17-37




たまにはジャンバールを休ませる日がある。

月に1、2回ぐれぇだけど。
朝飯の準備だけだけど。

そんな日はこれまで通り俺が台所を取り仕切ってる。


偶然その日が今日だった。


どうせ何を作っても比べられる。
今やプロ級の腕前になったジャンバールの飯と。

だからこんな日はいつも簡単なもので済ませんだけど
今日はウイがいる。








アイツだけだ。
旨い旨い言って食ってくれんのは。


たまには少し張り切ろうかと冷蔵庫を物色していたら、早朝にも関わらず廊下に誰かの気配を感じた。


誰かまではわからないものの、慣れた気配である事には違いなくて
特に気にせず飯の仕度を続行すれば──


「あれ?キャプテン。早くね?飯まだ──
「今から寝る。俺とウイの朝飯はいらねぇ」











…。











「…随分お熱い夜だったようで」
「昼間と違って邪魔が入んねぇからな」


照れも隠しもしないキャプテンは何て事もないように平然とそう言ってのけるけど


…マジで今までずっと?


引くっつーか、流石に昨日脱処女したばかりのウイ相手にそれはちょっとやりすぎな気もしなくもねぇような…。

本人達がそれで良いなら兄ちゃん何も口出ししねぇけど。


冷蔵庫から冷えた水を取り出してそれを飲み干すキャプテンは、ただそれだけで絵になる。

起き抜け…寝不足の方か。
そんな雰囲気の色濃い今は特に、フェロモンみてぇなのを普段以上に発してる気がした。


「昼までには起きる」
「りょうかーい。おやすみー」


欠伸を噛み殺しながら食堂を出て、ウイの元へ戻るだろうキャプテンの背中は
前より更に頼もしくなった気がした。


常日頃頼りがいがありすぎて忘れがちだけど
キャプテンは一応俺より年下でたまに心配に思う事があるような、そんな人種だ。

危なっかしいとかそういうんじゃなく、上手く言えねぇけど何かが欠けてたようなそんな感じ。


ドフラミンゴの件も、他のクルー達の手前そう思った事は伏せてはいたけど
まさか死ぬつもりじゃねぇよなって、ちょっと心配だった。


でももう、キャプテンからその心配の元が綺麗に消えた気がしてほっとした。






もう片方の腐れ縁の幼馴染みは逆に、危うさが増した気がしなくもねぇんだけど。








「今夜は朝まで寝かせねぇよ…!!」
「眠らないわ…!!」


ヒューヒュー煩い食堂の中。
お調子者のクルー達が誰かさん達の声色を真似ながら繰り広げる茶番劇。

その中心で、涼しい顔でそれを受け流すキャプテンと
真っ赤な顔で悶絶するウイ。


「まさか本当に朝までヤり続けるとか俺神話かと思ってた!」
「キャプテンマジ絶倫!!」


そうね。
私も勢いだけの戯言の部類かと思ってたわ。


「あれ?でも副船長も前朝帰りした時一睡もしてねぇとか言ってませんでしたっけ??」
「そうだっけ?」













何て事ないように話に混ざってるこの人を最近、気にかけてしまう自分がいる。

それはキャプテン達の話になった時とか
昨日一緒にポーカーをしてた時とか。

目に見えて落ち込んだり様子がおかしかったりはないんだけど、なんだか心配っていうか何て言うか。





きっと誰の助けも求めてないんだろうし、そのうち自分で上手く消化する。

そういう人だってわかってはいるんだけど






『それしちゃったらさ、本当に終わっちゃう気がして──』






あの日夜の海を見つめながらそう言った副船長の横顔がどうしても時折頭にチラついた。


だって、それってつまり副船長は





まだ終わらせたくないって事でしょう?















結局、昨日の朝の再来になった騒がしい食堂でお昼ご飯を食べて片付けも一段落した時
ウイと少し話がしたいと思った。


そのうち皆も飽きるわよって声をかけて、それから──










…やめよう。
お節介でしかないわ。


一昨日あの場にいた副船長をウイはもう振ったようなものだし
まさか直球でなんて言える訳ないけど、言えたとしてもウイに出来る事なんて何もない。


余計な事言ってウイが悩む状況を、副船長は望んでないでしょうし。










でも何だかモヤモヤする。


バンッ!!


「トラ男!!いるか!!?」


そんな時、食堂のドアを物凄い勢いで開けて入って来たのは
麦わら一味の船医のトナカイ。


何事だろうって気になったけど
あからさまに身を乗り出して嫌な顔をしたベポの反応も同じくらい、不思議に思った。





「どうしたトニー屋」
「モモがまた苦しみ出して…もう見てらんないんだ!!」


やっと皆がからかうのに飽きてくれた頃、食堂の扉を蹴り飛ばして入って来たのはチョッパーだった。


「すぐ行く」
「わ、私も行く!!」


昨日聞いた、モモの助くんの話。
ワノクニのお侍さんみたいなんだけど、数日前からずっと頭が痛くて寝込んでるって。

原因も不明なら鎮痛剤も効かないらしくて、ローに見て貰ってもそれは謎のまま。
せめて少しでも楽になればって、昨日温室で育ててたしっぷ草をわけてあげた。


そっか。
薬も効かないんじゃあんなスースーする草ごときじゃ楽にもならないよね。


ローと顔を見合わせて頷くと、先にモモの助くんの元へと駆け出したチョッパーの後を追った。










「ねぇロー。そんな、原因不明の、激しい頭痛って、よくある事なの?」
「そうあることじゃねぇが、既存の疾患ではねぇ事は確かだ」


走りながらだから息が切れる。
それなのに隣のローは涼しい顔だ。


なんでこの人、こんな全速力で走りながら普通に話せるんだろ。


改めてローの化け物じみた身体能力に感心しつつも、まだ会ったことのないモモの助くんの容体が気になった。


ローとチョッパー、二人のお医者さんが診察した上での原因不明。


"既存の"ってことは
何か今の医学で解明されていないような病気なのかな。


何の力にもなれなそうだけど心配で。
なんでだろう、行かなきゃって思ったの。

私はモモの助くんのところに行かなきゃいけないって
強くそう、思ったの。





昔話をしましょうか。


あれはまだ私が、幸せでいる事に我慢や諦めが必要だと知らなかった頃の話。
愛する人とただそこに居てくれるだけで周りが明るくなるような、可愛い可愛い私の娘。

そんな大切な家族との毎日がただ幸せだった。


私の可愛い宝物は、それはそれは
ただ可愛いだけではなかったわ。

お乳を上手く吸ってくれずに大泣きされた事も
目眩がする程眠たくて仕方ないのに、夜中に何度も泣いて起きてしまうあなたを抱き上げた事も
今では良い思い出。

使用人達は私に休めと言ってきたわ。
それが自分たちの仕事なのだから、あなたのお世話を任せろって。

でもね、私嫌だったの。
あなたを誰にも貸してあげたくなかったの。

あなたが泣いた時、抱き上げて泣き止む存在は私でありたかった。
どんなに大変で疲れても、何日困った状況が続いても
それは二度と訪れないあなたとの大切な時間だったから。


初めて声を出して笑った日
初めて寝返りをした日
自分では戻れなくて仰向けに戻してあげては、あなたはすぐにまた寝返っては泣いていたわね。

初めておすわりが出来た日も
初めて立てた日も
初めてママと呼んでくれた日、初めて着る服を自分で決めたいと言った日
初めてお友達が出来た日、初めて母の日にカーネーションをくれた日…


初めても、二度目も、何回目でも
あなたの成長は何にもかえがたい私の喜びだった。






そんな中でも、私の愛した人は少しずつ変わっていった。

気付いていたのに、気付かないふりをした。


私とあなたを思っての事だから
疲れているだけだから
そうやって誤魔化して来た報いは、ある日突然襲って来た。


私が我慢すれば良いと思っていたの。
私が上手くやれれば、それで皆は幸せだって。


それがあなたから、無邪気な笑顔を奪ってしまう事になるとは思わなかった。

まだ幼いのに、素直な気持ちの、ありのままを発散させたい年頃でしょうに
優しいあなたは私を気遣って、我慢して、無理に笑って、私を元気付けてくれたわね。



本当に優しくて、聡くて、賢い子。
私の大切な宝物。

私はあなたの翼になりたかった。
あなたが自由に羽ばたける翼に。


傍にいてあげたいって何度も思ったわ。





でも
これで良かったって思う気持ちにも、嘘はないのよ?




destruct at reality.