17-27
『あ?ルフィから聞いてンだろ?俺が頼んだんだ。気にすんな!』
「でも…!!」
本当に微塵も気にした様子のない笑顔は、エースにその気がなくても汚い心を滅多刺した。
消えない罪悪感は
私にしかわからない心の中っていう場所が、筋の通らない我儘で満ち溢れてる証拠。
ローが好き。
それはもう、隠しようがない。
抑えきれない。
でも私、それでも──エースにいなくなって欲しくない。
『ウイはこっちに来た事ねぇからわかんねぇだろうけど。…まぁ、そういうもんだ!!いつか死んだ時ウイにも解る』
よしよしって、頭を撫でる大きな手が
懐かし過ぎて更に涙を誘った。
よくこうしてくれてた。
嫌な事考えちゃって、気分が落ち込んだ時。
そんな気分になってしまった事も、それに至った経緯も口にするのは憚られて
ズルいからただそんな顔してた。
『ごめんな…結果俺が、巻き込んでウイを苦しめたよな』
「そんなこと…ない!!!全然、ない!!…ないもん!!」
エースはいつでも気付いてくれる。
私の心を軽くしてくれる。
2年間会えなかった間も、それは全然変わってなかった。
「私はエースに出会えて、好きになって貰って、好きになれて、救われたの…!!」
『…それが聞けて良かった』
これだけじゃ足りない。
伝えたかった事なんて、他にも色んな事が山のようにあったのに
なんでいざこうなるとすぐに出てこないんだろう。
他に、他に絶対伝えたい事…
焦りが頭を混乱させて、それは記憶の海に沈んだまま波に揉まれて彷徨ってる。
手繰り寄せた手に触れたありがとうやごめんなさいより、もっと大事なものが沢山あった。
『言わなくても伝わってる。誰かさん、都合よく俺の言う事捏造しては夜な夜な茶番劇やってたろ』
「…!!」
全部筒抜けだったんだろうなって思っては居ても
直接本人に口に出されると恥ずかしすぎる。
ボッと顔に熱が集まるのを、エースは何でもない事みたいに笑いながら見てた。
『見てらんねぇから、さっさとアイツんとこ行けよって思いつつ…嬉しかった』
あぁ、もう。
「エースは…本当に…何て言ったら良いの?…会いに来て欲しかったけど、でもあれは見られたくなかったっていうか…」
『うん』
本当にもう。
「本音しか言ってなかったけど、本当にエースが居てくれたら…言えたかわかんない事もあったから…」
『うん』
纏まらない気持ちを、それでも必死に言葉にするのを
エースはただ穏やかな顔で聞いてくれてた。
「それも全部知ってる上で、それでも…その、嬉しいって言ってくれて…嬉しい?…ホッと、した?…わかんないけど…」
『うん』
本当はもっと気の利いた言葉で、もっと沢山、いっぱい伝えたいのに。
ダメだ。
これが私の精一杯だ。
「本当に、本当に…」
言葉にならないこの想い。
どうせ纏まらないなら、そんな顔しようって思って。
2年分の、いや出会ってから今まで全部のありがとうを込めて。
つらい事も沢山あったエースの人生をあの日まで生き抜いてくれた事への感謝を
こんな私を見つけてくれて、好きになってくれて
こんなに沢山のものをくれた事へのお礼を込めて
「ありがとう…っ!」
自分史上最高の顔で、笑った。
言葉足らずなズルい私の気持ちを、エースはきっと全部
解ってくれるから。
『──まぁ、気にすんな!』
急に目を逸らして鼻の下を人指し指で搔くその仕草に
涙も鼻水も止まらないまま、今度は自然に笑顔が浮かぶ。
「…照れてる」
『煩ぇ』
心なしか赤い顔でジロリとこっちを見下ろしてくるところは、あの日のままのエースだ。
エースが照れれば、なぜか落ち着く私自身も変わってない。
自然と溢れ出てくる気持ちは
「ずっと傍に居てくれて、私の為に色々気を揉ませて、本当に、ごめ──
それは最後まで、紡げなかった。
口を封じたのは、トレードマークって言ってもおかしくない半裸の厚い胸板。
押し潰されるんじゃないかって勢いで抱き締めてくるエースの背中にね
そっと手を回してみたの。
その体は少しだけ、温かい気がした。
「さて…そろそろ行かねぇと」
どのくらいの時間が経ったんだろう。
ただ言葉もなく、抱き締められて抱き締めるだけのその時間。
何か言えば、終わりが近付いてしまうんじゃないかって
なにも言えずにいたのに──
「あっち行ったらオヤジにも謝まんねぇとな!こっちにはいねぇみてぇだし」
頭の上から聞こえてくる声。
それが言うには
パパはもう、成仏?してるらしい。
「あと、母親にも会ってみてえ。それと──」
ずっと心配だったエースが、前向きな心持ちでいる事を喜べば良いのか
私のいる世界を捨てた後の事を話すその口振りに、無理してる雰囲気が微塵もない事を悲しめば良いのか
抱き締められてて助かった。
顔を合わせてたら、どんな顔して良いかわからない。
「父親にも、礼ぐらい言っとかねぇとって…思うように、なった」
まさかの発言。
どんな顔してそれを言ってるのかが逆に気になって、胸を押してその顔を見上げる。
パパのことを、エースは"オヤジ"って呼ぶ。
"父親"って呼ばれたその人はきっと、パパじゃなく
ゴールド・ロジャー。
「生きてた時は、恨みしかなかった。でもこうなって振り返ると俺、良い人生だったって…凄ぇ思う」
見つめてる私に、エースは気付いてる筈。
「ウイに出会えたのも、親父に、兄弟に、仲間達に出会えたのも、俺って人間が生まれて来れたからだろ」
それなのに、エースはこっちを向いてはくれなかった。
「あんな目にあって、そんな人生に揉まれて来たからこそ、…俺は最高の仲間に巡り合えた」
その言葉は
エースの思い出とは違う形で私に届いた。
ふと、想像したの。
私の父様がパパみたいな人で、ノースブルーのあの小さな島で
今も私は大事にされて毎日笑って暮らしてる、有り得ない世界を。
「だから俺はもう、父親を恨んじゃねぇよ」
ずっと父様を恨んできた。
ローに、自分じゃない誰かに、"父様がおかしかった"って認めて貰えて
堂々と母様の死を自分以外のせいに出来る気がした。
でも──
諸悪の根元である父様がもしああじゃなければ
私はローにもエースにも
ベポにもペンギンにもシャチにも、ブラーヴェの皆にも
ベガス聖にもハートの海賊団の皆にも、ロイにも他の皆にも
出会う事はなかった。
急に心が冷える。
エースとまた会えて、引っ掛かってた事を全部取り除いて貰えて
嫌だけど、エースの為でもあるしって
笑顔で見送ろうと思ってた気持ち。
それが、急に現実っていう風に冷やされた。
私はこれまで出会えた皆の事が大好き。
皆がいない人生なんて考えられない。
でも──
これでよかったって、"母様が死んでしまったこの世界"で良かったって
私は心からそう、思えるの…?
『先輩からのアドバイスだ』
エースの言葉に顔を上げた。
でも心の中は上の空。
『死んだ人間は、遺して来た大事なヤツの流す涙が──何よりも一番、キツい』
それは、そうなんだろうなって
エースと話してて、思ったけど
『同じ次元で考えるな。死んだ人間は全部わかってる。──わかった上で、ウイの幸せをただ、願ってる』
それも、わかってるけど
エースは何が言いたいんだ?
『馬鹿な真似した側に同情する訳じゃねぇ。でもな──意地を捨てて本気で自分の中身と向き合う事は他でもない、ウイ自身の為になる』
ただ、思った。
エースが伝えようとしてくれてる事を、私は理解出来てないって。
『全力で突っ込んで行っても、鉄壁の防御が──今のウイにはあるだろ』
気が付けばお別れの挨拶じみて来てる事に
『大丈夫だ!俺が保証する。ウイは呪われてなんかねぇし、あの覇気に副作用なんかねぇよ!』
ちょっと待ってって
それってどういうことって、
聞き返そうとしたのに、声が出ない。
『負けた気がしようが、許された気になって欲しくなかろうが。──ウイが本当に知りたい事に、後悔しねぇ内に手を伸ばせ』
待って!!
まだ、まだ行かないで!
もう少しだけ…
『じゃあ、また"後で"。──夢じゃねぇ証に、明日の朝までで良いから──"日課"、忘れんなよ!』
声だけじゃなく、指の一本すらも動かせなかった。
爪先からつむじに向かって、すっと何かが通り抜ける。
『愛してくれて、ありがとう』
待って!
行かないで!!
ねぇ、待っ───
「──」
眠りと覚醒に両側から引っ張られる
頭の中でぐらぐらぐるぐる渦をまく二色の世界。
私はただ、その微睡みに身を委ねるの。
この綱引きはいつも、眠りの圧勝。
「──ウイ──」
「……ん?」
でもたまに、覚醒側に強く引かれる事がある。
渦間に見える覚醒側の世界には、見慣れた天井とそこに向かって伸ばされた手。
何を掴もうと、手を伸ばしたんだろう。
「おいウイ!──大丈夫か」
伸ばした指が触れたのは、温かくて大きな手。
それがどこかに行ってしまわないように、力を込めて握りしめた。
「魘されてたぞ。…身体、痛むのか」
「え…?」
段々、眠りの世界が消えていく。
いつものポーカーフェイスだけど、心配してくれてるんだろうローが顔を覗き込んできて
目元をぬぐった。
「…っ!!?──!!!」
完全に眠りから覚めて、ローの腕の中で眠っていた事に気付いて
ローも自分も服を着てないのも、なんでそうなってるのかも
色々思い出される昨晩の出来事は、顔から火が出るくらいの恥ずかしさを生んだ。
慌てて布団を手繰り寄せて胸元を隠す。
「その様子じゃ、大丈夫そうだな」
「えっと…、あの…、うん」
なんだこの色気は。
バクバク煩い鼓動に慣れて来て、今も私の抱き枕状態になってるローを見上げた。
起き抜けのローから醸し出されるそれは、半端ない。
まだ少し眠そうに見える目と、いつもより掠れてる気のする低い声。
ぴったりくっついてる肌と肌の感触に、反対側の目元も拭ってくれる大きな──ん?
触れる指が濡れてる気がして
それはローの指じゃなく、自分の目がそうした事に気付く。
私、泣いてたの?
そういえば魘されてたって…そうだ。何かに手を伸ばした。
夢…?
違う、あの白い──
無意識。
ガバッて音がするくらい。
凄い勢いで飛び起きて、辺りを見渡した。
そこは見慣れた自分の部屋。
いつも通りの空間。
今までだって見えなかった。
でも、もう
──本当にエースは、ここに居ない。
そう思ったら
何もない、それがどこかもわからない空間を呆然と見つめながら
折角拭って貰った目にはまた涙が溢れてた。