「へー。思ってたよりデカいんだな。」
「会えるのを楽しみにしてたわ。」
久しぶりに訪れたルンルンバースの事務所。
その応接室のソファーで、体を強張らせて座っている一人の少年。
ソニアとアオイに取り囲まれたシュウは、緊張のせいなのかいつもよりも大分口数が少ない。
無理もないか。
知らない場所で、知らない大人たちに囲まれていれば。
「で?こいつには何させんの。」
「基本的にはシードル作りかな。私に同行みたいな感じでも良い?」
「そうね。家の方も事務所の近くに借りておいたわ。」
ルンルンバースへの航路の上で、シュウは既にシードル作りの作業を完全にマスターしてしまった。
発酵や発泡の見極めはやっぱりまだよく分からないみたいだけど、絶対に素質があると思う。
明るくて人懐っこい彼は、2、3日もすれば
ソニアやアオイともすぐに打ち解けると思う。
「なにあんた、いっちょまえに一人暮らしすんの。」
「まぁね。洗濯物もまともに干せねぇカレンと一緒にすんなよ。」
シュウはディゼルとカレンとはもうすっかり仲良しだ。
仕事を覚えることに貪欲なシュウは、私の友達っていう事を抜きにしても二人から凄く好印象で。
意欲だけじゃなく、スポンジが水を吸うように色んな事を吸収していく。
本人はまだ自信ないって言うけど、シュウの発酵や発泡の見極めは大分イイ線行ってると思うんだけどな。
「じゃあ新しい仲間も加わったということで、ひと月後に控えるイベントと、各々の商品の準備に専念してちょうだい。」
「僕からも1つ連絡と提案ね。商品の出荷は最初のひと月分はもう手配済みだよ。ふた月目はウイが店舗の状況把握も兼ねて、各店舗に卸して回って貰うのはどうかな。」
ディゼルの提案に皆が顔を見合わせて頷く。
勿論私もその案に異論はない。
再来月以降の巡回担当は誰にするかって、皆がガヤガヤと話し合っている様子が
なんだかチームって感じがして嬉しくなってしまう。
丹精込めて作った商品を、望んでくれる人の元へ届けられる事ってとっても素敵なことだ。
でもそれだけじゃない。
同じ志を持った仲間達一つの大きな物を作り上げる事は
凄く楽しくて、胸が騒ぐ。
ブラーヴェが存在する限り
私はこの場所で、必要とされる人間でいられる。
私が巡回に出た後は、シュウにはルンルンバースに残って貰ってシードル作りをお願いする予定。
慣れない内は気候の安定した所で作った方が要領も得やすいし
何よりルンルンバースはサザンスターのすぐ隣。
一緒には暮らせなくても、家族の近くに居た方がシュウも少しは安心だと思うんだ。
私も巡回しながら作るから、二人で分担すれば月に一万本のノルマも楽勝だ。
ここに来るまてまにがむしゃらにシードル作りに明け暮れたせいで、私の方の生産性も結構向上してる。
まずはイベントまでの間に、シュウにはシードル作りを完璧にマスターして貰わなければ。
「酵母の活性がマックスになるギリギリが分からん。」
「別にギリギリを攻めなくても良いじゃん。ちゃんと出来るんだし。」
ご飯が美味しいってちょっと有名な酒場で、シュウと二人でランチ中。
シュウはシーフードピラフをもぐもぐと口一杯に頬張りながら
それだと発酵時間も酵母液の使用量も効率が悪いだとか、やっぱり一番ベストのタイミングで上げたいだとか
ほんのひと月前まで剣道一筋だった少年の言うセリフじゃないって位
もうすっかり酒造マニアだ。
私より細かいんじゃないだろうかと思うけど、シュウがお酒作りに熱中してくれてるのはなんだか嬉しい。
「イベントの方は?特にやることねぇの?」
「カタログの写真も撮ったし、当日の配置とかも打ち合わせ済みだし。後はシードル量産しながら当日を待つだけだね。」
早食いにも程がある。
あっという間に空になった皿の前で、ふーんと気のない返事をしながら頬杖を付くシュウ。
最近ふとした時にこの子が目をやる視線の先。
お兄ちゃんだからなのかな。
変なところで大人ぶろうとするシュウは、見つめている先にある物のことを決して話題にしない。
「ねえシュウ。イベントの次の日、お休み貰おうよ。1日私の為に空けておいて?」
「?別に良いけど。」
ずっと休みなく働かせちゃってるもんな。
ご褒美、あげなきゃ。
デザートに頼んだアップルパイが届くと、シュウは目を輝かせながら美味しそうにそれを頬張った。
初めてあれを見た時、私はシュウよりも全然
わくわくやうずうずする気持ちを抑えられなかったのが懐かしい。
ローにされたイタズラを、この子にしたら
どんな顔するんだろう。
食後にアイスティーを飲みながら、午後は地獄のラベル貼り作業でもやりますかって
二人でうんざりしながら寛いでいると
カウンターに1人で座るお客さんの脇に、シュウなんかと比べ物にならないくらいの勢いで次々に積み上げられて行く空の皿。
遠目で見てても鍛え上げられている事が分かる上半身を晒している彼は
体の体積以上はあるんじゃないかって量の料理を物凄いスピードでお腹に収めていく。
「すっげー。よく食えるな、あんなに。」
「ねー。どこに入ってるんだろ。」
失礼かなって思いつつも、シュウと二人でストローをくわえながら
大飯食らいの彼のビックリ人間ショーを観察していた。
それにしても凄い。
なんであんなに食べてお腹出ないんだろう。
筋肉か。
あの筋肉が胃の膨張を抑えつけてるのか。
「あと5皿。」
「いや、10は食べるでしょ。あの勢いだと。」
彼がどこまで食べられるのか、その限界を賭けるゲームが始まった。
健全な少年に賭け事を教えるのはよろしくない。
でも言い出したのはシュウだ。
それに、あんなビックリ人間そうそうお目にかかれるもんじゃない。
私たちは彼を凝視しながら、次々に積み重なる皿をただ数えていた。
8を越えれば私の勝ち。
「いやー旨かった!!」
「兄ちゃん惚れ惚れする食いっぷりだな!!」
ちっ。
カウントを始めてから7枚目の皿を積み上げた所で、彼はお腹に手を当てて食事を食べる手を止めてしまった。
ちらりと向かいに座るシュウに目をやると、ニヤニヤと勝ち誇った顔でこっちを見てる。
「今日のおやつ、冷やしパインが良い。」
「ハイハイ分かりましたよー。」
くそっ。
あと一皿だったのに。
「じゃ!どうもご馳走さまでした!」
「おう!また来てくれよ!」
私に本日のおやつ買い出しの使命を与えた彼は、食べるだけ食べると
頭を深々と下げて店を出て行ってしまった。
「……って、ぇえぇぇえっ!!?食い逃げ!!食い逃げだ!!!捕まえてくれ!!」
「「……。」」
店員の叫ぶ声にざわめき出す店内。
食い逃げ……
あの量を……
しかもご馳走さまでしたって。
「アッハッハ!!超うけるね、あの人。」
私の笑い声が店内に響き渡る。
本当に、中身までビックリ人間だ。
バタバタと慌ただしい店内の様子とは裏腹に、私の笑いは中々おさまらない。
彼が立ち去った後、その全貌が露になった彼がたいらげた空の皿は
なんと30枚近くに及ぶほどだった。
ただの食い逃げにしては被害が大きすぎる。その上犯人が愉快犯っぽい。
面白いけど、お店側からしたらたまったもんじゃないよね。
「世の中にはすげぇヤツが居るんだな。」
「真似しちゃダメだよ?」
しねぇよと少し心外そうな顔でアイスティーを飲み干すシュウに、私はまた笑ってしまった。
「お会計お願いしまーす!」
丁度目があった店員さんに声をかけ、私たちもそろそろ午後の仕事に戻ることにした。
30皿くらいなら、面白い物見せて貰ったし良いかな。
「お会計こちらになります。」
「あの、さっきの面白い食い逃げの彼の分。ここに付けて下さい。」
「……えっ!?いや、……あの、少々お待ちください!」
突然の申し出に慌ててしまった店員さんは、伝票を持って店の奥へと走り去ってしまった。
「お人好し。ウイがそこまでする必要ないじゃん。」
「まぁまぁ。面白かったし、良いじゃん?」
本当に、何となくだ。
確かに私が彼の食事代を払ってあげる義理なんてないんだけど
ベガス聖に貰ったお金以外でも、ブラーヴェで働きはじめてからはそっちのお給料も入って来てる。
「人に親切にしておくとね、巡り巡って自分に良いことが返ってくるんだよ。」
誰かさん達が、私にそれを教えてくれた。
シュウは納得のいかない顔をしていたし、店の奥から出てきた店長らしき人も
最初は頂けません!って私の気紛れな申し出をを断っていた。
「とっても美味しかったので。さっきの食い逃げでここが潰れちゃったら私が困ります。」
今はちょっと懐具合もリッチなので、とおどけて見せると
観念してくれたらしい店長がしぶしぶ彼の分のお代を受け取ってくれた。
面白い物見れたし、お店の人にも感謝されてしまって
なんだか凄くいい気分だ。
「ウイ、船戻る前にアオイんとこ寄って行きたい。」
すっかり皆と仲良くなったシュウの申し出を了承して、私達はブラーヴェの事務所へと足を向ける。
午後もお仕事、頑張りますか!