「だから言ったじゃん?ウイは白だって」
「何もないことなんて分かりきってたしキャプテンも約束してはくれたけどさー。心配してたからよかったよ本当に」
意外と律儀な海賊船長様は、事の顛末もきっちり報告したりする。
聞く前から雰囲気で察していたクルー達も 改めて聞いたそれに安堵したようだった。
「結局さ、何もなかったから信じた方?それとも決定打でもあった?」
何気ないペンギンからのひとこと。
疑いを晴らすという選択の答えはふた通りあった訳で、どちらにたどり着いたのかは確かに全員が気になるところ。
ややバツが悪そうに、ローは概要を説明した。
「ウイにバレるとかヤバくね?…ウケんだけど!キャプテンが下手なの?あいつが意外とやる方?」
「でもウイって意外と冷静じゃね?あんま動揺したとこ見たことねぇかも!アホなふりして割と周り見てんのかもなー。アホだけど」
一般人に尾行が筒抜けな海賊。
海賊にとって尾行が必須スキルではないが、戦闘全般に自信があるだろう船長様が掘ったその墓穴はクルー達からすればいいネタだった。
「俺も見くびって油断したんだろ…そんな事より。造船所にこの船で向かうには、抑えておくべき要点がある」
「要点?」
細心の注意を払い全力であれば見つからなかったという船長の苦しい言い訳は 全員がスルーした。
実際にそうであろうことを誰もが疑わなかった上に、何やら深刻そうな話が後に続いたから。
「忘れてねぇよな。この船はウイがいねぇととんでもねぇ」
「「「そうだった」」」
元からそこそこのお気楽野郎たち。
だがウイと一緒に生活するようになってから クルー達の能天気さに拍車がかかったように感じるのはローの気の所為ではないだろう。
大体事実。
「あんなガキでも一応女だ。極力一人で出歩かせるな。治安の悪ぃ島は特にだ」
ローは極真剣に、そう口にした。
「本人にも一応を言っては聞かせるが…無理だろあれは。伝わらねぇ。本人が自衛出来ねぇならこっちで回避だ」
ウイに注意を促すシミュレーションでもしているのだろうか。
話しながらもどこか思考を凝らしている表情のローは途中思い切り眉間にシワを寄せた。
脳内のウイは中々の再現度でローを困らせているらしい。
諦め納得したローが方針を固めると、返事のないクルー達が気になった。
「おい聞いてんのか」
ローにとっては真面目で重要な話。
全くリアクションを返さないクルー達にローは苛立ちをみせた。
しかしクルー達もクルー達で大真面目にそれを聞いたうえで、全力の呆れ果てた表情でローを凝視する。
「…なんだ」
「いや、今まで散々疑ってたくせにすげぇ変わり身の早さだなーって」
「キャプテン意外と過保護なんだなーって」
「ウイだってそんな子供じゃないんだから大丈夫だよ。キャプテン心配しすぎだよ」
これは完全に クルー達の言い分に軍配があがる。
過保護なのも事実、昨日までの態度と180度反転したのも事実。
あんなにも馴れ合うなと咎めていた人物が、今ではこの有り様だ。
「アイツが拐われでもしたらどうなる。必要事項だろうが」
「あー」
「うん」
「だよなー」
クルー達の適当な返しに、ローは何かを悟る。
この船に乗ってすぐの頃、早々に距離を縮めウイを甘やかしだした彼らに自分が抱いた感情。
それが今自分に向けられていると。
「意外とあんなのが良いって男もいる。…俺も驚いた」
「え、なんかあったの?」
全てが自分の判断ではなく 事実から弾き出された対策だと、ローは弁明したくなった。
一人で露店からベンチへと向かってくるウイに 意図的に接近しようと周囲をうろつく男が何人か居たこと。
待ち合わせた先に男が居ようと諦めずに粘るツワモノもおり 男避けが居ないと危険だと、ローは至極真面目な顔でクルー達へと告げた。
「いや…ウイは普通に可愛いもん。あんな子一人で歩いてたらそりゃナンパもされるよ」
「別に良くね?ナンパされても着いてっても。お楽しみ奪う権利なんてそれこそ俺らにねぇじゃん?」
状況を説明すれば同意が得られると思っていたローは ベポとシャチの返答に面食らった。
珍しく僅かにではあるがポーカーフェイスが崩れる。
「そんな気ねぇ相手に無理やり連れ込まれでもしたらどうする」
「これまでだって上手くやって来たんだろうし大丈夫だって」
ペンギンのこれにはローは完全に虚をつかれた。
ローは確かにと納得こそ出来るものの、やはりウイを一人で出歩かせる事を良しと思えない。
「…可能な限りで良い。見とけ」
「「「はーい」」」
船長様にあまり盾付き続けると機嫌が悪くなる事を クルー達はよく知っている。
それにローの言うことは納得できようができまいが絶対だ。
棒読みで声を合わせた彼らの心中は 呆れ1割ネタ9割。
他人に関心を示さないローのこの状況はハートの海賊団新聞があれば見出しを飾る大ニュースだ。
「でもアレだな。折角キャプテンともわだかまりなくなったのに。造船所着いたらそれでおしまい、だもんな」
クルー達がニヤニヤと目を見合わせほくそ笑むのに飽きてきた頃 ペンギンがつまらなそうに口を開いた。
「悲しいこと言わないでよ」
別れの場を想像したらしいベポは目を伏せ暗い声で呟く。
ハートの海賊団がウイと出会って まだひと月も経っていない。
それなのに既に もう随分と長く一緒にいるように
そしてこれからもずっと一緒に居るかのように、彼らはそう錯覚していた。
気持ちを言葉にしたベポ以外の全員が 完全一致はしなくとも、似た気持ちを胸に抱えている。
「お話終わった?そろそろご飯だよー!」
重苦しい静寂を破ったのは、階段が続くリビングから聞こえてきたウイの声。
「今行くー!」
それにシャチが答えると、天井からはパタパタとウイが食事の準備をしているであろう足音が聞こえてきた。
ため息や沈黙、そんなネガティブが充満していた地下にウイという存在が加わっただけで空気が変わる。
「今日飯なにー?」
「バターチキンカレーだよー!」
「食った事ねぇけどバターにカレーは絶対ウマいやつ!!」
リビングに向かいながら声を張り会話を続けるクルー達は、鼻先をくすぐるスパイシーな香りもあいまって先ほどのセンチメンタルな雰囲気など行方不明だ。
先を考えれば感傷に浸れて、けれど今は楽しくて。
そんな今は永遠には続かなそうで、どんな心構えで過せば良いのか悩ましい。
そんな時でも 腹は減るのだ。
ダイニングにて、全員が席に着き手を合わせ いただきますを唱えると サラダなんて目にもくれずに海賊たちはカレーにスプーンを運ぶ。
「これは…新しいな!」
「バターってよりトマト?よくわかんねぇけどウマい」
「カレーだけどカレー感薄いけど美味しい!!」
「よくわかんないけど美味しいなら良かった!」
バターチキンカレーを料理名だけ聞いて初見で食すと 結構な割合で口の中にバター味を探す者が続出する。
美味しいことは間違いない。
「じゃあ普通のカレーとどっちが好き?」
「「「普通のカレー!」」」
嫌いじゃなくとも結局普通のカレーが無敵説。
ウイは揃った声にケラケラ笑った。
食卓の会話は途切れることがない。
誰かの話に誰かが乗り、そこから脱線し分岐して無限に続いていく。
これまでは意図して会話に加わらなかったローも、積極的ではないにせよ自然と会話に混ざっていた。
海賊船長は楽しそうなクルー達と、同じく楽しそうな 今日信用することを決めた旅の連れをを眺めた。
ウイと出会う前から、クルー達は賑やかだった。
けれども今目の前の彼らは これまで以上に生き生きとしているように見えた。
ローですらも、この時間がずっと続くことを少し 願ったのかも知れない。
夕食を終えると、ローは部屋へ戻りベッドに腰かけ読みかけの本を開いた。
だがしかし それはしおりの挟まったページから一枚も捲られる事なく再び閉じられる。
じっくり読みたい本を、他に関心の向いた状態で流し読んでしまいたくはなかったようだ。
終始賑やかであった夕食のひととき。
島で何をした、カレーがバターよりトマトっぽい、そんななんてことのないどうでも良い会話が途切れる事はなかった。
これまで疑い続けていた対象へのそれが晴れた。
大きな心配の種が消えた筈のローの胸中はなぜか晴れない。
胸に籠る靄を言語化出来はしないものの 釈然としない気持ちは確実に胸に根付いていた。
「なんだってんだ。…ったく」
舌を打ち、ベッドへと沈み込む。
ローはもう見慣れてきたこの部屋の天井を瞳に映した。
問題は解決した筈なのに 胸を占拠する未解決ボックスの容量は更に大きくなった気さえする。
これの処理を試みたローの脳内で、寝不足を心配する誰かの顔が浮かんで消えた。
ローは気付けば明かりを消し、目を閉じていた。
「どこか痒いところないですかー?」
刺すような日差しが照りつける昼下がり。
吹く風は少し温めでジリジリと熱を受ける体を程よく冷ましてくれる。
「背中!右上の、そこ!そこ強めに!」
「かしこまりましたー!」
フリーウィング号の甲板には泡まみれの白熊が 同じく泡まみれの少女にガシガシ体を洗われている謎の光景が広がっていた。
昼食を終えたローはリビングでカモメ新聞に目を通し シャチはその向かいのソファーで釣り具を調整する。
特に目ぼしいニュースの見当たらないらしい紙の束を畳んだローは、ここ最近鈍って来た気のする体でも動かそうと甲板へ繋がる扉をあけた。
「後ろあんまり届かないから助かる!ありがとうウイ!」
「見てベポ!針ネズミ!」
船内にいるローにも外の話し声は聞こえていた。
ウイとベポがいるだろうことは予想できていた。
だがしかし
「えー?後ろじゃ見えないよー」
背面に白いトゲを生やしまくった航海士と、今も尚トゲを量産し続けている船主の図は全く予想できていなかった。
「よっし!じゃあそろそろ行きますか!」
「ねぇ本当にやるのー?結構高さあるけど」
状況を理解出来ず、声をかけることも出来ず、かといって素通りもしそびれたローは 立ち尽くしたまま状況を眺めていた。
「今度はなに?…まーたなんかやってんのか。ガキだな〜。ま、ガキか」
一向に閉まらない扉を不審に思ったシャチが外の状況を確認しては納得し、それだけ言うとソファへと戻って行く。
ローは突っ込みたい事がまた1つ増えた。
自分の知らぬところでの日常はこうなのかと。
「ちょっ!押さないでって!自分の!自分のタイミングで行くから!!」
「暑いんでしょ?ならさっさと行こう!ゴー!!」
そうこうしている間に二人は船縁に移動し、そして…ベポの手を引いたウイが海へと飛んだ。
「ぅわぁあああぁぁぁーーー!!」
「きゃーっ!!!ぁっはっはっは!!」
爽やかな昼下がり、絶叫と楽しそうな笑い声が大海原に響いた。