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「あ!おーい!!こっちこっちー!!」
「ウイー!」


船着場に停泊するフリーウィング号の甲板で、街の方を眺めていたウイは見知った4つの人影を見つけ声を上げる。
正確には3人と1匹の影。

その数える単位が人ではない方が、犬であったなら尻尾ブンブン状態で駆けてきた。
後ろに続く2人も、手を振りながらフリーウィングへと向かってくる。


「ウイ、これからよろしくね!」
「こちらこそ!待ってたよー。荷物少ないね、それだけ?」


梯子板を港に渡すウイは、想像以上に身軽な彼らを不思議そうに眺めた。


「船ごと流されちゃったから」
「そっかー。まあ手ぶらでも生きてはいけるから大丈夫だよ!乗って乗ってー!」


海賊団一向が船に乗り込むと、ウイガイドによる船内の案内が始まった。
一昨日彼らがここに足を踏み入れた時はゆっくり見て回る余裕等なかったから。

地上から地下まで全てのスペースを説明し終えたウイは、地下2階全域と地上2階の空き部屋の方を自由に使って良いと彼らに伝えた。
ハートの海賊団が少ない荷物を置いてきたのを確認した船主は4本のこよりを握りしめ得意気に仁王立つ。


「はい!くじ引き!!赤いのついてる人は買い出し係で、何も付いてない人は私のお手伝い!」


さあ、引きたまえ!とそれは突き出された。


テンションに付いていけないローは面倒臭さを隠しもせず 仕方なさそうにそれを引く。
赤だ。
他のクルー達は負けず劣らずのテンションでこよりを引いては思い思いのリアクションを取っていた。
ローとベポが買い出し。
シャチとペンギンは手伝いだ。


「じゃあこれ!買い出しリストね!超大量だから台車2つ持っていってー!」


ウイはベポにメモを渡すと甲板にある倉庫から大きな台車を2つ出してきた。

ここはこの見るからに楽しそうな少女の船。耳を済ませばその小さな体からルンルンと愉快な音でも聞こえて来そう。
ここに乗せていただく以上、船主であるウイがルール。
ハートの海賊団は原則ウイに従うべきなのだろう。
一般論として。


とは言え、ベポからひったくったメモにびっしり書かれた物品名の羅列にローは頭を抱えたくなった。


「…行くぞ」
「アイアイ!」


一人は項垂れながらもう一人はうきうきと 買い出し組は商店街へと消えていった。






「すごい量だよね、キャプテン!なんか布とか石とか瓶とかもあるし。何に使うんだろう?」
「知るか」


金も渡さずに買い出しを命じられる。
それは支払いまでもを任されたも同義。
購入するものが生活必需品であればこうも不満は感じなかっただろう。
8割方使途不明な非生活必需品台車2台分を初日にたかってくる女。
ローはその厚かましさに深いため息を吐いた。

ローとて別に金に困っている訳ではない。
金よりも船を入手できる事の方が重要。
海軍と仲良しこよしなこの島を脱出させてくれるというだけで大助かりだ。

だが最初からこれでは先が思いやられるのも事実。
先の事を考え頭を痛める船長を尻目に一軒目の店を見つけたベポが店主に購入する物を伝えていた。
すると店主は店の奥へと消えていき そこから持ってきた段ボールを2つベポの台車へと乗せる。


「あ、キャプテン!なんかウイ取り置いてたみたい!次行こう次!」


段ボール二箱程度はこの白熊にはないに等しい重量。
空の台車と何ら変わらないように颯爽と歩くベポの後ろ姿を視界に写す長身の男は 何ともいえない表情を浮かべていた。

商店街を突き進むベポは次々と指定された店で荷物を受け取っていく。
次の店も その次の店も 商品は既に準備されており支払いも済んでいた。


「本当凄い量。これ一体いくらするんだろ。ウイはお金持ちなんだね!」


ただ素直に感想を述べるベポに対し 仏頂面のポーカーフェイスを崩さないローは改めて荷物を見渡した。

運ぶだけにしても確かに量は多い。
依頼されたのは結構な重労働。
ただ荷物に対して思うのは 運搬の負荷とは違う別のこと。

使途不明な物を除いた食料や日用品の量は船旅とは言え一人分にしては明らかに多い。
既に支払われているらしい代金は後から徴収されのが有力。
その代金は妥当か不当か、要求すらして来ない可能性もゼロとは言い難い。
知り合ってまだ日が浅いウイの行動パターンが ローにはまだ読めなかった。
そして現状、船主の彼女はローの中の一般的の範囲には入っていない。

この船長、不透明な状況が大の苦手。
待ち受けるのものは白でも黒でも喧嘩上等かかってこいな性分。
だが一歩先に足場があるかすら分からない道を 二日前に知り合ったばかりの得体の知れない女のペースで進まされるこの状況は、ストレスでしかない。

悩ましい状況には違いない。
そうであっても重い事が確実なこの台車を引いて船までの長い道のりを歩くという選択肢はこの男にはないようだ。


「…ルーム、シャンブルズ」




バシャーンッッ!!!
「「げっ!!」」




瞬く間に実に沢山の事が起こった。


「……おい。どういう状況だこれは」


ずぶ濡れでこめかみに青筋を浮かべる男と 開いた口が塞がらない状態で目をぱちくりさせている船主。
やっちまった顔で怒りを発している人物を見れずにいる男×2と 全ての状況を察してやれやれと呆れ顔の白熊。


「どういう状況はそっちこそでしょ。え?…見間違いとかじゃ…ないんだよなきっと、うん。…え?どういうこと??」


突然フリーウィング号の甲板に現れたローとベポ。
信じ難くともそれは実際に起きたこと。
だがしかし、この現象は常識と照らし合わせれば有り得る筈のない出来事。

うんうん唸りながら思考の沼に沈んでいくウイの後ろで、抱き合い怯える男が二人。


「…手伝いとやらはどうした」
「終わった!とっくに!」
「やった!ちゃんと!マジでやった!!手伝った!ホントに!!」


信じて貰おうと必死な二人は手伝いの内訳を事細かに説明する。
鉄拳制裁が飛んでくる前に少しでも弁解したい二人は よく舌を噛まないものだと感心する程の早口でこなした雑用を並び立てた。


「嘘じゃねぇって!!な?!ウイ!」
「…マジック?…どういう仕組み??…え、わかんない。ホントわかんない」


ウイの両肩を掴みガクガク揺さぶりながら無実を訴える二人とは裏腹に、急に現れたロー達に興味関心を持っていかれている誰かさんはまるで話を聞いていない。


「ウイ!おまえどんな感覚ならこの状況で無視できんだよ!話聞けって!な?!俺ら手伝ったよな!ちゃんと!」
「え?あー…うん。手伝ってもらってたら水風船見つけたから折角だから遊んでたんだけど…」


流石にここまでされれば必死な彼らの存在も意識の片隅くらいには入るらしい。
だがしかし それは今現在シャチとペンギンがどんな表情で何を思っているか等察してあげられる程の存在感ではない。
したがってウイの口から語られるのは期待されたオブラートや誤魔化しのないただの事実。

ギギギギ、と音がする程のぎこちなさで顔を向けようとするシャチとそれを待ち構える不機嫌全開の水も滴る良い男。
ペンギンに至ってはこの場を逃れられやしないかと少しずつ現場から遠ざかろうとしていた。


ローとベポがフリーウィング号に現れる前、そこで何が起きていたのかを説明しておこう。一応。

ウイの手伝いを済ませたあと、ペンギンは偶然発見した水風船に水を入れそれをシャチへ投げつけた。
それを見たウイは目を輝かせ いそいそと水風船を量産仕始める。
どんどん貯まっていくカラフルな球体に、ぶつけた方もぶつけられた方も異論はないのか 蛇口に取り付ける係と口を結ぶ係へと自然と収まり…
在庫を全て作り終えたタイミングで雪合戦ならぬ水風船合戦のゴングが鳴った。

キャーキャーわーわーはしゃぐ彼らを船着き場の男は微笑ましそうに眺めていた。
最終奥義!とウイが残った水風船をバケツごとペンギンの方へと放った瞬間
二人の間に落ちていた木の葉はロー達と入れ替わった。

後はお察し、である。
空中に投げ出された水風船達はその軌道を進み 突如現れた障害物に当たって割れた、と。


「…人コキ使っといて随分楽しそうじゃねぇか」
「ごめんごめん!早かったね、ありがとう助かった!で??なにさっきの!なんで何もないとこから急に出てきたの??」


男は米神に青筋を浮かべどこからどう見ても不機嫌を全面的にアピールしている。
だがしかし、この世にはこういう人間を特に気にしない性分の女も居るようだ。
不機嫌ハラスメントの当事者はこんな相手がとても苦手。

なんでどうしてと遠慮なく詰め寄ってくるウイと戦うことを、ローは早々に諦めた。
よって相性の悪い敵へは無視という選択肢を選び 攻撃が通用する相手を睨みつけては船尾の方へと去っていく。


「?―――じゃあそろそろ出港しよっか!」


どうしたんだろうくらいには思ったようだが所詮はその程度。
ウイは台車の上の荷物が全て揃っているのを確認すると何事もなかったかのように彼らを振り返った。


「ウイ…おまえすげぇな」
「この子無敵なのかも」


暫く機嫌は悪そうではあるものの 不機嫌絶頂での説教を免れる事が出来た二人は
ラスボスを退けた割にあまり強そうには見えない救世主を呆然と見下ろした。
我らが船長のアレはこう対処すれば良いのかと 割とよく怒られる彼らは思ったとか思わなかったとか。


「??ほら!錨巻き上げる係と帆を張ってくる係よろしく!さっさと船だしてお昼にしよう!」


凄く無敵な船主はきっと 他の関心のある事が勝って細かい事がどうでも良くなっている。
重労働な方の出港準備を二人と一匹に任せたウイは梯子板をしまい船着場の男に挨拶を済ませると船室の中へと入っていった。





「じゃあこれからよろしくねって事で!かんぱーい!!」
「「「かんぱーい!!!」」」


一人を除いた明るい声が飛び交う船内では 昼間にも関わらず酒が酌み交わされていた。
一人フルボトル一本の直飲み。

色々と突っ込みたくなるところはあるが 1名を除く彼らは海賊でここは海の上。
それに彼らにとってこれは嗜む程度のアルコールだ。
行儀の悪さや節度の無さは目を瞑って欲しい。


いつの間に準備されていた人数分の食事。
肉感たっぷりのボロネーゼと、シーフードがゴロゴロのったサラダ。
ここで済めばちょっとお洒落なカフェのランチであったものの タイニングテーブルの中央に堂々と鎮座する海産物の乾き物はその雰囲気をいとも簡単にぶち壊した。
一本であれば溶け込めた酒のボトル×5も相まってここがお洒落なカフェではない事はもう確定だ。


「なにこれこの酒旨っ!!ウィン…ウィングカンパニー!!?は!!?マジか!!」
「ウィングカンパニーってあの?!俺初めて!初めて飲んだ!すげぇ!!」


乾杯の一口を盛大に呷った彼らは喉を通る炭酸の刺激が引いた後、その酒の味とボトルのラベルに大層驚いた。
はしゃぐ彼らにほっこりした表情を浮かべたウイが中々に豪快な量のサラダを頬張り満足そうに頷く。
質量の割に嵩張る性質とはいえ よく口にねじ込めたなと感心するレベルの葉物野菜は咀嚼され飲み込まれていった。


「皆もこれ知ってたんだ。シードルもご飯も沢山あるよ!食べて食べて」
「てかこの飯ウイの手料理?こっちも凄い旨くてびっくりしてる」


おうよ!と返事をしようとしたと思われるウイは今度はボロネーゼをもぐもぐと頬張りながら親指を突き立てた。
くぐもった母音でしかない返事はジェスチャーも相まって彼らにちゃんと伝わったらしい。


「おおおお!!やべぇ俺女子の手料理初めてかも!!」
「ウイはいいお嫁さんになれるね。すっごい美味しいよありがとう」
「ホント?嬉しいありがとう!でも照れる!取り敢えずあと10回ずつ言って」


褒めのおかわり要求に爆笑する陽気な海賊ニ名としっかりリクエストに応えて10回褒めちぎる一匹。
出港して初めての食事だというのに既に彼らの雰囲気は和気藹々としていた。
ただ一人を除いては。


「キャプテンもなんか言ったら?ウイの飯どうよ」
「旨い」


黙々と皿の上の食事を胃に収めていたローが発した言葉に海賊団ズが全員ピシリと固まった。
ポジティブな言葉を期待したからこそ、ペンギンはローにそのネタを振ったのだ。
故に彼らが一瞬呼吸を忘れたのはローが予想に反する反応をしたからではない。


「ほんとー?良かった〜」


固まっていない内の一人はまたしても褒められた事に喜び上機嫌で酒瓶を傾ける。
固まらせた方の一人は相変わらず食事に全集中。

予想した方向の、角度がそれを超えてきた方。
目の前の食事にマイナス評価が付く筈がない事は実食済みの彼らが一番わかっていた。

だがしかしその張本人はローで
感想と言うより本人を前にしてのそれはもう“褒め”で
その“褒め”た相手はついさっきローの逆鱗に触れた相手で
それが一般人相手なら最強無敵の不機嫌アピールが通用せずに退却を余儀なくされた原因を作った人物。

ローの中でウイの印象はとてつもなく最悪なのだろうとクルー達は思っていた。


(((それなのに旨いとか言っちゃうんだ)))


「おかわりあるよ?いる?」
「頼む」


外野が唖然としている割に当の本人達はなんてことなく接している。

絶対に通常ではない異常事態。
取り越し苦労の気まずさを背負った白熊はなんとか会話を切り出そうと口を開いた。


「あ、ねぇ!ウイはお家がお金持ちだったりするの?実は貴族とか??この船もだしこのシードルもだし…!!凄いねぇ!」
「…」


ローのおかわりである茹で上がったパスタとミートソースをボウルで和えていたウイの手が止まる。
動作だけではなく表情までもがピシリと固まったウイの顔が表す感情はまさに“無”。


「ウイ?どしたの?そう!あの買い物だって凄いお金かかったでしょ?ちゃんとキャプテンに請求してね!!」
「え、あぁ…いや、別に良いよ」


読めない表情と声色。
まだ付き合いが浅いとはいえ、ウイの様子はそれまで彼らが知っている“普段のウイ”とは別物。
良い質問ではなかった事が明白な空気に白熊の肝を冷やした。



destruct at reality.