13-2



ここ、どこだろう


どこまでも真っ白。


何も、ない。








なんでこんな所に居るんだろう。





きょろきょろと辺りを見渡しながら
なんとなく、歩いてみた。
歩いてる感覚はあるけど


進んでいるのかが分からない。


何もない
誰もいない
何も聞こえない



「誰か…いないの?」



恐る恐る発した声は
何に反響する事もなく空気に溶けて消えた。



本当にここはどこで
なんでこんなとこ来ちゃったんだろうか。



そもそもどうやって来たんだ?
私、なにしてたっけ…










「ひっく…、うぅ…っく…」


突然聞こえて来た声に驚いて振り向けば
そこには小さな女の子。


白いワンピースを着て、膝を抱えて泣いている。


さっきまで居なかった筈なのに
どこから…?



「どうしたの?なんで泣いてるの?」
「…」


声をかければ、泣き声はぴたりと止む
顔を上げた女の子の顔に、私は見覚えがあった


「母様が…死んじゃったの。ねぇ────」


口にしたのは泣いてる理由。
その顔はさっきまで泣いていたとは思えないような、無表情。






直感











私はこの先に続く言葉を、キキタクナイ。










ぐるりと踵を返して走った
その子から遠ざかるように
その声が届かないように











「ぅわぁっ!!…ご、ごめんなさい!」



後ろを気にして走っていたら何かにぶつかった。
ううん、誰か。
さっきの子と同じような白いワンピースを着た、女の人。


この人も、手で顔を覆って
肩を震わせてる。










分かる
この人は私がぶつかってしまったせいで泣いてるんじゃない



「…手をの─────」











いやだ






いやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ







私はこの人達が話す言葉を

聞きたくない。















怖くなって、逃げた。
見えなくなるまで。


見えなくなっても暫く走った。






辺りを一周見回して
どこまでもその白が続いてる事にほっと息をつく。


「違う、…変なこと言わないで」


しゃがみこんで耳を覆った。


一人でいい
誰もいらない







何も聞きたくない。








「ゆ…め……?」


視界に入る天井は、ベガス聖のお屋敷。
怖い夢を、見た気がする。






あんまり覚えてないけど
嫌な夢。






いつから寝てたんだろう。
早く調合の続きしな……
















ベッドから降ろした脚に走る筋肉痛


あれ、私運動なんてしたっけ

























頭の中で

突然沢山の記憶が、情報が再生される。


それは高速のスライドのように、あんなに長い時間の出来事は一瞬で脳裏を駆け巡った。

















エースは、もう居ない


もう二度と
決して会えない













助けられなかった
















頬を伝う涙が
床に落ちる。


ポタッて、音がした。













エースはもう涙を流すことも
それが頬を伝う感触を感じることも
食い込む爪が痛いと思うことも

好きだって言ってくれることも
笑ってくれることも











ない












「……っ……」














本当にどうしようもなく悲しい時って
泣き声なんて出ないんだ





ただ次々溢れてくる涙が
なぜか痙攣する横隔膜が







頭と体を熱くした










この涙を拭おうなんて、思わなかった


















こんなもの…!



ガシャーンッ!!
ガシャッ



ガシャッ!!
パリーンッ!







作業机の上の海籠石の手錠を床に思い切り投げ付けた。
この錠をあける為に毎日使ってた
ビーカーや薬品のガラス瓶も

全部床に叩き付けた。









鍵があけられても


エースが助からないならなんの意味もない。














キラリと光るものが視界に入って目を向ければ
そこには悪魔の実の果汁を搾る時に使った果物ナイフ。


それは人の気も知らずに
太陽の光を受けて曇りのない輝きを放っていた。













これで心臓を刺せば











エースの所に行けるかな











とめどなく溢れる涙のせいで歪む視界と朦朧としてる頭。
そんな中伸ばした手に触れたのは


鋼の冷たさ。


白く光の筋を反射させるそれはとても綺麗だった。








「やめるんだ!!…派手にやったな。」


左の胸に向けて握ったそれを振り下ろす手は
伸びてきた腕に阻まれてそこに届くことはなかった。


「体調は…?どこか痛むところはない?」


なにを言ってるの、この人。











「まだ休んでいた方が良い。…ウイ、手を離すんだ。」


ナイフを握る指をほどかせようとする手が温かい。


それは生きている証。


心臓が動いて、血が通って、息をして、言葉を話して
ロイが生きている証。





「ウイ…手、離そうか。」


優しく諭すようなその声が
気遣うようなその視線が


痛い。














どんなに優しくされても
エースは戻って来ない


私に優しくしてくれるこの人は
エースじゃない


どんなに泣いても、悲しい顔しても
エースはもう


どうした?って
聞いてくれない。


俯いた私の顔を覗きこんでくれることも

一人じゃ吐き出せずにいる想いをきいてくれて、それを否定もせずに笑わせてくれることも


ない。







無理矢理離された手が重力に従って体の脇に戻ってくる。




「…んで…」
「ん?」






なによ
そんなとぼけた顔して






「なん…でぇっ…!!」










なんで助けたの
なんで死なせてくれないの

なんで優しくするの
なんで放っておいてくれないの



思う気持ちはあるのに
それを口にしようとした途端

さっきまでとは比じゃない勢いで込み上げてくる涙にそれは遮られた。



わかってる
そんな事ロイに言ったってどうにもならない



立っていることすら出来なくて
その場に崩れ落ちた。


ぐしゃぐしゃの顔を見られたくなくて
しゃくりをあげながらふせた顔を手で覆う。










エース
私、泣いてるよ

悲しくて辛くて仕方ないよ



ねぇ助けに来てよ









守ってくれるって
大好きだって言ったじゃない











「…っ………っ……!」



瞑った瞼の裏に浮かび上がった
炎の中で大好きだって笑ってくれたエースの顔。


それはもう
二度と見る事は叶わない


大好きな人の最期の笑顔。




浮上する直前
黒でんでんむしが伝えた地上の状況は

麦わら屋が瀕死で逃がされている

それだった。


久しぶりの新鮮な空気を吸い込み外の状況を確認すれば、見計らったんじゃねぇかと思う程丁度良い場所に
なぜか空中に浮くデカい魚に抱えられた麦わら屋。









「麦わら屋をこっちへ乗せろ!!!」
「ム・ギ・ワラヤ〜〜!?あァ!!?てめェ誰だ小僧!!」











なんでんなこと口走ったのかわからねぇ。










「麦わら屋とはいずれは敵だが悪縁も縁。…こんな所で死なれてもつまらねェ!!!」









それもまぁ、嘘じゃねぇ

ヒューマンショップで前に会った時は、どこまで突き抜けたバカなんだと驚いたが
まさか火拳屋の弟だったとは








「そいつをここから逃がす!!!一旦俺に預けろ!!!俺は医者だ!!!」









意味もわからずただ行かなければと感じた

手前の海でありながら今のマリンフォードは新世界、それもそこでも選りすぐりの戦力が集まる

自分の実力くらい自覚してる
まだ俺たちはそっち側に行ける程のそれはねぇ

そんな場所で
浮上した途端に死にかけてる患者が居て
それが火拳屋に縁ある男





細かい理由付けも済んでなければ
付けた理由も中々に根拠がない。




でもこれだと思った。





俺がこの場に来ようと思った意味
しなければならないこと








麦わら屋を生かすことが、今俺のやるべき事。












見ず知らずの海賊に麦わら屋を預ける事に躊躇してるのか、中々気の毒な顔面の赤っ鼻はこっちに患者を寄越さねぇ。


続々と群がってくる軍艦。


近くで見る戦場は中々な状態で
やはり新世界は格が違ぇと肌で感じる。


もたもたしてると俺らも危ねぇ。




「麦わら屋をさっさと寄越せ!!!」




捲し立てるように叫んだその先を、いつかも見た黄色い閃光が掠めた。




「置いてきなよォ〜〜…“麦わらのォルフィ”をさ〜〜…!!」
「“黄猿”だ!!」




まずい。


砲撃ならタクトで返せる。
だがあれは少し厄介だ。


冷や汗
それが背を伝う。


あの弾速にその性質。
いくらルームを張ってもあれはどうしようもねぇ…




destruct at reality.