8-2

「ただいまー。」



しんと静まり返るリビングからは
一人で帰ってきたというのに誰からのおかえりの言葉もない。



常に誰かが座っていた気がするリビングのソファーも
そうじゃなくてもどこからか感じられた誰かの気配も




もう、居ない。




エターナルログポースの収納棚の上に置いた
皆から貰った世界で一つだけのログポース。




右耳に感じる、今まで付けていた物よりも重い気がするピアス。




「……りんご?」





鏡に映った自分の耳には
白銀の輝きを放つプラチナに囲まれた大粒のルビーと
軸の部分で細かい輝きを放つダイヤモンド。
プラチナの縁とダイヤの軸は、よく見れば私の好きな物の形を模していて
何よりもその中に埋め込まれた宝石は
禁断の果実を象徴するに相応しい程深い紅。




「これ絶対高いやつじゃん。っていうかまたダイヤにルビーって……。」




『イニシャルんとこに埋まってる石、俺らからのラブレターね。』

ログポースを貰った時にペンギンに言われたあの言葉。

もしかしたらローは母様の指輪に使われているからってだけじゃなく
ダイヤとルビーに何かの気持ちを込めてこれを贈ってくれたんだろうか。




「……宝石言葉載ってる図鑑探しに行かなきゃ。」




皆からのラブレターも解読しなければ。



涙でぐしゃぐしゃになってしまった顔を化粧で誤魔化して
軽く身支度を整えてフリーウィングを後にした。



船室の扉を閉める時、やっぱり明かりの消えた誰の気配もない室内が気にとまってしまう。



いってきますの言葉は、言えなかった。
返って来ることのないいってらっしゃいを実感するのが嫌で
逃げるように港へと足を降ろした。


















「じゃあ改めて。ブラーヴェへようこそウイ!!今までの分しっかり働けよ!」



アオイの乾杯の挨拶で
5つのジョッキが勢いよくテーブルの中央で重なった。

皆の宿の一階に入っているこの酒場。
その一角で私のブラーヴェ加入を祝う
二度目の歓迎会は開かれていた。

お酒も食べ物も美味しくて、騒がしいアオイやカレンのおかげで
その時間はとても楽しかった。

考えたくないことを考えずに済むのは、ありがたかった。




「さてと。まあお祝いでもあるけど打ち合わせも兼ねてるから。今後の予定を大まかに説明するわよ。」



一通り騒いだ後、ソニアが書類を配りながらそう切り出した。

そうだ。
いよいよ始まるんだ。

グランドライン中に、素敵な物だけを売る直営店を展開するこのプロジェクト。

直営店だ。

偶然見かけて手にとって貰える訳じゃない。
どこに行けば手に入るかが明確な直営店の経営は
欲しい物を購入する為にお客さんに足を運んで貰える。

逆に商品の価値が伴わなければ、その店にお客さんが足を運ぶことはない。

シビアだけど、皆の作る物には絶対にその価値がある。



「明後日、ブラーヴェへのウイの加入の告知の折り込みをカモメ新聞系列に依頼してるわ。それに合わせて明日の10時、カモメ新聞の取材よ。」



ウォーターセブンの主要ギルドや商工会への挨拶周り
半年後に控えたルンルンバースでのブラーヴェ直営店オープンイベントの準備
直営店で販売する商品の仕込みに
各々の島で店舗を押さえて従業員の確保と教育。


ソニアは要点を纏めながら今後の予定を説明していく。



「明日の取材を終えたら私とアオイは快速便で先にルンルンバースに戻るわ。」
「は?俺マスター組なの?」



オープンイベントは半年後。
まだまだ先に見えて準備を考えたらもう日が迫っている。
効率化を考えて二手に別れて準備を進めるらしい。

ソニアの方は今までの業務を維持しながらオープンイベントの準備。
会場を抑えて招待客や取材対象の手配に
イベントの広告や進行等の準備。

対する私達は
フリーウィングでルンルンバースに向かいながら
10店舗分、ブラーヴェの直営店を開くのに適した島を選別して開店準備をしていく。



「ウイのシードルは開店直後は目玉商品なの。ディゼルも手伝って今から量産しておかないと間に合わないわ。」
「じゃあカレン連れてけよ。俺フリーウィングでウイの方やるし。」



マスターであるソニアの指示に歯向かうとは
流石アオイだ。
彼の主張にソニアとカレンが呆れたようにため息を付く。



たしかにアオイが人の言うことを素直に聞くのなら
皆に煩いとガチャ切りされた後も
懲りずにでんでんむし鳴らしまくったりなんてしないよね。

「私仕込みとか頑張るし!人の采配は皆に任せるよ?」
「ウイ、あなた仕込みの量なめてるの?」



無用の争いを避けようとそう申し出たのに
ソニアはそんな私を呆れたような目で見ている。

なめてる訳じゃない。
今後定期的に10店舗分卸すのであれば、ひと月あたり五千本もあれば十分回るだろう。

加入の告知を打つ前は売るなってソニアに言われてたから
今までのストックだって船にある。

今後継続的に月五千本仕込むにしても半年もあれば余力も蓄えられそうだ。




「取り敢えずひと月一万本ペースよ。」













なんですと……?




「イベント分は別に用意して貰うし、通常営業分は別に必要だから今船にある分は貰っていくわね。」
「あ、あの……流石にそれはちょっとハイペース過ぎやしません……?」



ちょっと待とうよ姉さんと言わんばかりにソニアに仕込み量の減量を願い出る。

ひと月、一万本?
毎日30本とかコンスタントに売れる計算?
そんなに売れる?



「あ、ちなみにだけど。出店する島のギルド関連と商工会、あとは市長だとかその島の有力者のところへの挨拶は必ずウイが顔を出すこと。」
「へ?」



ウイの天竜人御用達職人の名前をエサに売り出すのにあなたが行かなくてどうするの、と当然のようにそう答えるソニア。




「ソニアは私を過労死させる気?合流遅くなっちゃったの実は結構怒ってたりするの?」
「あら。ペンギンからあなたをこき使ってやってってお墨付き貰ってるわよ。」












なん、だと?


え。

ほんとになんで?



どういうイジメ?

月に一万本って、樽か?
樽で仕込めば良いのか?
樽いくつよ。
そんな膨大な量の瓶詰めとか
炭酸入れる為の二次発酵とか

私冗談抜きで寝る暇ないじゃん。

しかも開店準備に加えて挨拶周りも全部私が行くの?












ディゼルは絶対必要。

お酒の仕込みにしても開店準備にしても
彼はソニアと並ぶ常識人だ。
居てくれなきゃ寝られないとか以前に終わらない。



アオイかカレンか……。

未だに問答を繰り返しているお騒がせ二人を見比べる。




どっちだ。

どっちが良く働いてくれるんだ。


「ウイ程じゃないけどこっちも忙しいのよ。誰か一人こっちに回してくれれば後は任せるわ。」
「お前行けよ。一ヶ所に留まってた方が新しい彼氏見つかるんじゃねーの?」
「ルンルンバース在住の男なんてとうの昔に狩られ尽くしたわ!」




狩られ尽くすって……
カレン。
そんな胸張って言うことじゃないよ。

でもなんか、その潔さがもう色々通り越して格好いい域に達してる。



「後で決めなさいって言ってるでしょう。」



ソニアのワントーン低い声が響き渡る。
別に怒ってる訳じゃなく顔は笑ってるのに

アオイもカレンもピシリと言い合いを止めて目を泳がせ出した。

ソニア、怖い。



「まあ後でそれは決めるとして。予算は?テナントとか人件費。私最初融資しようか?」
「それは大丈夫。物分かりの良い出資者から資金はごっそり頂いたから。」



二人を気の毒に思って話を変えようと切り出すと
何やら初耳な情報がソニアから沸いて出た。

出資者?
いつの間に。



「その出資者の意向は?10店舗分もお金出して貰ってるなら流石に無視する訳にも行かないんじゃない?」
「ウイが良いと思ったようにやれば問題ないわ。あなたバカじゃないもの。変なとこで変な人雇わないでしょう?」



それは自分も含め皆の大切な商品を売る店を適当に決めるつもりなんてないけど。
出資者の意向が分からないっていうのもイメージがつきにくい。

高級感ある店舗が良いのかとか
大衆向けなのかとか

どうしようかと思い悩んでいると
それを見かねたソニアが口を開いた。



「出資者っていうよりパトロンね。目付きの悪いお医者様よ。」












え、

ちょっと。



「……もしかしなくてもそれって、ロー?いつの間に。」
「あなたの事頼むって。この前船で飲んだ時に。」



あの時二人が話してたのはそういうことだったのか。







やだもう。
なんで教えてくれなかったの、本当に。

何から何まで完璧すぎる私の好きな人は
どこまで私を骨抜きにすれば気が済むんだろう。

お金を出して貰ったってことじゃない。

私のやりたいことを応援してくれていて
その環境を知らない内に整えてくれていた事が
スマート過ぎて





敵わないな、本当に。




destruct at reality.