8-14

「ウイお姉ちゃん!!」
「お姉ちゃん!!」


物凄い勢いで玄関の開く音が聞こえると
ドタバタと近付いてくる二人分の足音に自然と頬が緩む。



「ユウ、リュウ。おっきくなったね!」



息を切らせながらリビングの扉を開けた二人は、私の顔を見るなり抱き締めちゃいたくなるような可愛い笑顔を浮かべて













突進してきた。



この兄妹は突進癖があるらしい。

少しよろけながらもしゃがんで二人を抱き締めると、小さな手が首に回されて
子供ながらも力強いその圧迫感がなんだか嬉しかった。


「ほら。結局こうなんじゃん。」
「おかえり、シュウ。本当にマッハだったね。」


遅れて入ってきたシュウは面白くなさそうな顔で
そんな私たちを見下ろしてた。
















「シュウ、お散歩行かない?」
「今から?別に良いけど。」


夕食後、はしゃぎすぎた下の子二人はあっという間に寝てしまって。
おじ様とおば様に一言断ってシュウを連れ出した。

虫の音が煩いくらいに鳴り響く中
あの時一緒に遊んだ公園のブランコで、私たちは他愛もない話をしてた。

剣道道場の話や
ユウやリュウのこと
最近成長痛が痛いとか
ピーマンを食べられるようになったとか

下の子二人が居ないと少し幼く見える気がするシュウはあの頃と変わらなくて
でも一生懸命自分の事を話してくれるその横顔は
もう守ってあげなきゃいけない子供のそれじゃなくて

立派な少年に見えた。



「で?なんか用あんだろ。何したの。」
「あー……、えーっと……。」



言わなきゃないけない2つのこと。

もう1つの話をするって決めた以上、そっちから話さなきゃいけないことも決まってるようなものだ。

でもなんだか、切り出しにくい。

何も言わずにブランコをこいでいるシュウは、私が話し出すのを待っていてくれてるんだろう。

言わなきゃ。ちゃんと。


「シュウさ、前に、……その、私をお嫁さんにしてくれるって言ってたでしょ?……あれって、本気だったりする?」



ブランコをこぐ足を止めないまま、顔だけこちらに向けるシュウは

年下のくせに微塵も動揺とかしてない感じで。

私の心はこんなに騒がしいのに
ちょっと見ない内に、本当に大人になっちゃったんだなっておいてけぼりを食らった気分だった。



「本気だけど。それがなに?」
「あー。……えっとー。」


少しは照れるなり恥じらうなりすれば良いのに。

だから何だとばかりに飄々としているシュウは、将来結構な女泣かせになるんじゃないかと少し心配になる。




……言いにくい。
言いたくない。

でも、言わなきゃ。

ブラーヴェに誘う前に、一緒に来ても気持ちには応えられないよって
ちゃんとシュウに伝えなきゃいけない。

与えもしないエサで釣るような真似だけはしたくない。

でも怖い。

応えられなくても、私という人間を好きでいてくれるその気持ちは
いつだって、私が一番欲しがってるものだ。

シュウが懐いてくれるのが嬉しい。
だからこそ、シュウの気持ちに応えられないと伝えてしまった後に
今までのそれがなくなってしまうかもしれないのが怖い。

好きという気持ちを知ってしまったからこそ
それを受け入れて貰えない辛さも、苦しさも分かってしまった。

恋愛感情ではないけれど、シュウのこと大好きだからこそ
そんな思いを今からさせるのかと思うと

やっぱりどうしても言いにくい。



そうだった。
ペンギンにもちゃんと言わねば。



ちらりと横を覗き見るとシュウはもうこっちを見ていなくて
ブランコを漕ぎながら、ただ星空を見上げてた。








よし!
言うぞ!!






「シュウ、あのね私ー「ローの事が好きだからごめんなさいって?」












シュウ、キミもか。

人の決意を遮って核心に触れておきながら、シュウの視線は相変わらず星空へ向いていた。

私ってそんなに分かりやすいのかな。
シュウやおば様と前に会った時は、私はまだローのことを好きじゃなかった筈。

なんで皆、分かるのよ。



「……そうなんだ。だからそれ、ちゃんと伝えなきゃって。好きになってくれてありがとう。」
「そんなこったろうと思った。」


ブランコの振り幅が一番大きくなった時、シュウはするりとブランコから飛び降りて見事な着地を決めた。

お見事!




おかしいな。
私、心の中を覗かせないのは得意だった筈なのに。

慣れないから仕方ないって諦めてた恋愛に関する気持ち以外でも
それは少しずつ溢れ出て

隠すのが、どんどん下手くそになってるみたい。


「アイツなら仕方ないって思う。」
「え?」


ブランコを囲む柵に腰掛けたシュウが、少し悔しそうな表情で口を開いた。

アイツって、ローだよね?
二人が話してるとことか見たことない気がするけど

実は二人は仲良しだったんだろうか。


「ウイが熱出して意識なかった時、アイツ俺に言ったんだ。」


なんだろう。
実は好きだったりする、私の知らない所でのローの話。

一年以上前のローは、シュウに一体何を言ったんだろう。


「ウイのこと、絶対死なせないって。約束するって。」


それが何か格好良かったって、シュウはそう言うなりぷいっと顔を背けてしまった。













っていうか私あの時そんなに死にそうなくらいヤバかったの?
そういえば何か譫言も言ってたみたいだったし、ローはずっとそれを気にしてた。



私何言ったんだろう。
ヤバい。今更気になってきた。



「ウイの見舞いに行った時も、ガキの扱いは分からねえって。ユウとリュウをどうするか、俺に相談してくれたんだ。アイツ。」
「……あー。ローは確かに苦手そうだね。」


気になり過ぎてうっかりシュウと話してる事を忘れる所だった。
危ない危ない。



「あの時俺、完全にガキだった筈なのに。こいつ俺の事はガキ扱いしねぇんだなって。……嬉しかったから、ログポースもベポじゃなくローに渡した。」
「そっか。……ロー、格好良いしいい人でしょ?」


ノロケなんて聞きたくねぇって。
シュウは拗ねたように足元の小石を蹴飛ばした。

ベポの手に渡った物だと思っていたウォーターセブンのエターナルログポースは
そんな経緯でローの手に渡ってたのか。

大好きなシュウが
大好きなローの事を憧れてるみたいに言ってくれるのは、なんだかとってもくすぐったい気持ちだ。

やっぱり言ってみないと分からないもんだな。

離れて行ってしまったらどうしよう
傷付けちゃったらどうしようって、あんなに言い出しにくかったのに。

素敵な昔話を聞けて、自己嫌悪に陥らずに済んだ。

隠して
知らないふりをして
逃げてばっかり。

そんな私じゃ、なくなってきたでしょう?


「シュウ!もう一個話があるの!」
「?なに?」


きょとんとした顔でこっちを向くシュウ。

良い返事、貰えるかな。




「……それマジで?」
「マジで!……って急に言われてもシュウも困るか。私暫くルンルンバースに居るから、ゆっくり考えてみて?」


腕を組みながら真剣な顔で目を伏せるシュウに、準備しておいた私のでんでんむしの番号を渡した。

ブラーヴェで働くとなれば、この島を離れなきゃいけない。
シュウくらいの年から、何かしらの仕事の手伝いや修行を始め出す子達がいると言っても
簡単に決められる事じゃない筈だ。

それから私は、メモを受け取ってくれたシュウと並んで歩きながら家に帰った。

おば様は泊まって行かないのって誘ってくれたけど、皆にもシュウのこと話さなきゃいけないし

何よりシュウが
私が傍に居たら、色々考えにくいんじゃないかなって。

またお邪魔させて貰う事を伝えて、そのまま船に帰る事にした。
シュウは何とも言えない表情で、手を振って見送ってくれた。

















「ウイ、そろそろ出港するよ!」
「はーい。錨上げて来るね!」


甲板に出ると、今日も空模様は雲一つない晴天。

昨日船に戻ってから、カレンとディゼルにシュウの事を話した。
今まで仕込みを手伝ってくれてた二人にも、ルンルンバースに戻ってからはそれぞれの商品作りがある。

二人とも、良いんじゃないって。
シュウのブラーヴェ入りに賛同してくれた。

後は、シュウの気持ち次第だ。

錨を巻き取りながら、沖で戯れるカモメ達をただ
ぼーっとしながら見つめてた。







「ウイー!!」


突然聞こえてきた自分の名前。
港の方を振り向くと
そこには大きなリュックを背負ってこちらへ駆けてくるシュウの姿が見えた。
その少し後ろを、おば様と手を繋いで歩くユウとリュウがにこにこと笑いながら手を振ってくれてる。


「見送りに、来てくれたの?……どしたのその大荷物。」
「俺行くよ!!」


息を切らせながら私の元へとたどり着いたシュウに、ガシリと肩を掴まれた。

行くって、どこに?

ぽかんと口を開けて呆ける私と
全力疾走してきたのか中々息が整わないシュウ。

彼の肩越しに見える景色の中で、優しく微笑むおば様と私の名を呼ぶユウとリュウ。



「俺をブラーヴェで雇ってくれ!!絶対役に立つ!俺頑張るから!!」


そう話す目の前の少年の目は、期待と希望に満ち溢れていて
それはとても眩しかった。


「ようこそ、ブラーヴェへ。」
「へー。あんたがシュウ?カレンよ。よろしくね。」


私が呆気に取られて固まっていると、いつの間にかカレンとディゼルは甲板に出てきていたみたいだ。

私の肩から手を離して、よろしくお願いしますと勢い良く頭を下げるシュウ。


「シュウ、……ちゃんと考えたの?ゆっくり考えて良いよ?私ちゃんと迎えに来るし。」


私が急かしてしまったんだろうか。

一緒に働けたら良いなって思ってはいたけど、まさかこのタイミングで、しかも了承の返事を貰えるなんて思ってもみなかった。

嬉しいけど

嬉しいけどシュウは本当に、ちゃんと考えたのかな。
もしこれが勢いとかそういうのだったら、ダメだこんなの。


「大事なことだよ。ちゃんと考え「いつ決めたって、やりたいことは変わんねぇよ!!」


ニシシ、と笑うシュウの姿に

なんだか肩の力が抜けた気がした。


「ウイお姉ちゃん、お兄ちゃんのことよろしくね!」
「ね!」


いつの間に追い付いて来たユウとリュウが元気いっぱいの笑顔でそう言ってくれる。
おば様もお世話になりますって、笑ってくれた。


「なんだよ。喜んでくれねえの?」


ウイが誘った癖に、とシュウが不貞腐れたように呟いた。

もう、色んな事が上手くいきすぎてなんだか怖い。
私の考え方ってどこかズレてるんだろうか。

考えすぎる方なのかなって思う事はある。
大切な人を傷つけたり、悩ませたりしたくないって思う。

でもやっぱり













嬉しいや。






「こちらこそ、よろしくね!」


私の笑顔は、多分凄くぎこちなかったと思う。

でもシュウは、任せろ!ってとびきりの笑顔で笑ってくれて
軽い足取りでフリーウィングに飛び乗った。








今日、ブラーヴェに新しい仲間が出来ました。

まだ小さくて
お酒の作り方も、商売のことも、働くってことすらしたことがない元気いっぱいの少年。


「ウイ!早く出港しようぜ!!」


弾けるような笑顔の彼は、そう言って私に手を差し出した。

まだ頼りない、私と同じくらいの小さな手だったけど
それは暖かくて力強い、希望に満ち溢れた手だった。





destruct at reality.