12-53
「ガフッ…!!」
「エース!!!」
仕方ねェ。
体が勝手に動いたんだ。
いや、きっとよく考えてもこうしてた。
俺はこいつを守ると
兄弟になったあの日から、10歳の時からそう決めてたんだ。
もう人生の半分を
ルフィの兄として過ごした。
弟を守るって習性は、思考だけじゃなく体にも染み付いてた。
「ごめんなァ……ルフィ……ちゃんと助けて、貰えなく…てよ…!!すまなかった…!!」
「何言ってんだバカなこと言うな!!!誰か手当てしてくれ!!エースを助けてくれェ!!!」
折角こんなとこまで、こんなボロボロになってまで来てくれたのに。
自分の体なのに
もうそれすらも支えきれなくて
倒れ込んだ先で受け止めてくれたルフィの体は傷だらけだった。
その生傷の境目がぼやけていって
なんならこんなに目の前に居るルフィの姿さえ霞んで来て
ああ俺、死ぬんだなって思った。
ただ海賊王の血を抹消する為だけにこの命を使うんじゃなく
大事な弟を守る為にこの命があったのなら
それは良かった。
「───────────────」
遠くで何かが聞こえた。
そして体に感じる静電気のようなピリつく感覚。
これは
…ウイ?
呼ばれた気がした。
疲れたけど
もう休みてぇけど
そうだな。
まだ死ねねェな。
このままじゃおまえ、どうしようもねェもんな。
最期の力を振り絞るって、きっとこういう事だ。
伝えなきゃならねぇ事がある。
もう少し
起こされちまったからには
もう少し頑張ろう。
「ルフィ…、頼みが…ある…!!ウイに…伝えてくれ───────。」
悔しいけど“おまえ”にしか任せられねぇ。
「意味わかんねぇよ!自分で言えよ!!なァ!エース!!」
うるせぇなァ…
そんなデカい声出さねぇでも聞こえてる
それに…
「それだけ言えば…アイツは分かる。」
「わかった!必ず伝える!!だから死ぬな!!」
必死の形相で俺を揺さぶるその姿に
それは無理だろ
内臓焼かれてんだぞって
こんな時でも無茶苦茶言いやがるルフィが笑えた。
そうだ
おまえはこんなヤツだ
いつも滅茶苦茶で
素直で
真っ直ぐで
世話が妬けて
弱虫で
眩しくて
「おまえがいなきゃ、俺は生きようとも…思わなかった…誰もそれを望まねェんだ。仕方ねェ…!!」
ずっと
生まれてきた意味も
生きる価値もねェと聞かされて育って
否定されたくねェ気持ちと
これから先もこんな思いしながら生きる意味あんのかって気持ちと
後は…なんだったか
まぁ良いか
「昔…誓い合った通り…、俺の人生には…悔いはない!!」
「…ウソだ!!ウソつけ!!」
本当にねェんだ
生きてればやりたかったことも
叶えたかった夢も
やり残したことも、きっとある。
「ハァ…ハァ…ウソじゃねェ…!!」
でもここで終わると思うと
良い人生だったと、心から思える。
ドン底から始まって
おまえみたいな弟が出来て
「…俺が本当に欲しかったものは…どうやら“名声”なんかじゃなかったんだ…」
仲間が出来て
冒険して
「…俺は“生まれて来て良かったのか”…欲しかったのは、その答えだった」
戦って勝って
酒飲んで騒いで
「ハァ…もう…大声も出ねェ…ルフィ、おれがこれから言う言葉を…」
ウイに出会えて
親父が、家族が出来て
「おまえ後からみんなに…伝えてくれ」
またドン底に戻って
「……!!親父…!!!みんな…!!!そしてルフィ…」
頂点で終われる
「今日までこんなどうしようもねェ俺を…鬼の血を引くこの俺を…!!!」
手に入れたのは最高の答え
最高の、人生だった。
「愛してくれて……ありがとう!!!」
もう、良いだろ?
ウイ
ありがとな
最後にちゃんと礼言える機会作ってくれて
ごめんな
きっと俺はおまえを傷付けちまう
でも大丈夫だ
おまえなら大丈夫
おまえは俺が愛した
世界で一番最高の女だ。
──逝ったか
マリンフォードが程近いとは言え
そこの海域に顔を出すまでにはすぐとはいかねぇ
浮上するまでの時間を
外に繋がる扉の前で腕を組み、目を閉じてただ待った
記者だかなんだか知らねぇ野次馬から失敬した盗聴用の黒でんでんむし
そこから聞こえてくる海軍の無線を傍受する音が
火拳屋の死を伝えた。
殺してやろうかと思ったこともあった
存在が気にくわないこともあった
でもいざ死なれると
何とも言えねぇ気分になる
俺はあの男の事をよく知らねぇ
同じ船を束ねる頭で
海賊という生き方を選んで
同じ女を好きになった
ウイがアイツにちょっかい出されなければ
ウイがあんなに落ち込まなければ
きっとこんな感情生まれもしなかっただろうに
「らしくないな」
「おまえにらしいとか言われる程の付き合いはねぇよ」
扉の前で同じく船の浮上を待つジャンバールが口を開く。
その気遣われているような雰囲気はどこか居心地が悪い。
「他のクルー達が言っていた。…おまえらしくないと」
「…そうでもねぇだろ」
海面近くの、特に魚も海遊していないガラスの外に目を向けた。
気を引くもの等何もないのに
図星を付かれた動揺を悟られたくない。
わかってる。
らしくねぇ行動だと、自分でも思う。
なぜ船を出したのか
何が目的で
何の利益があって
何をしようというのか
何一つ明確でもない状況で、リスクがデカすぎる場所に向かおうとしている。
何の確証もねぇけど
行かなきゃいけねぇ気がした。
その理由を後付けすれば
なんとなく、俺がマリンフォードに現れることで火拳屋の命が助かるんじゃねぇかと思った。
でも、…死んだ
なんだ
何が俺を呼んだ
ウイの心を縛り付けられたくねぇ想いが
そう錯覚させたのか
ここまで来ちまったモンは仕方ねぇ
今更引き返すのもアレだ
ふと、想像した
ベガス聖の屋敷のあの部屋で
この知らせを受けて涙を流すウイの姿を。
それは面白ぇもんでも何でもねぇ
考えたくもねぇ
でも、それは恐らく
今こことは違うその場所で
実際に起きている出来事なのは間違いねぇと
そう確信できた。
「ぁっ…、え…す……」
まずい
それは正義の名を背負う心優しき青年がふと感じたこと。
恋人の命尽きる瞬間を目の当たりにした少女は
瞬きも忘れ
言葉を発することもできず
ガクガクとその体を震わせていた。
彼女の叫びと共に全身を襲ったその感覚に
この青年は覚えがあった。
それは青年が少女と出会った日の出来事。
その時彼は肌を焼くような刺激を体感した後、彼女の言霊に囚われたかのように指の一本すらも動かせなくなった。
これは少女が放つ覇気。
通常のものとは異なる、それでいて少し厄介なもの。
ピリリ、と肌が受ける刺激が徐々に増していく。
叫ぶ事すら出来ずにいる彼女が漏らす声は、喧騒に紛れて尚それを周囲に拡散した。
“危険”
ロイの頭の中で、その文字が警笛を鳴らす。
この錯乱状態では何を口走られるか分かったものではない。
そして覇気以前に、激しく動揺を見せる彼女は今にも己の舌を噛み切りそうだ。
「…うそ……、ゃだっ!!」
ここは陸橋の上。
手摺に阻まれたその先は、足場まで凡そ十数メートルの高さ。
彼女にはそれが認識出来ていないのだろうか。
ただ倒れた恋人の元へ駆け寄ろうとでもするように身を乗り出す少女の後頭部を
ロイは手の縁で打ち付けた。
周囲への意識が散漫になっていた彼女は
それを避けることもできず、打撃を受け目を見開き
その体は重力に従い崩れ落ちる。
恋人達の最期の会話を誰よりも近くで聞いていたからこそ分かる、残された者の心の嘆き。
ロイはその小さな体を抱き、踵を返した。
きっとこれは
腕の中の存在が決して許さないこと。
それでも彼は、彼女に生きて欲しかった。
その後もマリンフォードは目まぐるしく状況を変えていく。
戦の場に姿を現した黒ひげはその見えぬ野望の果てへの足掛かりに
長年慕った父を葬り去り、その能力を奪った。
目の前で兄を失いその精神が崩壊しかけた少年に
海軍の魔の手が迫る。
エースの遺した命を
ルフィの命をと望む者に瀕死の命を助けられながらも
その身は一人の青年の元に届いた。
「そいつをここから逃がす!!一旦俺に預けろ!!!…俺は医者だ!!」
突如海底から姿を現した一隻の潜水艦。
その身を請け負う海賊の医師は、何を思いこの少年を救ったのだろう。
公開処刑
その罪人の命が消え失せて尚
マリンフォードから戦の灯火は消えず、更に燻る。
その場を治めたのはこの場に現れるとは思いもよらぬ人物。
四皇、赤髪であった。
海軍を
海賊を
圧倒的な力と人徳とで納めたシャンクスは二人の弔いを願い出る。
白ひげとエースの首を晒すことは許さない
まだ争い足りぬ者は、自分達が相手をすると。
争いながらも、皆わかっていた。
これ以上戦いを続けても
得られる以上のものを失っていくことを。
命という尊き光をかける価値は
そこにはないということを。
時に人は強すぎる想いに操られ己を見失う。
自棄
憤り
恨み
悲しみ
暴走する負の感情は、越えられぬ壁に突き当たるまで止まれない。
「全員──この場は俺の顔を立てて貰おう」
四皇、赤髪のシャンクスによる終戦の申し出に
異議を申し立てる者も
実際にそれを行使できる者もそこには存在しなかった。
──かくして“大海賊時代”開幕以来最大の戦い“マリンフォード頂上戦争”はここに幕を閉じ
──歴史に深く刻まれる──
失われたもの
生まれたもの
それは世界を
そしてそこに生きる者達をどう変えていくのだろうか。
あるものにとって
それは“結末”。
しかしあるものにとっては
それは“序章”に過ぎない。
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