刺すような日差しが照りつけるある昼下がり。
吹く風は穏やかで 戯れ合うカモメの群れが青一色の世界を彩っていた。
そこに浮かぶ一隻の船。
名を“フリーウィング号”という。
アイボリーを基調とした大型の船には窓枠や扉の濃いブラウン以外の色が見当たらず レトロでクラシカルな印象を受ける。
数十人の人を乗せ、運ぶことが叶うであろうこの大型船。
しかし船上にはたった一人の人影しか見当たらない。
その人物はというと、船尾側のサンルームで呑気に読書を楽しんでいた。
ガラス越しに降り注ぐ日差しは、船主が育てる鉢植えのグリーンが緩和してくれる。
ここは彼女のお気に入りの場所。
サイドテーブルにはお気に入りのアールグレイのアイスティーとミックスベリーのドライフルーツ。
手に収まる活字達は読み手の興味関心ド真ん中の内容をリズミカルに視覚へと送る。
優雅に過ごすこの船の主。
腰まである色素の薄いストレートの髪
陽のあたる場所を好む割に その肌は透き通るように白く
垂れ目がちの大きな瞳には幼さと可愛らしさが共存していた。
「…っはーん。なるほど、興味深い」
大事な事なのでもう一度言おう。
このフリーウィング号の乗組員は彼女一人。
その彼女が話す言葉は必然的に全てが相手のない独り言。
勢い良く納得し盛大な一人言を発した後
彼女はサイドテーブルのメモにガリガリと文字を書き殴った。
手元の本とメモに交互に視線を向け、頷きながらペンを走らせる彼女はなんだかとても楽しそう。
「にほんしゅ、米、酵母でそのまま…っと。米の削り具合か…え?一粒ずつ?…いやいや。でも纏めてゴリゴリやって満遍なくいける?…そもそも次の島って良さげなお米売ってるのかな」
時に納得し 時に自分の言葉にツッコミを入れ 急に話は変わりそれをも口に出す。
独り言レベルの高めな彼女は勢い良く立ち上がると 左右の腕を交互に引っ張り体をほぐした。
「あ”〜…だだだだ…、……玄米!!元は玄米じゃん白米!…玄米白米にする道具?手に入れば白米も削れんじゃない?!…いててて」
年頃の少女のモノにしては少々可愛げに欠ける声を発しながら、ストレッチ時々脳内会議は続いてゆく。
「…ただそれ一般人でも買えんのかな。ん?サイズ的にいける?削った分玄米より白米小さいよな………っよし!」
気が済んだらしい少女はサンルームからデッキへ続く扉を開け放った。
吹き込む潮風に踊る細く柔らかい髪は 彼女の心境を代弁するかのように楽しげにそよいでいた。
彼女の名前はウイ。
好奇心旺盛で多趣味。
趣味というより 心惹かれるモノを試し突き詰めたくなる傾向が強いという説明の方がしっくりくるのかもしれない。
ウイが海に出たのは今から遡ること2年前。
16才の今でも子供といえば子供ではあるが 海へ出たばかりの頃は今より更に“子供”であった。
顔立ちの影響もあり、一人旅をするウイは明らかに浮いた存在。
何の知識も力もない“女で子供”が一人で生きていける程、世の中は甘くない。
ウイがこれまで無事に航海を続けて来れた理由、それは──簡潔に言えば運が良かった、それに尽きる。
愛嬌が良い
素直
可愛らしい
放っておけない
接する人々がそう感じ得る資質がウイにあったのも事実。
だがそれを持ってしても
巡り合う人々に 進む航路に恵まれていなければ
能天気に一人旅を楽しむ彼女の日常は存在し得なかっただろう。
初めて辿り着いた島で、ウイは体術を教わった。
覚えは早く、才能もなくはなかった。
しかし所詮は幼い少女。
略奪を生業とする荒くれ者達には到底敵うものではない。
だが無害そうな外見に意表を突かれた小物の海賊達はあっけなくウイに捕まり海軍に引き渡された。
当初彼女はそうして旅の資金を稼いでいた。
見た目とのギャップと そう、機転だ。
ウイは大人の顔色を読むのが得意だった。
理由を説明は出来ないけれども 相手が何を考え何を狙い、どうしようとしているか
その読みが的中する事が多かった。
海賊達には体格も力も技術も及ばない。
運とこの能力がウイを助けた。
今現在はどうしているかって?
彼女は今 趣味で作った飲食物や衣服、育てた植物を売って生計を立てている。
最初こそ小遣い程度にしかならなかった売上も、今や北の海では知らぬ人がいないほどのブランドに成り上がっていた。
何度危機を乗り越えようと 何度大金を手にしようと、それが毎回上手くいくと思う程ウイは楽観的ではない。
“このままではいつか死ぬ”
その現実をしっかりと理解出来ていたからこそ、安全な生きる道を手繰り寄せられた。
“ウィングカンパニー”
それはどこで誰が手掛けているかはあまり知られていない謎のメーカー。
そのオーナーこそがウイである。
商人であり、職人。
趣味の延長が功を奏し商売として成立した。
作る事自体が趣味であり、生きる為の手段でもある。
しかし自分が作ったものを喜んでくれる人達の笑顔を見る事が ウイは好きだった。
ウイの日常は規則的だ。
朝は基本的には陽が昇る頃に起床し、食事も船の上とは思えない食事を手作りしている。
海の上で陸と変わらぬ食事にありつけるのは この無駄に大きい船のおかげ。
地上3階、地下2階にも及ぶ大型のフリーウィング号は1階にLDKと食品庫、船主お気に入りの緑豊かなサンルームに浴室。
2階には自室と売りに出す商品を保管するための大きい個室が合わせて2部屋。
3階は天井がガラス張りの広大な温室が備わっていた。
温室では様々な島で手にいれた野菜や果物、ハーブや薬草がウイの手により大切に育てられている。
ここで収穫されたものが酒やドライフルーツ、紅茶やケーキ等様々な形に変わり、売りに出されていた。
勿論日々の食事を彩る野菜もここで収穫される。
地下1階にはウイの趣味の1つ、様々な分野の本が小規模な図書館でも開けそうな程コレクションされており
地下2階はほぼ、物置だ。
一角に日用大工に適した作業場なんてものもあったりする。
「掃除が大変なんだよなー」
広いが故の贅沢な悩みではあるが、毎日運動もかねて計画的に掃除をするのもウイの日課。
温室やサンルームの植物の手入れ、食事の準備、掃除や洗濯を行っても
ウイには有り余るほどの時間がある。
その時間で商品を仕込み読書を嗜み、時には海に飛び込み海中の絶景を楽しんでみたり、釣りをしてみたりと
ウイは本当に自由きままな生活を満喫していた。
「えーっと出荷用の瓶と、酵母が付いてそうな果物、あと米と、パスタと、お肉は意外とまだあるけど…まぁ買っとくか」
何度目かになる補足ではあるが、ウイの発する言葉は漏れなく独り言。
誰も居ないという環境は、思考と言葉として発するものの区別を曖昧にしたりする。
本人ですら、どこまで口に出しているかを把握していない可能性が高い。
そんな特に意味のない独り言が呟かれるのはフリーウィング号のダイニング。
キッチンと同様のモスグリーンとホワイトウッドで統一されたそこに、昼食を頬張りながら買い物メモを作成する船主がいた。
一人で食事をするには大きすぎるダイニングテーブル。
むしろカウンターキッチンなのたからそこで食事をしても不便はなかったりする。
ただガランとしたスペースが気になったウイは暇潰しもかねてこの大きなダイニングテーブルを手作りした。
木目が良い味を出している、ホワイトウッドのダイニングテーブルと椅子。
8人分の椅子が収まるそのテーブルの上には ランチョンマットに置かれた1人分の食事とメモとペンのみ。
皿を彩るのはサーモンときのこのクリームパスタに、取れたて野菜のグリーンサラダ。
「布地も見たいな…たまにはケーキも食べたい…夜何系のお店で食べよう…」
あちらこちらに思考が飛ぶ船主を乗せた船は、あと小一時間程で次の島へ到着する見込みだ。
前の島で聞いた情報によると 目的地は貿易の盛んな比較的栄えた島。
「結構貯まってきてるし、まとめて出荷しようかな」
欲張ってフォークに巻き付けたパスタを一気に口に収めたウイが目を向けるのは食品庫。
そこには出荷を待つ商品達が大量に並んでいた。
近頃のウイはあまり1つの島に長くは留まらない。
商品を卸した後 その土地の名産品を物色し観光を楽しみ、それを終えれば情報と新しい本や材料を調達しすぐに次の島へと船を出す。
今回も
いつもと同様、そうなる筈だった。
食べ終えた食器を洗ったウイは陸用に身支度を整える。
少しでも年上に見えるような服を選び、見様見真似で上達しつつある化粧を顔に施した。
あまりにも幼く見られる事は物を売る際マイナスに働く事が多い。
最近では“ウイングカンパニー”という名が浸透して来た影響か全うな取引となる事が殆どではあったが
駆け出しの頃は二束三文の買値を提示される事もザラであった。
得なければならないのは最低限生活出来るだけの儲け。
だとしても
あからさまに自分を見くびり騙そうという魂胆があけすけな大人に頭を下げる事も
心を込めて作った商品をそんな大人に預ける事も
楽しいと言えることではなかった。