「私海賊ってもっと極悪人っぽいのかと思ってた。ごめん偏見だったね」
「悪くてナンボの世の中だ!寧ろもっと怖がれ!」
彼らはハートの海賊団という海賊らしい。
「わーシャチこわーい。超こわーい」
「演技力ゼロかよ。寧ろ大根演技の巧さに笑うわ」
キャプテンと呼ばれる自己紹介未済の男はローというらしい。
勝手に名前を教えたことに関しては本人が睨みを利かせ不満の意を表していたが 特に咎める訳ではないらしい。
かと言ってローが一同の会話に加わる事はなかった。
船長のロー、海賊団のクルーであるシャチとペンギンと白熊のベポ。
それがウイが酒を酌み交わしている彼らの名前。
「あ、そうそう。はいこれどうぞ」
なんてことない会話を楽しみ 酒も進む。
そんな中ウイはローの前に一本の鍵を置いた。
その状況を皆理解できず なんだこれとでも言いたげな視線がウイに集中する。
「さっきの聞こえちゃった。船が欲しいんでしょ?貸したげるよ」
「…話が読めねぇ」
元から目付きの悪いローの眼光は今までのそれと比ではない程に鋭さを増し、ウイを睨み付けた。
「さっき話してた船は私の船だよ。1日10万ベリーで貸したげる」
「てめぇみてぇなガキが船なんて持てる訳ねえだろうが」
「失礼だな…私21歳!立派な大人!稼ぎだってちゃんとあるよ!」
「「「…ぇぇええっ!!?」」」
クルー達の大声が店内に木霊する。
ベポは椅子からずり落ち、シャチは目玉が落ちる程に目を見開き、ペンギンに至っては持っていたグラスを落とした。
特にリアクションのないローも、一応驚いてはいるのか無反応のまま固まっている。
「っていうかあれウイの船なの!?じゃあ他のにしよう!知り合っちゃったら船なんて盗れないよ!」
「お前も何鍵なんて渡してんだよ!俺ら海賊って言ったろ?!金払うどころかそのままトンズラすっから普通!」
少しの間とはいえ彼らも彼らなりに気を許したということなのだろう、恐らく。
つまりは 何を言ってるんだよ状態はそちらこそ、である。
海賊なら黙って実行。
嗜めるどころか、犯行予告すらすべきではない。
お互いの状況も行動も 有り得なさ過ぎてどこから突っ込めば良いかがもう不明な会話はそれでも続く。
「何が狙いだ。…海賊相手にそんな“お約束”が守られるなんて思ってねぇだろ流石に」
「大丈夫!絶対返しに来てくれるから!守られない約束なんて持ちかけないでしょ?流石に」
海賊に持ち物、それも移動手段で拠点で尚且高額な船を狙われている割には 確かにウイの様子には余裕が見える。
血迷った末の選択ではないと思わせる受け答え。
しかしローにとってもここまで都合が良ければ疑いたくなるのも当然の話。
だがなぜだろう。
どうしても目の前の女にローは脅威を感じられなかった。
「…俺らにとっては渡りに船だ。面倒なく船が手に入るならこれに乗らねぇ理由はねぇ」
「人の話聞いてる?“貸す”んだってば。…気を付けてね」
鍵を受け取り立ち上がるローの目をウイは見つめた。
数秒間重なった視線を先に解いたのはローの方。
そうしていても答えは見出せないと悟りでもしたのか、ローはカウンターに金を置き振り向きもせずに店を出ていった。
他のクルー達はチラチラとウイを気にかけながらも 船長を追わないという選択肢はないらしい。
申し訳なさそうな表情を浮かべながらも結局はローの後を追い店を出ていった。
言うことは聞かないのに着いていく。
不思議な主従関係だ。
「…良いんですか?色々と聞こえてしまったのですが」
ローから受け取った金を数える店主がウイに声をかけた。
「大丈夫…だと良いんだけど…本当に大丈夫かな」
「知りませんよ。全く…」
せめてもの礼のつもりなのか、ローはウイの分の会計も済ませて行ったようだった。
その支払状況を聞いたウイの苦笑いに苦味が増す。
話が違うのだ。
本当に。
こんな海賊をウイは見たことも聞いたこともなかった。
「正気の沙汰とは思えませんね。やっぱり才能のある方は少し感覚が一般とズレているんでしょうか…」
「私?私ズレてた?あ!!お酒!!まぁ全部飲まれちゃう事もない…あ!!宿取らなきゃじゃん!!!!」
店主の言葉に引き摺られるように、芋づる式に色々と現実に気がついたウイは空の皿とグラスが散らばるテーブルに突っ伏した。
シードルの在庫をこの店に持ってくる筈であった事と 今夜も船の自室で眠る予定だった事は今日明日中は実現されそうもない。
面倒くさ、と項垂れるウイに店主は2階の空き部屋を提供してくれた。
仕込みが間に合わない時などに店主が使う簡素な仮眠室。
「え、じゃあもうここで寝るだけなら多少飲み過ぎても問題ないってこと…??」
「自分でお膳立てしておいて自棄酒するなんて酔狂な人、中々いませんけどね。どうぞご自由に」
船の件に関してはウイは苦笑いでしかリアクションを返さない。
ウイの心の内と店主の解釈は大きく異なるのだが それは数日か数時間後にわかる話。
大分多めに支払いを済ませたローのおかげで本日のウイの宿代はタダとのこと。
日付が変わる頃、宣言通り結構な酒を飲んだウイは簡易的なベッドとシャワーが備え付けられた2階の部屋で横になる。
久しぶりの波で揺れる事のない寝床で 結局飲み過ぎた酒のせいで揺れる心地を味わいながら睡魔に誘われるウイは彼らを想った。
「大丈夫かな…まぁ、なるようにしかならないか!寝よ!」
心配しない事はないらしいが 結局はこの程度の心配。
ウイが眠りに付いた頃、島付近の沖合いではハートの海賊団の悲鳴と怒号が響き渡っていた。
「キャ、キャプテーン!!この船、やっぱり…!!おかしくねぇ!!?」
「うるせぇッ!!良いから黙って帆を畳め!!」
「アイアイキャプテンー!ぅえっぷ!なん、でこんなに、揺れる、んだこの船!!」
海賊と言うからには彼らも海を航海して来た。
それなりに海を進む能力は兼ね備えている。
しかし今正に彼らが操縦する船が乗る波と受ける風 それは、常識を逸していた。
「おわっ!!大渦!!?やべぇぞ巻き込まれる!!なんで急に…っ!!?」
「キャプテーン!!なんか…船室の明かりが!付いたり消えたり!!不気味にも程があんだろうが…っ!!」
荒れた海の航海は危機を感じる。
だが今現在彼らを襲うのは それとプラスαの超常現象。
「帰ろうよキャプテン!この船絶対おかしいって!!ウイに返そう!!返そうよ!!!」
「これ以上沖に出たら死ぬ!!戻る前に死ぬ!!絶対死ぬ!!!」
海は勿論荒れている。
そして何だが奇妙。
まるで彼らを振り落とそうとするかのように揺さぶってくる船は 彼らの心を同じ方向へと導いた。
「あの女…ったく、こういう事かよ」
ローは舌を打ち島へ引き返す事を決断する。
戻る際、舵を取らなくとも船が勝手に船主の待つ島へと辿り着いた事も不気味な現象の一つであった。
「説明して貰おうか。…あれは一体なんだ」
「おはよー。なんだ…思ったより早かったね」
朝目が覚めて身支度を整え階下に降りると、店舗の一階では店主がウイに朝食を用意してくれていた。
パンにチーズを乗せてトーストしたものとサラダ、店のメニューの中でも朝食として出されても抵抗のないツマミ類。
ある程度の期間自分で自分の食事を用意した事がある人にしか分かり得ない喜び。
人に作って貰う食事が格別だということ。
食べるまで何が出てくるのかどんな味なのかが分からないドキドキ。
それが美味しければ尚嬉しい。
そんな幸せな朝食を頂き、淹れて貰った美味しいコーヒーを啜りながら和やかな朝の時間を堪能していたウイと店主。
繁華街は客の通りが最も少ない時刻だというのに、店の扉は開いた。
そして不機嫌全開で店に立ち入って来た男が発した言葉がさっきのあれだ。
爽やかな朝。
それなのに突然入ってきた目付きの悪い長身の男は水浸しで湿っぽい上に 悪い目付きを更に何割か増しに悪くしながら重苦しい空気を背負って詰め寄って来る。
後ろに控えるニ人と一匹も同じくその姿はずぶ濡れで 見るからにげっそりしながら何とか自分の足でその場に立っていた。
「話がうますぎるとは思ったが…なんだあの怪奇現象は」
「やっぱりそうだった?なんでかあの船、私以外が乗るとそうなるみたいで」
「曰く付きなら先に話せ」
「言って信じてくれたの?ごめん、なんかそういうの信じなそうに見えたから」
ウイの見立ても実際の対応も 現実がこうであったならベストチョイス。
それは頭に血が昇っているローも認めたくはないものの理解出来ていた。
不可解でしかなかった“持ちかけられた貸すという取引”も、“船主が船を狙う海賊に鍵を渡す行為”も。
「ひどいよウイ!俺たち海の藻屑になるところだったよ!」
「皆って盗んだ船が色々とおかしかったとしても引き返したりできるの?」
まぁ でもごめんねと謝りつつも特に気にする様子もなくコーヒーを飲むウイを、彼らはどう思ったのだろう。
特殊かつ不可解な状況ではあるものの ウイと彼らの関係性が悪いものではないと解釈したのだろう。
店主が彼らにも朝食を勧めた。
しかし過労と船酔いとでそれどころではないクルー達は水だけ貰って椅子に雪崩落ちる。
「ったく…受けとれ」
「なにこれ」
「約束の金だ」
ウイの座るカウンターのすぐ横に、賃料と思われるお札と昨夜渡した鍵が置かれた。
その後すぐ店主から受け取った水を口に含み椅子へと沈み込むローの疲労困憊具合は相当のものだ。
フリーウィング号のじゃじゃ馬ぶりは中々のものだったらしい。
ウイは船を彼らに盗まれるとは思っていなかった。
船が戻って来る事を確信していた。
だがしかし不信感を煽る為に適当にでっちあげた契約が履行されるとまでは思っていなかった。
最悪乗り捨てられたフリーウィングが戻ってきた所を回収しようと思っていたくらいだ。
「ウイここに居てくれて良かったよ。今から町中の宿探し回らなきゃいけなかったかと思うと考えただけでぞっとする」
「ここ泊めてもらえたのか?良かったな!」
不信感を煽る為に、引き返して貰う為に貸し出された鍵。
とは言え相当な目にあったにも関わらず彼らはそれをウイに返しに来た。
本当に どこまでもらしくない海賊。
これではまるで ちょっとヤンチャな良い人。
ウイの彼らに対する印象は 関われば関わるほど良くなっていく。
前提と期待を軽々上回ってくる彼らの事がウイは気になった。
「ねえ、盗もうとしてたってことは船が欲しいんでしょ?普通に買ったら?」
「…出来るならやってる」
ローの態度は分かりきった事を態々言ってくるなとでも言いたげ。
無視こそしないものの 聞き手を尊重しようとは考えていない事が言葉の端々に滲み出ている。
状況も理由も伝える気はないただの返答。
対照的にクルー達の方はウイに対して昨晩と変わらず良い印象を抱いているようだった。
「キャプテンが賞金首でちょっと有名なんだ」
「海賊相手だと通報されんだよ海軍に。売ってくれると思わせてからの騙し討ちマジやべぇ」
「逃げ切っても警戒されるしね、暫く。普通に面倒臭ぇ」
「悪かったな」
「「「本当にな(ね)」」」
確かにこの島は治安が良かった。
島と海軍とがよほど良い関係を築いているのだろう。
島と関係のある船を狙えば、乗組員や乗客を排除し追手を撒ける距離まで進む前に海軍が出てくる。
殆ど訪れない島と何の関係もない個人の船をハートの海賊団は心待ちにしていた。
「ねえ、私が海賊でも船を作ってくれる島まで乗せてこうか?」
「「「「……は?」」」」
恐ろしい程に息がぴったり。
表情まで仲良く揃えた4人の目がウイを凝視していた。
「…今度はなに企んでやがる」
「有難い話だけどちょっとあの船にはもう乗りたくないっていうか…」
「私が乗ってれば大丈夫だよ?」
船主を乗せてさえいればなんて事ない普通の船。
問題はローの発した言葉の方。
根本にあったのは善意らしいが一度謀られた側からすれば今回のそれにも裏がある気がするのは当然だろう。
海賊相手に親切を働くだけでも不可思議。
「この辺りじゃどこ行ってもそう変わらねぇ。俺たちはグランドラインを目指す。あそこなら海賊もそう珍しくもねぇからな」
「本当に!!?私もいつかはグランドラインに入ろうと思ってたの!私は別に良いよ?」
向かう場所までの距離や道中に問題があったのだが、それはウイにとって特に問題ではなかったらしい。
この場にいる一人を除いて皆の意見が一致していることは明らかだったのだが、やはり決定は船長へ委ねられる。
頬杖をつきながら目を閉じ、中指でコツコツとこめかみの辺りを叩きながら考え込むその男に。
「あ、嫌なら良いよ全然!遠慮なく断って!このままここで良い船見つかるまで粘りたいなら」
ロー達の船が大破し、この島で新しい船を盗もうと画策し始めて早ひと月。
盗めるような船自体も滅多に現れなければ 現れたとしてもそれが上手くいく確証はない。
かといって昨日出会ったばかりの、尚且一癖ありそうな小娘の船に乗るのはどうなのか。
ローは頭を悩ませた。
「…悪ぃな、世話になる」
「「「ぃやったーぁッッ!!」」」
ローの一言で、先程までの疲れきった様子はどこへやら。
クルー達は椅子から立ち上がりハイタッチをかましていた。
隠すことなく船長の決定を喜ぶ彼らを眺めるウイも その顔はどこか嬉しそう。
決断を下したローだけが相変わらず無表情のまま椅子に深く腰掛けていた。
「なら決まりね?都合が良ければ明日の昼にでも出港したいんだけど」
「問題ねぇ」
「良かった!お願いしたいこともあるから、明日10時頃フリーウィング号で待ち合わせ。良い?」
「ありがとうウイ!楽しみー」
疲れきったハートの海賊団を店に残し、ウイは出港の準備の為船へと戻っていった。
フリーウィングは広い。
だが急に四人も人が増えるとなるとそれなりに準備は必要で。
新しい事が始まりそうなわくわくする気持ちを胸に抱え船へと戻るウイの足取りは、羽のように軽かった。
これが全ての始まり。
始まりはこんな些細な、どこにでもあるような偶然でしかなかった。
5本の糸はこの後も、絡まり、捻れ、糸を増やし
物語を紡いでいく。
「明日から忙しくなりそう…!」
朝の太陽はまだ穏やかで、吹く風は馴染みの潮の香りを運んでくる。
笑いあり、涙あり、怒りあり、喜び、悲しみ…
そんな彼らの物語が今ここに、幕を開ける。