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港と船が隣接する頃
ウイは肩にかけた小さめのカバンに、財布と読みかけの本を詰めた。
出荷する商品の第一陣を台車に積み、船着き場の男の指示に従って船を固定し錨を下ろす。


「?嬢ちゃん一人かい?」
「一人です」


男は大きな船に1人の少女というアンバランスな状況に違和感を感じ フリーウィングとウイとを交互に見入った。


「そう…か、じゃあ特別おまけしてあげよう!一泊5000ベリーでどうだい?」
「良いんですか?ありがとう!とりあえず二泊お願い!延泊するときはまた払います」


運搬率や維持費等を考慮しても非効率極まりないその組み合わせ、しかも未成年の一人旅。
呆気にとられはしたものの 男はウイに気さくに声をかけた。
二泊分の停泊料を支払い港に渡し板をかけたウイは上機嫌でその上を進む。


「あいよ、まいどー!ん?嬢ちゃん…商人かなんかかい?」


男はウイが引いている台車に積まれた大荷物に目にを止める。
そこには買物や観光には邪魔になるとしか思えない瓶や箱の数々。


「一応…。まだ半人前なんですけどね」
「そうかいそうかい!まっすぐ行って右が露店や商店が多い街並みだ。左側は繁華街だから夜はあまり近づくなよ!」


初めて見た時には驚いた大型船での少女の一人旅。
しかも既に手に職を付け自立しているという。
行動力とは裏腹な謙虚なウイの受け答えは、男の世話焼き心に火を付けた。


「ご親切にありがとう!あ、お兄さんお酒飲まれます?」


“酒”
それは応援しようと密かに思った頑張る若者とはまたまたミスマッチなワード。
混乱し、落ち着いた男の頭はまた混乱した。
なぜそれを問われているのか理解出来ないまま、取り敢えず事実を伝える為に男は頷いた。


「ならこれ、少しですけど親切のお礼に。お口に合ったら嬉しいです!」


ウイは一本の瓶を手渡すと、にこりと男に微笑みかけ街の方へと消えていった。

ただ、呆気にとられたという言葉が正にそれ。
残された男は働かない頭のまま 手の中の瓶とウイの後ろ姿を交互に眺め、瓶に貼られたラベルの文字に目を通す。


「しーどる?うぃんぐ、、ウィングカンパニー!?」


その文字に驚き、驚きのあまりうっかり落としそうになるのを慌てて抱き止める。
それ程になんてことなく渡されたこの酒は中々お目にかかれない、一部マニアの中では有名な酒。

男の鼓動は早まり、耳が熱くなるのを実感できる程に興奮していた。


「すげー…俺こんなん拝める日が来るとは思わなかったわ」


男は瓶を小屋の机の引き出しに大事そうにしまい、少女が消えていった方角をただぼんやり眺めた。









港に降りたのは昼過ぎ。
商品を卸し、空になった台車に購入した物を乗せて行く。


船に戻る頃には空は夕焼けで赤く染まっていた。
荷物を船に置いたウイは、早めの夕食を取ろうと繁華街へと繰り出して行った。

夜の訪れと共に賑わうそこはまだ準備中の店が多く人もまばらだ。
入る店の限られる状況の中、一件の酒場がウイの目に留まる。
窓もなく中の様子を垣間見る事は出来ぬその店。
唯一の入り口である重厚そうなドアには OPENの札は掛かっていても閉ざされたままだった。

一見客を歓迎しそうには到底見えないこの店が気になる理由。
それは外の立て看板に書かれた心惹かれる文字。
ウイは誘われるように重い扉を押し開けた。






「いらっしゃいませ。…お一人ですか?」
「はい」


客が酒も飲めそうもない少女一人であることに店主は多少驚いた様子だった。
しかしウイにカウンターを勧めるとごゆっくりどうぞ、とグラスを拭いていた手を再び動かし始める。

ウイは少し高い椅子に腰を降ろすとメニューに視線を走らせた。
これはウイが最も好きな瞬間。

手書きで綴られたメニューを視線が追う中、徐々に口角が上がっていくのは 店内に漂う匂いと名を連ねる料理名に心が躍ったから。


「すいません、この島の郷土料理とか名産?って何かあります?」
「そうですね…こちらとこちら、一番下のそれなんかはうちのオリジナルメニューなので珍しい物が好きならお勧めですね」


リクエストに沿った店主のオススメメニュー達はウイのストライクゾーンド真ん中。


地場産野菜のバーニャカウダ
近海鮮魚のカルパッチョ
海と山のアクアパッツァ
地鶏親子のおつまみプリン


結局勧められた物を全て頼んだウイは準備に取り掛かる店主の手元をルンルンとした様子で覗き込んだ。

素材としても、料理としても気になる。
特筆した風味はあるのか、組み合わせ、味付け…
ただ美味しいものとお酒が好きなだけ。
目の前で調理される料理を眺めながら 仕上がりを予想し出来上がりを待つ時間。
ウイにとってそれは至福のひとときだった。


「あ、頼んだのに合いそうなお酒のオススメってあります?できればこの島で作ってるものとかだと嬉しいんですけど」
「…失礼ですがお酒を嗜むにはお若く見えるようですが…お茶やジュースもございますよ?」


店主はじと目でウイを見下ろした。
まぁ、当然の反応。
モラルのある店。
金を払うのであれば客を選ばない店等ザラにある。

だが例え社会通念上良識的な店だとしても、だ。
酒を飲みたい未成年側からすればこれは望ましくはない状況である事に間違いない。

だがそんな対応など慣れたもの。
頬杖で隠されたウイの口元はニヤリと笑っていた。


「やっぱりまだ10代でいけます?私。けどちゃんと21歳です。あんまり間違えられると子供っぽいかなってちょっとヘコみます」
「21…?」


店主の疑わしい視線が襲いかかる。

実際は16才。
店主の目利きはあっている。
絶妙な21歳という返し。
あえて酒の許される節目ギリギリの20歳と言わない辺りが本当に童顔の大人の可能性をチラつかせる。


動じもせず飄々とメニューを眺めるウイは知っていた。
ボロを出さずに演じきりさえすれば、赤の他人かつその場限りの人間が自分を子供だと断言する事など不可能だと言うことを。


「それは失礼しました」
「いえいえ」



納得したのか、折れたのか。
理由はさておき酒を出す事を決めた店主はカウンター下の冷蔵庫から一本の瓶を取り出した。


「こちら、ご存知ですか?」


先ほどまでの態度とは打って変わって得意気な顔で店主が出してきた酒に ウイはとても覚えがあった。





「表の看板で見ました」
「ええ。今日の目玉商品です!…ご存知ないかもしれないですが凄く希少な発泡酒でして。今日偶然入手出来て先程私も試飲したのですが──」


高揚しているのか店主の口調は早い。
飲み口や香り、喉ごしや後味、それらが絶妙で素晴らしいと絶賛し是非これがオススメだと熱弁した。


「折角なんですが…他のが飲みたいです。輸入品じゃなくこの島のものとかがあれば」
「は!?あ…失礼しました。地のものもございますが…正直これがある状況で他を選ぶ選択肢がないと言いますか…お料理との組み合わせとしてもオススメですよ?」


近頃は商品を卸す際、ラベルに記載された“ウィングカンパニー”の文字を見るだけで特に品定めもされず不満のない卸値が決まる程になっていた。
確実に、ウイの商品は名を上げてきている。
目の前の顧客からの称賛もまた然り。

誉められる事が嫌いな人間等いない。
飲み慣れた酒を もうしつこいと称しても良いレベルで推してくる店主へ抱く想いは、確実にプラスの感情。
かと言って本日の一杯目をそれにしてしまうつもりもないウイは、心地良い褒め殺しを聞きながらうんうん適当に頷いていた。


「ちなみにそのシードルっておいくらくらいなんですか?」
「お値段気にされてたんですか?それなら問題ないですよ!ボトルなら7000ベリー、グラスだと900ベリーですね。…破格ですよ!?よそだと数万します!本当にオススメなんです!!」


ウイは自分の手掛けた商品の末端市場価値をこの時初めて知る。
卸値から店を介せば介す程値は上がるのが常。
卸した値段のまま一般へ広まれば 問屋や酒場を商う人々は生活出来ない。

勿論それはしっかり理解していた筈のウイも、店主から聞いた数万という値段には一瞬面食らってしまった。

作り手から消費者へ渡る際の一般的な仲介料とは別のそれ。
“いくらなら買うか”という消費者のニーズを天秤にかける価格設定。


この人絶対良い人だ


ウイは物腰穏やかに見えた店主が必死で自分を説得する姿を見て、その人となりに密かに心を打たれた。

数万でも手にとって貰える程の評価を嬉しく思う反面、どこかで誰かが過剰とも言える程に私腹を肥やしている事への複雑な想い。
それが商売、バイヤーと作り手のこれは実際 持ちつ持たれつだ。

ウイもそれをある程度理解しているからこそ 儲けよりもお客様を大事にする店に巡り会えた事を心から喜んでいたりする。
なのでこちらをどうぞ、とカウンターに瓶を置く店主にウイは目を細めた。


「本当にありがとう。…私はこれ、いつでも飲めるので他のお客様に。島では勉強も兼ねてその土地のものを飲めたらなって」
「…いつでも?」


そんな訳ないだろう
何言ってんだこの客は


口にこそ出さぬその心の声が店主の顔にはありありと滲み出ている。
これまでの彼の腰の低さや丁寧さ、客への態度全てを総評しても中々の異常事態と思われるその表情にウイは笑いを堪えながら種明かしをした。


「そのシードルを作っているのは私です。沢山褒めてくださってありがとう」


暫く、店主は無表情のまま固まっていた。
その様子の可笑しさにウイの肩が震える。


「ご迷惑じゃなければ船にあるシードルの在庫、持って来たいなって思いました。飲んでくれる人との間にはあなたみたいな人に入って貰いたい」
「!!!?…は?…え?…ウィングカンパニー??」


おたくが?とでも言わんばかりに手でそれを聞く店主にウイはこくりと頷いた。
顎が外れるほどの驚きの表情を浮かべまたしても暫く固まった後、店主はウイの手を握りそれをブンブンと揺さぶった。







惚れ込んだ酒を手掛けたのが未成年容疑のかかる疑わしい客であったという珍事件。
出会いは衝撃的ではあったが、今や店主とウイの関係はファンと推しだ。

それまでのウイの言動で酒場に何を求めているかを察知した店主は、酒や食事を味見と称して少量ずつ沢山振舞った。











「これなんだ??…ハーブ?香草?すっごく好き!!…もしかしてそもそもマヨネーズじゃない??」
「ディルですディル!そして大正解!サワークリームです!」


すっかり打ち解けた店主とウイは、酒や料理の話で盛り上がる。
“スモークサーモンのポテトサラダ”
この名称にディルやらサワークリームやらをぶっ込んで来る店主のセンスがウイは好きだった。


「最初に頼んだアクアパッツァもですけど!メニュー名で主張しない癖にめっちゃそこ拘ってるところが好き!!」
「あ…気付かれました??拘ってるんですけど、そこ全部名前に出すと何だか煩いじゃないですか」


変な拘りとツボが一致。
これはもう意気投合。
客がウイだけということもあり店主も飲みながら盛り上がる二人はそれはそれは楽しい時間を過ごしていた。


「──ビール人数分とすぐ出せるつまみ2、3品頼む」


貸し切り状態だった店内に他の客が入って来るまでは。

気付けば陽が沈んで大分経つ時刻。
カウンター席で店主と盛り上がるウイの後方にあるテーブル席。
そこに数名の男達が腰を下ろした。


「キャプテン!今日新しく来た船見た?あれ良くない?」
「白っぽくてデカい帆船?」


店員と客に違いない。
違いないがしかし、意気投合し盛り上がり過ぎた結果 他の客が入店した今、これまで通りにはしゃいではいけないような共通認識が二人の間にはあった。

注文を準備する店主と、メニューを眺めながらまだ皿に残るつまみを黙って味わうウイ。


「それ俺も見た!俺らにかかれば何が乗ってようと関係ねぇ!な?キャプテン!!」
「…特にそこは問題ねぇ」


情報収集といえば酒場。
先ほどまでのように 店員との会話は特産品等の情報を得るのにうってつけだ。
だがしかし時に商売とは関係ない有益な情報が得られたりする。


「お待たせいたしました。ビール4つ、お持ちしました」
「…その船の位置は」


店主の言葉を無視して繰り広げられる会話と、彼らのような客の接客にも慣れっこな店主。
一見、味見で出して貰った珍味盛り合わせプレートをどれからつまもうか悩んでいるウイは しっかり耳を背後の会話に集中させていたりする。


「小屋あんじゃん?停泊料取るヤツらの小屋!あれ付近で一番デカいやつ!他ちっこいから多分すぐわかる」
「枝豆と珍味盛り合わせ、塩ダレキャベツでございます」
「すいません、ポテトとカットステーキ、海鮮パエリアください」
「かしこまりました」


頼み過ぎだとかもう出航するなら良いだろうとか、店主を除く男達の会話は一つの主軸とその他が混ざりながら進行していた。
会話の中身が駄々洩れな男達は特に周りを警戒する様子もなく話を続ける。
グラスが重なる音が聞こえた後も、他愛も中身もない男同士の会話が繰り広げられた。


「海賊ではねぇな、客船でもねぇし…中が謎で特定できねぇが問題ねぇ。出航される前にさっさと済ますぞ」


彼らの会話は一部が不可解。
だがしかしそれを置いておいたとしても、聞けば聞くほどある可能性を濃厚にさせていく。


「海賊船には見えなかったけどあんな大きいのに客船じゃないの??2階か3階建てくらいあったよね?」
「問題ねぇなら何でも良いだろ!!あー!!!!やっとこの島ともおさらば出来る!!」


どうやらこの男たちはフリーウィングを盗むつもりでらいるらしい。





どんな偶然だ。
 






船泥棒とその持ち主が、ある程度栄えた街の小さな酒場で同時刻に居合わせた。
確率計算で負けを引く事が実際にはある。
一般的にあり得ない事であったとしても“そんなまさか”と見ないふりをしてはいけない。

ウイにとってこれまで共に旅をして来たフリーウィング号は大切な相棒。
どこの誰とも知らない者にくれてやるつもり等毛頭ない。
ないのだが…

ウイに焦りは微塵もなかった。
この男達の腕がどれ程立とうとも、揺らがぬ『絶対に大丈夫』な確証がウイにはある。

盗みが成功する可能性がゼロであろうと、何かしてくるつもりであるならばその情報収集は怠らない。
人の船を盗もうと言う不届き者たちの顔でも拝んでやろうと、ウイはちらりと後ろを振り返った。







「ええぇっ…!!可愛っ!!熊!!熊が!?なんで熊!!?」
「熊が酒飲んですいません…」


ウイの背後には熊が居た。


「ええええぇええっ…?!喋っ…喋った!!凄い!!え!!?喋れるの?!こんにちは!」
「熊が喋ってすいません…こんにちは…」


熊の船泥棒は意外と低姿勢。
そして服を着、言葉を話し酒を飲んでいる。
更には図体の割に繊細なのか なぜかとてつもなくへこんでいる。


「あ…急に話しかけちゃってごめんなさい。寧ろなんであなたが謝るの??」
「…?喋る熊が不気味じゃないの?」


恐る恐る伏せていた顔を上げる熊にウイは一瞬面食らった。
真っ白い毛皮に真っ黒のつぶらな瞳。
精神状態がそうさせているのか元からか、潤んだ瞳が彼を更に可愛らしく演出する。


「不気味…?うーん、…びっくりはした!なんて言えば良いんだろう、嬉しい?私熊と話した事なくて!」
「…誰だてめぇ。何の用だ」


巨大白熊マスコットに目を輝かせはしゃぐウイを男達の中で一際目付きの悪い男が睨み付けた。
何の前触れもなく見知らぬ人間が関わって来ればこの男じゃなくとも警戒くらいはするだろう。


「まあ落ち着けってキャプテン!女相手にそんな睨まない!!何か可愛いし面白そうだし!飲もうぜ一緒に!」
「そうだそうだ!金も払わず女と飲める絶好の機会を邪魔すんな!」


極当たり前な事を口にした筈の男は仲間達の批判を浴びる。
女と飲みたいだけの仲間たちは危機管理能力が乏しかった。


「え、良いんですか??あの、握手!握手したい私!良い?…わー!肉球が!!もちもち!」


しかし危機管理能力が乏しいのは目付きの悪い“キャプテン”のお仲間だけではないようだ。
この状況では危機感を感じなければならないのは寧ろウイの方。
しかしそんな事などどこ吹く風なウイは 目の前の物珍しい喋る白熊に夢中だった。


「おいベポ。おまえも調子乗んな」
「アイアイ!っていうか…別に調子なんて乗ってないし」
「熊さんベポっていう名前なの?私ウイ!よろしくね」


しれっと始まる自己紹介。
意図せずそれをアシストしてしまった“キャプテン”は指示の通らない仲間たちに目に見える苛立ちを見せた。


「ウイちゃん!俺シャチでーす!」
「ペンギンでーす。グラス持って来いよこっちで飲めば良いじゃん」


“キャプテン”と呼ばれているのに “キャプテン”の筈なのに この男の発言は尽く無視される。
結局席を移ったウイと一行は改めて乾杯し、和気藹々と和やかな酒は進む。
ただ1人、乾杯でグラスを合わせなかった男が会話に混ざる事はなかった。




destruct at reality.