誤解が解けた帰り道、ローとウイは空の台車を引きながら商店街を歩いていた。
口に出し、互いにそれを確認しあった訳ではないものの 二人の間に漂う空気はこれまでとはどこかが違う。
「ねぇあれ食べたい」
「食えばいいだろ勝手に」
だがしかし 急に何にでも付き合ってあげる程甘やかし甘やかされではないようで。
「一緒食べようよ!」
「並んでんだろめんどくせぇ」
“並ぶことも待つことも嫌い”
海賊船長様は価値を感じない時間がお嫌いだ。
ウイの人差し指の先にある露店を視界に入れた途端、ローはあからさまに顔を顰めた。
「10人くらいじゃん!すぐだよすぐ!ね?行こう!」
相手の都合などお構い無しなウイはローの腕を引き露店の方へとぐんぐん進んでいく。
本気なら簡単に振り払える筈の腕は 振り払われる事はなかった。
店ではチョコレートでコーティングしたフルーツを提供しているようだ。
行列を作っていたのはローの隣でメニューを楽しそうに眺めるウイと同じような若い女達。
ローにとっては並ぶ事がまず苦行。
そこに甲高いキャッキャウフフを奏でる行列の構成員達が加わった事で 苦行度合は更に8割増した。
「…可笑しい」
「なにがだ」
堪えられないニヤけが顔に滲むウイに ローが突っ掛かる。
「後で教えてあげる。ふふふ」
「おまえ…今自分で思ってる以上に気色悪ぃぞ」
「煩いよ」
結構いただけない顔をしているらしい事に急に我に返ったウイは 頬を両手で抑え露店のガラスで表情チェックだ。
いただけなさが許容範囲だったらしいウイの視線はすぐに看板に描かれたカラフルなメニューへと映る。
「バナナは…チョコ?キャラメルも気になるな。…でもイチゴも食べたい!ねえ!ローはどれにする?」
「好きにしろ」
表情も会話もコロコロ変わるウイを 忙しい女だと呆れ顔のローが見下ろす。
このペースにはついて行けないと我関せずを貫くローの “巻き込むな”の意思表示は
「え?良いの?じゃあこれとこれと…オレンジも食べようよ折角だし!半分こね!」
ウイに都合の良いように受け取られた。
わーいやったー!と上機嫌で露店の中を覗き込むウイの後ろに立つ男は言葉を失う。
常日頃 クルー達はローの機嫌をある程度読んで立ち回った。
利己的に常時不機嫌を撒き散らす事はないものの ローにはローの一貫した価値観や基準がある。
嫌いなもの
嫌なこと
常に同じ基準で不機嫌に歪むローの顔は ある意味ハートの海賊団の秩序だ。
相手がハートの海賊団ではなくとも ローは無愛想で威圧的。
そんな彼が意図的に不機嫌を巻き散らせば 相手が取る行動は引くか顔色を伺う、だ。
「ロー!ねぇ見て!限定!豆の甘露煮抹茶チョコ!!…え?豆ってフルーツ?…でも美味しそう」
しかしここに、例外が誕生した。
言葉の意味だけを考慮すれば ローにとっては不本意でもウイは間違った事をしていない。
傍若無人な旅の連れに ローはこっそり今後の自分の行いを改める事を誓った。
「金箔って美味しいのかな。ロー食べたことある?体にいいとか?見栄えのためだけ?えー…でも良いね!なんか高級感…
「ありがとうございます。横にずれてお待ちください」
抹茶チョコを纏った豆串のサンプル。
金箔やフリーズドライの苺、栗と思わしきフレークで飾り立てられたそれに見惚れあちこちに思考を飛ばしていたウイは
店員にそう促され顔をあげた。
「え…?ごめんロー買っといてくれたの?ありがとう」
「戻ってる」
台車を置いてきた木陰のベンチへと戻っていくローの背中に 現状を理解したウイは少し不満そうな顔を浮かべる。
しかしそれも一瞬のこと。
すぐにウイの視線はデコレーションされていく果物に吸い寄せられた。
「おまたせー!」
二つのカップにフルーツ串を刺し、ルンルンでローの元へとたどり着いたウイが両手に持つ戦利品を自慢げに見せる。
行列ができるのも頷ける 見栄えの良い華やかな代物だ。
「ねぇ見て見て!めっちゃ美味しそう!…どれから食べよう!悩むね!」
ローが座るベンチの隣に腰掛けたウイは、カップの縁に果物を引っ掛けポイポイ手際良く半分こを実行していく。
そして片方をローに手渡すと、自分は早速お楽しみのおやつに手を伸ばした。
「えええ…!!?こんな感じか!ねぇ!キャラメルバナナ食べてみて!びっくりするよ!そうか!…これ…キャラメルだ!」
「…おまえは今、飯に飯かよって突っ込んでる自覚あんのか」
バナナをコーティングしていたのはキャラメルフレーバーのチョコレートと見せかけて生キャラメル。
垂れずに粘つかない絶妙なそれはウイを感動させた。
だが注文したのは『バナナ+キャラメル』。
虚偽はない。
言葉とは難しい。
「ローってツッコミ上手だね。キャラメルにキャラメルかよになってた確かに〜…あ!ねぇ!ローってやっぱモテモテなんだね!」
アホな驚きをした自分とローのツッコミのセンスにケラケラ笑いながら、ウイは思い出したかのように前のめりでそれを主張した。
「なんだ、いきなり」
「さっき並んでた人達さ、皆ローのこと見てカッコイイってザワザワしてたよ!」
ロー本人も、視線もヒソヒソ話していたことも気が付いていた。
だがしかしこの男 興味のない事に意識を向ける事も聞き耳を立てる事もまずしない。
ヒソヒソ話の中身が好意的なものであろうが悪口であろうが、目の前をハエが横切った程度の認識でしなかった。
「…」
「あんまタイプな子いなかったの??すっごいどうでもよさそうな顔してるね」
想定していたリアクションとは違かったのか、キョトンと首を傾げたウイがローの顔を覗き込む。
握りこぶし二つ分程度の空間を空けて向かい合う二人の顔。
思考を伺うように見上げるウイと無表情でも視線は逸らさずに見下ろすロー。
暫しの沈黙の後、動いたのはローだった。
「ん?…はぁ!?ちょっと!!半分したじゃんちゃんと!!そっち食べてよ!!!」
バナナは串から外された数個がウイのカップに。
苺とオレンジは串から外された数個がローのカップに。
串にささったままのフルーツはお互いのフルーツがない方のカップに串ごと入れられていた。
半分こされたそれのウイの持ち分。
ウイの手に握られた苺のそれを手ごと引き寄せたローは、あろうことか最後の一粒を掠め取った。
ギャンギャン文句を言うウイに全く動じた様子のないローは黙々と強奪した苺を頬張る。
「俺の金で買ったもんをどう食おうと俺の勝手だろ」
「ん?…なんかいた?」
文句を言われる筋合はねぇと反論するローの視線が一瞬、ウイから逸れて別の場所へと移った。
それを追うように後ろを振り向くウイは、ローの視線を誘ったなにかに見当がつかない。
「?あ!そうだお金!ごめん払うよ」
「いらねぇ」
たかが視線よりも重要な事を思い出したウイの発言は、コンマ一秒で却下された。
「いや払うって。ロー達船買うんだからお金貯めなきゃじゃん。誘ったの私だし」
「さっきの苺の文句、延々喚かれる方が面倒臭ぇ」
彼らの目的は例え安物を選んだとしてもおやつなんかと比較しきれぬ程高価な品を入手すること。
例えたかがおやつとはいえ、誘っておいて奢って貰う事には流石のウイも気が引けた。
更には申し出を受けない理由がこれまた微妙だ。
「えー…言うかなぁ文句。言う?そんなに?ずっとは言わないと思うんだけど」
「知らねぇよ」
断言はしないものの そこまで耳障りな文句は言わないだろうことを伝えても、ローは特に興味がなさそうにフルーツを食べ進めていく。
なんだかなぁと思いつつも ウイもつられるようにカップの中身を口へと運んだ。
生キャメルがコーティングされたバナナは甘味に甘味をぶつけるという、甘さの暴力が堪らない一品。
ホワイトチョコでコーティングされた苺は甘味と酸味のバランスが良い、いわばTHE王道。
ビターチョココーティングのオレンジは、コンセプトが恐らくオランジェット。
行列ができるだけある、拘りが感じられるフルーツ達。
「ありがとう!美味しいし嬉しい!」
計算された味と純粋な美味しさ、あとは本人もよく理解出来ないプラスの感情。
それがウイを自然と笑顔にさせた。
「あ!そうだった!ローがモテモテの話!あんなに熱い視線ひとり占めしといて興味ないの?贅沢者!」
話が飛んでいた事を思い出し脱線元の話題を引っ張り出してきたウイは 喜ぶべきところではないのかとやや批難するようにローを見上げる。
対するローは相変わらずのポーカーフェイス。
批難されようと、美味しいものを食べようと、心底引いてようと、その顔はいつも大体同じ。
で、どうなのよと視線で促すウイにローはため息を吐いた。
「…おまえもな」
「え?」
ちょうど空になったウイのカップに ローは同じく空になった自身のそれを重ねる。
目線と顎で訴えるそれは『捨ててこい』だ。
割と失礼な指令ではあるが、ウイはあまりその辺りを気にしない気質らしい。
指示通りゴミ箱へ向かう道中 頭の中を占めるのは『おまえも?なにが?』だ。
答えが見つからないまま戻って来たウイが完全に追い付かないうちに ローは空の台車を引き船へと足を進める。
小走りで隣に並んだウイは不満そうにローを見上げた。
「なんかさ、ローってたまに何言ってるかわかんないことあるよね」
「…おまえにだけは言われたくねぇよ」
更に不満度を増したウイの表情を見て、ローの眉間にもシワが寄った。
この発言は振りではなく本気なのかと、内心衝撃を受けたのだろう。
『なに?どういうこと?』とところどころ心の声を口に出しながら歩く少女と
そんな姿を呆れた顔で見下ろしながら 歩幅は合わせて歩いてあげる長身の男。
お互いに上機嫌とは言えない表情を浮かべながらも、特にこれといった会話がなくとも
二人は、気まずさや不快感は感じていないようだった。
「ただいまー!」
「おかえりー。あれ?キャプテンも一緒?」
船へと戻ると、出迎えたのは航海士の白熊。
ベポは尾行対象者と追跡者が一緒に戻ってきた事に内心とても驚いた。
「途中で会った!ローにおやつ買って貰った!」
美味しかったと上機嫌のウイに続いて入って来たローは普段通りの仏頂面。
これはどういう展開かとベポは頭を悩ませる。
「なんかコーヒー飲みたいかも」
「俺のも頼む」
荷物を片付けながら呟いたウイの独り言にローが乗った。
それを言うなりローはドカッと乱暴にリビングのソファへと腰を降ろす。
「ベポは?飲む?」
「じゃあ…俺もいただこう、かな…」
ベポは帰ってきてから変わった気がする二人の距離感に戸惑った。
更にはローはウイにおやつを買い与えたらしい。
戸惑う白熊をよそに いつも通り 何もなくとも鼻歌歌いがちな船主はルンルンでコーヒーを淹れていた。
「ねぇ!そういうこと??」
ベポが小声でローに耳打つ。
ローは深いため息を吐いた後、コクリと頷いた。
それを見た瞬間、ベポは感極まり嬉しさに震えた。
そっかーそっかー!と小声で囁きながらコクコク頷き、一頻り頷き終えるとニッコニコでソファの前を行ったり来たりと落ち着かない。
「ちょっとベポどうしたの」
あまりの挙動不審さに ウイはカップにコーヒーを注ぎながら可笑しい、と笑った。
「なんでもな…あるよ!なんでもあった!」
「全然意味わかんない」
意味は分からずとも楽しそう。
白熊の謎行動とコーヒーの芳ばしい香り。
フリーウィング号のリビングには穏やかな時間が流れていた。
小一時間後、取り置きの品を回収し終えたシャチとペンギンが船へと戻ってきた。
4人と1匹、それぞれの想いを乗せた船が出港する。
向かう先はリバースマウンテンの先に待つグランドライン。