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最後だ。
これでダメなら、最初に決めていた通り、彼女のことは今は諦めよう。
最後の足掻きだ。
「分かってんだろ本当は。俺がお前をどう思ってるのか。」
たった一言、ウイが何に反応したのか。
何が彼女を殻に閉じ込めてしまったのかは正直分からない。
ただ、お前が俺のことを必要としてくれているのか
それだけで良い。
応えてくれ。
「俺の気持ちは、お前にとって迷惑か。」
ウイは宙に浮かせていた視線を瞼の裏にしまって
そのまま動かなかった。
あまり長い時間ではなかったかもしれない。
ただ俺には
その時間が
数十分にも一時間にも感じられた。
自分の心臓が脈打つ音や、固唾を飲む音
ウイの瞼が微かに揺れるその仕草や
彼女が吐き出す息の音まで
細かいことの一つ一つを
大事件かなにかのように感じていた。
「言ったでしょ。ローが、私のことを仲間だと思ってくれているのが嬉しい。迷惑な訳、ないじゃない。」
ウイが、そう言って笑った。
まだ未練がましく先ほどの思いを引きずっているのか
どこもおかしいところがないはずの彼女の笑顔が
つらそうに見えた。
だめだ。
これは、俺の負けだ。
こんな風に無理に笑顔を作らせたい訳じゃない。
支えたい。
力になりたい。
守りたい。
先ほどまで垣間見せてくれていた
素直な、素顔の彼女を
ちゃんと守れるように。
強くなって
彼女を守れるだけの力と器を身に付けて
そして必ず、
本当のウイを迎えに来よう。
好きだからこそ
愛しているからこそ
大切だからこそ
今は彼女のしたいようにしよう。
「分かった。お前はどこに居ようと何してようと、俺の仲間だ。」
ウイの頭を撫でてやると、彼女は嬉しそうに笑った。
これで良い。
自分でもそう決めていた筈だ。
「今日はもう休め。」
「うん。お休みなさい。」
横になり布団に入った彼女の首もとまでそれを引き上げてやると、もう一度だけ
彼女の頭を撫でて部屋を後にした。
ドフラミンゴを討たねばならない理由が
この日、もう一つ増えた。
ごめんなさい。
本当に、本当にごめんなさい。
そしてありがとう。
ローが部屋の明かりを消して出ていくと
なんだか部屋の温度まで下がってしまったのではないかと思うほど
寒くて、寂しく感じた。
ローは、今日はもう戻ってこないだろうか。
我が物顔でベッドを占領しているものの、
ここは彼の部屋だ。
寝るのならば、この部屋だろう。
でもローはきっと今日はもうこの部屋へは来ない。
私があんなことしたから、
ローを傷付けてしまったから。
だから、少しだけ。
誰も来ないから
誰も見ていないから
堪えていた物が溢れ出す。
鼻先が熱い。
目にたまった水分が落ちて、枕に染みを作る。
私、嫌じゃなかった。
ローにキスされて、嫌じゃなかった。
ローの舌が唇も、口の中も、隅々まで全部舐め回るのが
きっとロイに触られた所を全部消すためにそうしてるんだって思ったら
ローがそういう風に思ってくれてるのが
私嬉しかった。
舌から伝わるローの体温が
ローの唾液の味が
ローの吐息が
私を求めるようなローの目が
私のからだの芯を熱くして
とろけてなくなってしまうんじゃないかと思った。
ローがキスがうまいのも、あるんだろうけど
そういうことじゃなくて、
ローを感じられるのが、嬉しかった。
私、ローのこと
ローのことを、好きなんだ。
ローのキスが嫌じゃなかったのも
ローのにおいを恋しく感じたのも
皆のことを思い出すときにいつでもローの顔が真っ先に浮かんだのも
何を考えていてもローに関連付けてしまっていたのも
全部ローが好きだったからなんだ。
そしてローも、
私のことを好きでいてくれたんだ。
酔ってたとか
からかってたとか
誰でも良かったとか
そういうことじゃなくて
私だったから
あんなことしたんだ。
今思えば、確かにそうなのかもと思えるようなことがたくさんあった。
ローの目が優しかったのも
私のワガママをきいてくれていたのも
ペンギンと居るとどこか機嫌が悪いことが多かったのも
全部そうだったんだ。
私はあんなに
格好良くて
強くて
優しいローに
愛されてたんだ。
明日から私はどんな顔をしてローに会えば良いんだろう。
好きだって気付いて
好かれてるって分かって
気付かないふりをして
逃げた。
私が気付いているのを分かってて
あんな、ローの気持ちを否定するような
ずるくてひどい逃げ方をしたのに。
それなのにローは
全部分かった上で
仲間だって
変わらないって言ってくれて
頭を撫でてくれた。
あのまま、ローの腕に飛び込んでしまえたら
どんなに幸せだったんだろう。
彼の気持ちを受け入れて
私も好きだって伝えられたら
ローはどんな顔をしたのかな。
「お前だって父親と母親が愛し合って生まれてきたんだろう。」
ダメだ。
それだけは絶対にダメだ。
大好きだから
かけがえのない人だから
ローの気持ちを受け入れることなんてできない。
とても幸せだろう。
ハートの海賊団の潜水艦で色々な所を一緒に旅をして
皆でご飯を食べて
一緒にゲームをして
お酒を飲んで
食べ歩きをしたり
探検したり
鍛練に付き合ったり
皆がいて、ローがいて。
ふざけて、笑って、たまに怒られて
どんなに幸せだろう。
幸せだからこそ
幸せだろうからこそ
そんな思いを味わったら
失ったときに耐えられない。
好きなんて
愛なんて
一番脆くて壊れやすい関係じゃないか。
そんなの仲間よりも、
全然簡単に壊れてしまう関係だ。
ローは優しい。
きっと、ローは私への気持ちがいつか冷めてしまっても
船から追い出すことはしないだろう。
でも、そうなった私はローにとって邪魔だろう。
気を使って過ごすうちに
絶対に私を疎ましく思う。
大好きだからこそ、
いつかそんな風に思われてしまうことが
怖い。
仲間になることを考えた時よりも
何倍も何十倍も、怖い。
忘れよう。
ローも、仲間として思ってくれると言ってくれた。
彼らと離れて、たまにでもまた会えて
一緒にいれなくても、離れていても
大切に思われていた方が、幸せだ。
私が、忘れたら良いだけだ。
きっとローは
身近に物珍しい異性がいるから、
私のことが好きだと思っただけだ。
あんな別れ方をして、奇跡的に再開できたから
気持ちが盛り上がってるだけだ。
ローの周りには綺麗で素敵な女の人がいくらだっている。
暫くすれば、気持ちだって落ち着く。
私のことなんて、すぐ忘れてしまう。
私は大丈夫。
隠し事は、得意だ。
最初はつらくても、すぐに慣れる。
何が本当で、何が嘘だか、すぐに分からなくなる。
できる。
だから今だけ、
明日の朝目が覚めたら、ちゃんとするから。
だから
今少しだけだけ。
ローのことを想って
実現することのない幸せな未来を想像して
涙を流すことを許してください。
「あ、おはよう!」
「早いな。」
次の日の朝、早朝にローは部屋に戻って来た。
やっぱりローは、昨日は戻ってこなかった。
リビングで眠らせてしまったのだろうか。
「昨日いっぱい寝ちゃったから早く目ー覚めちゃった。ごめんね、私ベッド占領しちゃって。部屋戻るよ。」
「構わねえ。朝はなんか食えそうか。」
「うん!お腹減っちゃった。」
ローは、悲しくなるくらい
いつも通りだ。
私も、ちゃんといつも通りにできてる。
やっぱり部屋には戻った方が良いだろう。
いつまでもローに甘えてる訳にはいかない。
そう思ってベッドから降りて立ち上がろうとした。
(え、うそ……足が!)
「危ねぇっ!!」
「ひゃぁ!」
足に力が入らなくて、倒れ混んでしまったところを、寸でのところでローが支えてくれた。
鼻先には、昨日も感じたローのにおい。
「あはは、ごめん。」
「だから寝てろって言ってんだろ。ったく。」
私はどれだけの間、歩いていなかったんだろう。
自分の足じゃないみたいだ。
ローはそれが分かってたから、構わないって言ってくれてたのか。
ぎゅっ
背中に回ったローの腕に力がこもる。
あったかい。
ダメだって分かってるのに。
この腕を振りほどけない。
もう片方の手で髪の毛を撫でてくれるのを感じる。
頭の上に、顎を乗せてるみたい。
ふふ。
髭がちくちくするや。
「俺の気持ちは、ずっと変わらねえから。」
そんなの嘘だよ。
忘れて良いよ。
でもありがとう。
その言葉を支えに
私、頑張れそうだ。