3-12
金銭的価値以外でも"大事"である理由が込められていそうなそれを改めて観察してみると
サイズ上女物と思われるそれの内側には文字が刻印されていた。
【ずっと二人で…】
これは恐らく、愛を誓う言葉。
ウイに向けた言葉なのであれば、これはネックレスという形ではなく指に収まっていた事だろう。
大事だと言う位だ。
普通に考えれば、母親の物である線が濃厚。
預かった指輪について、あれこれ推測した。
これの情報も、他の部分も
俺はアイツをよく知らない。
ウイはよく喋る。
あまり口数の多くない自分とでも問題なく会話が成立する程に。
だがアイツは、自分の事を必要以上に話さない。
ウィングカンパニーの件も、この船の件も
聞かれて初めてそれを口にするレベルだ。
元からそういう性分なのか、意図してそうしているのか
自分は話す必要がない存在でしかないのか。
今腕に感じる重みの原因を作る為に睡眠時間を削り、それに加えて命懸けの人命救助。
ウイの中で俺の、俺らの存在はそう小さくない気がする。
ならば前二つのどちらかか。
ウイと自分は対極に思えた。
だがしかし、アレを俺はある程度認めている気がする。
昼間ベポを諭した様子で、アイツは感情論より理屈で動く事を知った。
だが
結果それが最善であったとしても、泳げぬ自分を助けに来るのはウイが適任であったとは思えない。
読めねぇ。
理解出来ねぇ。
だがそれに嫌悪を感じない自分がいる。
1日に2度も、助けられた。
それも女に。
情けない話でしかない。
ここはグランドライン。
まだ正直実感は沸かないが、これから出くわす海賊も、それを待ち構える海軍も
今までとは格が違うんだろう。
このままではいけない。
ウイと行っている特訓。
あれは確実に使いこなせるようになればある程度、今日のようなことは回避できるだろう。
最近脅かされる機会がなかったせいか
自分の力を過信しがちになっていた気もする。
ただ時間を過ごし年齢を重ねても、ヤツは倒せない。
己の力に奢ることなく、もっと強くならなければ。
新たな決意を胸に、残っていた酒を飲み干しベッドに入った。
疲れきった体には、あっという間に睡魔が襲ってきた。
「あだだだだ…痛い。何これ。こんな酷い筋肉痛初めて。…痛いよー、痛いなー…痛い…」
「わかった。わかったから。しつこいうるせぇ黙ってろ」
今朝からウイはずっとこの調子だ。
暇さえあれば痛いの乱打。
日頃そこまで体を動かす事のないウイにとって、昨日の救出劇は身体中の筋肉を破壊するだけの威力を持っていたようだ。
「酷い酷すぎる…!折角グランドライン入ったのに。海の中とか覗いてみたかったのに…いててっ」
「そんなに痛ぇならキャプテンに診て貰えよ」
「…ローに?あだだだだ…」
雑な扱いに不機嫌さを増させたウイを、ペンギンはそう焚き付けた。
筋肉痛を治せる医者がこの世に存在しない事等、よく考えれば誰でもわかること。
これだけ痛い痛いと喚かれれば、怪我でも病でもないそれが相当痛む事は理解出来る。
だがそれを聞かされる方もうんざりもする事に加えて、ローの元へウイを行かせる事はペンギンにとってメリットがあった。
「そういえばローってお医者さんなんだよね。それっぽいとこ全然見たことないから忘れてた」
「そういや最近誰も体調崩さねえな。とにかくキャプテンは世界一の名医だ!安心しろ!」
キャプテンに治せねえもんはそれはそれで諦めろ、とペンギンは外で訓練を行っている名医の元へとウイを追い出した。
扉の外では、ローが5〜6メートル程上昇しては降りてくる事を繰り返しており
その動きは大分安定して来たかのように見える。
一応遠慮という概念があったらしいウイは、すぐそばのベンチに腰掛けその様子をじっと眺めていた。
その後も何度も繰り返される流れを目で追う存在に、彼が気付かぬ訳がない。
訓練を中断したローは謎に監視を続ける彼女の元へと、足を向けた。
「どうした」
「ロー助けて。私このままじゃ死んじゃう」
特に死にそうな様子は見受けられない。
だがしかし涙目でそれを訴えるウイの話くらいは聞いておこうと、ローはその隣に腰を降ろした。
「で?」
「…痛いのー!全身が筋肉痛でバシバシ痛いのー!!」
「筋肉痛で死ぬかアホが」
ウイの必死の訴えに間髪入れず返された呆れた声。
またしても労って貰えなかった事に驚愕の表情を浮かべた彼女は、恨めしげな視線でローを睨み付けた。
「…放っときゃ治る。気になるなら寝てろ」
「そこをなんとか!」
ウイは医者をなんだと思っているのだろうか。
両手を合わせ必死の形相でこの通り!と拝み倒す姿は
見苦しいを通り越して情けない域に達していた。
筋肉痛ごときにここまでする必死さにドン引きしつつも、拝めるぐらいならそこまで酷くもないのではと思いつつも
何かしら処置を受けるまで引く気配のなさそうなウイを何とかしようと、ローが口を開く。
「…風呂に入るか体を動かせ。温めれば多少マシになる」
「マジか!じゃあ私お風呂入ってくる!ありがとね!」
先ほどまでローを神よ仏よと崇め奉っていた熱心な教徒は、耳寄りな情報を仕入れるなり
あっさりその信仰を捨てさっさと船室へ引き上げて行った。
「キャプテン今日はもうやめる?」
いざという時の救出係として訓練に付き合っていたベポは、疲労感漂う表情で取り残されたローへと声をかける。
「いや、まだやる」
「ウイなんだったの?」
ならば自分も付き合うかと再び双眼鏡を覗き込みながら
何やら騒がしかった彼女の用事はなんだったのだろうと、白熊は気になった。
「風呂に入るんだと」
「お風呂?珍しいね午前中に」
「筋肉痛が痛いらしい」
そう言うなり船の中心へと戻ったローは訓練を再開した。
ベポはそういえば朝からそんな事を騒いでいた#Name1#を思い出し、納得すると共に
その口元には笑みが浮かんでいた。
誰かに振り回されるのも、自分の予定を中断してまで声をかけに行くのも
今までのローでは有り得ない光景。
シャチやペンギンに聞かされるまでそれに気付かなかったベポは、誤解が解け良好な関係を築けている二人をただ喜んでいた。
だがこれは本当に"そう"なのだろうと、白熊は改めてローの気持ちを実感していた。
身近な人間同士の恋模様は、端で見ている分にはこそばゆく微笑ましい。
真剣な顔でシャンブルズを繰り返すローを見上げるベポが
くふふ、とこっそり笑った。
「お疲れ様ー!」
昼食を食べに船室へ戻ると、先ほどの死にそうな顔とは打ってかわっていつも通りのウイに迎えられた。
風呂の効果は絶大だったらしい。
しかし今度は別の人間が死にかけている。
ダイニングテーブルに突っ伏しているシャチに何があったのだろう。
「どうした」
「いや、なんでもねぇ…」
なんでもないようにはとてもじゃねぇが見えねぇ。
それを疑問に思いつつも椅子を引くと、くすくすと笑うウイがシャチをこうさせた原因を明らかにした。
「今日のお昼ほとんどシャチが作ってくれたの!」
「…食えんのか、それは」
言われてみれば、今日の昼飯はどこか雑でところどころが焦げているように見えなくもない。
「それは大丈夫!美味しかったよね?シャチ!」
「…それはどうも」
食えるなら問題ねぇんだろうが
料理というものは鍛えた男一人をボロ雑巾のようにしてしまう程過酷なのか。
出来るまでの過程は知らねぇが、出来た飯は想像以上に旨かった。
「作って貰うご飯って最高だね!ありがとうシャチ!」
「へいへい」
風呂から上がったウイが昼飯の準備をしようとキッチンへ向かう際、シャチが手伝うかと声をかけた事がこれの発端だったらしい。
それは手伝いの範疇を大きく越えていたようではあるが。
「シャチ意外と料理上手じゃん。良い嫁になるな!」
「俺もびっくりした!」
昔野営をした時、ここまで本格的ではないが飯を作った事はある。
確かにコレはそれより遥かに旨い。
本人も照れてはいるが満更でもなさそうだ。
「じゃあシャチ!これからも一緒にお料理作ろう!」
「たまに、な。」
良いんじゃねぇだろうか。
向いてるようだしウイの負担も減る。
そう思った。
「は?船手に入っちゃったら私教えらんないじゃん」
この急に説教モードに突入した
ウイの発言を聞くまでは。
「次の島に造船所があったらどうするの?また干し肉生活でも始める気?」
そうだった。
グランドラインに入った今、その時はもういつ訪れてもおかしくはない。
「シャチがお料理できそうで良かった!これで安心だね!」
嬉しそうに笑うその顔に、また原因不明の苛立ちが沸いた。
クルー達もウイの言葉には色々思うことがあったらしい。
揃いも揃って表情が暗く淀んだ。
「お前この際海賊なっちゃえば良いじゃん。一緒に冒険しようぜ!」
こういう時、ペンギンの奔放さは役に立つ。
「海賊に?」
「おう!楽しいぜ!」
ベポはペンギンの言葉に同調するようにコクコクと身を乗り出して頷いている。
「うーん。そしたら私も海軍に追われるんでしょ?それは困るよ」
「大丈夫だって!お前一人守るくらい楽勝だ!」
争い事が起これば後先考えずに敵陣に突っ込んでいくペンギンにそれが出来るのかは怪しい所だ。
だが実際、女一人守るくらいそう大変なことではないだろう。
「でも私戦ったりとか役に立たないし。足手まといだよ」
「飯とか作ってくれたり、キャプテンの能力伸ばそうとしたりとか、今でも十分役に立ってっけど」
シャチもこの説得劇に参加して来た。
なにも戦闘だけが役に立つとは限らない。
「ご飯はシャチだって作れたじゃん。もっと練習したらきっと私より上手になっちゃうよ?」
「…お前さ、それで良いんだ」
何を言ってもひらりとかわすウイに
珍しく、ペンギンが食い付いた。
日頃ありのままに生きていそうに見えるペンギンは、実はあまり他人に干渉しない。
そんならしくないペンギンに、ウイだけではなくシャチやベポもどうしたものかと視線を向けた。
「ウイはこれからも一緒にいてぇとか、思ってねぇんだ?…ふーん」
珍しく目を見開き固まったウイを、面白くないとでも言いたげなペンギンが舌を打ち席を立った。
「おいペンギン!」
シャチの静止も聞かず、バタンと乱暴な音と共にペンギンは外へと出ていく。
「あー、ごめん気にすんな。後でちゃんと言っとくから」
頭を抱えるシャチに反して
静まり返ったダイニングに一脚の椅子が立てる音が響いた。
その音を立てた張本人は、何も言わずにペンギンが出ていった甲板の方へと足を進める。
「おいウイ」
「ちょっと、話してくる」
そう言ったウイの顔は、何とも形容しがたい顔で笑っていた。