10-2


どんどん近付いてくる。
黄色い潜水艦が。









結局昨日は、船に戻ってきてすぐ寝てしまった。

色んなことがあったからかな。
思ってた以上に疲れてたみたい。

早く寝たせいで早く目が覚めてしまった。







昨日、素敵な天体観測から帰る途中
エースから皆のことを聞いた。

皆が凄く心配して、私のことを気にしてくれていたって。

私に興味がない訳でもない。
蔑まれたりもしてない。

それが分かっただけでも、皆の潜水艦、ポーラタング号に向かう足取りは大分軽くなった。


でもそれだけじゃないと思う。

もし嫌われてしまっても、また好きになって貰えるように頑張れば良い。
そう思えてる自分がいる。



“絶対に一生裏切らない。”



たかが言葉。
されど言葉。

ずっと欲しかったその言葉。


世界中の人に嫌われても、エースは好きで居てくれるらしい。

ただ一人、たった一人の人がそう言ってくれただけなのに。
絶対に味方でいてくれる人が居るっていう安心感は、思った以上に心強い。


気持ちに応えられないって言っておいて、本当に勝手だなって思う。





大丈夫。
嫌われてない。
嫌われる覚悟も出来た。


でも出来ることなら、今まで通りの関係でいたいから。


何て言われたら何て返すか。
想定出来るパターンと、そこから分岐するパターン。

どのルートでもちゃんと落としどころまでたどり着く答えが準備できていないのは、なんだか不安だ。










「ウイ?早ぇな。」



聞き覚えのある声にびくりと肩が震える。
声のする方に目を向けると、ポーラタング号の甲板で洗濯物を干していたらしいシャチが顔を覗かせていた。


「おはよ。シャチも早いね。」
「俺最近早起きだから。上がってこいよ!」







びっくりするくらいいつも通り。


ポーラータングの甲板に飛び乗り、シャチが洗濯物を干していた2階部分への梯子を登った。


そうして欲しいと思ってたのに、思い通り過ぎてなんだか怖い。


「ウイこれ、手伝って。」
「うん。」


洗濯物を干すシャチの傍らには、かごに山盛りになった服やらタオル。
ッパァーン!と勢い良く皺を伸ばしながら手際よく洗濯物を干すシャチとかごを挟んで、その中身の討伐を手伝った。


「随分手際よくなったね!」
「まあ、毎日やってりゃな。」


うんざりした表情で手を動かすシャチは、キッチンだけじゃなく洗濯物まで任されたのか。














「エイジくんだっけ?洗濯物任せないの?」
「あー、あいつダメ。ぐしゃって干すから。」












あー…、確かにあんまりそういうのきちっとしそうには見えない。












「シャチ、すっかり主婦っぽいね!」
「嬉しくねぇよ。」
















これは多分、……勘違いじゃない、よね?
私の気にしすぎ?

シャチって、こんなんだったっけ。

なんか、返答があっさりすぎる気がする。

















「今日天気良いから、早く乾き……」



頭に少しの重みと温かさを感じて目線を洗濯物から隣に移すと
呆れたような顔でこちらを見下ろすシャチが、ぽんぽんと頭をあやすように叩いた。




「俺は兄ちゃんみたいなんだろ?……兄貴の前でまで気なんか遣うな。」




















情けない顔を、してたと思う。


只でさえ呆れ顔だったのに
遂にため息まで吐かれてしまった。




「本当おまえ面倒臭ぇのな。手のかかる妹だまったく。」
「シャチ……。」



いつも通りじゃなかったのは私の方だったのかな。









ほら元気出せ!と結構な力で叩かれた背中が、大きな鈍い音を響かせた。
涙目になりながら睨み付けると
見慣れた顔で、シャチがゲラゲラ笑ってた。

痛いとかそういうんじゃない。

目頭がじんと熱くなった。


「お、泣くか?」
「泣かないよ!」


からかうように顔を覗きこまれて、お腹にグーパンチをお見舞いしてやる。

大袈裟に痛がってるシャチの姿に、ふっと頬が緩んだ。



ありがとね。
本当に。







「そういやカレンだけどよ、あいつ中々やるな!」
「カレンがなんかしたの?」


当然のようにいつでもポーラータング号に居るカレン。
皆とカレンが仲が良いのは、嬉しいようで寂しいようで、なんだか複雑だ。


「実は昨日なー、……。」







シャチの口から語られた昨晩の話は、今度こそ私の涙腺を決壊させてしまうんじゃないかと思った。


カレンは本当に、真っ直ぐで体当たりで優しくて……
眩しい。


憎いけど、許したくなくて。
許されたとか、これでおあいこだとか、思って欲しくなくて。

でもやっぱり、母様が殺される原因を作った人が何事もなかったかのように普通に生きてるのは
納得できなくて。


天罰が下れば良いって、神頼みみたいにずっと思ってた。





それを神様じゃなく、カレンが叶えてくれた。






「カレンに、お礼言わなきゃだね。」
「あとペンギンもな。」


最後のタオルを干し終えると、口の端をニヤリと吊り上げたシャチの
サングラスの奥が怪しく光った気がした。


「ペンギン?」
「ガッてあの女の胸ぐら掴み上げて、今度おまえに近付いたらぶっ殺すって。」


あんな怒ってるペンギン俺初めて見た、とシャチが笑った。

















本当に、私はバカだな。



なんで何かがあるとすぐ、皆の気持ちを疑っちゃうんだろう。

急に傷つけられるのが怖くて、いつだって傷付く準備をして。



ペンギンとカレンが、私の為に怒ってくれた。



それが凄く、嬉しい。








「ウイ行くぞ。」


空になった洗濯かごを肩に担いで、扉の前で顎で中を指してるシャチに駆け寄った。



私は素敵な人たちに囲まれて、本当に幸せだ。




「ウイ!」


リビングの扉を開けると、ベポとカレンとエイジくんがトランプをしてた。

私の顔を見るなりカレンが物凄い勢いで駆け寄って来て。
本当に心配かけちゃったなって。


飛び付いてくるだろうカレンを受け止めようと腕を広げた。











「へぶぅっ!」






















何が起きた。










突然の衝撃と、じんじん痛む左の頬。

抱き締める予定だったカレンの方に目を向けると、状況は理解できないもののカレンが怒ってる事は分かった。


「い、いきなりなにすんのよ。」
「殴った。」








それは、聞かんでも分かる。



カレンの後ろで
ベポとシャチがケタケタ笑い転げていて、エイジくんは穏やかな顔で笑ってる。


「腹立ったから。大事なこと教えてくれなかったのも。混乱してたんだか知らないけど避けられたのも。」


美人が怒った顔は怖い。
端正な顔立ちが迫力を増させてるのかな。


「……ごめん。」


いっぱいいっぱいだったとは言え
確かに私の行動には、意味も分からなければ腹も立ったと思う。

まさか出会い頭にひっぱたかれるとは思わなかったけど。


「許してあげるために殴った。……もうすんなよ!」


今度こそカレンが首に飛び付いて来て、危うくそのまま倒れこむところだった。


カレンは私があの人を許したくないって言った話を、ローから聞いたのかな。


ローの本気とかとは訳が違うけど、カレンが力いっぱい抱き締めてくれてるのを感じて
顔を上げて高速瞬きをすることで、こみ上げてくる涙を誤魔化した。


鼻すすっちゃったから、バレちゃったかな。






「ありがとう、カレン。」


シャチがお兄ちゃんなら、カレンはお姉ちゃんだ。
ダメな妹で、いつもごめんね。

大好き。


カレンに負けないくらい、背中に回してた腕にぎゅっと力を込めた。



destruct at reality.