12-52



「行けェ!!!野郎共!!!」


聞こえてきた声の元を辿れば
遠くからでも目出つ大矛と、そこに並んで立つパパの姿。


その足元は、さっきの地震が生んだんじゃないかっていう
大きな亀裂が走ってた。


「パパ…!!」


地割れは、遠目で見ても深くて大きい。
海軍が皆を追えない代わりに、パパもそっちへ渡れない。


やっぱりパパは皆を逃がす為に一人で海軍の相手をする気だ。
なんでそんなこと…!


「船長命令が聞けねェのか!!!さっさと行けェ!!アホンダラァ!!!」


自分の胸中を読み取られたかのようなタイミングで響くパパの怒号に、びくりと肩が跳ねた。


わなわなと震え出す体が、心の芯から熱をこみ上げさせる。


きっとそれは、後ろで嫌だと叫んでる皆だけじゃなく
私にも向けられた言葉。


「ウイ、行こう…!」
「やっ…やだ!!パパが…!!」


捕まれた腕を振り払う。

今ここを離れたら、もう二度とパパには会えない。
私にパパは救えない。

そんな事分かってるけど
それでも…


「白ひげの想いを、無駄にするな!」
「…っ!!」


再び捕まれた手は、もう振りほどけなかった。
引かれた腕のせいで傾く体を支えようと
一歩、足が踏み出る。

そしてまた一歩、一歩と
パパとの距離が離れてく。


遠くに見えるその姿から、目が離せなかった。






「走れ〜〜!!船へ走れ〜〜!!」
「軍艦奪ったぞォ〜〜!!!早く乗れェ!!!」


誰もが走る。
満身創痍な仲間達にもう少しだ、頑張れと声をかけ
走ることの叶わねェヤツには手を貸して。


後ろでデカい衝撃音が鳴る度に
悔しさで息を飲むのは俺だけじゃねぇ。


皆思ってる。

親父への感謝と
それを救う力量のない悔しさ
ならせめて親父の覚悟を無駄にしない為に
でも別れは、つらい


色んな想いを抱えて、走った。



「うわァアア!!!」



仲間達の叫びに、走りながらもその元に目を向ければ
赤黒い巨大な拳がしんがりを務めるヤツラを容赦なく襲っていた。


「エースを解放して即退散とはとんだ腰抜けの集まりじゃのう、白ひげ海賊団。」


ロギア。
実態を持たねェこの手のヤツラに、大地の裂け目は足止めの意味をなさない。


「船長が船長…それも仕方ねェか…!!白ひげは所詮…先の時代の“敗北者”じゃけェ…!!!」







サカズキの言葉が耳に届いた途端
カッと頭に血が昇るのが解った。


なんだと?
親父が…


「……敗北者?」
「エース!!」


親父が敗北者だなんて、ンな訳ねェだろ


「取り消せよ……!!ハァ…、今の言葉…!!!」


我慢ならなかった。


「おいよせエース!!立ち止まるな!!!」
「エース!!?」
「あいつ親父をバカにしやがった……」


仲間達が
ルフィが構うなと俺を止める。


でも聞けない。
親父がしてくれた事を
最期まで俺らを救ってくれる親父を

相応しくねぇ真逆の言葉で罵るこいつを


俺は許せねェ…!!


「おまえの本当の父親ロジャーに阻まれ“王”になれず終いの永遠の敗北者が白ひげじゃァ。どこに間違いがある…!!」


違う


「親父親父とゴロツキ共に慕われて…家族まがいの茶番劇で海にのさばり何十年もの間海に君臨するも“王”にはなれず…何も得ず…!」
「……やめろ……!!」


違う…!


「終いにゃあ口車に乗った息子という名の“バカ”に刺され…!それを守る為に死ぬ!!!実に空虚な人生じゃあありゃあせんか?」
「やめろっ……!!!」


違う…!!!


親父を愚弄するこの男だけは絶対に許さねェ。

命懸けで守られてるこの命。
力のない俺はそれを受け入れるしかないのなら

その親父の誇りだけは俺が守る…!!





「親父は俺達に生き場所をくれたんだ!!!おまえに親父の偉大さの何がわかる!!!」
「人間は正しくなけりゃあ生きる価値なし!!!おまえら海賊に生き場所はいらん!!!」


甘ったれた平和の中でしか生きた事がねぇからンな事言える。

どん底を味わった事がねぇからそこで苦しむ人間の気持ちが
そこから救い上げて貰えた奇跡みてぇな親父の偉大さが、こいつには分からねェ。

こんな甘ったれた世界でしか生きてねェクズに
親父の生き様をどうこう言われる筋合いはねェ!!


「白ひげは“敗北者”として死ぬ!!!ゴミ山の大将にゃあ誂え向きじゃろうが!!!」
「白ひげはこの時代を作った大海賊だ!!!この時代の名が!!!“白ひげ”だァ!!!」


俺を救ってくれた人をおまえごときがバカにすんじゃねェ!!!




今まで感じた事のない怒りが、炎となって爆発した。


ドゴォオオン!!


「うわァア!!!」
「やめろエース〜〜!!!」
「エースが…!!!焼かれた!!?」


熱い
なんだこれは…


俺はロギアだ。
火だ。


俺が焼かれるなんてこと、有り得ねぇ。


何が起こったかが分からねぇまま、焼かれた左肩が訴える火傷の痛みに耐えきれず踞る。


なんだ。
何が起きてる。


「“ロギア”じゃいうて油断しちょりゃあせんか?おまえはただの“火”、わしは“火”を焼き尽くす“マグマ”じゃ!!わしと貴様の能力は完全に上下関係にある!!!」


マグマ。
自分の体を構成する炎をも凌ぐ、同じ属性のロギアの力。


処刑台から見てたからそれは知ってる。
ただそれと対当した時、俺の火がここまで及ばねぇモンだとは正直思わなかった。


「“海賊王”ゴールド・ロジャー、“革命家”ドラゴン!!この二人の息子達が義兄弟とは恐れ入ったわい…!!!」


どうする。
敵わねェぞこの相手には。


ギリリとサカズキを睨み付ける目が、力を込めすぎて痛む。
口元が怒りでわなわなと震えてるのがわかる。


「貴様らの血筋はすでに“大罪”だ!!!誰が取り逃がそうが貴様ら兄弟だけは絶対に逃がさん!!!…よう見ちょれ…」
「…おい!!!待て!!___ルフィ!!!!」


体が勝手に動いた。


サカズキの拳が
赤黒く燃え滾るマグマのそれが


膝をついて息を切らす弟に襲いかかろうとしていたから。





「やっ…だぁ…!!ひっく、ロイ!は、なして…!!」
「これが白ひげの望みだ。おまえはこの島から逃がす。」


振り払おうとしても、きつく掴まれたロイの腕はほどけない。
遠すぎる距離は、何歩遠ざかってもその大きさをさして変えることはない。


でも距離が
パパから離れて行くっていう実感が


それを思うだけでまた涙が込み上げてくる。


「パパと…居る!!私、も…っく、残る!!」
「ふざけた事を言うな!!」


いつも穏やかなロイの厳しい言葉に
強い口調に、びくりと体が震えた。


わかってる。
そんな事したって何の意味もない。
パパだって喜ばない。


けど…


「なん…で怒るの…っ!!なんで…わかってくれないのぉっ!!!」


ぶんぶんと掴まれた手を引き剥がそうと腕を振るけど
手首をがしりと捕まえるその手はびくともしない。


でもパパが居ない船は
家じゃない


皆が居たとしても
それも大事だけど


そこは私の帰る場所じゃない。


私はいつも
モビーディック号じゃなく、パパの所に帰ってた。


また来たのかって、呆れたような顔をしてるけど
良く帰ってきたって、本当はそう思ってくれてた事を知ってる。


私が娘だから、皆と違って女だから
出掛ける時にはいつも絶対、毎回心配そうに気を付けろって顔を出しに来てくれてた事も知ってる。


「離してっ!!ロイ!…お願いだから…離して…ぇ…!!」


聞き分けもなく喚いた。


パパが望まなくても
私が帰る場所はパパのところ。

行かなきゃ…


「痛っ…!!ウイ!!」


離してくれないロイの腕に
思い切り噛み付いた。


加減なんて出来ない。
本気で離せと思ったから、噛みちぎる勢いで歯を立てた。


口の中に感じる血の味が
この人の腕に走った痛みを物語ってる。


それでも更に、顎に力を込めて歯を食い込ませる。


私をパパのところに行かせて。


その想いが伝わるように
ロイの目をこれでもかという程睨み付けた。



無言の睨み合いが続く中、広場で爆音と共に炎が上がる。
それは私が愛する彼の生む物。


エースの無事を知らせるその火柱の方に
自然と顔が向いた。






遠目に見える、マグマの海軍大将に食って掛かるエースの姿。


怪我してる。


処刑台の上に居た時も傷だらけだった。
でも今のエースは、肩だけ赤黒く変色してるのが遠目で見ても分かる。


皆に取り押さえられようとしてるエースはきっと
私とおんなじ。


周りの制止に逆らってでも
パパの元に戻ろうとしてる。





私も行かなきゃ…!


茫然と広場に目を向ける私に油断してるロイの手を
思い切り振り払ってそれと同時に地面を蹴る。


地割れが隔てるその先で
エースもパパの為に戦ってる。


大切な人達が大変な時に、自分だけ何も出来ないなんてもう嫌だ。





追ってくる足音が近付いて来ることに焦りを感じながらも
目だけは戦場に向けて必死で駆けた。


焦燥感。


ロイに追い付かれる。
戦場はきっと、切迫した状態。


そんな中で私が出来る事。






覇気






こんな猛者揃いの海軍にはきっと全員には効かない。
でも一度だけ、一瞬だけでも気を逸らせれば
皆はそれを上手く使ってくれる。

一人でも多く助かる。
パパと一緒に帰れる状況を作り出せるかもしれない。



狙って使えた事なんて一度もない。
エースに特訓つけて貰った時も、てんでダメだった。



でも今なら
これまで覇気が使えてた時と、近い状況な気がする。


「っウイ!!」
「やっ!!…っ…!離っしてっ!!」


捕まってしまった腕が後方に引かれて体が傾いた。

押さえ付けようと伸びてくる手を必死で払いのけもがけば


海軍大将の巨大なマグマの拳が
対当していたエースとは違う方向に向かって振り下ろされようとしていた。









目に映るものがコマ送りで再生されるような、そんな不思議な世界。










襲い来る巨大な溶岩の塊が狙いを定める先に
向かって動く橙色の炎。



「エー…ス?」



一時停止、巻き戻し。
この時間の流れがおかしい状況でそれが叶うなら
そんな不可思議な現象こそ、起きて欲しかった。



























「いっ…やぁぁあああああぁぁあ──────ッ!!!!」











エースの体の真ん中を
パパの誇りを刻むその広い背中の中央を

溶岩の拳は貫いた。


1217


destruct at reality.