3-13
パタン、と今度は静かにしまった扉の内側は静まり返っていた。
誰も何も言葉を発しない。
そんな中ベポがガタリと立ち上がり一目散に船長の元へと突進していくと
その襟を掴んでガクガクと前後に揺さぶりつつ喚き散らした。
「ちょ、ちょっとキャプテン!ペンギンが!いやウイが!?なんか分かんないけどどうしよう!ねぇ!!」
支離滅裂な事を口走る白熊は、穏やかな昼食の時間が急に険悪なものとなった事に余程混乱しているらしい。
「ちょっとキャプテン!なんで何も言わないの!!キャプテンはまだウイを仲間にしたくないなんて思ってるの!!?こんなにお世話になっておいて薄情過ぎるっ!!っこの恩知らず!!」
これは言わないのではなく、言えないが正解だろう。
現在ベポのせいで物理的に歯の根が合わない状況に陥ったローは、ウイを仲間にする事を反対し沈黙を守っている訳ではない。
喋れないのだ。
混乱した白熊の揺さぶりが激しすぎて。
なぜか一方的にボロくそに詰られ続けている事に合わせて、平衡を保とうとする三半規管がもたらす目眩と頭痛がローの眉を寄せさせる。
「俺はもっとウイと一緒に居たいよ!!」
「待て!とりあえず落ち着け!そして放せ!!」
やっとのことで制止の声を上げたローは、それはそれはげっそりとしていた。
「別に…反対してる訳じゃねぇ。今更」
彼は誰よりも慎重にウイを見極めたのだ。
そのお眼鏡に適った彼女を、今更拒絶する理由はローにはない。
「ただ、最初からそういう約束だった。別にアイツが急に掌返した訳じゃねえだろうが」
ローの話す内容は正論。
望む所とは別のそれに、落ち着きを取り戻し始めたベポが奥歯を噛み締める。
「だが…要はアイツを納得させりゃ良いんだろ」
ローの言葉に、ベポとシャチが顔をあげた。
まだ望みはあるかもしれないという期待が、彼らの顔には滲んでいた。
「とりあえず情報だ。あれだけじゃ何が足枷になってるかわからねぇ。今ここであれこれ検討した所で時間の無駄だ」
何とかしようと必死な自分の行いを、無駄と一蹴されたベポは再びムッと声を荒げた。
「でもどうやって!!」
「お前ら。今から一言も喋るなよ──ルーム」
時間が惜しいローは細かい説明を省き、仲間二人の襟元を掴みオペオペの実の能力を発動する。
彼は支配下におかれた空間に意識を飛ばすと、そこに目的のものを見つけた。
「…シャンブルズ」
その瞬間、ダイニングから三人は忽然と姿を消し
代わりに一つの枯れ葉がひらりと宙を舞った。
「…なんか用?詫びでも入れに来たの?」
ペンギンは船首部の船縁に肘を付き、海を眺めていた。
そこに歩み寄るウイの気配を察知した彼は不貞腐れた声をあげる。
「お礼を、言いに来た」
「は?」
納得するまで目を合わせてやるつもりのなかったペンギンは、お礼というどう考えてもこの場に似つかわしくない言葉に
うっかり振り返ってしまった。
交わった視線の元には、バツの悪そうに片目を細めるペンギンと、見慣れた笑みを浮かべるウイの顔。
「お隣、よろしいですか?」
「…勝手にすれば」
おどけたように声をかけたウイは、ペンギンのすぐ脇に両肘をかけ口を開く。
「ありがとね」
「意味不明」
二人は目線を海へと向けたまま、言葉を交わした。
白波の立つ水面と、大空で戯れるカモメの姿がそこにはあった。
(ねえ!なんでここなの!?)
(黙ってろと言ったろ)
ローがシャンブルズの移動先に選んだのは、船首部の真下。
二人の声は十分に聞こえる上、まさかこんな所に人が居るとは思わないだろうという点だけとれば
良い判断だ。
しかし、そこは半端なく足場が悪かった。
数センチしかない縁に足をかけ、同じくそんな縁を必死で掴み
弧を描く船底にしがみつく3人の腕は、既にぷるぷると震えていた。
(それにしたって!!もっとマシなとこあったでしょ絶対!!)
(文句あんならこんな物のねえ場所で不貞腐れてたペンギンに言え)
ペンギンとウイの真下では、意地と腕力の戦いが繰り広げられていた。
「嬉しかったから。ずっと一緒に居たいって言われたみたいで」
だからありがとうって、大事な事だからもう一回言った。
「ウイは違うんでしょ」
相変わらずの不貞腐れた口振り。
ペンギンがこうなった原因が私なら、確かに普通"お詫び"なのかもしれないけど
でも、ごめんね。
「お前はそう思ってねぇんだろ」
仲間にならないって言って不機嫌になってくれたことが
私本当に、凄く嬉しかったの。
「…私は、商人だから」
だから嘘は、付きたくなかった。
でもやっぱりごめん。
全部は、言えない。
「好きな物を作って、それを求めてくれる人がいて。私好きなんだ、商人が」
本当に、今私は楽しくて幸せ。
大袈裟なんかじゃなく、それはもう奇跡みたいに。
「商人と海賊は、一緒には出来ないでしょ?」
お店は口に入るものを海賊から仕入れるなんて流石にしない。
私がお店側でもしないもん。
それは仕方のない事だ。
「商人の私なら一応自立出来てるし、やりがいもあるし楽しいし。…でも海賊になっちゃったらさ、私何もできない」
そんなに本格的になんて戦えない。
寧ろ足手まとい。
「一緒に居たいよ。でも…それはできない」
嘘じゃないよ。
この理由も本当だよ。
「弱くて、ごめんね」
皆がいい人であればある程、踏み出すその一歩って重くなる。
悪い人じゃなさそうって、楽しそうってあの時私思ったけど
こんなに、ここまで素敵な人達だとは思わなかった。
隣からふう、とため息が聞こえる。
「んなこと言われたら…無理に誘ってるこっちが悪ぃみてぇじゃん」
本当にこの人達って海賊なのかな。
無理強いを悪く思うって、一般人よりいい人じゃん。
「悪かった、無茶言って」
謝らないで。
私はそれが嬉しかったんだから。
否定の意味を込めて首を横に振った。
目線だけこっちに寄越したペンギンが、ガシガシって頭を撫でてくる。
こういうのも嬉しい。
断っておいて名残惜しくなってくる。
本当にごめんね、弱くて。
ありがとう。
「話変わるけどさ。ウイキャプテンのことどう思ってんの」
「?ロー?」
本当に急な方向転換だ。
え?
ロー?
海賊になる事を断ったこととそれは何か関係でもあるんだろうか。
なんで?って思って見上げたペンギンはおう!って頷いてて
まるで私の疑問は伝わってない。
ローを、どう思うか?
「えー…?信念、を持っているんだろうなって、思う」
とんでもなく頑固で、自分が決めた事にはどこまでも忠実そうだ。
「後は…優しいよね、実は。凄く仲間思いだと思う」
文句は言うけれど、あの人意外と面倒見が良い。
あんなに疑われてたのも大事な仲間を思ってこそなんだろうし。
「あー…まぁ大体合ってる。でもそうじゃねぇっつうか…キャプテンがどんなヤツかとかじゃなく、お前はどう思ってんの?って」
私が?
ローを?
どう思ってるか?
で?ってペンギンが顔を覗きこんで来た。
本当に、なんなんだ急に。
でもローをどう思うかなんて、考えるまでもない。
「…羨ましい、かな」
素敵な人達に慕われて。
共に過ごす事が当たり前で。
「は?…え?どういう意味??」
さっきから私の答えってペンギンが聞きたい事からどうもズレてるらしい。
全然伝わってない事が明らかなこの人は、本当になんでそんな事を聞きたくてどうしたいっていうんだろう。
「ペンギンは?ローのことどう思ってるの?」
「俺?んー、面倒臭ぇけど…強ぇしカッコイイと思う。キャプテンに任しときゃ大体何とかなる!あとは──」
そう話すペンギンは、本人が自覚してるのかは知らないけどなんだか嬉しそうだった。
「しっかりしてんだけど変なとこ足りてねぇっていうか。そういうとこは俺がどうにかしてやんねぇとっては思ってる」
俺一応キャプテンより年上だしねって、微妙なドヤ顔かましてくるペンギンにつられるように頬が緩む。
そういうとこ、だよ。
「ほら、やっぱり羨ましい」
とても強い絆で繋がってる。
この人達は。
ペンギンはその後も、ローは昔から目付きが悪かったとか生意気だったとか
それで強いのがかっこいいけどたまに癪に障るとか
そんな昔話をしてくれた。
悪口混じりのそれは全然悪く聞こえなくて、話してるペンギンも楽しそうで
私にはそれが、とても眩しく見えたんだ。
(キャプテン!俺もう限界だよ!!戻してよ!)
(そろそろあいつら戻ってくるかもしんねぇじゃん!!)
血走った目で、声を潜めながらも叫ぶこの様子では
連れてきた意味があったのか疑わしい。
「…シャンブルズ」
果たしてこいつらはちゃんと話を聞いていたのだろうかと思いつつも、先程すり替えた枯葉と自分達を入れ換えた。
「俺死ぬかと思った。泳げるから別に死なないんだけども」
「で?どうすんだ?ペンギンはもう納得しちまった感じじゃん」
ぶつぶつ唱えた文句に自分で突っ込むベポを無視したシャチが、今後の流れを聞いてきた。
「その話は後だ。まずはこれ、片付けとけ」
その内帰ってくる和解した二人は、俺らが片付けられていないテーブルで神妙な面持ちで顔を突き合わせてでもいれば
それを不審に思うだろう。
シャチとベポは食器を重ねて流しへ運び、いそいそと皿洗いを始めた。
自分もリビングのソファーに移動し、カモフラージュ用に新聞を広げる。
羨ましい。
ウイは俺をそう思っているらしい。
何故あのタイミングでそれを聞いたかは解せねぇが
正直あの時、違う種類の返答を思って肝が冷えた。
結局それとは違うものが返って来た事で事なきを得たものの
"それ"を聞くことに身構えたのは事実。
まただ。
また不可解でしかない事に気を取られた。
だがしかし"羨ましい"。
謎だ。
自分の内面を多く#Name1#に晒した覚えはない。
戦いに身を置く者ならまだしも、そうじゃねぇウイが自分を羨む箇所が見当たらない。
一体俺はウイの目にどう映っているのだろう。
いや、それこそ今考える事じゃねぇ。
ウイを仲間に誘う。
それはこうなる前も全く考えていない事ではなかった。
アイツの言い分は大体理解した。
あとはそれをどうするかだ。
リビングの窓から、未だに船首部で話をしているペンギンとウイの姿が見えた。
先ほど空気を凍らせた当事者達とは思えない程楽しそうに見えるその姿は、また原因不明の苛立ちを募らせる。
変にギスギスされるのも面倒臭ぇ。
和解したのなら良いことだ。
でもなぜか、目の前の光景を面白くないと感じる自分がいた。