泣き虫な君と私 2/冨岡

それから何度か冨岡とは出かけた。
初めては町の茶屋。甘い菓子に舌鼓を打つ私に、冨岡は丸々一個口に放りこんだ後、眉を一瞬ひそめ「甘い」と溢した。まったく菓子の食べ方が分かってない一連の流れに笑ったのは良い思い出だ。

次はご飯処。出てきた鮭大根にほんの少し口元を和らげた冨岡に、好物は変わっていないと微笑ましく思った。その次もその次もどこかに食べに行った。具体的には覚えてない。
そうして冨岡と何度も会うことを繰り返し、今日は何もない草地だった。仕事終わりだと傷だらけで訪れた冨岡に、どこか行く身体ではない、休めと引っ張って来たからだ。隈をつけ包帯まみれの冨岡は一言「すまない」と謝った後眠ってしまった。

傍で背を丸め、眠る冨岡を眺め、ため息をついた。どうしてこんなに傷があるのか、いつも疑問に感じていたが、今日はこれまで以上に酷かった。冨岡は何をしているのか、昔、転んで擦り傷を負ったときに泣きわめいていたほど泣き虫だったのになぜ傷を負っているのか。なまえとの空白の時間、君に何があったのか。いろんななぜがあるのに、一つも冨岡に聞けやしない。

この関係が崩れるのが嫌だから、大事な約束を忘れてしまった私には、権利がないから。悩ましげに見つめ、風に冨岡の髪がさらりと揺れた。

「一体なにを忘れてしまったんだろうね。どうして君は私にそこまでこだわるの…?」

口からこぼれた小さな音は風にさらわれていった。


「む、俺は」

のそりと身じろいだ冨岡におはようと言う。

「すまない、もう日が」

空には夕焼けが広がり、太陽が沈もうとしていた。

「全然、町に帰ろうか」

町へとつづくあぜ道で子供が二人いた。小さな男の子と女の子が言い合いをしている。ほほえましい光景に、子供らしいと苦笑した。

「いやだー帰りたくないよ」
「帰らないと、親が心配しているよ」

子供たちを通り過ぎた後ろで、男の子が涙声で呟いた。

「っぐす、離れたくないよ」

その言葉に足が止まる。愕然とした表情のなまえに冨岡は「やっとか」と呟いた。

「……思い出した。私は離れないと言ったんだ」
「約束、果たしてくれるか?」

真摯な瞳がなまえを貫く。でも冨岡に私は負担とならないだろうか。
黙り込んだなまえの手を冨岡が取った。何を、と呆然とした私の小指を自分の小指と結んだ。

「俺とお前はもう絶対、離れない……」

続きを待つがない。おやっと冨岡の顔をみると困ったように眉が下がっていた。

「なに?歌、わすれちゃったの?」

そう尋ねると冨岡はこくりと頷いた。変なところで締まらない男だ。こっそりため息をつき苦笑した。冨岡らしい。
「指切げんまん嘘ついたらはりせんぼん飲ーます!指切った」
そう冨岡の指をふると、なぜか冨岡は驚いた。

「針千本も飲むのか!?果たして俺の腹は保つのか」

とんちんかんな言葉に苦笑した。やっぱり冨岡は冨岡だ。いつも人よりちょっとずれた思考に至ってしまう。

「はりせんぼんは例えだよ。約束破ったら絶対ゆるさない!ってこと」
「……俺は嘘はつかない。……それにもし破ってしまったら俺は針千本だって飲み干してやる」

冨岡は下から顔を覗き込んだ。今にもくっつきそうな至近距離で見つめられて赤くなる。

「なっばか。見ないで」
「なぜ?」
「近すぎて…恥ずかしい」
「俺はもっと近くでお前をみたい」

なぜこの男はこんな恥ずかしいことを平然と言えるのか。キャパオーバーの羞恥に頭がくらくらする。後ずさり、ゆるりと指をほどこうとすると、ぐっと強く指を絡められる。そのまま引っ張られ、ぐっと近く鳴る距離にどきりと大きく心臓が跳ねた。青い瞳が目の前に迫る。深い海のような青の中きらきら光るものがみえた。綺麗と近づくと、ふいにゆらりとにごった色欲に絡みとらわれ溺れてしまった。
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