5-12


ローは話した。
山小屋に到着した時のウイの様子を。
譫言の事を。


「まぁ…ただ夢見が悪ぃだけって可能性も考えらんなくはねぇけどな」
「それより。…一番重要なのがこれだ」


シャチが何とも言えぬ表情で眠るウイを見つめる中
ローはポケットから、ウォーターセブンのエターナルログポースを取り出し彼らに見せる。


「おお!!?それどうしたんだよ?!」
「ウイが昨晩シュウに預けて、さっき受け取った」


状況を理解しきれぬシャチとペンギンに、推測ではあるがほぼ確定だろうそれをローは話した。









「じゃあなに?ウイこれの為にわざとアイツらに捕まったってこと?」


口調こそ普段の気の抜けた物ではあるものの、ペンギンが憤りを感じている事はその場にいる全員が気付いていた。
しかし、それは他の者も同じこと。

必要なもので、探していたもの。
だとしても。
こんな手段でウォーターセブンへのログポースを入手する事は、誰一人望んではいなかった。


「恐らく、な。いやほぼ確定だ。この件に関しては目を覚ましたら説教だ。お前らからも言ってやれ」
「そうね。そうさせてもらう」


ペンギンの苛立ちのこもった目が宙を睨む。
への字に結ばれた口元にも、今はまだどこにもぶつけられぬ怒りが滲み出ていた。
シャチとベポもそれに頷く。


「あの変な力の件も好きに言及して構わねぇ。ただ、ガタガタ震えてたことや譫言の件は黙ってろ」


タイミングを見てそこはローが探りを入れると言う。
彼らが言いたい事もそこではないようで、それに3人が揃って頷いた。


「俺はこいつに付いている。ガキの件があるから出航はウイが目を覚ました後だ。それまでは自由にしてろ」


これは恐らく、案に出ていけと。
そう言いたいのだろう。

付き合いの長い彼らはその遠回しな主張に即座に気付く。
お邪魔虫は退散しますーとおどけたペンギンに続いて、シャチとベポも部屋を後にした。




翌日も、午前中から船を訪れた三兄弟。
まだウイの目が覚めぬことを聞いた瞬間こそその表情は曇ったものの
前日と同様にウイを囲み、彼らなりの看病に奮闘した。

ローも子供たちが居る間は、付き添いを彼らに任せその時間を風呂や休息にあてていた。








「明日も来るね!バイバーイ!」


夕刻、すっかり慣れた様子の子供達は船を後にした。
小さい子どもの思考と大人のそれは異なる。
だとしても、一日中意識のない人間の手を握り頭を撫で声をかけるというのは
決して"楽しい事"ではないだろう。

にこにこと楽しんでいるように見えはしても、その内心は不安に違いない。


「キャプテン、今日は俺が付いてるから少しはちゃんと寝なよ」


夜も更けた頃、ベポが替えのタオルを持ってローの部屋を訪れた。
ローはベッドに腰かけ
片手でウイの手を握り、もう片方の手で器用に本のページを捲っている。
それを拒否した彼の目には普段以上の隈が鎮座していた。

それもその筈。
ローはウイがこうなってから、子ども達のいる時間以外はウイに付きっきりだ。
まともに休める時間がまるでない。


「そんな調子じゃキャプテンが倒れちゃうよ!ほら俺熊だし!俺ならキャプテンも安心でしょ?」


人間の男なら独占欲の強いこの男は彼女の付き添いを決して譲らないだろうと
船長の体調を気にしたクルー達の話し合の結果、こうしてベポがやってきた。
そんなベポの言葉を、ローはウイの寝顔をじっと見つめながら聞いていた。


「目を覚ました時傍に居てぇだけだ。俺は問題ねぇ。…気を揉ませて悪かったな」


そんなローの様子を、ベポは何も言えずに眺める事しか出来ない。
それは言葉を失ってしまう程、彼が知る"キャプテン"と同一人物とは思えない言動であったから。

ベポは日に日にローが変わっているように思えた。
素直で親しみやすい、良い方向へと。


そんなに堂々とのろけられれば、ベポも何も言えない。
それが例え白熊であろうと、他者のいる空間でローはウイの髪を優しい手つきで撫でている。


きっと優しい顔、してるんだろうな。
そんな事を思いながら、ローの背中に無理しないよう声をかけたベポは部屋を後にした。



今朝方からウイの熱は引き始めていた。
解熱したとはいねぇが、38度は越えない程度。
とはいえ未だ繋いだ手を離せばウイは魘されてる。
手を握るだけで不思議と落ち着くこの女。
正直点滴を替えるだけでも一苦労だ。

でもそれが必要とされているように思えて悪い気がしねぇ俺の方も、重症だと思う。


熱は下がってきても、呼び掛けや外的刺激への反応はねぇ。
もう二日だ。
こいつがこうなって。


長く感じるそれは実はそうでもなくて、それなのにもうウイの声を久しく聞いてねぇ気になる。
最後に見た意識のあるこいつの顔は、焦点の定まらない虚ろな目をしてた。
普段どれだけこっちが苛立ちを表に出そうとけらけら笑ってるあの顔が、懐かしく思えた。


まだウイと会ってからそんなに経ってねぇ。
ひと月かそのくらいだ。

それなのに、今こうして物足りなさを感じる程に自分を侵食して来るこの女という存在は
もう脅威だ。
今までこいつのいねぇ世界での自分が、何をどう考え日常を過ごしていたのかを思い出せねぇ。


本人に一応確認はするが
ウイは恐らく、エターナルログポースを手に入れる為に敢えて海賊達に捕まりに行った。
過ごせる時間が期限未定の延長になった矢先、早速その期限が決まった。

ガレーラカンパニーまで乗せて欲しいというこっちの要望を、アイツは二つ返事で了承した。
自分も一緒に居たいと、そう言った。


それは口先だけの事で、早く俺らと手を切りたいと
そう思われてたんだろうか。


海賊にはならない。
でも一緒に居たい。
それによって負うデカいリスクをものともしねぇ。
だがそれを終わらせる為に、有り得ねぇ危険を侵す。


「お前は一体何がしてぇんだ」


謎でしかない。
いつも潔く、何の躊躇いもなくそれをやってのけるせいで
そういうものかと流されかけた。

見落としたのか隠されてンのかは知らねぇが、矛盾するウイの行動の裏には
確実に"何か"がある。

これはバカの奇行とは種類が違ぇ気がする。


人の気も知らねぇですやすや寝息を立てるその輪郭をそっと指でなぞれば
ウイがくすぐったそうに身を捩った。




まだ寝るには早い。
何もねぇ時ですらこんな時間には寝ねぇ。

だがクルー達に心配される程酷ぇ顔してんのなら、寝れる時は寝ておくべきなんだろう。
手さえ握っていればウイは魘されねぇ。
何かあればどうせ目も覚める。


そう思って本を閉じ部屋の明かりを落とすと、そんな一瞬ですら消えた人肌にウイの顔が不満気に歪む。
俺を探すように布団の上を彷徨う手に、まだそこまで気を緩めて良い状況じゃねぇのに
つい笑ってしまった。


夢見が悪いのは本人にとって心地好くはないんだろうが、熱も下がって来た事でそこまで病状を重要視してなかったんだろう。
自分を求めるウイの手に満たされる物を感じそれを楽しんでいたら
罰が当たった。


届かねぇだろうと油断していた所で捕まったのは左手。
左手に掴まれた左手。

それだけならまだしも、女の力とはいえ勢いよく引かれたせいでバランスを崩しシーツに着いた右手すらもウイの右手に捕まった。
妙な体勢で。


ちょっとした力で振りほどけるそれは、中々しつこく絡み付いて来る。
本気でそうすれば簡単に逃れられるそれを、出来ずにいる自分がいた。

相変わらず閉じられたままの目蓋は意識を取り戻した訳ではねぇ事を物語っていて
そんな中背を反った体勢で両手を拘束され、それを振りほどけないこの状況は過酷過ぎる。


どんなに鍛えていても、明日の朝までこれは無理だ。


不自然な姿勢を維持するために、おかしな筋肉に負担をかけるくらいなら
さっさと手を振りほどいてしまえば良い。
それなのに、それが出来ない。

今、クルー達が部屋の扉を開けない事を切に願った。


くそだせぇ。
ださすぎる。
この体勢もこうしてる理由も。


どうしたものかと考えつつも、楽じゃねぇ体勢に堪えつつも
この体勢を取らざるを得なくなった奥に付いた手に擦り寄るように顔をこすりつけて眠るウイに口元が歪む。


頭抱える状況でも、それが嫌じゃねぇんだ。


「…こんだけ看病してやってんだ。礼ぐらい貰ってもそこに罰は当たんねぇだろ──タクト」


この体勢を打破する為に能力を使った。
ルームの中で、本人の意識と重力を無視してウイの体が宙を浮く。


その下に体を滑り込ませ能力を解くと、心地好い温もりと重さを感じた。



「ん…?」


ここ、どこ?


暖かくて、心地よくて。
なんだか安心する。

昔、こんな所に居た事があるような気がする。
懐かしいな。


これは一体何なんだろう。
ここは一体、どこなんだろう。





どくん──どくん、どくん





まだ覚醒しきってない、微睡んでる自覚のある頭に
ゆっくりだけど、力強い規則的な音が響いた。

重い目蓋を持ち上げれば、そこには肌色。
肌の色。
人の。

そこに黒?なんだこの模様。


意識を浮上させる為に捩った体が、何かに押さえつけられてて動けない。
顔を上げると、そこには


「ぅ…わぁあぁっ!!」
「ってぇな」


ローが寝てた。

動けなかったのは体を覆うローの腕のせいで、聞こえた音はローの心臓の音だったみたいで、そこにまず驚いて。
断片的過ぎる情報を必死で整理してたら行き着いた今の状況に、気付けば叫んでた。


「…もう少しマシな起き方はできねぇのか」


突然アッパー食らって寝起きで騒がれたら、それは不機嫌になると思う。


でもなんで私ローと寝てるの。


「体調は?」


体に回されてた手が額に触れる。
何だか近過ぎる気のする距離感に、自然と体が後ずさった。


「それは大丈夫だけど…え?なんで?なんでこんな事なってるの」
「言っとくがしがみついて離れなかったのはお前だからな」


なんですと。
驚きしかなければ覚えてもない。


重すぎるため息を吐きながら教えてくれた話によれば、私は治療を終えて寝てしまってから高熱で意識がなかったらしい。
更には誰かに手を握っていて貰わないと魘されっぱなしだったと。


「いや本当にご迷惑をお掛けしまくったみたいで…なんていうかごめんなさいありがとうすいません」


ベッドから降りて点滴を片付けてるローに土下座で謝った。
その話は後だって、何か素っ気ない気のするローはそれっきり何にも言わない。


怒ってるのかな。
そりゃ怒るか。
ベッド3日間占領したあげく、手を握って貰わないと魘されて煩いとか確実に面倒臭い。


申し訳ない事しちゃったなって、少し居心地の悪い空間でぼんやり
ローの背中を眺めてた。




destruct at reality.