9-3

「おいエース!なんか今度そこの広場でタダ酒飲めるらしぃぜ!」
「マジかっ!それいつだ。」


しれっと食い逃げをしてのけたこの男。
その名をポートガス・D・エース。

齢18歳の彼が束ねるスペード海賊団は、先日ついに
海賊達の憧れの航路であるグランドラインに船を浮かべた。


「来週末?ほら、アレだよアレ!」
「あー、アレな。」


メラメラの実を食べ、自身の体を炎と化して戦う彼は
戦闘力一つ取っても東の海では頭一つ、いや二つ三つは軽く他から飛び抜けた実力の持ち主だった。


「……で、なんだよアレって。」
「エース知らねぇの!?だっせー!!マジだっせー!!」


10人程度の仲間を従え、その海賊旗を掲げた彼は
慕われてこそあれ、部下にあたる筈の仲間達に弄られることも暫し有り。


「アレで分かるかよ。」
「ちょっと前に天竜人絡みで10億の賞金首になった女居たっしょ!あの女の酒らしいぜ!」
「ほー。」


少し前に突如世間を騒がせた高額の賞金首。
いつの間にか解除されていた手配。その賞金首はその後、天竜人御用達の職人として大々的に報道された。


「タダで飲ましてくれるっつーなら、覗いてみっか。」


ただの興味。
品薄らしいその職人の酒。
10億もの大金を払うに見合った価値が、その酒にあるのかどうか。

まだ酒の良し悪しなんて分かりもしない年頃。
酒に求めるのは高揚感と楽しさのみ。


「じゃ、アイツらにも伝えて来る!」
「おう。」


グランドライン特有の、ログポースにログを貯めなければ次の島へは進めないこのシステム。
そろそろログも貯まろうとしていたからこそ、あまり気にせずに食い逃げを働いたこの男。

(来週末か。もうあの店では飯食えねぇしな。)

島の滞在期間の延長を知らせに船内の仲間達の元へと駆けていく相方を見送りつつ
エースは甲板でルンルンバースの街並を眺めていた。

ずっと焦がれていたグランドラインは、想像していた夢や冒険の待つアドベンチャーランドとは違い
なんの変哲もない普通の島だ。


「海賊王か。……見てろよ、ルフィ。」


そばかす顔の男は
ニヤリと口の端を吊り上げ、誰に伝えるでもない言葉を口にした。

来週末催されるそのイベント。



この海賊の因果の導く先は
幸か不幸か災いか。


「それでね、いよいよ明日なの!楽しみ!」
『……一応言っとくが、その話もう4回目だからな。』


ブラーヴェの直営店開店記念のイベントが、明日ルンルンバースの中央広場で行われようとしている。

準備は大変だったけど、後は当日を待つのみ。
楽しみ過ぎて、誰かに話したくて

ついかけてしまったでんでんむしは、ラッキーなことに一番声の聞きたい人が出てくれた。


「4回分楽しみなの!寧ろ足りない!」
『良かったな。あんまハメ外すなよ。』


相変わらずの受け答えだし
どうせあのポーカーフェイスに少しだけ、仕方ねぇなって色を加えた表情で私の話を聞いてくれているんだろう。

でもどんなリアクションでもローから溢れて来る物なら大歓迎だ。
声が聞けて良かった。


「それでね、これも言ったかもしれないけど。3日後に出港してルテイン方面に商品卸しながら巡回するの!」
『それは聞いてねぇ。……どこかで予定付けてそっちに行ってやる。』
「本当っ!?」


やった!!
ローに、皆に会える!

まだ日程も決まっていない予定なのに、それを考えるだけで明日の事以上に胸がわくわくしている気がする。


「あれ、でもビブルカード辿って来るの?どこかの島で待ち合わす?」
『船にウイセンサーが出来た。こっちが勝手に行くからお前は気にすんな。』


私センサー……?
なにそれ。


『ベポが作った。ビブルカードを使った方位磁石みてぇなもんだ。』
「なんと!凄いねベポ!」


凄い発明だと思うけど、それを話すローの声は少し
うんざりしているように感じた。
なんでだろ。


『お前に紹介してぇヤツがいる。アイツらのつなぎと同じ布も、準備頼んで良いか。』
「……うん!大丈夫だよ!」


これはもしや……。


『新しい仲間だ。揃いのつなぎが欲しいんだと。』
「……分かった。会えるの楽しみ。」


いつかは来るだろうとは思っていたけど
いざそうなると複雑だ。

我儘だって分かってる。
でも、私の大好きなハートの海賊団は

ロー、ベポ、ペンギン、シャチの4人だ。
そこに誰かが加わって、それが変わってしまう。



いけないことだと思ってはいても
なんだかやるせない気持ちで、胸がいっぱいだった。

喉が乾いて水でも飲もうと食堂へ向かう途中、通りかかったリビングの扉から
でんでんむしの着信を知らせる音が聞こえてきた。

去年のクリスマス以降勝手に制定されたハートの海賊団憲法により
就寝時は誰かが交代制ででんでんむしを枕元に置くルールが新設された。

今リビングでそれが鳴っているということは、今日の担当はまだ起きているらしい。

自由を愛する海賊が
なぜ今になってそんな堅苦しい名前の付いたルールを厳守しているのか。

その憲法が制定された理由になった人物のことを考えると
自分もそうだが
この船の乗組員達はいとも容易くそいつの為に、好き好まない条件を受け入れるものだと我ながら呆れる。


『もしもし?ウイだけど。』
「……俺だ。」


ブラーヴェの連中以外、このでんでんむしに繋がる番号を知る者はいない。
かけてくる人物といえば、100に近い確率でウイだ。


『ロー?珍しい!何してたの?』
「通りかかったら鳴ってた。」


タイミング良いねと、顔が見えなくても嬉しそうな表情を浮かべている事が容易に想像できるウイの声。



正直、電話はあまり好まない。

相手の顔が見えないこの連絡手段は、普通の会話より意図も読み取り難ければ
顔を付き合わせての会話以上に淡泊な受け答えになっている自覚がある。

それを気にした様子もなく、相変わらず会話の手綱を握っては楽しそうに勝手に喋っているウイがそれで良いなら良いのだが

直接会えれば言葉以外でも伝わるものはあるというのに、それが叶わないこの状況。
それは己に、ウイは共に居ないという現実を突き付ける瞬間でもあった。


「変わりねぇか。」
『あるよー!ブラーヴェのイベント!いよいよ明日なの!!』


きっとウイは気にしても居ないだろう僅かな沈黙。
そのタイミングでいつも口にしてしまう、“変わりねぇか”の一言。

実際目の届かない場所に居るウイがどこで何をしていたのか
これから何をする予定なのか
気になるのは事実だ。

しかしこう毎度状況ばかりを確認する台詞を吐くのは
いくらウイが楽しそうにそれに答えるとしても、頂けない気がする。

早口になりながら明日のことを話すウイの声を聞きながら
そんな考えが頭の片隅を支配していた。


前々から聞いていたブラーヴェの直営店オープン記念のイベントの話。
いつにも増して楽しそうにその話をこいつがするのは、これで通算四度目だ。

一年間一緒に旅をして把握したウイの性格、それは
”目の前に楽しい事があると、我慢が出来ない”

心を踊らせる欲求に、アイツは驚く程正直だ。
イベントがいくら楽しみだろうと開催日が前倒しになることはない。

楽しみがすぐに手に入らないこの状況。
繰り返し何度も話して発散させなければ、高ぶる気持ちが抑えられないんだろう。



ウイの笑った顔が好きだ。
何かに夢中になっている時に、目を輝かせて身を乗り出すアイツは幼い子供のようで
つい頭を撫でてやりたくなる。

頭を撫でられた時に
幼い子供が母親にでもすり寄るように、目を細めて嬉しそうな顔を浮かべるアイツは
つい抱き締めてしまいそうになる。


普段は年の割にしっかりしているウイが、ふとした時に見せる子供のような一面。

いつか、自分は大丈夫だから死なないでと涙を流しながら譫言を呟いたあの出来事。

母親は既に他界していて、家を出たというのにアイツを探していないらしい父親。

押しきれそうな雰囲気に歯止めをかけた、父親と母親が愛し合って生まれてきたというあの失言と、ウイの父親が母親に贈った永遠の愛を誓う言葉の彫られた婚約指輪。

先日カレンに聞いた、一人ぼっちの子供に居場所を作ってやりたいというアイツの願いと
その後ブラーヴェに仲間入りしたと報告のあったシュウ。
ウォーターセブンへの道標の入手と共に、あの三兄妹を救いだす為にウイが単身海賊に捕まりに行ったあの事件。


段々見えてきた、ウイの抱える心の傷。


仲間にならない事や、俺の気持ちを受け入れない事と
なんの関係があるかは分からねぇ。

ただ
家庭内のトラブルで、アイツが責任を感じるような何かが原因でウイの母親が死に
それを期に家を飛び出したんだろう。
そして恐らくそれに関与している、父親。

望んで独りになった訳ではないアイツは、それが孤独で辛かったんだろう。
だからこその、一人ぼっちの子供を助けたいというその願い。
稀に顔を出す子供のような仕草は、愛情に飢えた幼な心の片鱗。

決め打ちは判断を狂わせる。
でも、この推測は強ち間違っていないように感じた。




『それでね、これも言ったかもしれないけど。3日後に出港して、ルテイン方面に商品を卸しながら巡回するの!』
「それは聞いてねぇ。」


同じ海の上、同じグランドライン前半の海、
そうは言ってもジョーカーに繋がる密売人の潜んでいるのは
タックスヘイブンの中でも、新世界に近い島に限られるようだった。

会いに行くと約束したクリスマスの夜。
あの島でジョーカーと繋がる男を締め上げて吐かせた情報を手に、グランドライン中のタックスヘイブンを訪れて回っていた。

グランドラインの入り口に近づくにつれ、ジョーカーと繋がりのある連中がそこを根城にしている確率はぐんと減る。

そんな中、ウイはイベントに備えて最初の島であるルンルンバースを目指していた。

完璧なすれ違い。

それを以前電話で話した時、ウイも会えるのがまだ先だと言うことを、口には出さずとも理解していたようだった。


「……どこかで予定付けてそっちに行ってやる。」
『本当っ!?』


間髪入れずに返ってくる、嬉しそうなウイの声。
満面の笑顔を浮かべているだろうその顔を想像すると、自然と頬が緩んだ。

ただ、会いたい。
会いに行く約束もした。

電話では伝わらない表情や仕草で、アイツが何を考えているのか
今も変わらずに好きでいてくれるのかを確かめたい。

手は出せなくても、こんな無愛想な言葉以外で伝わる何かを
アイツに伝えたい。

ウキウキとした口調で落ち合う方法を話すウイに、あの忌々しい出来事が生んだ悲劇の産物。
ウイセンサーの事を話すと
未知の物には目がないウイは案の定それに食いついてきた。


















「キャプテン、ちょっとそこ座って。」


ジョーカーと繋がりのある男から洗いざらい情報を聞き出した後、次の目的地となるタックスヘイブンの島へと船を出港させると

静かな怒りを背後に背負ったベポが俺を食堂の椅子に座らせた。




destruct at reality.