5-10




「死なせねぇ」


その言葉にシュウは顔を上げる。
必死で涙を堪えぎゅっと握りしめられた手は震えていた。


「俺は医者だ。約束する、絶対アイツを死なせねぇ」


シュウの目には
屈んで目線を合わせそう話すローの姿が、約束だと自分たちを励まし続けたウイのそれと重なって見えた。
鼻をすすり頷くと、ローはそのまま言葉を続ける。


「お前はともかく、チビ二人にはどう言えば良い。…俺はガキの扱いは分からねぇ」
「…俺が話す。だから、リュウとユウも一緒にウイの所に連れていってくれ!」
「分かった」


弟妹を連れてこいと言われたシュウは甲板へ出ていくと、両手に彼らをぶら下げたベポと共にリビングへと戻った。
ローが彼らを連れウイの眠る部屋のドアを開けると、またしても彼女は息を荒げ悪夢に魘されている。

ベッドに駆け寄ったシュウが布団の上に投げ出された手を握ると、不思議なほどあっさりとその呼吸は落ち着いた。
ベポから下ろされた二人も、ベッドで眠るウイの元へと駆けていく。


「お姉ちゃんありがとう。早く元気になってね!」
「ユウが居るから怖くないよ!大丈夫よ!よしよーし」


リュウはウイの手を握る兄の手にそれを重ね、未だ目を覚まさぬ彼女へと語りかけ
ユウはウイの頭を、人形にでもそうするように撫で続けた。


そんな微笑ましい光景の脇で、点滴の準備をするローはそれに邪魔な子供達にどけろと声をかけるが
リュウはふるふると首を振り握ったウイの手を離そうとはしない。

ローにとって小さな子供は未知の生物。
理屈の通用しないだろうそれを無理にどかせて泣かれでもしたら面倒だと、ただため息をついた。

その様子にシュウが弟を抱えその場を譲る。
案外すんなり#name1#の手を離したリュウと枕元で依然として頭を撫で続けるユウの注目が集まる中
ローがウイの腕に点滴の針を射した。


「「痛っ!」」
「お前らには射してねぇ」


綺麗にハモった声に突っ込みを入れるローに、二人は顔を見合わせてケタケタと笑う。
いつ泣きどこで笑うのかも謎な子供達は、ローにとって地味に脅威であった。

針をテープで固定してベッドサイドを離れるローを、シュウがじっと見つめていた。




「なんだ?」
「ウイから預かってたものがある」


その視線に気付いたローがかけた声に、シュウはごそごそとポケットから何かを取り出しそれをつきだした。


「ベポにってウイは言ってたけど、なんとなくあんたに渡した方が良い気がした」


それを目に入れたローとベポの動きが止まる。
砂時計のようにも見えるそれにはしっかりと"ウォーターセブン"の刻印があった。


「キャプテン、それ…」
「なんでこれをアイツが?」


それは彼らが探し求めていたガレーラカンパニーのある島を指すエターナルログポース。
それはローの手の中でただ同じ方向を指し続ける。


「それは知らない。けどウイが、明日船に届けろって。大事な物だって言ってた」


そう話すシュウは実際嘘等付いていないのだが、それを知らぬローは疑うような視線を彼へと向ける。
だがローから見ても、その言動には嘘を付いている者特有のそれは感じられず
彼が嘘を付く動機も見当たらなかった。


「俺から渡したらサプライズになるって言ってた。あの時も何か変な気はしたけど…怪我してたなら嘘かなって」


シュウから聞いた情報を元に、ローはウイがいつこれを入手したのかを推測する。

出かける前は勿論所持している筈はなく、エターナルログポースを扱う店にもそれはなかった。
飲食店で偶然手に入るとも思えず、それに加えて自分から捕まりに行ったらしい状況。

ローの頭の中で、彼女がこれを入手しただろう場所は一つに絞られた。


「まさかウイ…この為に?」
「これは本格的に…説教だな」


ベポも同じ予測を立てたようだ。
そう考えれば、彼らの中で不可解だった事の辻褄が全て合う。
実際その予測が正解なのだからそれは当然なのだが。


「なんで説教なんだよ!ウイが何したって言うんだよ」


状況が読み込めぬシュウは、頼まれたとは言え自分がそれを渡したせいで恩人が説教をされる事態は避けたいようだ。


「…したな」
「…したね」


怒りよりも呆れの滲み出たその態度に疑問符を浮かべたシュウの頭を、ローがくしゃりと撫でた。
気にすんな、と。


そんな中を年少二人組は相変わらず看病に精を出しており
安眠出来る環境ではない筈のやや煩いそこでウイは、すやすやと寝息を立てていた。



「明日も来て良い?」


日も暮れて来た頃、家の人が心配するからというベポの説得に嫌々ながらも応じた子供たちは
帰りがけにそんな事を口にする。


「目を覚ましたら呼んでやる」
「やだ!来る!!」


子供達のそれは、確認という名の宣言だったようだ。
出会った当初はローに怯えていた子供達はすっかり気を許したのか
今では遠慮なく我儘を言い、拒否は許さないと睨み付けている。


「…勝手にしろ」
「わーい!!また明日ね!お兄ちゃん!」


シュウに手を引かれながらユウは笑顔で手を振った。
その驚異的な変わり身の早さに、何ともやりずらさを感じるローが頭を搔く。


「なんかあのユウってチビ、ウイに似てね?」
「ユウが似てるってよりウイがガキっぽいだけだろ」


ペンギンにシャチが入れた突っ込みに、ローはただ納得した。
予測出来ない行動は、子供特有の突拍子のなさや無邪気さと同類なように彼は思えたらしい。


昼過ぎ頃、シャチとペンギンは爛々と輝く顔で札束という手土産を握り締め船へと戻ってきた。
あの海賊達の中には何人か首に値を付けた者が混ざっており、彼らは気の済むまで報復を行った後
それを海軍へ引き渡した。


子供達も帰った事で、彼らはその報告と仕入れて来た情報を共有する為ウイの眠る部屋へと向かう。
日中ずっと落ち着いていた彼女は、少し離れた隙に再び悪夢の中を彷徨い魘されていた。

それに驚き駆けよったローが手を握ると、少しずつその呼吸は落ち着いていき
やがてまたすやすやと穏やかな寝息をたてる。


「なんか…本当にやべぇんだな」
「さっきまで普通に寝てたのに…」


魘されているウイを初めて見たシャチとペンギンが、彼女の顔を覗きこみながらそう溢した。
尋常ではないその様子を心配に思うものの、ローの手を握りしめそれにすがるように眠るウイの姿に
シャチは思わず吹き出してしまう。


「甘えん坊かよ…!!良かったな!キャプテン」
「あー…でもそうかも」


ペンギンが視線を上に向け真面目な顔でそう呟いた。
思い当たる節があるらしいペンギンに、視線が集中した。




「うんやっぱそうだわ。なんか納得ー」


自分だけが納得し完結したペンギンの一人言。
なるほどねと、彼は人差し指でウイの頬を突っついた。
それにギロりとローの睨みが飛ぶ。


「え?あぁ悪ぃ!ついうっかり。まぁ落ち着けって!」


それに気付いたペンギンが手を離し距離を取った。
両手を上げ、降参と言わんばかりに。

追撃がない事にほっと胸を撫で下ろした彼が、未だ継続する睨みをどうにかしようと口を開く。


「俺さ、ウイにちょっかい出すなって言われてたじゃん?」


ペンギンの話しは、言い付けを守りその"ちょっかい"を出さなくなってからウイの様子がおかしくなったと続いた。
顔色を伺われていたと言うか、寂しそうと言うか。

試しにローの居ない所でゆで卵の殻を剥くウイをこっそり後ろから抱き締め味見を乞うと、普段なら決してつまみ食いを許さないウイが少し嬉しそうな表情を見せた上に
ゆで卵を丸々一つくれたらしい。


「寂しかったんだろうねー、俺に構って貰えなくて。…つまりウイはスキンシップが好き。多分」


仕方ねぇなと笑うペンギンは、その説明で全てが丸く収まったと思っていた。
頬をつついたのも、人肌を求める彼女への看病だと納得して貰えたと。

説明の中で暴露されたウイに抱きついた件も、彼に構われぬ事を寂しく感じたらしいウイの話も
勿論ローは面白くない。

収まらぬ睨みにペンギンは落ち着けと弁明した。


「大体俺、キャプテンとウイにさっさとくっついて欲しくてベタベタしてた訳じゃん?そんな怒る必要ねぇっしょ」


自分は敵でははないと、味方だとそう告げるペンギンにもローの苛立ちは収まらない。
ペンギンにその気がなくとも、構われたいと願うのならばウイの方はペンギンに好意を寄せているのではという可能性が、彼を未だ不機嫌のままにさせていた。

その様子に苦笑いするしかないベポが、仕方なく仲間に助け船を出した。


「そういえばウイを拐った連中から何か情報得られたの?」






「そうそれ!そっちのが大事っしょ!あのね──」


ペンギンは中々頭の中身がおめでたい。
新しい話題があればすぐそちらに意識が向く。

けろっと全てをなかった事にした彼が話し始めた報告に、まだ苛立ちの収まらぬローは取り敢えず耳を傾けた。







二人が山小屋に乗り込むと、そこは藻抜けの空。
海賊達の姿はなかったという。


「心臓返して欲しくないのかなー」


シャチがわざとらしく小屋の外で声を張り上げ、放り投げた心臓入りの包みに腰かける。
すると辺りの茂みからうめき声と共に男達が姿を現した。
それを二人がちぎっては投げ、ちぎっては投げ…

本当に大した腕もなかった海賊達は呆気なく全員がお縄に付いたと言う。
シャチとペンギンが昨晩何があったのかを問いただせば、男達の顔は途端に恐怖に歪みその口は揃ってこう言った。


得体の知れぬ禍々しい心地だったと。
空気の震えのような、電気のような物が全身に走り
呼吸も思うように出来なければ何かに圧倒され抗う事も出来ず意識を失った、と。


「どっかで聞いたようなセリフだな」


丁度先日クルー達から聞いた覚えのあった内容に、ローは彼らの顔を見やる。


「俺は呼ばれたような…探されたような感覚はあった気もするが別に悪い気はしなかった」
「「「いやキャプテンののろけは良いよ」」」


3人の声が揃った。
至極真剣な感想がそう捉えられるのが癪に障るのは、今思い返せばその感覚に悪い気がしないから。
かと言って惚気たつもりのないローは不服だとばかりにクルー達を睨み付ける。


「俺も…圧倒されるような感じはあった気もするけど、禍々しいとかじゃなかった気がする」
「空気が振動とかは、俺そう感じたな!」


不機嫌な船長にものともしないウイの態度はクルー達にも徐々に移りつつあった。

スルーだ。

何食わぬ顔でベポとシャチは当時のことを思い返し、ペンギンに至ってはもう覚えていないと肩を竦める。


「…まぁ良い。だが恐らく今回も"それ"が原因だろう」
「魘されてるのとかこの熱も、それのせいなのかな」
「いや…それは違う…」


歯切れ悪く、だがしかし否定したその言葉に
クルー達の視線がローに集まった。






destruct at reality.