10-3
それからベポにデコピンを食らわされました。
爪が刺さったんじゃないかと思うほど痛かった。
痛かったんだけど、ベポがそうしてくれて良かった。
皆が、気まずくならない為に何かしらきっかけをくれる。
私は何度この温かさを味わえば
すぐに逃げようとするこの癖を直せるんだろう。
エイジくんの採寸も終えて、2回目のジェンガを積み直そうとしていると
よくよく考えれば一人、いや二人足りないことに気がついた。
「ローとペンギンは?」
「部屋ー。」
ジェンガ下手くそ族のベポが不機嫌そうに答えてくれる。
部屋か。
ペンギンにもお礼、言わなきゃ。
どうせ次の勝負もベポの負けだ。
手の作りというハンデは、どんな技術を持ってしても覆せないと思う。
ベポに二人の部屋の場所を聞いて、リビングを出た。
ローも部屋に居るなら、久しぶりに二人っきりで過ごしたい。
いや、昨日も二人っきりだったけどそんな余裕なかったし!
皆とも一緒に居たいけど!
ベポの負けが確定した出来レースなんてつまんないし!
自分への言い訳を心の中で述べつつ廊下を進む。
ペンギンにお礼を言った後
お昼までだけでも、ローと二人で過ごせるかな。
二人でいたい。
最近の話も聞きたいし、何も話さなくても良い。
同じ空間に、二人だけでいたい。
よし。
さくっと行こう。
聞いたところによると、ペンギンの部屋はリビングを出て突き当たり。
何て言い出そう。
あのペンギンが
中々怒らないペンギンが、私の為に怒ってくれた。
アルハラ上等と言わんばかりに飲ませまくって潰しても
ゲームで狙い打ちにして一人だけぼろっカスに負かしても
ボーッとしてる所を冗談で海に突き落としても
文句は言っても絶対怒ったりはしなかったのに。
ペンギンが本気で怒ったのを見たのは一回だけだ。
私が無茶をして海賊に捕まりに行った時。
あの時から、ペンギンは私のことを好きだったりしたのかな。
あの時怒ってくれてたのも、私の為だったよね。
コンコン
「ペンギーン?」
一応礼儀だ。
ここがノックしない主義が主の部屋だとしても。
コンコンコンコンコン
「ペーンーギーン?入るよー?入っちゃうよー?」
どっか行ったのか?
一応ノックも十分過ぎるほどしたし
本人がノックしないんだから、されなくても気にしないよね。
そっと扉をあけてみると
部屋の中は想像した以上に物がない。
いや、なさすぎるにもほどがある。
殺風景。
意外。
絶対散らかりまくってると思ってたのに。
部屋の中にもペンギンの姿は見えなくて、勝手に入っちゃ悪いかなって思いつつも中に足を踏み入れると
入り口から見えない位置にあったベッドの上に、ペンギンはいた。
「ねぇ、……まだ朝だよ?」
ペンギンが部屋に居るって皆が言うくらいだ。
一回は起きて来たんだろう。
部屋の主はまだ午前中だというのに、ベッドの上で寝息を立てていた。
そう言えば前も、ご飯食べて早々朝寝だってシャチと地下に引っ込んで行ったことがあった。
懐かしいな。
すやすやと寝息を立てているその顔はなんだか幼くて
いつも見上げる位置にあるペンギンの顔を見下ろしてるっていうのはなんだか新鮮だ。
辺りを見渡しても、やっぱり物がない。
机とか引き出し、棚なんかはあるけど、どれも戸が付いているタイプだから物が見えないだけかな。
ぐしゃって中に突っ込んでたりするのかな。
「ん……。」
「起きた?」
声が聞こえて振り返ってみたけど、部屋の主はまだまだ起きる気配がない。
どうしよう。
起こすのも悪い気もするし……、どうせまだ居るから後ででも良いかな。
また来るねって心の中で唱えながら目にかかった髪を払ってあげると
くすぐったいのか、しかめっ面を浮かべるその顔がちょっと可愛いかもとか思えなくもない。
「ありがとう、ペンギン。」
後でまたちゃんと言うけど、先行お礼だ。
さて。
行くか!
ローの部屋に!
思わず頬が緩むのを抑えながらペンギンの部屋を後にしようとすると
急に腕を引かれて
体が傾いた。
「どういたしまして。」
耳元で聞こえた少し掠れた声と、吐息。
捕まれたままの腕と、倒れこんだ体を抱き抱えるように腰に回された腕。
筋肉質な体から感じる、体温。
「ウイケツまっ平らじゃん。」
急なことで状況を読み込めないまま固まっていたら
お尻を撫でられた感覚で、我に返った。
「っ……!!ぎゃーーーーーーーー!!!」
「あっはっは!マジうるせー。」
「変態!!すけべ!!えっち!!バカ!!離してよもぉっ!!」
ペンギンに乗っかったこの体勢をどうにかしようと暴れてみるものの、腰に回った腕はびくともしない。
それどころか触るだけに留まらない変態野郎の手が
あろうことかお尻を揉み始めた。
「やだやだやめてってば!!離してっ!」
「やだー。」
真横にある顔をキッと睨み付けてはみるものの、ペンギンはそれすら面白がるように笑ってる。
っこんの、変態ドスケベ野郎っ!!
「ちょっといい加減にっ……
バタン!
「ルーム、シャンブルズ。」
ふわりと、嗅ぎ慣れた匂いがした。
「てめぇ、良い度胸してんじゃねぇか。」
「なんのこと。」
頭上から聞こえる声で、自分が今ローの腕の中に居ることに気付く。
上を向けば、視線だけで人を殺せそうな程殺気だったローの顔。
「随分頭回るようになったもんだな。」
「お陰様で。」
何の、話をしてるんだ?
ちらりとペンギンの方を振り返ると
体を起こしたペンギンがやる気のない表情で私と入れ換えられたビーズを指で弾いた。
「次やったらぶっ殺す。」
「そういうのは彼氏が言うセリフっしょ。」
なんか
助けて貰ったのは有難いけどとんでもなく険悪な雰囲気だ。
おろおろしながら二人の顔を見比べているとそれを見かねたのか
舌打ちを鳴らしたローが私の腕を引いて部屋を出た。
よく分かんないけど
助けに来てくれたローが
苛立っているせいで少し痛く感じる掴まれた腕が
見なくても凄い顔してるのが分かる後ろ姿が
なんだか凄く、愛しく感じた。
突如船内に響き渡った決して可愛らしいとは言えない叫び声。
その声も、そんな叫び方をするような人物も、一人しか思い浮かばない。
聞こえた声の方角に嫌な予感がしてルームを展開すれば、副船長室のベッドの上で戯れる二人の人物。
ウイの体を撫で回すヤツの手に、殺意が沸いた。
すぐさまぶん殴りに行こうと部屋の中に手頃な物を探すものの、見当たらない。
収納された物と入れ替わった所でそれもそれで大惨事だ。
あれだけ狭い空間に、自分が収まる気がしない。
ならば仕方がないと家具と入れ替わろうとすると、部屋の家具は全て壁や床に接着されていた。
「ねぇ怒ってる?腕痛い。」
「悪い。……ペンギンの部屋、もう行くな。」
シャンブルズ対策が施されすぎたあの部屋で、あいつは何をするつもりだったのか
それを思うと収まりかけていた怒りが再燃した。
「え、なんで?」
「おまえ自分が何されそうになってたか分かってんのか。」
相変わらずすっとぼけているウイもウイで腹が立つ。
知ってんだろうが。
ペンギンがおまえのことを好きなことぐらい。
それでのこのこ部屋に行くのがどういう意味か、なんでこいつはこういう変な所で頭が回らない。
「ローこそなんでわざわざ走って来たの?」
「あの部屋のどこに俺が入れ替われる物があった。」
わざわざとは随分な言われようだ。
意味分かんないと眉を寄せたウイが、ぼそりと一言呟いた。
「なんで最初からビーズと私シャンブらなかったの?」
確かに。
口には出さなかったものの、顔に出ていたんだろう。
ウイが口元を押さえて吹き出した。
「ローってたまに天然だよね。」
「言ってろ。」
言われた事を素直に受け取り過ぎるウイが
天然天然とバカにするように呟き続けるのが煩い。
非難するように睨めば、イタズラに成功した悪ガキのような上目遣いが返ってきた。
こんな顔も、悪くない。
自室へ続く廊下を歩きながら
未だに天然天然と飽きずに喋り続けるウイの声を聞きながら
どうにもしてやられた感が否めないペンギンの思惑を考えた。
なぜ俺は、ウイを呼び寄せずに自分が行こうとした?
解せねぇ。
「部屋っぽくなったねー。前はもっと物なかった。」
「生活してりゃ増えるだろ。」
ローの部屋。
ポーラータング号の船長室。
そこは潜水艦完成直後とは違って、ローがここで生活してるって思えるものが沢山ある空間だった。
部屋の中は片付いていて、でも本や書類、試験管やビーカーとかもあって
ここでローは朝起きて、過ごして、眠ってるんだって思ったら
なんだかニヤけてしまう。
パタン
ローが部屋の扉を閉めた音に、鼓動がドクリと反応した。
二人っきり。
リビングとかには皆も居るけど、でもこの空間には私とローしか居ない。
こうなりたかったんだけど、そうなんだけど、
意識し過ぎてしまうせいで自分がどんな行動を取るのが自然なのかが分からない。
ローは今、何考えてる?
私と部屋に二人っきりとか、意識してくれてる?
ペンギンの部屋には行くなって言うのに、私をローの部屋に連れてきてくれたのはなんで?
期待と自制心の戦いだ。
ローは基本的に自分の意志を絶対に曲げないから、きっと何もして来てくれないと思う。
でも昨日は抱き締めてくれた。
私のために、素敵な言葉を沢山くれた。
昨日の今日ならもしかするのかもしれない。
でもあんまりそんなことばっかり考えてると私はそれが顔に出る。
また呆れられてお説教される。
でも欲しがって貰えるなら、お説教されても良いから欲しい。
「これ、やる。」
頭を抱えて考え込んでいたら、そんな私に怪訝な顔を浮かべたローが何冊かの本を差し出した。
「これ……え、なんで?」
「読みてぇやつじゃねぇのか?やたら集めてただろ。」
ローがくれると言った本は、私が大好きな著者の実験記録。
変なことばっかり実験するからただ読む分にも面白いんだけど、結構有益な実験結果が載ってたりもする。
あとは上巻しか持ってない小説だったり、私が好きそうなジャンルの本だったり。
「ありがとう!」
嬉しくなって、お礼を伝えたいとか以前に勝手に顔が笑顔を作った。
読みたかった本が読めるのも嬉しい。
でもそれ以上に、私がどんな本が好きかを知っていてくれていることが
私のためにってこれを買ってくれていたことが
堪らなく嬉しかった。