17-26
『ウイ!』
春のお花畑で微睡んでるような、まるでそんな心地。
『おいウイ!』
名前を呼ばれた気がして、でもまだ寝ていたくて。
寝返りを打って起きることを拒絶してみる。
だってこの居心地の良さは抜群過ぎる。
ほんのり暖かくて
眩しくも暗くもないし、硬すぎず柔らか──『いい加減起きろ!!』
なによ。
誰よ、私の幸せタイムを邪魔するのは。
肩を揺さぶられて、眠りの森に戻りかけてた意識が覚醒してしまったのを感じた。
でもまだ戻れそう。
目を閉じて、こうしていれば──『相変わらず寝汚ぇな!ったく』
ん?
この声って
「エー…ス…?」
『お!やっと起きたか!!』
え?
そうだ。
この声…
「!!!」
ガバッと体を起こして辺りを見回せばそこには
テンガロンハットに上半身裸の、見慣れた姿のエースがニカッて笑いながら立ってた。
「な、ななななんで!!?え!?エース生きてたの!?」
『おー!良い反応!!』
ガハガハ笑いながら頭を撫でてくれるエースを前に、瞬きもせずに呆然と立ち尽くした。
一度でも目を閉じたらエースが消えてしまうんじゃないかって、怖くて。
「ねぇ!エースってば!!」
あれは夢だったの?
公開処刑も、頂上決戦も。
どこから…?
混乱した頭は答えを求めてエースの腕を掴む。
エースの腕はちゃんと掴めた。
掴めたけど
冬でも半裸でへっちゃらな程温かかった筈なのに、その腕からは温度を感じない。
冷たいとかでもない。
"無"だ。
それに何かを悟って力を弛めたら、遅れて涙が込み上げて来た。
『生きてはねェ──「やだっ!!聞きたくない!!!」
衝動で腕を投げるように放した。
自分が聞いたくせに、本当に自分勝手。
折角会えたのに、"それ"は聞きたくなかった。
聞かなければ現実にならないかもしれないって、そんな馬鹿みたいな事を本気で思ってた。
『…変わンねェなー。そんなんでこれから大丈夫かよ』
瞬きの間にエースが消えちゃったらどうしようって心配してた筈なのに
気付けば
目を瞑って、耳を塞いでた。
『もう平気な筈だろ。無理して一人で立たなくても、支えてくれるヤツ出来ただろうが』
ここにいる時の私はいつもこう。
そんな事思って、ここがいつものあの真っ白な空間だって遅れて気付く。
『今のウイの世界は、目ぇ背ける程悲惨なもんでもねぇだろ』
今の、私の世界…?
『俺の心臓、おまえにやる。──お前が不安になるような事があれば、遠慮せずそれを握り潰せ』
『もし、そうなれば──責任取っておまえも死ね。ついてこい』
寝惚けてた上にエースの登場で混乱した頭が
眠る前の出来事を脳内で再生しだす。
散々困らせた愛する人。
私を見つめる、お世辞でも良いと言えない鋭い眼差し。
でもそれは思いやりと温もりがぎゅうぎゅうに詰まってるって知ってる。
身内に対しては面倒見は悪くないけど、我ながら酷かった。
落ち着いて思い返せば、自分でも引く。
ないわって思うけど
──あれが長年自分の心に巣食っていたヘドロだ。
そしてそれが
この場所を創った。
皮肉な程にまで真っ白なここを形作るのは、ドロドロに煮詰まった負の感情。
ここは私の心の中。
見たくない、聞きたくない、見せたくないものを閉じ込めた私だけの世界。
現実とは異なるこの空間にあるものは全部──私にとっての真実。
私はもう
"ここ"に閉じ籠っていなくても、守ってくれる人がいる。
一人で生きていくことも
自分で立ち上がる事も出来ないこんなしょうもない私を
求めて愛してくれる人が今は、いるから。
恐る恐る目を開けて、エースの顔を覗き込む。
"アイツに幸せにして貰え"
エースのあの言葉がなければ、きっと私は踏み出せなかった。
エースと過ごした2年間、端から見れば私は
普通を装った精神異常者でしかなかった。
「なん…で、今まで会いに来てくれなかったの?」
それでも
エースを好きだった気持ちは
忘れたくなかった気持ちは
支えられてきた心は
嘘なんかじゃなかった。
「私、ずっと待ってたのに!夢の中でも良いから、もっと早く!!会いに来て欲しかったのに…!!」
眠る前、酔った頭で何度願っただろう。
目が覚めて、思い出す事の出来ない夢の中に
何度エースを探しただろう。
例えそれが私が創り出した虚像でしかなくても
それでも良いから、ずっと──ずっと、ずっと会いたかった。
『だからだよ』
呆れたように、投げられた言葉。
これは私が"作った"ものじゃない。
『夢だろうが何だろうが、俺がいればウイは…進もうとしねぇだろ』
自分に都合良く作った妄想なんかより、その厳しさは比べ物にならない程優しい。
本当にこの人は最後まで
今の今までもずっと、どこまでも優しい人。
『でももう大丈夫みてぇだから。ちゃんといく前に挨拶に来た』
「いくって…どこに!?」
太陽みたいな笑顔が苦味を含む。
「折角会えたのに…またいなくなるの!?」
しょうもない人間っていうのは、どこまで行ってもしょうもない。
エースに散々依存した後私は、それをローに求めた。
それなのに、また触れる事の出来た優しさを求めて
手放したくない心がすがり付こうと手を伸ばす。
ローと生きていくって決めた。
あの人を愛し愛される事を選んだ。
ならば私はもう、この人に甘える資格なんてない。
『ウイ…死んだ人間は、いつまでもこっちには居られねェ』
頭でわかっていても、変わらなかった。
直らなかった。
エースなら言わなくても解ってくれるって
泣きじゃくる子供みたいに、言葉で伝える事もせずにただ顔を覆って横に首を振り続けた。
『ウイはもう大丈夫だ!不能…でもなかったか。アイツがいんだろ?』
「ごめん…なさい…」
会いに来てくれないだけで
きっとエースはずっと傍にいてくれた。
バカみたいに毎晩話しかけてた私の事も
あんなにみっともなく喚き散らした事も
ローに身を委ねた私も、それを私が望んだ事も
全部お見通し。
今更だけど
それがとてつもなく申し訳なく感じて目を伏せた。