったらそういうのもありかな? と笑う声が聞こえて、冗談のつもりだったんだが、と言い返すと、隣の北斗はくすくす笑いながら、夜空を見上げて言った。
「……プロデューサーとなら、きっとすぐですよ」
だからそれまで、俺たちを導いてくださいね、プロデューサー。
並々ならぬ感情が込められているように感じて、俺は月に照らされる北斗の横顔を見た。
アイドルの伊集院北斗と俺の目指す先は同じでも、ヒトではないものとヒトとが完全に分かり合えることはおそらくない。北斗が俺の苦しみを完全に理解することは未来永劫ないだろうし、その逆も然りだ。
けれど、きっと、進む道が同じなら。
月明かりの照らす道を二人並んで歩く。雲ひとつない夜空には、都市部にしては珍しく、星がいくつも瞬いていた。