「俺と結婚してくれ」

私の人生と死霊の盆踊りを比べたら、死霊の盆踊りの方がまだ笑えるだろうね。なにせ貧乏人の五流暗殺者、しかも若造が最高にくだらない終わり方を迎えるんだから。

せせら笑いが顔に出た。
おっと、出ていい場面ではなかったと素の真顔に戻す。

眼前には銃口。先ほど弾が込められたばかりのリボルバーが薄暗い部屋の中で存在感を放っていた。

とある組織のボスを殺そうとした。
銃を突きつける彼は、そのボスの右腕となる人物。隆々とした筋肉に刻み込まれた夥しい刺青が彼がどんな人物かを証明している。

彼は、依頼人を突き止めようとしたが、私が口を割らなかったから、もう殺してしまおうと意気込んでいた。まあ、私からしたら名前も顔を知らない依頼人のことなんてどれだけ聞かれても拷問されても言えないのだが。
曰く、私の死体は皮を剥いだ上で丁寧に処理をされボスの執務室のカーペットになるそうだ。人間の皮カーペットなんて、気味が悪いし毛がない分滑ってしまいそうだ。

引き金が引かれれば、私の頭は踏み潰された柘榴のように灰色の床の上にぶち撒かれ、心臓はしばらくのちに止まるだろう。
手足を締め付けるロープが逃げようとする体を諌めた。
あ、ヒッチコック___。この前買ったVHS、まだ全部見終わってない。
今際の際に変なことを思い出してしまった。なかなか取れない休日の夜には決まって映画を見ていたからかもしれない。捕えられた時刻と拷問されていた時間から逆算したら今はきっと深夜あたりか。
近所にビデオショップができてから、仕事のない夜はもっぱら映画を見て過ごしていた。夜の気配を感じると自然と今日はどの映画みようかななんて、脳裏によぎるようになった。
将来への不安や仕事で受けた痛みを忘れるための鎮痛剤として出来の悪いフィクションは適していた。今は全く効果がない。

「てめえ、何を考えてやがるッ……!」

苛立った男の蹴りが腹にめり込む。椅子ごと身体が吹き飛んだ。彼は裏社会でそこそこ名前の通った格闘家だったと聞く。
たぶん肋にでもヒビが入ったか最悪折れているだろう。
だが、爪を剥がれ、指を折られ、熱した鉄棒を押し付けられを何度気を失っても繰り返されていたせいで、もはや痛みを感じる感覚が麻痺していた。
人殺しで毎日の食い扶持を潰している身だから死ぬ覚悟はできているつもりだった。だけど____。

(やっぱり……もっとたくさん使っとけばよかった)
なけなしの給料を叩いて買い換えた再生機をまだ数度しか使ってなかったことが悔しくて仕方ない。
男が何か叫んでいる。きっと死ねとかそこらへんの戯言だろう。
ついに引き金が引かれる。このバカな頭が走馬灯でも見せようとしているのか、全ての動きが緩慢になり始める。だが私には想起される過去など何もない。

くだらない人生。
クソ映画よ、こんな私があなたたちのことを馬鹿にしてごめんなさい。でもつまらないあなたたちも悪いんだ。

と最後の言葉を脳内で言い終えたその時。

「そこまでだ!」
重い扉が勢いよく開かれ、勢いのまま壁に跳ね返った。ドォン響く音と共に振るわれた鞭が部屋の中にいた私以外の男をみるみるうちに制圧した。
すぐにこの部屋で意識があるのは私といきなり乱入してきた男の2人になった。

助っ人登場、とはならないのが私の生きる裏社会のルール。私に仲間はいない。彼は私を助けにきた仲間でもなんでもない。
私はただ死刑執行人が変わっただけだと、首を差し出すつもりで全身の力を抜いた。先ほど最後の後悔をやり終えたため、抗う気も起きなかった。 

だが彼は王子様然とした足取りのまま私に近づく。扉が開いたことにより部屋中に埃が舞い、入り口からの差し込んだ光にそれらが照らされ輝いている。
まるで雪が降っているようだった。
ぐわんと身体が揺れる。
薄く開いていた瞼から見える景色が90度回転する。椅子ごと持ち上げられ、また座らされたのだ。
「大丈夫か?」
知らない声。知らない人。低いけど優しい声だ。

「____、ぁ」

うまく答えられただろうか。
頭がぼんやりとする。

俯いた視界に彼が映り込む。

宝石を綺麗だなんて思ったことなかった。
あんなのはただの石である。つまんねー石ころ。
プロポーズに、誕生日に、記念日に、あんなものを貰うのなら、石みたいに硬いパンの一つでももらったほうが、食べられる分まだマシ。

そんな捻くれた私を金色の宝石が捉えていた。

太陽を内包しているかと錯覚する煌めきに、目が眩み、その拍子にようやっとそれが宝石ではなく瞳であることに気がついた。
裏社会で生まれ育ったが、こんなに澄んだ瞳を見たのはこれが初めてだった。

ひどく____安心する。

十数時間前から続く拷問で血液を失いすぎた身体は一度安堵してしまえば急激に機能を低下させる。両手両足を縛っていた縄がいつのまにか解かれていた。

「遅くなって悪りぃな…痛かっただろ」

彼が解いたらしい。たどたどしい手つきで体を支えようとしている。大きな体を縮こませて私に跪いている姿が滑稽だ。

ふふ、と場に合わない笑い声が漏れた。
直後彼が顔を赤らめる。

それから彼は大きく息を吸い込む。

そして

「俺と結婚してくれ」
「____は………い?」

この部屋が壊れそうなほど大きな声で叫んだ。
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